IDEスクエア

コラム

おしえて!知りたい!途上国とSDGs

目標14 海の豊かさを守ろう――ハイブリッドな実施手段の活用

Goal 14 Life Below Water: Protecting marine resources through multilayered measures

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052926

箭内 彰子
Akiko Yanai
2022年2月
(4,795字)

一刻の猶予もない海の保全

地球の表面積の7割を占める広大な海は、さまざまな面で私たちの生活を支えています。海から獲れる水産物は食料となり、漁業や観光業など海にかかわる仕事は収入源となります。また、海は地球温暖化の原因となる二酸化炭素を吸収したり、大気の温度を調整したりするなど、気候変動を和らげる役割も担ってきました。

本来、海は自らの浄化作用により水質を保ち、海の生態系を継続的に循環させる力を持っています。しかし近年、この海の健全性(ocean health)が急速に失われ、深刻な問題となっています。SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」は、海と海の資源を保全し、それらを持続可能な形で利用することを目指しています。

海の健全性が失われる原因はいろいろありますが、目標14は、プラスチックごみや生活・産業排水などによる海洋汚染、赤潮の原因となる富栄養化、海水の二酸化炭素吸収量が増えることで起こる海洋の酸性化漁業資源の乱獲などを挙げ、それらを防止するための早急な対応を求めています。

「早急な対応」を強調したのには理由があります。SDGsの各目標は基本的にその達成期限を2030年までとしていますが、目標14のターゲットの多くはそれよりも早い時期に期限が設定されています。たとえば、海洋汚染の防止・削減は2025年まで(14.1)、海洋と沿岸の生態系を回復する取り組みを実施するのは2020年まで(14.2)、その他、沿岸域や海域を保全するのも(14.5)、過剰漁獲や違法な操業につながる漁業補助金を禁止・撤廃するのも(14.6)、2020年までです。これは、海の資源や環境を保護するには時間的な猶予がないと国際社会が強く認識していることの表れです。

途上国に大きな影響をもたらす漁業資源の減少

ターゲット14.4(漁獲量を規制・管理し、水産資源を適切なレベルにまで回復させる)も2020年を期限としている項目のひとつです。すでに期限が過ぎていますが、この目標は達成できたのでしょうか? 残念ながら、2020年にFAOが発表した世界漁業・養殖業白書は、漁業資源の減少が依然として深刻な状況であることを示しています。

石油や鉱物資源と違い水産資源は再生産するので、適正な漁獲量を守れば将来的にも獲り続けることができます。しかし、持続的利用が可能な魚の割合は減少しています(図1)。漁業資源は一度枯渇の危機に陥ると回復するのに時間がかかり、このままでは、近い将来、魚を獲ることができなくなってしまいます(IPBES 2018)。

図1 世界の漁業資源の持続可能性

図1 世界の漁業資源の持続可能性

(注)世界の全漁獲量の75%にあたる約450魚種の資源量を100とし、魚種ごとに乱獲状態
(赤)、持続可能な漁業の上限ぎりぎりまで漁獲している状態(黄色)、資源が適正あるい
は低使用、未使用の状態(緑)に分け、それぞれの資源量の割合を算出。
(出所)FAO(2020).

こうした漁業資源の減少は、日本でも沿岸・沖合漁業の漁獲量が年々低下するなどの問題として表面化していますが(水産庁 2021)、とくに発展途上国にとっては深刻な問題です。多くの途上国は経済を一次産業に依存しており、漁業資源の減少が栄養面、雇用面、経済面などに大きな影響を与えるからです。FAO(2020)によると、世界人口の半数に近い約33億人が動物性タンパク質の約20%を魚から摂取しています。なかでも、国土が海に面していて漁業が盛んなバングラデシュやカンボジア、スリランカ、あるいは小さな島で国土が構成されている小島しょ開発途上国では、その比率が50%を超えます。

また、全世界で漁業に従事する人は3900万人、養殖業や加工業なども含めると漁業セクターで働く人は約1億4000万人に上ります。このうち97%が途上国に住んでおり、その9割以上が小規模・零細漁業従事者です。さらに、世界の天然魚の半分以上は、中国、インドネシア、ペルー、ベトナム、インドなどの途上国で獲られており、世界の水産物の6割が途上国から輸出されています(FAO 2016、FAO 2020、UNCTAD 2019)。

写真1(左)はケニア、写真2(右)はベトナムの小規模・零細漁業者たち。

写真1(左)はケニア、写真2(右)はベトナムの小規模・零細漁業者たち。

漁業資源減少の主な原因は魚の獲り過ぎです。人口増加により魚の需要が増え、加工や保存、輸送など魚を流通させる技術も向上したため、1950~80年代にかけて全世界の漁獲量は増加の一途をたどりました。1990年代以降、各国政府や関連する国際機関は漁業資源を枯渇させないよう資源管理の強化に取り組んできました(渡辺・小野 2000)。しかし、そうした管理体制の網を潜り抜ける違法・無報告・無規制(IUU)漁業が横行し、海の健全性に対する大きな脅威となっています。IUU漁業とは、①領海や排他的経済水域(EEZ)で許可なく漁を行ったり、禁漁区や禁漁期に漁を行うなどの違法な(illegal)漁業、②漁獲量や操業場所などの活動データを報告しなかったり虚偽の報告をしたりする無報告(unreported)漁業、そして③地域漁業管理機関(RMFO)が資源管理する公海で、無国籍船やRMFOに加盟していない国の漁船が規制されずに行う(unregulated)漁業の頭文字をとったもので(FAO 2001)、世界の漁獲量の15%以上に相当すると推定されています(FAO 2016)。

国際社会によるIUU漁業包囲網の強化

海はつながっており、一部の海域で生じる資源減少の影響は世界の海へと広がっていきます。このため、IUU漁業の撲滅は国際社会全体で取り組むべき課題と認識され、国際機関や国際会議などでその対策が議論されてきました。たとえば1992年の国連環境開発会議(地球サミット)で採択されたアジェンダ21(第17章)、1995年にFAOで採択された責任ある漁業のための行動規範など、いくつもの国際的文書や宣言のなかでIUU漁業の撲滅に向けた取り組み強化が掲げられています。2001年にFAOで採択されたIUU漁業を防止、抑制、及び廃絶するための国際行動計画(IPOA-IUU)は、関係各国——漁船が登録されている国(旗国)、実際に漁業が行われている海域の領域権を持つ国(沿岸国)、漁獲された魚が水揚げされる国(旗国または寄港国)、そして最終的に魚が消費される国(市場国)など——が執るべき措置をより具体的に規定しています(図2)。

図2 水産物のフードチェーンにおけるIUU漁業対策の実施担当国

図2 水産物のフードチェーンにおけるIUU漁業対策の実施担当国

(出所)筆者作成

しかし、IUU漁業の状況はあまり改善しませんでした。実は、国連やFAOのような国際機関であっても、会議で採択された宣言などにはその内容を各国政府に強制的に守らせる法的な拘束力がありません。IPOA-IUUに規定されている措置も義務ではなく、あくまで各国の自主的な行動に委ねられています。このような法的拘束力はないけれども、それに従うべきという道徳的な拘束性がある社会的規範(行動や判断の基準となるもの)はソフトロー(soft law)と呼ばれています。これに対して、法的な拘束力があり、違反すると法的な処罰を受けることもある規範はハードロー(hard law)と呼ばれています。国際的枠組みでは条約や協定などがハードローにあたります。

ハードローは拘束性が高く守られやすい半面、合意・発効するまでに時間がかかるという難点があります。たとえば目標14のターゲット14.cで言及され「海の憲法」とも呼ばれている国連海洋法条約は、交渉開始(1973年)から採択(1982年)まで10年、採択から発効(1994年)まで12年かかっています。一方のソフトローは法的な強制力はありませんが、合意しやすかったり、社会の状況に臨機応変に対応できたりするのが強みです(Abbott and Snidal 2000)。

IUU漁業のように取り締まりが必要な行為に対処するにはハードローによる規制が必要という意見が高まり、2009年、違法漁業防止寄港国措置協定(PSMA)が採択されました。PSMAは、IUU漁業対策に焦点を当てた初めての法的拘束力を持つ国際条約です。IUU漁業の水際対策を目的としており、寄港国が入港を希望する漁船から漁獲情報を取得することを義務付け、IUU漁業を行った疑いがある漁船への立ち入り検査やIUU漁業を行っていたことが発覚した漁船の入港拒否・取調べなどについて規定しています。

IUU漁業対策の法制化の動きは、国や地域でもみられます。世界最大の水産物市場であるEUは、IUU漁業対策の手薄な途上国と協議したり、技術支援したりするなど、さまざまな方策を通じて状況の改善を試みてきました。しかし思うような効果が上がらず、2010年に法的拘束力のある漁業規則を導入しました。この規則はEU市場に流通する天然魚由来のすべての水産物に対して漁獲証明書の提出を義務付け、IUU漁業対策に非協力的な国からの水産物輸入を禁止することができる内容となっています。これまでEUから禁輸措置を課せられたのは、カンボジア、コモロ、ベリーズ、ギニア、スリランカなど途上国ばかりです。EUに続く形で、アメリカは2018年に水産物輸入監視制度を、日本は2020年に水産流通適正化法を導入しています。

民間のIUU漁業対策の活用

IUU漁業によって獲られた魚を市場から排除するためには、水産物のフードチェーン全体をカバーする仕組みが効果的です。水産物が国際的に流通している現在、国境の壁にとらわれない民間団体によるトレーサビリティ(水産物の漁獲から消費までの道筋をたどること)システムを活用する動きが盛んになってきています。トレーサビリティの向上には、衛星通信やブロックチェーンなど最新の技術が活用されています。

また、民間団体が策定・運営する基準や認証プログラムを使って、消費者がIUU漁業に由来しない魚を選別して購入する仕組みも普及してきました。これは目標15「陸の豊かさも守ろう」で取り組まれている持続可能性認証と同じ仕組みです。お店に並んでいる魚が持続可能な漁業によって収穫されたのかIUU漁業によるものなのかは、見た目ではわかりません。水産資源や環境に配慮している水産物にMSCマーク(海のエコラベル)といった特定のラベルを貼ることで、IUU漁業に由来しない水産物であることを消費者に明示的に伝えることができます。

最近では、NGOなどが開発したインデックス(指数)やランキングといった指標もIUU漁業対策として活用されています。たとえばイギリスの漁業コンサルタント(ポセイドン)と国際NGOネットワーク(GIATOC)が発表しているIUU漁業指数は、ある国がIUU漁業による被害をどれだけ被っているのか、そしてどのようなIUU漁業対策を講じているのかを示しています。

SDGsの役割とは?

目標14は、「海の資源を守る」と「海の資源を利用する」の両立というブルーエコノミーの実現を目指しています。IUU漁業の撲滅はその目的に向けた重要な課題のひとつです。これまで、国や国際機関だけでなく、民間の企業や団体、NGOなどがさまざまな対策に取り組んできました。しかし、どこかにひとつでも抜け道があれば、そこからIUU漁業由来の水産物が入り込んできてしまいます。IUU漁業対策をより強化し効果を上げるためには、国際社会による協調した行動が必須です。SDGsは、各国政府のみならず企業や個人など、関係するあらゆるアクターが共有できる行動指針となっている点が特徴的です。SDGsで醸成された共通認識をベースに、すべてのアクターが複合的・相互補完的に取り組む姿勢が海の豊かさを守ることにつながります。

また、SDGsを通じて、私たちは海の豊かさを守るためにさまざまな課題があることを知ることもできます。目標14では、海洋プラスチックごみの問題が重要な課題として取り上げられています。また、水産資源の持続可能性を脅かすものとしてIUU漁業の他に破壊的な漁業慣行(シアン化合物やダイナマイトを使った漁など)が指摘されています。さらに海洋酸性化や海洋温暖化など、喫緊の課題が山積みです。SDGsは海を取り巻く現状を広く世の中に知らせる役割も果たしています。

写真3

写真3 魚たちは自分では海の豊かさを守れません。
その役割は私たち人間に委ねられています。
※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
さらに学びたい人へ

この記事のなかで触れた2つの重要ワードについて簡単に解説します。

  • ソフトロー——もともと国際法上の概念として登場したもので(位田 1985、村瀬 1985)、条約のような法的拘束性はないけれども、規範として守らなければいけないという道徳的、政治的、社会的な拘束力を持つ文書のことを指します。拘束力が緩やかという意味で“ソフト”ローと呼ばれています。ソフトローの代表例としては、国際会議の宣言や国連総会の決議、国際機関が策定する行動規範やガイドラインなどが挙げられます。国連総会の決議として採択されたSDGsはもちろんソフトローです。現在では国際法だけではなく、国内法の分野でも使われています。しかし、ソフトローは多義的な概念であるため、何がソフトローに該当するかについての定説は確立していません。最近では、民間で自主的に定めたガイドラインや民間の基準・認証なども広くソフトローに含めるとする意見が出てきています。

    ソフトローには、社会的な課題に対する指針を示す、あるいは将来的なハードローの基礎を作るといった役割があります。たとえば海洋汚染の原因となっている海洋プラスチックごみの問題は、産官学に加え市民社会からの参加者も集う国際会議 Our Ocean Conference(2014年に始まり年1回の開催)や、国連海洋会議(2017年に開催され、2022年にも開催予定)などを通じて、その状況の深刻さが全世界に広まりました。G7やG20でも対策強化を盛り込んだ文書が採択されています。SDGsはこれらの国際的文書でも繰り返し言及され、海洋プラスチックごみに関する行動指針のハブとなっています。

    毎年6月8日の世界海洋デーには世界的な規模でビーチクリーンが行われるなど、この10年で海洋プラスチックごみに対する私たちの意識は大きく変わりました。こうした意識改革は、各国がプラスチックごみのリサイクル政策を強化したり、レジ袋を禁止する法律を導入したりする動きへとつながっています。

  • ブルーエコノミー(Blue Economy)——海洋や河川、湖沼などの環境を守りながら、それらの資源を有効に活用し産業振興や雇用創出を実現することで、持続可能な開発を目指す経済活動のこと。2012年に開催された国連持続可能な開発会議(リオ+20)で主要課題として取り上げられたグリーンエコノミー(環境に配慮した経済活動)に対し、海洋環境の保全と持続可能な利用に焦点を当てたブルーエコノミーの推進が太平洋島しょ国から提唱されました。

    漁業や養殖業などの水産業のみならず、観光業、海運業、造船業、港湾事業、洋上風力発電事業、海水淡水化事業、海底ケーブルの施設、海底地下資源の採掘など、海に関連するあらゆる経済活動が含まれます。最近では、藻類を使ったバイオプラスチックで石油由来のプラスチックを代替するといったブルーバイオテクノロジーにも注目が集まっています。

写真の出典
  • 写真1 Andrew Atina, The small boat is not afraid of the mighty sea in Mombasa, the fisherman must get today's catch, own work.(CC BY-SA 4.0
  • 写真2 Chris Ford, 'Daily Catch', Vietnam, Mui Ne, Fisherman.(CC BY-NC 2.0
  • 写真3 Kevin Lino NOAA/NMFS/PIFSC/ESD, NOAA Photo Library, corl0265. (CC BY 2.0)
参考文献
著者プロフィール

箭内彰子(やないあきこ) アジア経済研究所新領域研究センター主任調査研究員。LL.M.(国際・比較法)。専門は国際経済法、国際開発法。おもな著書に『途上国からみた「貿易と環境」——新しいシステム構築への模索』(共編著)アジア経済研究所(2014年)、“Diffusion Mechanisms for Regulating Fishery Products: the cases of Tanzania, Madagascar, and Mauritius” in Etsuyo Michida, John Humphrey, and David Vogel (eds), The Diffusion of Public and Private Sustainability Regulations: The Responses of Follower Countries, Cheltenham: Edward Elgar (2021) など。

【連載目次】

おしえて!知りたい!途上国とSDGs