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コラム

おしえて!知りたい!途上国とSDGs

目標15 陸の豊かさも守ろう――東南アジアのアブラヤシと私たちの消費生活

Goal 15 Life on Land: How can we protect forestry while cultivating oil palm in South East Asia

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052845

道田 悦代
Etsuyo Michida
2021年11月
(4,655字)

陸の豊かさと私たちの生活のつながり

目標15:陸の豊かさも守ろう」は、陸の生態系や森林を守り、回復させ、持続可能な方法で利用していこうという目標です。私たち人間の活動により、地表の自然の75%が改変されたといわれています。森林破壊や砂漠化により野生の動植物が絶滅の危機にさらされ、地球上の様々な環境に適応した生きものとそのつながりである生物多様性が失われています。こうした状況は、私たちの生活にも大きな影響を及ぼします。たとえば、森林の消失で動物が住みかを追われ人間と接触する機会が増えると、動物のウイルスが人間に感染するリスクが上昇します。新型コロナウイルス感染症により、私たちは、人が簡単に大規模な移動をできるようになった時代に未知の感染症が起これば、簡単に国境を越えて広がり甚大な被害をもたらしうることを経験しました。

また、近年日本各地で台風や洪水などの被害が増加していますが、世界各国においても異常気象の影響は深刻になっています。異常気象による被害により、食料供給への影響も懸念されています(ターゲット15.1)。日本に住む住民に食料として供給される熱量(カロリー)のうち、どのくらいが国内で生産されているかを示すのがカロリーベースの食料自給率という統計ですが、この統計で測る日本の食料自給率は37%(2020年)と、農作物や食品の半分以上を海外からの輸入に頼っています。異常気象や土壌の劣化などにより輸出国の農家や畜産農家の生産に問題が起こると、私たちの消費生活は直接影響を受けます。

それだけではありません。熱帯雨林では何億年もかけて固有の生態系が形成されているので、森が伐採されるとすぐには再生できず、そこに生息していた希少な生物や微生物などが失われてしまいます(ターゲット15.5 , 15.6)。生態系の保全は道徳的に価値があるだけでなく、私たちの生命を守ることにもつながります。熱帯雨林の動植物や菌類から発見される化学物質は痛み止めや心臓病、ガン治療を含む医薬品に応用されて使われるなど、人間も多くの恩恵を受けてきました。しかし、これらの生物が失われることで、人類は医薬品の原料を発見する可能性を失ってしまうかもしれません。

このように、日本国内だけでなく、世界に分布する森林や生態系、豊かな土壌は、ある国や地域にあるものであっても、世界中の人々にとって必要なグローバルな公共財であり、世界の陸の豊かさを守ることは、日本の私たちの持続可能な発展と暮らしにも不可欠です。しかし、私たちはこれまで陸の豊かさの保全に十分な成功をおさめていません。アメリカの生物学者ハーディンは、「コモンズ(共有地)の悲劇」という言葉で、アクセスが制限されない森林のような共有資源を利用する場合に、個人の利益のみを追求すると、資源が過剰に使われて劣化し、やがてすべての人が利用する資源が失われる‘悲劇’がおこるメカニズムを示しました(Hardin 1968)。特に土地の所有権が明確でない開発途上国などでは、この問題が深刻であると考えられています。しかし、2009年にノーベル経済学賞を受賞したオストロムは、地域の共有資源を事例に、自主的にルールを定めて共有資源の管理を行う可能性を示しました(Ostrom 1990)。それでは、「陸の豊かさ」というグローバルな公共財を保全するために、国際社会はどのようなアプローチを試みているのでしょうか。

アブラヤシにみる森林減少

森林破壊の大きな原因は農業であるといわれています。ラテンアメリカで生産されている大豆、アフリカのカカオ、東南アジアのアブラヤシなどが代表例です。ここでは、アブラヤシを例にとってみていきましょう。アブラヤシ(写真1)はインドネシアやマレーシアで多く植えられ、その実(写真2)からパーム油を採取します。日本の食品表示では、パーム油は「植物油脂」として表示されるか、あるいはお菓子などに使われる「ショートニング」や「マーガリン」の原料として使われます。パーム油と明確に表示されることが少ないのであまり知られていませんが、私たちは日常生活のさまざまな場面でパーム油を消費しています。たとえば、インスタント・ラーメンの揚げ油やチョコレートなどの食品、さらには石鹸や化粧品などの原料として使われています。アブラヤシは、熱帯地域の太陽の恵みをうけ一年中生産できることから、大豆油や菜種油など他の植物油と比べても生産性が高く、比較的安い価格で供給されています。このため、パーム油に対する世界的な需要はこれまで増加を続けてきました。パーム油の二大生産国であるインドネシアやマレーシアでは、需要の増大に応えるために1980年以降農地を拡大し、インドネシアでは1980年から2021年の間にアブラヤシ農園の面積は50倍にも増加しました。農地の拡大は、すでに開墾された土地のほか、新たに熱帯雨林を伐採して行われました。熱帯雨林の減少により、マレーシアとインドネシアが国境を接するボルネオ島に生息するオランウータンの生存が脅かされていることが報道され、パーム油産業が生物多様性を犠牲にしていると象徴的に語られています。

写真1 マレーシアのアブラヤシ農園と搾油工場(©CEphoto, Uwe Aranas)

写真1 マレーシアのアブラヤシ農園と搾油工場(©CEphoto, Uwe Aranas)

アブラヤシの実の房と実

アブラヤシの実の房と実

陸の豊かさを守るために考えなければいけないこと

アブラヤシ農園の拡大による熱帯雨林の減少を食い止め、生態系を保護する取り組みは喫緊の課題です。しかし森林保護にかかわる課題は、インドネシアやマレーシアのアブラヤシ農園やパーム油を原料に食品などを作る企業、生産国政府だけで解決することはできません。生産国政府が森林破壊を食い止めるための規制を導入しても実施は簡単ではありません。またパーム油を原料にする企業は、私たち消費者がパーム油を使う食品や製品を多く需要すればより多く作ろうとします。そして国内外からパーム油に対する需要が増えれば、農家はより多く生産しようとします。生産量を増やすために、農家がすでに開墾している土地の生産性を高める農法を使えばよいのですが、それが難しい場合には、新しい土地を開墾することとなり、さらなる森林破壊につながる可能性がでてきます。

それでは私たちは、パーム油を使わないようにした方がよいのでしょうか。答えはそう簡単ではありません。なぜなら、私たち、とりわけ途上国の人々にとって植物油は欠かせない存在だからです。植物油のなかでも土地面積あたりの生産量が多いパーム油は、増え続ける世界の人口、特に途上国の人々にとって重要な食料です。また、パーム油の需要が減ると、生産者が打撃を受けます。パーム油生産量の4割は小規模農家によるといわれていますが、需要の減少は小規模農家の生活に打撃を与えることになります。小規模農家には貧困状態にある人々も含まれ、困窮した人々は生活のため、さらに土地開墾を進め森林を伐採して土地や木材の利用などを行わざるをえないかもしれません。パーム油生産と森林保護を両立するためには、森林破壊がどのようにおこってしまうのかを理解し、世界の食料としてパーム油が必要であること、森林や生物多様性を守り、そして生産に携わる人たちが貧困から脱するための仕組みを提供することを同時に考えていくことが不可欠です(ターゲット15.9)。このため、近年国際社会では、アブラヤシ農家をはじめ、パーム油を原料に使う企業、パーム油産業に投資する銀行、現地の環境や社会課題を考えるNGO、生産国と消費国政府、そしてパーム油を需要する私たち消費者など様々な利害関係者が課題の解決に役割を果たしていく必要があると考えられています(ターゲット15.a, 15.b)。

消費者や消費国の政府にできることはあるのか

熱帯地域で生産されるパーム油のような農産物の消費者である私たちは、森林保護のために何ができるでしょうか。近年森林保護や持続可能な農業に世界の消費者が積極的に貢献していくための仕組みが作られてきています。その一つが、持続可能な方法で生産を行っている企業や農園のパーム油を識別し、そこで作られたパーム油を使った食品や製品を消費者が買おうというものです。持続可能なパーム油の需要が高まれば、より多くの農家が持続可能な農業に移行していくインセンティブ(動機)を持つでしょう。このような取り組みは、持続可能性認証という仕組みを通じて行われています。まず農家がアブラヤシを育てている土地が森林伐採をした土地でないことを示し、さらに労働や人権などほかの持続可能性の基準を満たしたうえで、それを専門の監査会社が確かめます。適合していれば、企業はそのパーム油を使った商品に、決められたラベルを貼ることができます。消費者は、ラベルがある商品を手に取ると、森林破壊が起こらないよう配慮して生産された原料を使っていることを確認して購入することができます。パーム油の認証には、たとえば、民間の認証団体が策定したRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)やマレーシア政府機関が導入したMSPO(Malaysian Sustainable Palm Oil)などがあります。そして、このような持続可能性ラベルはパーム油だけではなく、様々な農作物や森林、水産資源などを対象に作られています。

また、持続可能性ラベル以外にも、森林保護に向けた消費国政府による取り組みが行われています。欧州連合(EU)は2003年からFLEGT(森林法の施行・ガバナンス・貿易)と呼ばれる行動計画のなかでインドネシア、マレーシアを含む複数国と協定を結び、違法伐採などが行われていない、合法性が確認された木材の輸入を促進しています。また2021年、インドネシアとスイスの間で、定められた持続可能性認証を取得したパーム油であれば、関税を優遇する貿易協定が結ばれました。日本も農林水産省が2021年に「みどりの食料システム戦略」を策定し、2030年までに食品企業における持続可能性に配慮した輸入原材料調達の実現を目指すことにしています。今後も貿易協定や国際協力のなかで、消費国が生産国の森林保護の取り組みに関与していく方向性が目指されるでしょう。

SDGs陸の豊かさのために

日本に住む私たちの食事や消費財は、海外、とりわけ開発途上国の農業に支えられており、生産国の農業のありかたは森林保全に影響を与えています。森林が減少していくことは、気候変動や食料供給を通じて、私たち人類の未来へのリスクとなっています。地理的には離れていますが、日本にいる私たちにも取り組めることはあります。まず私たちの消費生活は、国内だけでなく、海外の陸の豊かさの保全にも影響力をもっていることを理解することが重要です。私たちが消費している食品や消費財がどこで生産されているのか、あるいは持続可能な農業を後押しするためにはどうしたらよいのかといったことに関心をもつことが陸の豊かさを守る動きにつながります。持続可能性ラベルは多くの取組みのなかの一つで、まだその影響力は大きくありません。しかし、私たちがそのラベルの意味や役割を知り、それがどのように役に立つのか、どのように貢献していけるのかを考えてみることは重要だと思います。消費者として私たちが、SDGs、そして陸の豊かさ目標を通じて、国内だけでなく、海外の課題にも目を向けることはたとえ小さな一歩であっても貢献するための行動をおこすきっかけになるのではないでしょうか。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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写真の出典
参考文献
  • 国連(2021) Life on Land.
  • 農林水産省(2021) 「日本の食料自給率」(知ってる?日本の食糧事情).
  • Hardin, G.(1968) “The tragedy of the commons: the population problem has no technical solution; it requires a fundamental extension in morality.” Science, 162(3859), 1243-1248.
  • Ostrom, E.(1990) Governing the commons: The evolution of institutions for collective action. Cambridge University Press.
著者プロフィール

道田悦代(みちだえつよ) 新領域研究センター環境・資源研究グループ主任研究員。博士(経済学)。専門は環境経済学。主な著作にRegulations and International Trade: New Sustainability Challenges in East Asia(共編著) Palgrave Macmillan(2017年)、The Diffusion of Public and Private Sustainability Regulations: Responses of Follower Countries(共編著)Edward Elgar(2021年)。

【連載目次】

おしえて!知りたい!途上国とSDGs