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おしえて!知りたい!途上国とSDGs

 
目標3 すべての人に健康と福祉を――必要な保健医療サービスを誰もが受けられる世界へ

Goal 3 Good Health and Well-Being: Towards a world where everyone has access to healthcare

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052864

牧野 久美子
Kumiko Makino
2021年12月
(4,365字)

健康と幸せのために必要な保健医療サービスをすべての人に

目標3:すべての人に健康と福祉を」は、正式には「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」となっています。ここで「福祉」と訳されている箇所は、英語では「幸せ」「よき生」といった意味合いの“well-being”という言葉があてられています。健康と幸せのために必要な保健医療サービスを誰もが受けられること、健康を害するリスクとなる事柄をなるべく防ぐことが、目標3の目指すところです。
2000年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)では、8つの目標のうち3つ(目標4:乳幼児死亡率の削減、目標5:妊産婦の健康の改善、目標6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止)が健康に関わるものでした。これらの目標は、途上国において特に深刻な保健課題を念頭においたものでした。たとえば、MDGsの目標5に関していえば、一生のうちに妊娠中あるいは出産時に死亡する危険性は、先進国においては2800人に1人の割合で起きるのに対して、途上国では61人に1人、なかでもサブサハラ・アフリカでは16人に1人と非常に高い割合となっていました(WHO 2004)。SDGsの目標3にも、上記の健康に関わるMDGsの目標を引き継ぐターゲットが盛り込まれていますが、MDGsでは母子保健と特定の感染症に焦点が当てられていたのに対して、SDGsの目標3ではより幅広く健康に関わるイシューが取り上げられています。たとえば、感染症に関するターゲット(3.3)には、貧しい国に罹患者が集中するため研究や医薬品の開発が遅れてきた「顧みられない熱帯病」に関する指標が新たに含まれました。生活習慣の変化などにより、先進国のみならず途上国でも心血管疾患(心筋梗塞や脳卒中など)、がん、呼吸器疾患、糖尿病などの非感染性疾患が増加していますが、非感染性疾患の予防や治療により若年死亡率を削減することもターゲットのひとつとなっています(3.4)。また、健康にとって大きなリスクとなる交通事故、薬物乱用やアルコールの有害な摂取、大気や水質の汚染などにも言及されています(3.5, 3.6, 3.9)。

そして、目標3において最も特徴的なのが、個々のターゲットすべてに関わり、目標全体の土台として位置づけられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」が掲げられていることです(3.8)。UHCとは、「すべての人が、必要なときに、必要な場所で、金銭的苦境に陥ることなく、必要な保健医療サービスを受けられること」を指します。UHCにおいては、基礎的な保健医療サービスから「誰ひとり取り残さない」ために、貧困層、妊婦や小児、高齢者、民族的・性的マイノリティなどの社会的脆弱層に対して、支払い可能で品質が保証されたサービスを提供し、健康格差を是正することが課題となります(杉下 2019)。

UHCの歴史的背景

第二次世界大戦後の健康に関する国際社会の対応は、特定の疾病への集中的な取り組みと、生活圏に密着した基礎的な保健医療サービスの提供を重視するプライマリ・ヘルス・ケアの2つのアプローチの間を揺れ動いてきました。

前者の典型例として、天然痘への取り組みが挙げられます。全世界的なワクチン接種キャンペーンにより、天然痘は1980年に根絶が宣言されました。その他にもポリオやマラリアなど、WHOは1948年の設立以来、特定の疾病に集中して取り組むプログラムを多数実施してきました。

後者のプライマリ・ヘルス・ケアの考え方は、1978年にWHOとUNICEFが中心となって開催した国際会議で初めて登場しました。この会議では、「2000年までにすべての人びとに健康を」という標語とともに、プライマリ・ヘルス・ケアのアプローチを強く打ち出したアルマアタ宣言が採択されています。しかし、1980年代以降、公共部門の縮小化を要求する構造調整プログラムの荒波のなかで、プライマリ・ヘルス・ケアの理念は十分に実現されませんでした(詫摩 2021)。

写真1 インド・ニューデリーにおけるポリオ・ワクチン接種(2009年)

写真1 インド・ニューデリーにおけるポリオ・ワクチン接種(2009年)

2000年代に入ってからは、HIV/エイズ、結核、マラリアの三大感染症への取り組みが強力に推し進められてきました。各国政府や民間財団などの拠出金によって運営されるグローバル・ファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)などを通じて、途上国においてもHIV/エイズの治療薬が広く普及するようになり、マラリアについても予防のための蚊帳の配布や検査・治療体制の強化などが行われてきました。その結果、グローバル・ファンドが支援した諸国におけるHIV/エイズやマラリアによる死亡者は、2002年と比べて46%減少しました(The Global Fund 2021)。

このように特定の感染症への取り組みが続けられる一方で、疾病別プログラムの効果的実施の基盤となる保健システムの全体的な強化にも同時に取り組むべきであるという認識が高まりました(湯浅ほか 2009)。このため、アルマアタ宣言30周年にあたる2008年にプライマリ・ヘルス・ケアをテーマとする『世界保健報告』が刊行された頃から、再びWHOのプライマリ・ヘルス・ケア重視路線への回帰が鮮明になってきました。同報告は「健康の公平性(health equity)」——健康でいるための機会が誰に対しても公平に開かれている状態のこと——の重要性を強調し、そのために①保健医療サービスによってカバーされる人口の範囲を拡大する、②提供されるサービスの内容を高める、③費用の自己負担を減らす、という3つの方向で「ユニバーサル・カバレッジ」に近づけていくべきと主張しています(WHO 2008)。UHCを中心的な柱とするSDGsの目標3は、「すべての人びとに健康を」というアルマアタ宣言の理念を直接継承するものであるといえます。

UHCの現状

UHCに関するターゲット3.8は、次のように書かれています。

全ての人々に対する財政リスクからの保護、質の高い基礎的な保健サービスへのアクセス及び安全で効果 的かつ質が高く安価な必須医薬品とワクチンへのアクセスを含む、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成する。」

このターゲットにおいては、必要不可欠な保健医療サービスのカバレッジ(普及度合い)を評価するために、母子保健・リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)、感染症コントロール、非感染性疾患、医療提供体制に関わる14のグローバル指標が設定されています。

2019年のWHOの報告書によれば、保健医療サービスのカバレッジは2000年以降、全体的に改善傾向にあります。しかし、依然として必要不可欠な保健医療サービスを利用できるのは世界人口の3分の1から半分程度にとどまっています(WHO 2019)。

想像に難くないことですが、保健医療サービスの普及は地域差が激しく、欧米や東アジア諸国ではカバレッジが高い一方、サブサハラ・アフリカ諸国では基礎的な保健医療サービスを十分利用できない人びとがまだまだ多いのが現状です(図1)。

図1 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ指標(2017年)

図1 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ指標(2017年)

(出所)Our World in Data(原典は、World Health Organization).

地域間・国家間の格差だけではなく、先進国、途上国を問わず、国内でも深刻な格差が生じている場合があることにも注意が必要です。たとえば世界で最も不平等な国の一つとして知られる南アフリカでは、ミドルクラス以上の人びとが主に利用する民間医療部門と、低所得層が主に利用する公的医療部門に医療システムが分断されており、利用者が相対的に少ない民間部門に医療資源が極端に偏っていることが問題となっています(牧野久美子 2020)。

保健医療サービスが存在していても、高額な支払いを要するために利用できなかったり、無理な支払いのために生活が困窮してしまったりしては意味がありません。医療費の支払いは、低中所得国に暮らす人々が貧困に陥る大きな原因のひとつとなっています。世帯支出に占める医療費支出が10%を超える人口の割合は、2000年の9.4%から2015年には12.7%に増加しました(WHO 2019)。保健医療サービスのカバレッジが改善し、必要なサービスにアクセスしやすくなるのは喜ばしいことですが、医療費の自己負担が過大とならないよう、適切な保健財政の仕組みを整えることが求められます。

この点で、半世紀以上にわたって国民皆保険制度が維持されている日本は、高齢化による医療費増加など様々な課題を抱えているとはいえ、UHCという観点からは先行国であるといえます。そのため、UHCに関する国際協力は、日本の経験を活かしやすい分野であると考えられています(池上 2014)。

SDGsの役割とは?

2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが世界を襲いました。執筆時点(2021年11月)までに全世界で2億5000万人以上が新型コロナウイルスに感染し、500万人以上の死亡者が出ています。COVID-19は各国経済および世界経済に大きな打撃を与えました。COVID-19パンデミックを通じて、私たちは保健問題が経済・社会問題といかに密接に結びついているかを痛感することとなったのです(佐藤 2021)。

ウイルスは人を選びませんが、生活環境や仕事の性質などにより感染や死亡のリスクは異なり、パンデミックによる経済的ダメージも、もともと社会的に不利な状況に置かれてきた人々にとってより深刻なものとなっています。感染者や死亡者は、貧困や差別に直面しているコミュニティほど高い傾向があります(たとえば、牧野百恵 2020)。また、感染抑制の切り札とされるワクチンの接種率も低中所得国では低くとどまっています。これは、ワクチン供給が富裕国に偏り、低中所得国に十分な量のワクチンが供給されていないことに加えて、多くの低中所得国において、もともと保健システムが脆弱であることも深く関係しています。ワクチン接種に出遅れれば、それだけ経済回復にも遅れが生じる可能性が高いので、グローバルな格差がますます拡大することが懸念されています。

COVID-19のパンデミックは、SDGs目標3の達成に向けた道筋に大きな影を落としていますが、同時に、この目標の重要性を浮き彫りにすることにもなりました(United Nations 2020)。COVID-19への対応のなかで、UHCの重要性、あるいは医薬品やワクチンの衡平な分配の問題(稲場 2021)などが改めてクローズアップされています。パンデミックが否応なくもたらした強い危機感のなかで、SDGsが指し示す方向性に向かって国際社会が一致協力して必要な投資を行い、健康の衡平性を実現することができるかが問われています。

写真2 アフリカ連合ソマリア・ミッションによるモガディシュにおけるCOVID-19ワクチン接種の様子(2021年8月)

写真2 アフリカ連合ソマリア・ミッションによるモガディシュ
におけるCOVID-19ワクチン接種の様子(2021年8月)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

さらに学びたい人へ

この記事のなかで触れた2つの重要ワードについて簡単に解説します。

●感染症と非感染症(Communicable Diseases and Non-communicable Diseases)――感染症(感染性疾患)とは細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入することによって症状が引き起こされる疾患のことをいいます。非感染症(非感染性疾患)は、がん、心血管疾患、慢性呼吸器疾患、糖尿病などを含む、感染症以外の疾患のことをいいます。

先進国では死因の大半を非感染症が占めるのに対して、感染症による患者や死者は途上国に集中する傾向があります。しかし近年では、途上国においても、食生活の変化や高齢化などにより、非感染症による死亡者が増加しています。WHOのファクトシートによれば、非感染症による年間の死者4100万人のうち、77%が低中所得国の人びとです(WHO 2021b)。途上国においては、感染症と非感染症の二重の負担が課題となっている国も少なくないのです。

●顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)――顧みられない熱帯病とは、熱帯・亜熱帯地域の貧困層を中心に流行する感染症のことを指します。罹患者は10億人以上にのぼるとみられていますが、途上国の貧困地域に集中しているため、国際社会からの注目を集めにくく、十分な対策資金が投じられてきませんでした(詫摩 2020)。現在、以下の20種類がWHOによって顧みられない熱帯病として指定され、2030年までの取り組みのロードマップがつくられています(WHO 2021a)。

ブルーリ潰瘍、シャーガス病、デング熱・チクングニア熱、メジナ虫症(ギニア虫症)、エキノコックス症(包虫症)、食物媒介吸虫類感染症、ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症、リーシュマニア症、ハンセン病、リンパ系フィラリア症(象皮病)、マイセトーマ、オンコセルカ症(河川盲目病)、狂犬病、疥癬その他の外部寄生虫症、住血吸虫症、土壌伝播寄生虫症、有毒ヘビ咬傷、条虫症・嚢虫症、トラコーマ、風土病性トレポネーマ症。

写真の出典
  • 写真1 Ministry of Health and Family Welfare, A child being administered Polio Vaccine by a volunteer, at the Pulse Polio Immunisation camp, in New Delhi on March 01, 2009.(GODL-India
  • 写真2 Fardosa Hussein, A trader takes the COVID-19 jab during a vaccination exercise in Mogadishu, Somalia, on 30 August 2021, AMISOM Public Information.(Public Domain)
参考文献
著者プロフィール

牧野久美子(まきのくみこ) アジア経済研究所地域研究センターアフリカ研究グループ長。2019年8月まで1年間、南アフリカ・ジョハネスバーグに海外調査員として滞在。専門は南アフリカ地域研究、国際関係論。主な著作に『南アフリカの経済社会変容』(共編著、アジア経済研究所、2013年)、『新興諸国の現金給付政策――アイディア・言説の視点から――』(共編著、アジア経済研究所、2015年)など。

【連載目次】

おしえて!知りたい!途上国とSDGs