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目標9 産業と技術革新の基盤をつくろう――多様性に富む持続可能な経済社会の実現に向けて

Goal 9 Industry, Innovation and Infrastructure: Towards a sustainable economy and society rich in diversity

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053507

植木 靖藤田 麻衣
Yasushi Ueki, Mai Fujita
2022年10月
(4,506字)

持続可能な開発のための経済基盤整備

目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう」の正式なタイトルは、「強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る」です。これは、経済や社会、環境のバランスをとりながら産業や技術の発展を推進し、持続可能な開発と貧困撲滅を達成しようとする目標です。

産業化の促進は、雇用を創出し、人々の所得水準を引き上げ、衣食住関連の必需品や教育、医療などのサービスへのアクセスを改善します。イノベーション活動により、新製品やサービスが創出され、生産性が向上して所得が増え、より多くの人々が多様な製品・サービスを手ごろな価格で購入できるようになります。

産業化とイノベーションの推進には、インフラへの継続的な投資が必要です。インフラは、交通網や発電所など人々の生活や経済活動の基盤となる施設(ハードインフラ)だけでなく、法制度(ソフトインフラ)も含みます。また最近では、デジタル技術による社会変革(デジタルトランスフォーメーション)の基盤となる第5世代移動通信システム(5G)やデータセンターも重要になっています。

さらに、人材もあらゆる社会経済活動になくてはならないものです。経済発展や貧困撲滅には、国レベルでの人材の質の継続的な引き上げが必要です。人材養成の基本となる学校教育に加え、より多くの付加価値を生む活動に産業構造を変えていくための人材育成も求められます。企業ニーズに応じた人材養成のための教育プログラムの構築や実施に協力する企業もあります。

東南アジアの産業化と多国籍企業の役割

欧米や東アジア諸国の経験が示すように、産業化は経済発展の重要な駆動力です。産業化を支える製造業は、技術革新や生産規模の拡大などによる生産性向上の可能性が大きく、多くの非熟練労働を雇用するという特徴を持ちます。このため、農業などの一次産業を中心とする経済から製造業を中心とする経済への構造転換、すなわち産業化は経済発展とほぼ同義とされてきたのです。しかし、多くの開発途上国では、国内企業を担い手として競争力のある製造業を育成することは容易ではありません。そうした国では、しばしば多国籍企業(複数の国に拠点を持つ企業)が産業化に重要な役割を果たしてきました。

代表例として、1980年代に始まるタイの経験を振り返ってみましょう。タイ政府は、首都バンコクの東南方に位置する東部臨海地域に新たな産業基盤を作るため、日本政府との協力によって港湾や道路、工業団地といったインフラの整備を行い、投資誘致を進めました。こうした取り組みによって、東部臨海地域には多くの多国籍企業が進出し、自動車、電気電子製品といった製造業の世界的な集積地に発展するにいたっています。

より最近の例としては、ベトナム北部やカンボジア・プノンペンの工業化があげられます。これらの地域も、交通インフラ開発と工業団地建設、企業誘致がセットになることで、一定の成果を収めました。タイの経験との違いは、ASEAN(東南アジア諸国連合)の経済統合の枠組みのもと、域内の交通網の整備(物的連結性)、貿易・投資障壁の撤廃・削減(制度的連結性)、人の移動の円滑化(人的連結性)と並行して産業化が進んだことです。多国籍企業の間では、この連結性を活用して、労働集約的な生産を先発の中国やタイから後発のベトナムやカンボジアに移転し、サプライチェーン(ある製品の原材料の調達から製造、販売を経て消費者に届くまでの工程の連鎖)全体の最適化を目指す動きがみられます。ベトナムやカンボジアは、その受け皿となることで、製造業の生産拡大や雇用創出を実現しているのです。

写真1 東南アジアを代表するコンテナ・自動車積出港に発展したタイ・レムチャバン港

写真1 東南アジアを代表するコンテナ・自動車積出港に発展したタイ・レムチャバン港
産業セクターによるイノベーションの推進

産業化の推進が雇用創出や所得向上につながるのに対して、イノベーションは、SDGsの達成に必要な幅広い課題を解決するための新しい/改善された方法や手段を提供します。

イノベーションは技術革新との関連性が高いため、その推進政策においてSTEM(Science [科学], Technology [技術], Engineering [工学], Mathematics [数学])分野が重視される傾向があります。目標9においても、研究開発従事者数の大幅増加や官民研究開発支出の拡大がターゲット(9.5)とされています。ただし、研究開発の進展で技術的選択肢が増えても、実用化に障害をともなうこともあります。たとえば、再生可能エネルギーの普及には、消費者ニーズや社会的課題の理解、人々の意識改革、制度変革などが求められます。こうした背景から、イノベーション推進において、STEMに芸術、文化、倫理、経済、法律等を含む人文社会学(Arts)を加えたSTEAM分野を重視する考え方もあります。

イノベーションのための研究開発資金確保のための仕組み作りは、特に開発途上国や中小企業にとって大きな課題です。研究開発活動を行っても、その成果を実用化・商業化して投下資金を回収できるかどうかは極めて不確実です。このため、民間企業は研究開発への投資に及び腰となる傾向があり、民間資金だけではイノベーション活動への投資不足が懸念されます。多くの国は、イノベーション推進のため産官学連携を含む研究開発活動を公的資金で支援し、高成長が見込まれる未上場の新興企業(スタートアップ)に投資をするベンチャーキャピタルを振興しています。

連結性と多様性の確保

産業化やイノベーションの推進と継続に重要なのが、インフラ構築による連結性の強化です。これは、物、資金、人、情報、データ、知識などの移動を円滑にする施設や制度の整備を意味します。

東南アジアの事例でみたように、従来は、物的、制度的、人的な連結性の強化による産業化の推進が中心でした。しかし近年では、デジタル技術による連結性強化へのニーズが量・質ともに高まっています。1990年代のインターネット黎明期には、送受信に多少の遅延があっても大きな問題はありませんでした。しかし近年、たとえばドローンの遠隔操作や遠隔手術では、データ送受信の遅延が人命にかかわる事故に結び付く可能性もあるため、高速で安定した通信網の整備が必要になります。

強固な通信網を産業化や社会経済開発に役立てるには、信頼できるデータを安心してやり取りするための国際ルールの整備も必要です。自由なデータ流通は、国際的にシームレスなデジタルサービスの利用を可能にするだけでなく、多様な環境から生成されるビッグデータの獲得と、それを利用した人工知能(AI)の精度向上に役立ちます。日本政府は、2019年に「信頼性のある自由なデータ流通(Data Free Flow with Trust: DFFT)」を提唱し、国際的なデータ流通のための環境整備を推進しています。

連結性の強化は、多様性や創造力を促進し、イノベーション活動の活性化をもたらします。交通網などのインフラが整備・拡大されると、大都市のようなインフラネットワークの結節点にさまざまな国や地域から多様な人材が集まるようになります。インターネットの普及もまた、異なる背景を持つ人々の交流を盛んにします。多様な人材の交流からは新しいアイデアが生まれ、創造的活動が活発に行われます。さらに、そうした活動を具現化するための資金、情報、技術などのリソースも集まるようになります。商品やサービスの国内外との売買も円滑に行われることで、起業活動がいっそう活発化することも期待されます。

開発途上国においても、連結性の改善により、発展を阻害してきた課題解決手段を考案することで利益獲得を目指したり、社会問題の解決に取り組んだりする起業家が増えています。創業当初から急成長を遂げるユニコーン企業(評価額10億ドル超の未上場スタートアップ企業)も開発途上国から誕生しています。

写真2 東南アジアを代表するユニコーン、グラブの配車アプリで 顧客を探すベトナム・ハノイのバイク運転手

写真2 東南アジアを代表するユニコーン、グラブの配車アプリで
顧客を探すベトナム・ハノイのバイク運転手
強靭なインフラ・連結性の構築によるリスク対応

産業化やイノベーションの促進のための活動、そしてその担い手を支えるインフラの機能停止は、人々の生活や経済社会活動に深刻なダメージを与えます。そのため、災害が発生しても利用に支障をきたさず、いち早く元の状態に回復できる強靭(レジリエント)で質の高いインフラの開発・管理運営体制の重要性が増しています。

強靭性(レジリエンス)を重視する考え方は、企業の組織やサプライチェーン管理などに対しても適用され、災害時などに備えて事業継続計画(Business Continuity Planning: BCP)を策定・運用する企業も増えています。

インフラやサプライチェーンの強靭性に対する関心が日本で高まったきっかけは、2011年の東日本大震災や、タイで発生した洪水による工業団地の浸水など、自然災害によるサプライチェーンの寸断を立て続けに経験したことでした。近年は、情報システム障害やサイバー攻撃などのデジタルインフラの脆弱性、新型コロナウイルス感染症の流行、米中経済摩擦やウクライナ紛争といった安全保障に対する脅威など、自然災害以外のリスクへの取り組みを求められる事案も増えています。

包摂的かつ持続可能な開発に向けて

産業化やイノベーションを通じた経済発展と貧困削減を進めるうえでは、社会に与える影響も考慮する必要があります。大規模なインフラを基礎とする産業化と包摂性や多様性は両立しない場合もあるからです。

経済発展には継続的な効率性の改善が欠かせません。そして効率性は、生産規模を拡大するほど一単位当たりの生産コストは低下するという規模の経済などにより実現されます。規模の経済は、大企業や、インフラと情報が集積する都市に有利に働くと考えられてきました。デジタル技術はこのような傾向を覆し、中小企業の効率性を改善したりビジネス活動の場を農村部などに拡大したりすることで、包摂的な開発の手助けとなることが期待されています。一方で、デジタル技術のプラットフォームを提供する少数の巨大企業による市場の支配を招くことで多様性を損ない、イノベーション活動を停滞させる恐れもあります。産業化やイノベーションが持続可能で包摂的な方法で進んでいるかどうか、我々は立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。

SDGsの役割とは?

目標9が掲げる「産業化の促進」は、SDGsの理念と整合的な「民間部門の育成」とも言えます。この観点からのSDGsの役割は、企業経営者や社員がSDGs の理念と企業経営との関係について理解し、SDGsを企業戦略に組み込むように促すことにあると考えられます。国連は、そのための行動指針として「SDG Compass」(GRI, UN Global Compact and WBCSD 2015)も提供しています。経営者や社員は、SDGsと関連付けながら会社の存在意義を考えることで、自社が株主や顧客だけでなく、幅広いステークホルダーと関係を持ちながら社会に貢献していることに気づくことができます。そうした気づきは、社員の意欲を引き出すことにもつながるでしょう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
さらに学びたい人へ

産業化の成功例とされるアジアの開発経験を勉強するうえでは、アジア開発銀行による「アジア開発史」(ADB 2020) が幅広いトピックをカバーしていて便利です。日本のODA (政府開発援助)と工業化に関心がある方には、タイの東部臨海開発計画の事例を勉強されることをお勧めします(有賀・江島 2000)。インフラ開発と工業化、イノベーションとを関連付ける経済メカニズムと開発戦略については、「東アジア総合開発計画(CADP)2.0」 (ERIA 2015)の考え方が参考になります。タイを中心とするインドシナ地域の生産ネットワークの形成については拙稿(植木 2017)が詳しいです。

目標9は、SDGsの他の目標とも密接なかかわりがあります。たとえば教育(目標4)、エネルギー(目標7)、不平等(目標10)、都市化(目標11)、循環型社会(目標12)、気候変動(目標13)、パートナーシップ(目標17)に関する本シリーズの解説コラムもあわせて読まれることをお勧めします。開発途上国発のイノベーションやデジタル化の事例については、IDEスクエア「新興国発イノベーション」(全10回)をご参照ください。

写真の出典
  • 写真1 植木靖撮影(2014年9月)
  • 写真2 藤田麻衣撮影(2019年2月)
参考文献
著者プロフィール

植木靖(うえきやすし) 開発研究センター(ERIA支援室兼務)主任調査研究員。博士(国際公共政策)。専門は産業開発。最近の研究としては、アパレル自動車などに関するものがある。

藤田麻衣(ふじたまい) 地域研究センター東南アジアII研究グループ長。博士(開発学)。専門はベトナム地域研究、開発学、産業発展、移行経済。

【連載目次】

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