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コラム
目標11 住み続けられるまちづくりを――市民ひとりひとりを大切にする安全な都市とは
Goal 11 Sustainable Cities and Communities: Safe city that caters for every citizen
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052842
磯野 生茂
Ikumo Isono
2021年10月
(3,914字)
SDGsにおける都市の問題
都市は、多様なバックグラウンドをもつ人々が集まり様々な活動を行う場です。現在は、情報を交換し新しい技術やアイデアを生み出す場としての機能が重要視されています。ICT(情報通信技術)の発展によって、人はどこにでも住みどこでも働けるようになるため、都市の重要性は下がるだろうとも言われてきましたが、現実には逆に、価値を生み出す情報や知識を持つ人の近くにいることの重要性が高まり、都市への集積は続いてきました(モレッティ 2014)。
都市部に住む世界の人口の割合は1950年には29.6%でしたが、2030年には60%を超えるとされています。途上国における都市人口の増加がこの主要因です(図1)。現在までのところ、市場経済を導入する国々において経済発展と都市化は同時に進行してきました。先進国においては都市化は既に完了のフェーズにある一方、途上国では農村から都市への人口流入や農村部での市街地の形成がいままさに進行中であることをこの図1は示しています。
都市は持続可能な経済成長と開発のための基盤であると同時に、多くの問題やひずみを生み出しています。たとえば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では大都市内にて人が移動することで感染が拡大しました。これも大都市の脆弱性の一端が表出したといえます。
図1 世界の都市人口
SDGsの「目標11 住み続けられるまちづくりを」では、包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市および人間居住を実現することをテーマにしています。強靱性は、災害の被害を最小化するだけでなく、災害から都市の機能を素早く回復させることに主眼においた言葉です。スラムの改善(11.1)、交通アクセス改善(11.2)、水害、大気汚染、廃棄物汚染被害の削減(11.5、11.6)などがターゲットとして指定されています。
途上国における都市問題
途上国における都市の問題は、急速な人口の流入に政策の対応が追いつかず、無秩序な開発が進み人々の生活の質を極端に悪くしていることです。一例として、インドネシアの首都ジャカルタのスラム(ターゲット11.1)と水害(ターゲット11.5)の関係についてみてみます。
ジャカルタのスラムについて触れるためには、似た言葉であるスラム、カンポン、スクオッターの定義と違いについての復習が必要になります。国連人間居住計画(UN-Habitat)は、スラムの居住者の定義を「耐久性のある住宅、十分な居住空間、安全な水へのアクセス、適切な衛生設備へのアクセス、立ち退きを強制されないための居住権の保障」の5つのうち、ひとつでも欠けている世帯としています。
カンポンはインドネシア語やマレー語で村や集落を意味する言葉ですが、インドネシアにおいては都市内でもカンポンと呼ばれるエリアが存在します。これは「既成市街地に自然発生的に開発された住宅地区」(城所 2000)を意味する「都市カンポン」という、一見矛盾しているかのようにみえる用語で定義されます。オランダ植民地期にはすでに、インドネシア人使用人に割り当てられた地区がカンポンと呼ばれていました。政策による隔離や自発的な民族別の住み分け、そして地方からの人口流入に伴って、オランダ人居住区を囲うようにカンポンが形成され、ジャカルタ(オランダ植民地時代はバタヴィアと呼称)では都市域の拡大に伴って周辺農村が吸収されました。
スクオッター(スコッター)は、河川敷、鉄道沿い、建設用地などに不法に占拠し居住する行為、人々、ないしその住宅や住宅群です。スラムが質の悪い住宅、住環境を意味するのに対し、スクオッターは正当な居住権を有していないことを指しています。
このようにスラム、カンポン、スクオッターはそれぞれ異なる意味を持つ言葉ですが、現実には重複がみられます。多くのカンポンは、所有関係のあいまいさなど、なんらかの不法性を有していると言われています(前田他1985)。独立後、ジャカルタ中心部ではカンポンの性質も変化しました。一部のカンポンはオフィスビル開発などによって消滅し、人々は立ち退きにあいました。残ったカンポンには人口の流入が続き、相続や切り売りで一戸当たりの面積が下がり、さらに違法増築を繰り返したことで、場所によっては異常な高密度化が発生し、カンポンがスラムと同一視されるような状況になりました。
ジャカルタのスラムと水害
ジャカルタでは、この低地にあるカンポンが、洪水で真っ先に被害を受けます。ジャカルタの洪水は政策の努力にもかかわらず、徐々に深刻さを増してきています。洪水は雨季における1~2月ごろの洪水と、北部沿岸域の高潮に伴う「いつもの洪水」があります。
ジャカルタの洪水の理由はいくつかの原因の複合であると言われています。第一に、気候変動により異常降水が増えています。第二に、チリウン川流域の市街化があります。流域が森林や水田からコンクリートやアスファルト路面などに変化したため、降雨が地中にしみこまず川に集中します。多数の家屋が川沿いに存在し川幅の拡張が行えないため、増水した水量を流す能力が上がらないだけでなく、川の砂、ゴミの堆積によって能力が低下します。第三に、地下水くみ上げなどによる深刻な地盤沈下があります。北部沿岸部では1970年より現在まで最大4メートルほどの地盤沈下が発生しました。沈下は依然進行中です。第四に、排水ポンプ能力の低下、メンテナンス不足が挙げられています。海面上昇もリスクのひとつとみなされています。
洪水は、道路冠水によって移動や生活物資の輸送に障害をきたし、食糧やガソリン価格の一時的な高騰を招きます。雨季となる2月の洪水では年によって浄水設備、発電、鉄道に被害を与えます。このように洪水は都市全体に影響を与えますが、住居や身体に与える被害は限られた地域に何度も発生します。浸水地域では溺死や、落下した電線による感電死も起きています。
問題を深刻にしている点は、洪水の影響を直接受けるカンポンや川沿いのスクオッター・スラムは、被害者であると同時に、ゴミの投棄、自然堤防の破壊、河川敷の占拠を通じて被害を拡大させる加害者にもなっていることです(外部不経済の発生)。また、コンクリートで河岸が整備された地域が増えるにつれて、行き場をなくした水が貧困地帯に集中し氾濫するという、状況の悪化を招いています。
問題の解決策は?
ではこのスラムと水害の問題をどう解決していけばよいでしょうか。
スラムはSDGsやその前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)によらず、以前からの課題で、改善が続けられてきました。たとえば1969年に始まったカンポン改善プログラム(KIP)では、上水道、排水溝、共同トイレなどを整備しました。スラムの建物を撤去しスラム住民のための住宅を再建築するプロジェクトも行われています。2016年には、水害対策等を理由にジャカルタ首都特別州政府によってカンポン・アクアリウム周辺の強制立ち退きがありましたが、その後知事が代わりカンポン住民の復帰と住宅再建への動きがみられています。民間の専門家集団が参画し、コミュニティの特性を維持するための住民主導の再建を掲げ、さらに日本はじめ海外の研究者も招いて情報公開を行っています(太田・神吉 2019)。
また、チリウン川の浚渫、拡張が継続的に行われています。防潮堤の建設、ポンプの増設・改修、貯水池の増設に加え、地下水のくみ上げを制限するための施策も行われています。
しかし、どれも時間と費用がかかり、劇的な改善は期待できません。建て替えの対象地域は限られています。建て替えによって改善された地域では地価や家賃が上昇しますが、以前のプログラムでは家賃が払えなくなったり住居を売ったりしてしまうことでコミュニティが崩壊する事例が報告されています。防潮堤の建設計画は2070年まで予定されています(Henry 2019)。
では、努力を継続していくためにはなにが必要でしょうか。第一は、政策の一貫性と市民への説明です。カンポンに住んでいる人たちが清掃、調理、メイド、店員、ドライバー、ガードマンなどのエッセンシャルワークやさまざまなインフォーマルワークに携わっており、ジャカルタが彼らに依存していることを市民が理解し、カンポンやカンポンに住む人々を支える政策が中断されないようにする必要があります。第二は、専門家、NGO、メディアによる関与と監視です。科学的手法による分析、適切なデータの構築と開示によってなにがどう水害に影響し、どこをどの程度改善すべきかを把握する必要があります。
SDGsの役割とは?
さらに学びたい人へ
この目標「住み続けられるまちづくりを」を議論する前に、なぜ都市が存在し、これまで拡大してきたのかについての理解が必要です。モレッティ(2014)は、都市とは何かを知るための出発点として役に立ち、また非常に読みやすいです。
政治に翻弄され、現在は再建が行われているカンポン・アクアリウム(Kampung Akuarium)、大雨のたびに洪水に見舞われるカンポン・ムラユ(Kampung Melayu)を日本語、英語、インドネシア語等で検索してみましょう。カンポン・アクアリウムはGoogleマップのストリートビューの履歴で2013年以降の変遷を見ることができます。
スラムは国、地域、個々のスラムによって性格や特性が大きく異なることに注意が必要です。ジャカルタにおいては、本文中でも述べたとおりカンポンとスラムについて概念の重複がありますが、イコールではありません。カンポンでも場所によっては、小規模ビジネスホテルや中間層向けの集合住宅に徐々に置き換わっているところもあります。「スラムとは~」と広く文献を探すよりも、「ジャカルタのカンポン〇〇」のように場所を特定して調べ、特性をある程度限定した方がよいでしょう。
写真の出典
- Kate Lamb, Children play in flood waters after torrential rains in Kampung Melayu, South Jakarta, Indonesia, January 17, 2013, Voice of America(Public Domain)via Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0).
参考文献
- Henry, E.(2019)"Saving a sinking Jakarta," Bizarre Culture, 2019年8月14日(2021年7月アクセス)。
- 太田裕通・神吉紀世子(2019)「ジャカルタの密集市街地“都市カンポン”に見る個人/集団による自己組織化に関する研究 カンポン・アクアリウムの居住者らが抱く『都市認識』へのアプローチを通して」『都市計画論文集』54 巻3 号、pp.1208-1215。
- 城所哲夫(2000)「都市環境改善と貧困緩和の接点におけるODAの役割と課題について」(特集:21世紀の開発途上国の社会資本を創る)『開発金融研究所報2000-11』pp.58-68。
- 国際協力機構(JICA)、国際開発センター、広島大学(2018)『インドネシア国 持続可能な開発目標(SDGs)の計画・ 運営推進に関する情報収集・確認調査 ファイナル・レポート』国際協力機構。
- 前田尚美・内田雄造・勝瀬義仁・布野修司(1985)「発展途上国の居住環境とその整備手法に関する研究(2)――東南アジアの居住政策と日本の経験――」『住宅建築研究所報』1985 年 11 巻、pp. 353-364。
- モレッティ E.(著)、池村千秋(訳)(2014)『年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学』プレジデント社。
著者プロフィール
磯野生茂(いそのいくも) 2005年アジア経済研究所入所。2020年12月より東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)シニアエコノミスト(出向)。『経済地理シミュレーションモデル ――理論と応用――』(共編、アジア経済研究所、2015年)。2015年東京大学経済学部非常勤講師(都市経済)。
【連載目次】
おしえて!知りたい!途上国とSDGs
- 第1回 激論!SDGsってなに?(前編)――SDGsは途上国の開発に役立っているの?
- 第2回 激論!SDGsってなに?(後編)――私たちにできることは何があるの?
- 目標1 貧困をなくそう――「正義」の問題として
- 目標2 飢餓をゼロに――現在と将来の世代に十分な食料を供給する
- 目標3 すべての人に健康と福祉を――必要な保健医療サービスを誰もが受けられる世界へ
- 目標4 質の高い教育をみんなに――何をすべきか
- 目標5 ジェンダー平等を実現しよう――すべての女性が能力を発揮できる社会に
- 目標6 安全な水とトイレを世界中に――水とつながる多様な課題
- 目標7 エネルギーをみんなに、そしてクリーンに――経済発展に役立つエネルギーを取り戻せ
- 目標8 働きがいも経済成長も――働きやすく、生きやすい未来に向けて
- 目標9 産業と技術革新の基盤をつくろう――多様性に富む持続可能な経済社会の実現に向けて
- 目標10 人や国の不平等をなくそう―― 世界を支配する「象」を倒せるか
- 目標11 住み続けられるまちづくりを――市民ひとりひとりを大切にする安全な都市とは
- 目標12 つくる責任、つかう責任――循環型社会ってなに? ごみ問題から考える国際協力
- 目標13 気候変動に具体的な対策を――「カーボン・ニュートラル」に向けて何ができるのか?
- 目標14 海の豊かさを守ろう――ハイブリッドな実施手段の活用
- 目標15 陸の豊かさも守ろう――東南アジアのアブラヤシと私たちの消費生活
- 目標16 平和と公正をすべての人に――制度はどこに?
- 目標17 パートナーシップで目標を達成しよう――持続可能な開発に向けてグローバルなパートナーシップを活性化する
- SDGsのここってどうなの?――SDGsの専門家に聞いてみた