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コラム

おしえて!知りたい!途上国とSDGs

目標4 質の高い教育をみんなに――何をすべきか
Goal 4 Quality education for all: Things we do for it

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052843

伊藤 成朗
Seiro Ito
2021年10月
(4,694字)

目標4:質の高い教育をみんなに」は正式には「すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」となっています。包摂的とは排除される人がいないことを指します。公正とはすべての人が等しく機会を得ることを指します。

教育を受ける目的は、物的、精神的に豊かな人生を送ることです。通常、このためには学校に通ったうえで、実のあることを学ぶ必要があります。SDGsの前身で2015年に終わったMDGs(ミレニアム開発目標)では学校に通うことが目的になり、多くの国で就学率(就学者数/学齢人口、学校教育の浸透度)が高まりました。しかし、多くの場合、学校に通っただけでたいしたことを学んでいませんでした。低所得国では小学校の就学率が上昇しましたが、読み書きや計算ができないまま卒業したり途中でやめたりしてしまう(ドロップアウトする)学生が多くいました。そこで、SDGsでは学ぶことが目的になりました。単に就学させる段階を過ぎた今、課題は教育の質の引き上げです。

以下では、質の高い教育に必要な要素を分類した後、科学的エビデンスに依拠し、目標達成のために実施すべき具体的な政策を考えていきます。エビデンスとは政策とその効果を因果関係として推計した実証研究結果のことです。教育研究では世界各地でエビデンスが豊富に蓄積されています。

質の高い教育に必要な要素

ここでは世界銀行が刊行する『世界開発報告2018年版』に依拠して、学びの質を高めるために必要な以下の4つの要素を考えていきましょう。

1.教員の能力と努力, 2.学校の施設や教材, 3.適切な学校経営→教育の供給側、 4.学生の準備→教育の需要側

1〜3は教育を提供する側のことなので供給側、4.は教育を求める側なので需要側と表現しています。

1は説明も要らないでしょう。教える教員が教科内容を分かっていなければ、学生は学びようがありません。能力のある教員だとしても、分かるように教える努力をしなければ、学生は効果的に学べません。4も同様です。学生が健康を害したり、家庭の事情で時間を割けず、授業を受ける準備ができないと、学ぶことはできないでしょう。なお、学ぶ意欲のない学生への対策は別途の考察が必要で、ここでは扱いませんが、大事な課題です。

2は学習に必要な教室や教材を準備するだけでなく、その用いる方法が適切である必要があります。予算を配分し、教科と学生にとって適切な教材を選び、教員と学生が適切に使わねばなりません。さまざまな教材の使い方(教授法)の優劣は教育学研究で膨大な蓄積があります。最近では、共通語の英語・仏語などではなく、民族の母語を用いる教授法のメリットを示す研究などがあります。

3は最も重要です。採用される教員の能力や努力、学校での教材やその利用方法、さらには、部分的には学生の準備も、学校の経営方針(=学校が目指す目的のためにルールを決めたり、限られた予算の使い道を決めたりすること)に影響されるからです。適切な学校経営をすることは簡単ではありません。公立学校については、途上国に限らず、日本でも経営能力の長けた外部者を登用する仕組みがないなど、良い経営者をみつけて雇うことが簡単ではありません。また、たとえ内部昇進者に優秀な経営者がいても、教員組合の強い国では教員を異動させたり解雇したりすることは難しく、経営の自由度は限られています。さらに、教育を所管する省庁による細かな指導や規制が学校の経営自由度を削っています。

質の高い教育についてのエビデンス

ここでは『開発報告2018年版』とEvans and Mendez Acosta(2021)に依拠しながら質の高い教育を実現するにはどうすればよいかを考えていきます。

早期教育

学生が学ぶ準備を整えるには、学ぶ側の年齢ごとに条件を揃える必要性があります。まずは、早期児童期(胎児期から幼少期)です。この時期の目標は健全な脳発達です。母体内で第1三半期(妊娠から13週6日まで)に大脳や神経組織が形成されるため、妊婦は過度のストレスを回避し栄養を十分に摂取する必要があります。誕生後から1歳をピークに、見る・聞く(視覚聴覚機能)→話す(言語機能)→考える(高度認知機能)、の順番で神経回路が発達します。いずれも先に発達した機能を踏まえて発達するため、誕生直後から、適切な栄養、運動、感覚的刺激や知的刺激を子どもに与えることが推奨されています。その後、2~3歳以降は使用頻度に応じて神経回路網のどの部分を残すか選別(シナプス剪定)が始まるのに加え、考える機能は10代まで発達を続けるので、継続した知的刺激が望まれます。以上は脳や神経の機能を解明する学問(神経科学)のエビデンスです。一方で、社会の機能を解明する学問(社会科学)のエビデンスには、幼稚園に通うと小学校での成績を高めるというモザンビークの事例、集中訓練を受けた先生のいる幼稚園に通うと言語機能が高まるというガンビアの事例などがあります。

学校教育

次の時期は小学校以降です。この時期の目標は、子どもの教育に有利な環境を整えることです。途上国には授業料が有償の国が多くあり、無償化されている国でも制服や教科書などの費用は家庭持ちです。このため貧しい家庭は子どもを就学させることが難しく、さらに、家庭内で子どもが複数いると、多くの国で男子の教育が優先され、女子の教育が後回しになるジェンダー格差があります(ターゲット4.1〜4.3では教育へのアクセスの男女差をなくすことを目標としています)。

この解決策として、家庭の手持ち現金を増やせば就学率が増えるというエビデンスはMDGs時代から揃っています。政府からの補助金、授業料バウチャー、無料学校給食に加え、子どもが就学した場合のみ補助金を家庭に支払う政策(条件付き移転政策)などの政策です。

また、家庭が就学に必要な現金を持っていたとしても、就学は割のよい投資だということを保護者が知らなければ、就学率は高まりません。就学後に得られる所得の予想値が実際よりも低い地域で、正確な値を知らせると就学率が高まる、というドミニカ共和国での研究があります。また、女子よりも学業で優遇されがちな男子も、力仕事に優位性を持つため、保護者が労働を優先させて就学の投資的価値を見過ごす場合があります。所得が増えて家計に余裕ができても、男子の就学年数は女子ほど伸びない傾向がバングラデシュ農村の研究で指摘されています。

無料学校給食は、ガーナやセネガルなど所得が低い国においては、就学率に加えて試験点数も引き上げる効果があります。家計調査時にあわせて子どもに試験をしたガーナの研究では、無料学校給食により就学率と出席率が高まり学力がついたと解釈しています。特に、貧しく就学率が低い地域で効果が大きくなっていることから、学校に初めて通う子どもは学ぶ効果が高いことを反映していると考えられます。ただし、これらは例外的で、家庭への補助金や無料学校給食で成績が伸びるというエビデンスは少数です。教育需要側だけ手当てをしても、教育供給側で教える体制が整わなければ、通学しても十分に学べないからです。これはMDGsの反省そのものです。

教育供給側の教員については、十分な数を確保することに加え、努力を促す必要があります。ケニアでは、契約補助教員は契約更新を勝ち取るために努力し、学生の成績を伸ばすというエビデンスがあります。中国の上海では、因果関係を示すエビデンスではありませんが、教員の給与水準を高めに設定したうえで学生の到達度に応じた金銭的・非金銭的な報酬を上乗せしており、学生たちはPISA(国際的な学力試験)で高い点数を取っています。さらに、ルワンダやウガンダでも、学生の到達度にあわせた教員へのボーナスが成績を向上させる効果があります。これらを合わせると、正規か補助かの肩書きで判断せず、教科の難易度に応じた能力の教員を十分な数だけ採用し、低すぎない給与水準に加えて到達度に応じた待遇を用意すれば、習熟という目標に近づくことができる、と期待できます。また、能力不足の教員が多い途上国では、教員能力開発の訓練も学生の成績引き上げの効果があることがガーナや南アフリカの研究で示されています。

ここまでは説明の便宜上、各要素を独立に扱ってきました。しかし、各要素を一つずつ変えるのではなく、複数要素を同時に変更する方がよいかもしれません。タンザニアからのエビデンスでは、学生の試験点数に対し、学校への補助金は効果がなく、教員への到達度ボーナスは若干の効果があり、到達度ボーナスと学校補助金を組み合わせるとはっきりとした効果があると示されているからです。

成人の教育

以上は大学相当までの年齢を想定して議論してきました。SDGの目標4は生涯を通じた学習機会を謳っています。次の時期は成年以降です。

先進国のエビデンスからは、成人の学び直しや職業訓練が就労や所得に与える平均的効果は介入費用に見合わないと知られています。成人が未経験分野で知的能力を蓄えるのは時間と努力がかかるためです。子どもの脳とは対照的に、成人の脳は新たな神経回路を作る神経可塑性が低いためです。よって、日本政府が成長戦略の柱として推し進める成人訓練「学び直し」「リスキリング」には、これまでのところ高い費用対効果を示すエビデンスが一部に限られています。

研究だけの知識を持った筆者がインドに行って成人教育の効果は小さいと話したとき、現地で教育NGOを率いている人は次のように述べました。「教育機会に恵まれた日本ではそうかもしれないが、インドでは教育機会に恵まれなかった成人が多いから、成人教育の余地が残されているかもしれない。」成人教育の効果について神経科学は否定的です。しかし、社会科学ならではの肯定的な知見が今後出るかもしれません。成人教育では、先進国のエビデンスを途上国にそのまま当てはめられない可能性もあるのではないでしょうか。

写真:すべての人が学べるように(猫も?)

すべての人が学べるように(猫も?)
SDGsの役割とは?

SDGの目標4として質の高い教育の提供が掲げられたことで、進展の遅い教育供給側の改革が進むことが望まれます。とくに、政治的抵抗の強い、公立学校の教員待遇や経営の適正化は、SDGsの看板なしに進めるのは難しいと思えます。途上国では公立学校教員組合の政治力が強く、教員の任免、外部人材登用、学生の到達度に応じた給与支払などに対して政治的な抵抗があるためです。たとえば、補助教員を雇うことで学級人数を減らし、学生一人一人に使う時間を増やしたきめ細かな指導を目指したケニア政府の試みは、教員組合が裁判で勝訴したことにより頓挫しています。

SDGsは明確な目標ですが、実現する手段は各国任せです。手段を考えるうえで頼りになるのは、ここでも見てきたような政策効果のエビデンスです。エビデンスを得られる研究を内的妥当性のある研究、さらにエビデンスが他の環境でも当てはまる研究を外的妥当性のある研究といいます。エビデンスのない国は多いので、政策担当者は自国に他国のエビデンスを当てはめられるか、外的妥当性を検討することがもっぱらです。他国でなぜ効果があったのかを説明するメカニズム(理由)を研究者に考えさせ、自国でも同じメカニズムが作用すると判断すれば、政策担当者はその政策を実施します。このように、エビデンス(効果あり/なし)からメカニズム(効果あり/なしの理由)に理解を進めることで、いろいろな国がSDGs達成に近づきます。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
さらに学びたい人へ

エビデンスで参照したものの多くは『世界開発報告2018年』の参考文献に含まれています。以下は、それ以外の文献です。

写真の出典
参考文献
著者プロフィール

伊藤成朗(いとうせいろう) アジア経済研究所 開発研究センター、ミクロ経済分析グループ長。博士(経済学)。専門は開発経済学、応用ミクロ経済学、応用時系列分析。最近の著作に「南アフリカにおける最低賃金規制と農業生産」(『アジア経済』 2021年6月号)、主な著作に”The effect of sex work regulation on health and well-being of sex workers: Evidence from Senegal.” (Aurélia Lépine, Carole Treibichと共著、Health Economics, 2018)など。

書籍:『アジア経済』 2021年6月号

書籍:The effect of sex work regulation on health and well-being of sex workers: Evidence from Senegal

この著者の記事
【連載目次】

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