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コラム

おしえて!知りたい!途上国とSDGs

目標7 エネルギーをみんなに、そしてクリーンに――経済発展に役立つエネルギーを取り戻せ

Goal 7 Affordable and Clean Energy: Reassess the energy sources that can support economic development

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052905

堀井 伸浩
Nobuhiro Horii
2022年1月
(5,152字)

2021年11月に英国グラスゴーで開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)で先進国と途上国の間の断絶が白日の下にさらされました。象徴的なのは会議終盤に石炭火力の取り扱いを巡って、「段階的廃止」とする議長案にインドが反発、最終的に「段階的削減」という表現に修正されたことです。2015年にフランス・パリで行われたCOP21では、すべての参加国が気候変動抑制に向けた取り組みにコミットした画期的なパリ協定を成立させましたが、わずか5年で参加国が同床異夢から覚め現実を見始めたと言えそうです。

パリ協定の枠組みは、産業革命以前の平均気温と比較して2℃を十分に下回り、1.5℃以下の気温上昇に抑える長期目標に対し、各国が自ら気候変動対策を国別貢献目標(NDC)として誓約し、その取り組み状況を他国が評価する「プレッジ&レビュー」のプロセスを重ねていくことで達成を目指すものでした。要するに対策の中身は各国の自主性に任せつつ、努力した国の達成状況を公開して褒めていくことで全体を引き上げていく発想であり、このため途上国も受け入れることが出来ました。

しかし現実には各国のNDCを足し合わしても2℃目標の実現にはほど遠く、そのためCOP26では欧州連合(EU)を中心とする先進国が、途上国の温室効果ガス削減目標の上積みを強く迫る構図となりました。「人類は『気候危機』に瀕しており、もはや一刻の猶予もない」というような主張が幅を利かせ、急進的な対策を求める環境NGOなどの影響を受ける先進国は、長期目標をより厳しい1.5℃に引き上げようと圧力をかけました。これに対し、インドや中国をはじめ途上国は「パリ協定の書き換え」を画策するものだとして強く反発したのです。

気候変動への対策の必要性が論じられる際、往々にしてSDGsが引き合いに出されます。目標13に「気候変動に具体的な対策を」とあるから当然と見えるかもしれませんが、COP26で先進国と環境NGOが組んで途上国に目標の更なる上積みを迫ったことは果たしてSDGsの理念に沿ったものなのでしょうか?

本稿はSDGsのなかでエネルギーに関して設定された目標7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」の内容と途上国の現実を分析しながら、以下、検証していきます。

経済発展とエネルギー

エネルギーは我々の豊かな生活を支えていますが、気候変動の原因と見なされているCO2の主要発生源は化石エネルギーの燃焼です。2019年時点でみると、世界で使われるエネルギーの84%は化石燃料の燃焼により供給されています。なかでも電気は現代的な生活に欠かせませんが、その64%は化石燃料によって発電されています。自動車や公共交通機関も石油やガスを燃やして動力を得ています。また途上国の視点から見れば、経済発展には産業の成長が必要ですが、製造業はもちろん、IT産業やデジタル産業でも大容量のエネルギーの安定供給が不可欠です。

エネルギーは気候変動の行方に大きく影響しますが、経済発展と人々の豊かな生活の実現を左右するものでもあるのです。そのためSDGsの目標7として、「すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する」という具体的な目標が設定されています。具体的な目標にはクリーンという文言はないことに注目する必要があります。持続可能なという言葉がクリーンと解釈されているわけですが、果たしてそれはCO2を排出しないことを意味するのでしょうか。この点は後段で改めて考察しますが、COP26の先進国と途上国の断絶の原因も手頃な価格のエネルギーを求める途上国に対し、先進国がクリーンという基準で割高なエネルギーを強要したところにあると見ることが出来ます。

一口にエネルギーと言っても実は多様な選択肢があります。石炭、ガス、石油といった化石燃料は現状では世界のエネルギー供給の大半を担っています。その理由として挙げられるのが、化石燃料は安価で大量にかつ安定的に供給できる特徴があることです。他方で、水力や原子力、そして風力や太陽光といった再生可能エネルギー(以下、再エネ)が発電時のCO2排出量がゼロであるのと比べると、化石燃料はクリーンではないという欠点があります。特に石炭は化石燃料のなかでも飛び抜けてエネルギー単位当たりのCO2排出量(炭素強度)が高く、COP26ではやり玉に挙げられました。しかし石炭を追放しようとする昨今の運動は果たしてSDGsの達成につながるのでしょうか?

脱石炭の欺瞞

図1は石炭で発電している世界の国々について、石炭火力への依存度とその発電量、それと豊かさの指標である一人当たりGDPとの関係を示したものです。石炭火力による発電量・依存度が高い国々は図の左側、すなわち経済発展途上段階に多く存在していることが分かります。途上国にとって石炭火力の優れた経済性は魅力的に映って当然です。エネルギーコストを節約し、浮いたお金を投資に回すことが出来ればそれだけ早い経済発展が可能になるからです。未だ経済発展の端緒をつかんでいないような国々はアジアにもアフリカにも数多く存在しており、そうした国々はまだ電力需要が小さいため図1に載っていませんが、将来的に石炭火力の優れた経済性を享受する権利がある点も忘れてはなりません。

石炭排斥を働きかけており、COP26の議長国であった英国の議論を先導した「脱石炭連盟(PPCA)」という組織があります。2017年のCOP21で英国とカナダが主導して設立した組織で、2021年2月末時点で36の国家に加え、36の地方自治体、50の企業・団体が加盟しています。しかし設立時の34の加盟国のうち石炭火力を実際に運用していたのはわずか5カ国で(しかもその石炭火力による発電量は世界全体の3.4%に過ぎません)、加盟国のほとんどは石炭火力をそもそも利用していません。図1にはPPCAを提唱した英国やカナダもごくわずかな発電量、低い依存度で石炭火力を利用していることが示されており、両国は石炭火力からの脱却に痛みは感じないでしょう。そんな国々に途上国に石炭排斥に伴う経済的負担の増加を強いる権利はあるのでしょうか。

図1 石炭火力を利用する主要国の石炭火力依存率(縦軸)・
発電量(バブル)と一人当たりGDP(横軸)(2020年)

図1 石炭火力を利用する主要国の石炭火力依存率(縦軸)・ 発電量(バブル)と一人当たりGDP(横軸)(2020年)

(出所)BP統計および世界銀行データより筆者作成
再エネ導入拡大と電力危機

他方、クリーンなエネルギーと言えば、再エネが想定されます。再エネのなかでも水力や地熱は開発余地が限られます。現状で有力な再エネは風力と太陽光となりますが、果たして風力と太陽光はSDGs目標7を満たす力を持っているのでしょうか。

風力と太陽光の最大の弱点は自然条件の変化で出力が大きく変動する間欠性があることです。風力は風が止めば、太陽光は曇天・雨天、そして夜間になれば発電出来ません。風力・太陽光ともに出力が低下した際には、何らかの形でその出力減少を埋め合わせる必要があります。蓄電池が解決策の一つですが、いかんせんコストが高すぎて現段階では経済性が低く、結局、出力が制御できる化石燃料による発電がカバーすることとなっています。現在のように、あくまで化石燃料による安定電源が主で、風力・太陽光が電源構成の一部を担っている状況であれば安定的に電力を供給できますが、出力変動の激しい再エネの比率が上がってくるとエネルギー供給量が急減してもカバーする電源が足りず、停電に陥る危険性が非常に高くなります。

実際、COP26の直前、中国では3分の2の地域に及ぶ深刻な停電に見舞われましたが、その一因となったのは風力発電の出力が通常の10分の1にまで急減したことでした。またCOP26開催中の英国を含む欧州でも風力発電の出力が大幅に低下し、化石燃料の発電を大幅に増加させて電力需給の逼迫を回避しました。再エネはSGDs目標7が目指す安定したエネルギーには現在のところなり得ていないと言えます。

一方、近年の風力・太陽光の発電コスト低下は目覚ましいものがあります。自然条件が良好な地域では石炭火力よりも安価となったとしばしば言われます。しかしこうした言説には語られていない事実が存在します。まず再エネのコストには上で挙げた停電を回避するために必要なバックアップ電源のコストや、小型分散的に立地する再エネ発電所と送電網を接続する送電コストの上昇は含まれていません。また再エネは、これまで条件の良い立地から順次導入されてきたため、今後は当然ながら立地条件が悪化していくことでコストが上昇する可能性も高いです。再エネがこうしたすべてのコストを含めて石炭火力よりも安くならなければ、電力価格を上昇させ家計や企業の負担を増加させることとなります。

COP26が開催された時期は折しも、化石燃料、特にガス価格が高騰した結果、電力価格も大きく上昇し、例えば英国の卸売電力価格は前年同期比で4.5倍にまで高騰する状況下でした。これを受け、COP26では、「再エネ転換の遅れによって電力価格高騰の打撃を直接受けることとなっており、一層再エネの導入スピードを加速する必要がある」などとする主張がなされました。しかし化石燃料の高騰の原因は近年の急進的な脱炭素政策の展開によって、化石燃料への投資が大幅に減少したことで供給力が抑制されたことが根本的な原因ともいわれています。脱炭素は既に途上国のエネルギーコスト負担を引き上げる副作用を引き起こしているのです。再エネの導入スピードを加速するどころか、世界経済、とりわけ途上国経済に大きな打撃を与える脱炭素の急進化こそ見直すべきでしょう。

SDGs目標7の役割とは?

パリ協定以降も気候変動対策目標を引き上げようとする企ては絶えず試みられてきましたが、その際SDGsがしばしば引き合いに出されます。しかし筆者はこうした論調は誤りだと考えます。気候変動対策はエネルギーコストの上昇を招き、特に途上国にとっては経済発展の足を引っ張る可能性が高いためです。SDGsの多くの目標は経済発展によって実現が可能になると考えられます。このため、政策や投資が気候変動対策の必要性を説く目標13に偏りすぎると、他の目標達成を阻害する結果になりかねません。

近年、多くの国が2050年前後にカーボンニュートラル達成という目標を表明しています。しかし世界の気温上昇を2℃以下にすることを目標とし、1.5℃を努力目標とするパリ協定に照らせば、カーボンニュートラル達成は今世紀後半で全く問題ありません。環境NGOなどが「気候危機」を煽るなかで冷静な議論が追いやられ、過剰な対策が講じられることとなっていると言えます(→さらに学びたい人へ)。2050年までに「気候危機」が発生し、人類の生存が難しくなるような事態が発生するリスクが過大視され過ぎている現状です。

中国のような巨大な排出国以外の途上国にとっては気候変動対策よりも、経済発展によってSDGsの多くの目標を達成する方が優先されるべきでしょう。そのためには割高なエネルギーに貴重な資金を割くよりも、その資金を産業化のための投資に用いた方が良いし、産業化を支える安定したエネルギー供給も必要です。そのためには石炭をはじめ、化石燃料の利用が必要です。その点を正しく認識してSDGs目標7は設定されていると言えるでしょう。

それでも、エネルギーはクリーンでなければならないと考える向きもあるかもしれません。しかし世界のCO2排出量は中国、米国、インドの3カ国で48.7%を占めます。こういう状況で、経済規模が小さな途上国までその小さなエネルギー需要を支えるために化石燃料を利用することが世界の CO2排出削減をどれだけ遅らせるというのでしょうか。さらに、現在の先進的な石炭火力は従来型の大気汚染物質(SO2やNOx、PMなど)はほとんど排出しません。多くの途上国にとって化石燃料は目標7が規定する持続可能なエネルギーであると言って差し支えないものなのです。実際、目標7の7. aには「先進的かつ環境負荷の低い化石燃料技術」をクリーンエネルギーと認め、国際協力を通じて途上国がその技術へのアクセスと投資を受けることが目標達成に向けた手段として掲げられています。

石炭火力発電所(山西省)

1977年以来、中国華北地域の電力需給を支えてきた石炭火力発電所(山西省)。大きな冷却塔から出てい
るのは水蒸気で排煙ではない。細長の煙突からの煙も汚染物質はほとんど除去済で白色となっており、歴
史ある発電所でもきちんと最新の環境対策をして中国の経済成長をいまも支えている。

SDGs目標7は先鋭化する急進的な気候変動対策に対する解毒剤となることが期待されます。しかし現状は目標13の勢いに押されて目標7が言及されることは圧倒的に少なくなっています。とは言え、気候変動対策に負けないくらい、SDGsの諸目標を達成する重要性は多くの人々が認めるところでしょう。SDGs全体の成功に向けて、目標7への取り組みが途上国にとって本当に望ましいエネルギーシステムの構築につながることを期待します。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
さらに学びたい人へ
  • 環境経済学で考える気候変動対策とは?

環境経済学には「最適な汚染水準」という考えがあります。汚染されている状況を完全になくすべきだとは考えないのです。汚染を更に削減するために追加的に支払う対策費用(限界費用)と対策により汚染が削減された分の被害軽減の便益(限界便益)とが一致する汚染水準までは汚染を削減するものの、それ以上汚染を削減することは社会の効率性を低下させるので(かけた費用が被害軽減で受けるメリットを上回るので)避けるべきという考え方です。環境問題を経済学の視点から分析するのが環境経済学なのですから、至極当然の考えだと言えます。

気候変動対策の場合、現在ではなく未来に被害が発生する問題であるため、その被害の大きさが現在のところはっきり分からない不確実性があります。「最適な汚染水準」は対策費用と被害の大きさのバランスで決まりますので、被害の大きさが分からないと対策費用の最適な水準は決まりません。したがってどこまで費用をかけて対策するかは意見が分かれています。ただ、対策費用がCO2削減による便益を上回っているのに更に対策を進めようとする場合には立ち止まって考えてみる必要があることを環境経済学の視点は教えてくれています。

写真の出典
  • Kleineolive, coal-fired power plant in Shuozhou, Shanxi, China (own work).(GNU Free Documentation License, CC BY 3.0
著者プロフィール

堀井伸浩(ほりいのぶひろ) 九州大学経済学研究院准教授。専門は産業経済論、中国のエネルギー・環境問題。おもな著作に、『中国の持続可能な成長――資源・環境制約の克服は可能か?』(編著)日本貿易振興機構アジア経済研究所(2010年)、『アジアの環境問題:政治・経済・社会からの視点』(編著)花書院(2015年)、Basic Studies in Environmental Knowledge, Technology, Evaluation, and Strategy: Introduction to East Asia Environmental Studies(共編著)Springer(2016年)など。

【連載目次】

おしえて!知りたい!途上国とSDGs