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コラム

おしえて!知りたい!途上国とSDGs

目標16 平和と公正をすべての人に――制度はどこに?

Goal 16 Peace, Justice and Strong Institutions: Where is “Strong Institutions” in Japanese icon?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052988

山田 美和
Miwa Yamada
2022年3月
(5,527字)

目標16はSDGsすべての基盤

SDGsは、2015年に国連総会で採択された、人間、地球および繁栄のための行動計画である「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」という文書のなかに目標として掲げられています。目標16について考える前に、2030アジェンダの前文を確認してみましょう。そこには、「SDGsの目標とターゲットは、すべての人々の人権を実現し、ジェンダー平等とすべての女性と女児の能力強化を達成することを目指す」と書かれています。また、「SDGsの17の目標は、統合され不可分であり、持続可能な開発の3つの側面である経済、社会、環境を調和させるもの」とも記されています。

短くいえば、2030アジェンダはすべての人々の人権を実現することであり、SDGsはそのために掲げられた目標なのです。人権とは何だろう?と思ったら、世界人権宣言国際人権規約、そして子どもの権利条約をぜひ見てください。SDGsの目標はどれも私たちの権利に関わるものなのです。

では、目標16について考えていきましょう。目標16の位置づけはSDGs全体にとって特別なものです。目標16は「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する」ことを掲げています。SDGsにある貧困削減、教育機会の拡充、ジェンダー平等、環境保全など、それぞれの取り組みを具体化するには、それを支える制度が重要です。したがって目標16の特別なところは、不可分である他の目標を実現するための原則と制度的基盤を保障するところにあります。そして、人々の人権を実現するための鍵となる仕組みが、法の支配と司法へのアクセスです。

法の支配と司法へのアクセス

ターゲット16.3は、国家および国際的なレベルでの法の支配を促進し、すべての人々に司法への平等なアクセスを提供することを掲げています。「法の支配」とは、一言で言えば、法に則った社会のあり方です。ここでいう法とは人々の権利を守るものを意味します。また、法は明確であり、公にされた民主的な手続きに従って定められ、執行されなければなりません。政府やいかなる権力者も法に従うということです。そして、紛争が暴力ではなく権力から独立し公正な判断によって解決されるような制度を整えることで、人々の権利を守るのです。

法の支配を機能させるために必要な制度が、裁判所から構成される司法です。ただし、司法という制度が存在するだけでは十分ではありません。SDGsが掲げる「すべての人々の人権を実現する」ためには、すべての人々に司法への平等なアクセスが確保されることが重要です。

それでは、司法への平等なアクセスとは何でしょうか。裁判で使われる言葉が分からない、物理的に裁判所に出向くことができない、裁判官から賄賂が要求される、そもそも裁判所というものの存在を知らない、もしかしたら自分の権利が侵害されていることさえも分からないこともあるかもしれません。それでは司法への平等なアクセスが確保されているとは言えません。

また、裁判が権力者に操られたり、権力者に偏る判決が出されたり、公開されない密室で判決が下されたりしないためには、司法の独立を確保する必要があります。権力を監視するメカニズムがうまく働かない国では、基本的人権が権力者によって侵されることを防ぐことが難しくなります。そうした社会では、権力者が将来どのような行動をとるのか予想するのが難しくなるため、人々は常に不安な状態に置かれ、社会は不安定なものになります。

一国内に留まらず、国際的なレベルでの法の支配を促進し、すべての人々に司法への平等なアクセスを提供することが持続可能なグローバル社会に必要です。世界には法律が未整備であったり、公正な裁判制度が確立していなかったりする国もあります。そうした国に対しては、国際協力として法の支配や司法へのアクセスを促進する法制度整備支援が行われています。支援対象国において人々の権利が守られ、自由な経済活動が活発になり、社会が発展して国が安定することは、地域の発展、国際社会全体の平和と安全につながります

日本の法務省は、法制度は他国との共通財産であるとし、アジア諸国に支援を行っています(法務省2020)。ベトナムをはじめとして、ラオス、カンボジア、さらに2013年には民政移管したミャンマーへの制度改革の支援を開始しました。民法の起草など多くの成果を生んでいる一方で、被支援国の法の支配は向上していません。国際NGOであるWorld Justice Projectが毎年発表している法の支配インデックスの2021年版では、カンボジアは対象139カ国中138位でした。ミャンマーは128位でしたが、2021年2月のクーデタによって立法、行政、司法のすべてを国軍司令官が握っており、法の支配そのものが否定される事態になってしまいました。

包摂的な意思決定

人権が保障された持続可能な社会を実現するためには、法の支配と司法へのアクセスに加え、人々が自分の意見を政策のあり方に反映させるしくみがとても重要となります。それが、ターゲット16.7が掲げる包摂的な意思決定です。つまり、あらゆるレベルにおいて人々の声に応え(対応的)、あらゆる人々を社会の構成員として含む(包摂的)、参加型の、そして代表制の意思決定を確保することです。そのひとつの形態が、人々が投票権を有し、有権者として自らの代表を選び、選ばれた議員によって立法が行われる制度です。定められた手続きによって選挙が公正に行われること、その結果が尊重されることが、法の支配を支えます

クーデタによって民主化への道のりが閉ざされた現在のミャンマーを見てみましょう。2020年秋に行われた総選挙によって選ばれた政権が暴力で否定されました。軍への抵抗を続けるZ世代には「自分たちが初めて投票して選んだ政権がこんなふうに潰されるなんてありえない。今、ここで立ち上がらなければ自分たちの未来はない」との叫びがあります。行使した投票権が無残にも踏みにじられる社会を同じ世界に生きる人間として看過することはできません。

2013年に来日したアウンサンスーチー氏が講演をした際、聴衆の大学生が日本の若者へのメッセージをお願いしました。「日本の若い皆さん、投票権を必ず行使してください。」これが彼女の言葉でした。権利を行使することによって権利が守られることを確保することができるのです。政治参画の権利は人権です。

それでは、どのような状態になったときに「対応的、包摂的、参加型および代表的な意思決定」が確保されたと言えるのでしょうか。実は、目標16はその達成度合いを数値化するのが最も難しい目標です。ターゲット16.7のグローバル指標のひとつに、国の政策決定過程が包摂的であり、かつ対応的であると考える人の割合(性別、年齢別、障害者および人口グループ別)というものが示されています。この指標をどのように測定するのか、それに対して直球で答えている国はないようです。残念ながら日本はこの指標については何もデータを公開していません。

情報への公共アクセス

人々の情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する(ターゲット16.10)ことは、包摂的な制度構築と透明性のある公共機関の発展の礎です。新型コロナウイルスの世界的大流行は、人々の情報へのアクセスを劇的に悪化させています。世界的感染の拡大を防ぐために、各国は非常事態における措置として、都市封鎖、国境閉鎖、人々の移動や行動の制限を行っています。その影響は脆弱な人々により大きな負の影響をもたらします(山田 2021)。感染防止のためにとられる制限や監視によって、集会の自由や言論の自由など市民的・政治的権利が影響を受けています。情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障することは、有効で説明責任のある透明性の高い公共機関を発展させることと表裏一体です。事実にもとづいた情報を得ることは、自らの選択による意思決定を行い、行動するために重要です。

知る権利、そして報道の自由は民主社会を支えるものです。2021年のノーベル平和賞にジャーナリストが選ばれたことは、情報へのアクセス、そして報道の自由が平和な社会の礎であることの証しといえるでしょう。フィリピンのインターネットメディア「ラップラー」のマリア・レッサ代表とロシアの新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリー・ムラトフ編集長は、それぞれの国で強権をふるう為政者からの脅迫、弾圧に抗し、報道の自由を掲げ、真実を伝えるべく、政権を批判してきました。権力者は不都合な事実を隠蔽し、真実を追求しようとする者を脅し、攻撃し、拘束し、時には命さえも奪います。UNESCOによれば、SDGsが掲げられた2015年から2022年2月にいたるまで588人のジャーナリストが殺害されています。国際ジャーナリストNGOの国境なき記者団(RSF)が2021年4月に発表した「世界報道自由度ランキング」2021年版では、対象180カ国中フィリピンは138位、ロシアは150位でした。ノルウェーをはじめとする先進国が上位を占め、下位には途上国が並びます。ちなみに日本はG7諸国では最下位の67位でした。

誰が取り残されているのか

SDGsがスローガンとして掲げる「誰一人取り残さない(leave no one behind)」を実現するためには、最も貧しく最も脆弱な人々に特別の焦点をあてる必要があります。最も脆弱な人々は法的に存在が認められていない人々です。ターゲット16.9ではすべての人々に出生登録を含む法的な身分証明を提供することが掲げられています。法的な地位がなければ、その人は制度の上では存在せず、保健医療、社会保障、教育などを受ける機会を失います。法的な地位が確保されていないことが脆弱性なのです。UNICEFの2019年12月の公表によると、世界で5歳未満の子どもの4人に1人が出生時に登録されておらず、全世界で2億3700万人もの5歳未満児が出生証明書を持っていないと推定されています(UNICEF 2019)。

自らを証明する法的文書がないことがもたらす脆弱性は自国を離れた他国においてはなおさらです。2020年には新たに約1120万人が紛争や迫害により故郷を追われ、難民および国内避難民の累計数は8240万人となりました(UNHCR 2021)。先に挙げたミャンマーでは、クーデタによって難民が急増しています。隣国タイにはミャンマーからの難民や労働者が数百万人の単位で存在しています。彼ら/彼女らが自国政府もしくはタイ政府から身分を証明するものを得るのは困難を極めます。出生登録もなく、国籍も取得できず、無国籍のまま成人するミャンマー人の子どもたちがいます。

法的地位の脆弱性は、虐待、搾取や人身取引の被害につながります(山田2016)。児童労働に従事する子どもの数は、2021年6月には世界全体で推定1億6000万人に達したと報告されています(ILO/UNICEF 2021)。これは4年前より840万人増加しており、新型コロナウイルスの影響でさらに数百万人が児童労働に陥る危険があると指摘されています。誰一人取り残さないためには、制度のはざまに落ちてしまう人々がないよう(山田2010)、一人ひとりの存在が法的に確保され守られることが必要なのです。

目標16をもっと理解しよう

目標16の英語版のアイコンには“Peace, Justice and Strong Institutions”(平和、公正および強固な制度)と表されていますが、日本語版アイコンでは「平和と公正をすべての人に」となっています。重要な鍵概念のひとつである強固な制度(Strong Institutions)という言葉が消えています。どうしてそのようになってしまったのか分かりませんが、世界共通の目標であるSDGsを理解し、議論し、目指すときに、平和と公正を実現するための強固な制度を構築するということの重要性を私たちが認識していないとしたら、SDGsを達成するための基盤は脆弱であると言わざるをえないでしょう。なぜならば目標16は、不可分である他の目標を実現するための原則と制度的基盤を保障するものだからです。

目標16には、開発途上国において、暴力の防止とテロリズム・犯罪の撲滅に関するあらゆるレベルでの能力を構築するため、国際協力などを通じて関連国家機関を強化すること、そして持続可能な開発のための非差別的な法規および政策を推進し、実施することが明記されています。目標16は、SDGsがめざす誰一人取り残さない、平和な世界を実現するため、すべての目標の達成を牽引する重要な役割をもっています。

2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、明らかな国際法違反であり、国際社会における法の支配を根幹から覆す暴挙です。UNHCRによれば3月15日時点で300万人を超える難民が発生し、その規模は今世紀最大になると憂慮されています。持続可能な世界を実現するためには、人々が暴力や紛争に苦しむことなく、平和であることが必要だということを誰もが痛切に感じています。平和と公正を実現するための制度をより強固なものにするために、私たち一人ひとりのより能動的な行動がますます重要になっています。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

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この記事に関連する3つの重要ワードについて簡単に解説します。

  • 法の支配――法に則った社会のありかたです。本文で触れたWorld Justice Projectは、法の支配を支える原則として、説明責任、正しい法、開かれた政府、アクセスできる中立な司法の4つをあげています。政府の権限が制御されているか、汚職はないか、政府は開かれているか、基本的権利は守られているか、秩序が保たれ安全であるかなど、要素をさらに指標化した世界各国の法の支配インデックスを毎年公表しています。

  • 人権――人間が人間として生まれながらに持っている権利です。世界人権宣言は、国連憲章にもとづく普遍的人権について1948年の国連総会で合意された文書であり、すべての人々とすべての国が達成すべき共通の基準として公布されました。第1条「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」にはじまり、全30条からなっています。世界人権宣言を解説しながら人権を実際の生活に即して理解を深めることができる良書として、アジア・太平洋人権情報センター編(2018)『人権ってなんだろう』解放出版社、を紹介します。

  • ビジネスと人権――目標16は企業にとっても重要です。法の支配が確立していない場所では立法過程や法の執行が不透明かつ不確実であり、経済活動に必要な予見性が失われます。汚職や贈収賄がなく、公共機関が説明責任と透明性を有することによって、市場の公正性が確保されます。一方、企業が人権を侵害するなど、法の支配や社会の安定に負の影響を与える可能性もあります。アジェンダ2030は、企業の人権尊重責任を規定する「ビジネスと人権に関する国連指導原則」を企業のSDGsへの貢献のベースラインとして明示しています。アジア経済研究所ではビジネスと人権に関する特集ページ「ビジネスと人権――国家・企業・市民として――」をウェブサイトに掲載しているので参考にしてください。

写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
著者プロフィール

山田美和(やまだみわ) アジア経済研究所新領域研究センター法・制度研究グループ長。専門は法と開発、ビジネスと人権。主な編著に『東アジアにおける移民労働者の法制度――送出国と受入国の共通基盤の構築に向けて――』アジア経済研究所(2004年)、近著に「『ビジネスと人権に関する国連指導原則』にもとづくタイの国家行動計画の策定――なぜタイはアジア最初のNAP策定国となったのか――」『アジア経済』第62巻第2号(2021年),「『ビジネスと人権に関する国連指導原則』にもとづく国家行動計画の意義と課題」『法の支配』204号(2022年2月)など。

【連載目次】

おしえて!知りたい!途上国とSDGs