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コラム
目標6 安全な水とトイレを世界中に――水とつながる多様な課題
Goal 6 Water and Sanitation: Various Issues in Connecting Water
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052866
大塚
健司
Kenji
Otsuka
2021年12月
(3,599字)
目標6「安全な水とトイレを世界中に」が目指すもの
水は、わたしたちが生きていくにあたって欠かせないものであることは言うまでもありません。飲み水としてだけでなく、現在世界中で流行している新型コロナウィルス感染症の予防策として励行している手洗いには、安定した十分な量の水が必要です。さらには、し尿の排泄物を集めるトイレや汚水を処理するための下水施設は、水源の汚染を防ぎ、下痢やコレラなどの感染症を予防して、衛生的な環境を維持するために欠かせません。しかしながら、世界には安全な水やトイレなどにアクセスできない人がまだまだ少なくないのが現状です(国際連合広報センター n.d.)。このような問題に対してSDGsの目標6では、「すべての人々の水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」ことが掲げられています。
この目標6には8つのターゲットとして、平等なアクセス、女性や弱い立場にある人びとのニーズへの配慮、汚染の防止と再利用、水不足への対応、統合的水資源管理、水に関連する生態系の保護・回復、途上国への技術協力、地域コミュニティへの参加支援が挙げられています。つまり、水と衛生に関する問題を解決するためには、汚染対策、再利用、生態系保全といった課題に技術的に対応するだけでは不十分です。水の問題は、平等、ジェンダー、コミュニティへの参加など多岐にわたる社会開発の課題とつながりがあるため、水の専門的なセクターだけでなく、多様なセクターとの幅広い協働が必要となってきます。
ここでは目標6の背景とターゲットが持つ意味について、2つの事例から考えていきたいと思います。
希少な資源としての水
そもそもどうして水が持続可能な開発課題として重要な問題となるのでしょうか。
水は、大気―陸―海をめぐって地球を循環する再生可能資源と考えることができます。しかし、私たち人類が直接的に利用可能な水資源は、地球上に存在する水資源の1%にも満たない希少な資源です(UNESCO-WWAP 2003, 68)。このように限られた利用可能な水資源は、どの地域にも均等に分布しているのではなく、地形や気候などの違いのために地域によって量の多寡が異なるばかりか(空間的な偏在)、年や季節など時間によって量が変動(時間的な変動)するという特徴を持っており、そのことが時には人間社会に紛争をもたらしています。水が豊富にある地域でも、それが汚染されてしまえば、水は希少な資源となるばかりか、人々の生命や健康を脅かす問題を引き起こします。
安全な水をどのように確保するのか
筆者が研究を続けている中国では、水汚染が長期にわたって人々の健康を脅かすほど深刻化し、飲用水源の改善が喫緊の課題となってきました(大塚2019)。黄河と長江の間に位置する淮河(わいが)流域では、1970年代から、工業化、都市化、農業の近代化(化学肥料や農薬の使用)などが進むにつれて、河川の水汚染問題が深刻化するようになりました。そして渇水期に上流域で溜まった大量の汚水が、暴雨の際に洪水防止のためにダムの水門を開いたことで下流に流され、その汚水によって下流域の人々がいつも使っている水が飲めなくなるような水汚染事故が頻発するようになったのです。また、汚染された井戸水を直接飲用していた農村住民の間では、消化器系癌などをはじめとする様々な疾病が多発しました。こうした「癌の村」と言われる地域が多数存在することが報道され、社会問題となりました。
この問題に対して、政府は水汚染対策を強化するとともに、農村住民の飲用水源を改善するための公共事業を、淮河流域を含む全国農村地域で始めるようになりました。ところが、淮河流域の癌の村を訪れると、政府事業で整備された簡易水道の水はまずくて飲めない、時間が限られていて不便だ、などと様々な問題を指摘する声が住民から聞こえてきました。また、癌の村の問題に取り組んでいる現地NGO(霍2005)によると、そうした簡易水道は100メート以上の深い地層の流動性の低い地下水を利用しているため、年々水位が下がっているところもあるということでした。
そこでこのNGOは、これまで農村住民らが利用してきた数十メートル程度の浅い井戸水を直接浄化して飲用水として供給するプロジェクトを始めました(大塚2020a)。そのプロジェクトでは、自然界の微生物が持つ浄化能力を生かした飲用水生物浄化装置を使っています。この装置の発案者は信州大学の中本信忠・名誉教授で、大規模な水道事業の届かないような国内外の農山村や島嶼地域で設置が進められています(中本2021、地域水道支援センター2020)。
NGOが設置した装置で供給される飲み水は、共同水栓を通して住民らが自由にアクセスできるようにされています。この方式は、井戸水が枯れることはなく、建設費用も安く、工期も短く、また維持管理も簡単というメリットがあります。他方で、簡単とはいえ誰かが維持管理しなければなりません。当初は地域コミュニティがその役割を担うことが期待されていたものの、実際には出稼ぎする人が多く、地域住民の参加を得ることが難しいという問題に直面しています。また、この方式は政府の公共事業では受け入れられていないため、NGOは内外からの資金援助を得て建設費用をまかなっていますが、それではすべての村にこの装置を設置するにはとても足りないのが現状です。
このように、安全な飲み水を確保するための対策は政府だけが取り組んでいるわけではありません。ただし、NGOの採用した方式は、政府事業に取り入れられていないことから、多くのメリットやベネフィットが地域住民にあるものであっても、政府が公表する統計に含まれず、SDGsの進捗評価の対象にならない可能性があることには注意が必要です。また、これらの試みはコミュニティの外部からは見えにくいために、優れた方法であってもなかなか支援が得られにくいという問題があります。
国境を越えた水資源をめぐる紛争
水資源の持続可能な管理が、国境を越えた様々な社会開発の課題とつながっている例として、国境を越えた水資源をめぐる紛争が起きているメコン流域の開発と環境をめぐる問題が挙げられます(大塚2020b)。メコン河は、中国のチベット高原に水源を発し、中国雲南省瀾滄江から、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの東南アジア大陸部5カ国をまたいで南シナ海まで流れる国際河川です。
メコン流域では、上流域の中国・雲南省でのダム開発や水路掘削のための拡張工事に加えて、下流域でのダム開発や都市開発の進展によって流域環境が改変されたことで、流域の水資源・生物資源に依存する人々の生活が大きな影響を受け、各地で紛争が起きています。特に、下流域で農漁業に依存して日々の生計を立てている人々は、河川を流れる水が育む生態系から大きな恩恵を受けています。上流での水力発電ダムなどによって河川の水が堰き止められたり、あるいは逆に上流域の都合で放流されたりして河川の水量が不規則に変化することは、そうした人々にしばしば死活的な影響を及ぼすことになります。さらに近年では、気候変動の影響を受けて雨季や乾季のサイクルが不規則になってきています。
メコン流域の開発と環境をめぐる問題は、希少な水資源に対してすべての人々が平等なアクセスを確保するために、下流域に住む弱い立場の人々のニーズも踏まえ、上下流域の国家間や異なるセクター(発電と農漁業など)を越えた統合的水資源管理のあり方を考えていくことが重要であることを示しています。
目標6の達成に向けて――水とつながる多様な課題に注目しよう
ここで挙げた2つの事例のように、水に関するSDGsの目標6とそのターゲットは様々な開発課題と結びついています。また淮河流域の農村地域における事例のように、すべての水問題に通用する万能な解決策はなく、様々なアプローチがありうるため、SDGsの目標達成には政府による取り組みだけでなく、地域で行われている多様な実践が重要となってきます。ただし、そうした実践が国や国際機関の公式統計に反映されていない可能性があることに注意が必要です。
これらはいずれも、海に囲まれ、蛇口をひねれば水道水が簡単に手に入る日本での生活からは想像しにくい問題でしょう。しかし、ひょっとしたら遠くの国で起きている水問題が、そこで生産された農産物や工業製品の貿易などを通して、私たちの生活と「バーチャルウォーター」を通してつながっているかもしれません(沖2016)。水とつながる多様な課題や地域に目を向け、各地域の水問題の背景を理解しながら、様々な解決策の可能性を地域の人々と共に考えていくことが、目標6の達成に向けて私たちに求められていることではないでしょうか。
さらに学びたい人へ
世界の水問題の現状と課題については以下の文献・サイトも参考になります。
- UNDP(2006)Human Development Report 2006: Beyond Scarcity: Power, Poverty and the Global Water Crisis. New York: UNDP(『人間開発報告書2006――水危機神話を越えて:水資源をめぐる権力闘争と貧困、グローバルな課題』古今書院、2007年).
- Black, Maggie and Jannet King(沖大幹監修・沖明訳)(2010)『水の世界地図――刻々と変化する水と世界の問題』(第2版)丸善。
- Global Water Partnership: Towards a water secure world(統合的水資源管理“Integrated water resources management: IWRM”に関するプラットフォーム)
- SDGs Goal 6: Ensure access to water and sanitation for all(トップページのほか、Facts and figures、Goal 6 targets、Linksを参照) 政府だけでなく多様な主体による取り組みと協働のあり方については、「ガバナンス」という切り口から考えることができます。大塚(2019)のほか、以下のような文献があります。
- 大塚健司編(2008)『流域ガバナンス――中国・日本の課題と国際協力の展望』アジア経済研究所。
- 藏治光一郎編(2008)『水をめぐるガバナンス――日本、アジア、中東、ヨーロッパの現場から』東信堂。
- 和田英太郎監修/谷内茂雄・脇田健一・原雄一・中野孝教・陀安一郎・田中拓弥編(2009)『流域環境学―流域ガバナンスの理論と実践』京都大学学術出版会。
- 大塚健司編(2010)『中国の水環境保全とガバナンス――太湖流域における制度構築に向けて』アジア経済研究所。
- 大塚健司編(2012)『中国太湖流域の水環境ガバナンス――対話と協働による再生に向けて』アジア経済研究所。
- Edelenbos, Jurian, Nanny Bressers, and Peter Sholten, eds. (2016) Water Governance as Connective Capacity. London: Routledge.
- OECD (2015) OECD Principles on Water Governance. Paris: OECD.
- Otsuka, Kenji, ed. (2019) Interactive Approaches to Water Governance in Asia. Springer.
「バーチャルウォーター」は1990年代にロンドン大学のアンソニー・アラン教授が提唱し、東京大学の沖大幹教授らのグループによる研究活動によって日本でも広く知られるようになった概念です。輸入した農産物などを自国で生産した場合の水消費量を「仮想水輸入量」として算出するという方法で、国境を越えた遠い地域で消費される水と自分たちの生活の関係を可視化することができます。沖(2016)のほか、以下のサイトが参考になります。
写真の出典
- すべて筆者撮影
参考文献
- 大塚健司(2019)『中国水環境問題の協働解決論――ガバナンスのダイナミズムへの視座』晃洋書房。
- 大塚健司(2020a)「中国の村々を救う小さな『飲用水生物浄化装置』」特定非営利活動法人地域水道支援センター編『小規模水道のつくり方――SDGsへの道』67〜70ページ。
- 大塚健司(2020b)「メコン流域の開発と環境――最近の動向から」『盤谷日本人商工会議所所報』673号(2020年10月)、30〜34ページ。
- 沖大幹(2016)『水の未来――グローバルリスクと日本』岩波書店。
- 国際連合広報センター(n.d.)「持続可能な開発目標(SDGs)報告2021」
- 特定非営利活動法人地域水道支援センター編(2020)『小規模水道のつくり方――SDGsへの道』地域水道支援センター。
- 中本信忠(2021)『おいしい水のつくり方2――緩速ろ過でなく生物浄化法』千曲会。
- 霍岱珊(大塚健司訳)(2005)「淮河『生態災難』の村々に焦点をあわせて」『アジ研ワールド・トレンド』122号、40〜43ページ。
- UNESCO World Water Assessment Programme (WWAP) (2003) Water for People, Water for Life: The United Nations World Water Development Report, Barcelona: UNESCO and Berghahn.
著者プロフィール
大塚健司(おおつかけんじ) アジア経済研究所新領域研究センター環境・資源研究グループ長。博士(環境学)。著書に『中国水環境問題の協働解決論―ガバナンスのダイナミズムへの視座』(単著、晃洋書房、2019年、2021年度水資源・環境学会賞受賞)、Interactive Approaches to Water Governance in Asia(編著、Springer、2019年)、『アジアの生態危機と持続可能性―フィールドからのサステイナビリティ論』(編著、アジア経済研究所、2015年)など。
【連載目次】
おしえて!知りたい!途上国とSDGs
- 第1回 激論!SDGsってなに?(前編)――SDGsは途上国の開発に役立っているの?
- 第2回 激論!SDGsってなに?(後編)――私たちにできることは何があるの?
- 目標1 貧困をなくそう――「正義」の問題として
- 目標2 飢餓をゼロに――現在と将来の世代に十分な食料を供給する
- 目標3 すべての人に健康と福祉を――必要な保健医療サービスを誰もが受けられる世界へ
- 目標4 質の高い教育をみんなに――何をすべきか
- 目標5 ジェンダー平等を実現しよう――すべての女性が能力を発揮できる社会に
- 目標6 安全な水とトイレを世界中に――水とつながる多様な課題
- 目標7 エネルギーをみんなに、そしてクリーンに――経済発展に役立つエネルギーを取り戻せ
- 目標8 働きがいも経済成長も――働きやすく、生きやすい未来に向けて
- 目標9 産業と技術革新の基盤をつくろう――多様性に富む持続可能な経済社会の実現に向けて
- 目標10 人や国の不平等をなくそう―― 世界を支配する「象」を倒せるか
- 目標11 住み続けられるまちづくりを――市民ひとりひとりを大切にする安全な都市とは
- 目標12 つくる責任、つかう責任――循環型社会ってなに? ごみ問題から考える国際協力
- 目標13 気候変動に具体的な対策を――「カーボン・ニュートラル」に向けて何ができるのか?
- 目標14 海の豊かさを守ろう――ハイブリッドな実施手段の活用
- 目標15 陸の豊かさも守ろう――東南アジアのアブラヤシと私たちの消費生活
- 目標16 平和と公正をすべての人に――制度はどこに?
- 目標17 パートナーシップで目標を達成しよう――持続可能な開発に向けてグローバルなパートナーシップを活性化する
- SDGsのここってどうなの?――SDGsの専門家に聞いてみた