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目標10 人や国の不平等をなくそう―― 世界を支配する「象」を倒せるか

Goal 10 Reduce inequality within and among countries: Can we defeat ‘the elephant’ that rules the world?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052841

熊谷 聡
Satoru Kumagai
2021年10月
(3,820字)

「人の不平等」と「国の不平等」

目標10:人や国の不平等をなくそう」は、正式には「各国内及び各国間の不平等を是正する」となっています。ひとつの国の中で豊かな人と貧しい人の間の所得の不平等(人の不平等)を小さくすることと、豊かな国と貧しい国の間の国際的な所得の不平等(国の不平等)を小さくすることの両方を目標にしています。

これまで、国際社会で問題にされる不平等というと、先進国と発展途上国の間の大きな所得格差、いわゆる南北問題が中心でした。国際的な所得格差については、1人当たり国民所得がもっとも高いノルウェー(7万8250米ドル、2020年、名目額)ともっとも低いブルンジ(同270米ドル)の間には300倍近い格差があります。ただ、最近では、「南」の発展途上国のなかから順調な経済発展をとげる国が現れて「新興国」と呼ばれるようになったり、中国やインドなどの「南」の大国が経済発展を実現したりして、「国の不平等」については変化する兆しも見えています。

一方で、近年、各国で国内の所得格差が政治的に大きな問題となっています。世界金融危機の余波が残る2011年、米国では所得階層の上位1%に富が集中していることに抗議するため、「我々は取り残された99%だ(we are the 99%)」というスローガンを掲げてニューヨークのウォール街を占拠するデモが起きました(写真1)。韓国では2015年頃から、結局は親の所得や地位が子の人生を決めているという「スプーン階級論」が流行しました。日本でも所得の不平等度を示すジニ係数が1990年の0.4334から2017年には0.5594に上昇するなど、各国内における所得格差の拡大に注目が集まりつつあります。 

写真1 ウォール街占拠運動の様子

写真1 ウォール街占拠運動の様子

これまで、国内の所得格差は、皆が平等に貧しい状態から経済発展の過程で一時的に拡大するものの、国が豊かになると縮小に向かうと考えられてきました。いわゆるクズネッツ曲線(図1)です。しかし、実際には、1980年代以降、多くの先進国で国内の所得の不平等度は拡大する傾向にあります。

図1 クズネッツ曲線

図1 クズネッツ曲線

(出所)Kuznets(1955)より筆者作成
グローバル化した世界を支配する「象」

こうした人の不平等と国の不平等を共に説明する概念として、2012年、セルビア出身の経済学者ミラノヴィッチが発表した「エレファント・カーブ」(図2)が話題になりました(Milanovic 2012)。この図は、世界のグローバル化が進んだ1988~2008年にかけての世界の人々の所得の伸び率(縦軸)を、全世界を1つのグループとした場合の人々の所得階層別(横軸)にみたものです。この図によれば、所得がもっとも伸びているのは先進国を中心とした超富裕層(A)と発展途上国の中間層(C)の人々で、ともにグローバル化の「勝ち組」となっています。一方で、所得の伸びが極めて低いのは先進国で所得が中・下位の階層(B)と途上国の最貧層(D)です。これらの人々がグローバル化の「負け組」となっているとミラノヴィッチは主張します。

図2 エレファント・カーブ

図2 エレファント・カーブ

(出所)ミラノヴィッチ(2017)より筆者作成

グローバル化が世界の所得の不平等にどのように影響するかについては多くの研究があり、一致した結論には至っていません。それでも、エレファント・カーブの背景を想像することは難しくありません。経済のグローバル化によって、資本を持っている富裕層(A)は海外に投資することが容易になります。そして、発展途上国のなかでは、そのような資本に対して豊富な労働力を安く提供できる中間層(C)がグローバル化の恩恵を受けます。先進国の資本と途上国の労働力が結びつくことで、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)を通じて工業製品が安く大量に生産され、世界経済は恩恵を得てきました。

一方で、先進国でも資本を持たない中間層以下の人々(B)のなかには、輸入された安い工業製品との競合によって仕事を失ったり賃金が下がったりした人がいます(David, Dorn and Hanson 2013)。また、途上国のなかではGVCに参加するのに必要なインフラが整備されていない地域に住み、工場で働くのに必要な教育水準に達していないような最貧層(D)が経済発展から取り残されてしまいました。

エレファント・カーブが出現した期間は、情報産業や金融業が大きく発展した期間でもあります。情報産業は、米国のGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)や中国のBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)に代表される少数の巨大企業が独占的なシェアを占める構造になっており、こうした企業の創業者は個人で数兆円の資産を持つことが珍しくありません。また、金融業は経営者や従業員が高額の報酬を得られることで知られており、こうした産業の興隆が「象の鼻」を作り出している可能性があります。

どうすれば……

こうした所得格差の拡大を是正するにはどうすればよいのでしょうか。フランスの経済学者ピケティは世界的ベストセラーとなった『21世紀の資本』のなかで、所得格差が拡大する原因として、歴史的にみて多くの時期で、富裕層の所得を生み出している資本の利益率(r)が、一般の人々の所得の伸びと関係が深い経済成長率(g)を上回っていることを指摘しました。「r > g」である限り、時間が経つにつれ、富裕層と一般の人々の所得の格差は広がる一方になります。

そこでピケティは、格差是正のためには収益率の高い資本への課税を世界的に進めるべきだと提言しています。SDGsでも、目標を達成するための具体的な取り組みとして列挙されているターゲットの10.4から10.6までが税制や金融に関するものになっています。2021年7月、G7(主要7カ国)の会議で法人税の下限を15%とすることが合意されました。これは、企業を誘致するために行われてきた国際的な法人税率引き下げ競争に一定の歯止めをかける歴史的な合意で、ピケティの提言やSDGsの方向性に沿うものと言えます。

所得の不平等を是正する方法として、これまであまり議論されていなかったのが移民です。貧しい国から豊かな国に移り住めば、仕事にありつける限り、その人の所得は何倍にも増えます。経済のグローバル化によって、資本や商品の国際移動は促進されてきた一方で、人の国際的な移動については多くの国が厳しい制限を加えてきました。各国で移民に対する差別や排斥の動きがみられるように、人の移動は資本や商品の移動に比べて、政治的・社会的な問題を引き起こす可能性が高いと考えられているためです。しかし、ターゲット10.7は、秩序のある移民政策の採用によって人の移動を促進することを推奨しています。これは、かなり画期的な提言です。

「平等」の概念には、「機会」の平等と「結果」の平等があります。機会の平等とは、人々が競争を始めるスタート地点での条件をできる限り同じにしよう、というものです。一方、結果の平等とはゴール地点での差を小さくしよう、というものです。近年、この2つのうちでは機会の平等が重視され、結果の平等については、かつての共産主義国のように人々が豊かになろうとするインセンティブを失わせるとして、あまり重視されていませんでした。ところが、ターゲット10.3には機会の平等に加えて「成果の不平等を是正する」と明記されています。これは、これまでのように機会の平等だけを目指していても、実際には人々や国々の間には是正しきれない大きな境遇の差があり、さらに、たとえ公正な競争の結果だとしても、容認しがたい巨大な不平等が生まれてしまっているという認識が反映されているようにみえます。実際、世界のもっとも豊かな8人の資産の合計は、貧困層36億人の資産合計と等しいと報じられています。

野心的なターゲット、不十分な手段

「目標10:人や国の不平等をなくそう」は長い間繰り返し主張されてきた古い理想であるようにみえます。しかし、ターゲットを個別にみると、これまで積極的な議論が避けられていた国際金融や税制、移民、成果の不平等の是正などに踏み込んだ提言を行っており、かなりラディカルです。逆に言えば、そこまで思い切ったターゲットを設定しない限り、目標10を達成することは難しい、そういうところまで世界の所得の不平等は拡大してしまっているといえます。

一方、こうした野心的ともいえるターゲットと比べて、それを実現するための手段は「WTO(世界貿易機関)での途上国優遇の実施(10-a)」「ODA(政府開発援助)やFDI(外国直接投資)の拡大(10-b)」「国際送金手数料の引き下げ(10-c)」と、現状追認的なものに留まっています。ミラノヴィッチは、所得の不平等を是正する力には「悪性の力」と「良性の力」があると主張しています。悪性の力とは、戦争、自然災害、疫病などであり、良性の力とは教育へのアクセス拡大、社会的移転の増加、累進課税の導入など、政策によるものです。どちらの力によって人や国の不平等が是正される未来が望ましいかは言うまでもありませんが、10-a〜10-cに示された手段だけでは目標10を実現するための「良性の力」としては明らかに力不足です。「悪性の力」によって皆が貧しくなることで所得の不平等が自壊する未来を変えられるかどうかは、各国政府の取り組み次第、ひいては人々のこの問題に対する意識にかかっているといえるでしょう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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この記事のなかで触れた3つの重要ワードについて簡単に解説します。

  • ジニ係数――ものごとの不平等度を示す指標で、全員の所得が同じという完全に平等な場合の場合には0の値を、1人がすべての所得を独占するような完全な不平等の場合には1の値をとる。詳しい計算方法などは「経済指標の見方・使い方」(『とやま経済月報』2005年4月号)を参照。
  • グローバル・バリューチェーン(GVC)――ひとつの製品が完成するまでの工程、すなわち、原料が加工されて部品に、部品が組み立てられて完成品になる工程が、複数の国にまたがっており、それが高度な国際物流によって繋がれている状況を指す。また、生産工程を分析する際に、どの国でどの程度の付加価値(バリュー)が生じているのかに注目するのもGVCという概念の特徴である。実際のGVCがどのようになっているのかは猪俣(2019)が詳しく分析している。
  • 社会的移転――国や自治体が税金や社会保険料として集めたお金を、年金や給付金として人々に再分配すること。これに対し、親から子への贈与や相続は「私的移転」と呼ばれる。
写真の出典
  • Paul Stein, A man is holding a sign that says, "We Are The 99%" at a Occupy Wall Street protest.(CC BY-SA 2.0)
参考文献
  • 猪俣哲史(2019)『グローバル・バリューチェーン――新・南北問題へのまなざし』日本経済新聞出版社。
  • トマ・ピケティ著、山形浩生・守岡桜・森本正史訳(2014)『21世紀の資本』みすず書房。
  • ブランコ・ミラノヴィッチ著、立木勝訳(2017)『大不平等――エレファントカーブが予測する未来』みすず書房。
  • Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson (2013) "The China syndrome: Local labor market effects of import competition in the United States." American Economic Review, 103(6), 2121-68.
  • Kuznets, S. (1955) "Economic growth and income inequality." American Economic Review, 45(1), 1-28.
  • Milanovic, B. (2012) "Global income inequality by the numbers: in history and now--an overview--." World Bank Policy Research Working Paper, (6259).
著者プロフィール

熊谷聡(くまがいさとる) アジア経済研究所開発研究センター経済地理研究グループ長。専門は、国際経済学(貿易)およびマレーシア経済。主な著作に『経済地理シミュレーションモデル――理論と応用』(共編著)アジア経済研究所(2015年)、『ポスト・マハティール時代のマレーシア――政治と経済はどう変わったか』(共編著)アジア経済研究所(2018年)、"The Middle-Income Trap in the ASEAN-4 Countries from the Trade Structure Viewpoint. "In Emerging States at Crossroads (pp. 49-69). Singapore: Springer (2019) など。