パーム油持続可能性認証にみる「環境と開発」 南北問題の再燃:途上国の挑戦

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.118

2018年12月5日発行

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  • 欧州の民間団体のパーム油持続可能性認証RSPO(Roundtable of Sustainable Palm Oil)に対し、インドネシア・マレーシア政府は自国の状況を踏まえたISPO(Indonesian Sustainable Palm Oil)とMSPO(Malaysian Sustainable Palm Oil)を策定し、途上国の立場への理解を求めている。
  • インドネシア・マレーシアによる認証策定の背後には、1990年代の「環境と開発」に関する南北対立の再燃と、欧州認証とは異なる持続可能な開発目標(SDGs)の重点がある。
  • 途上国自身による認証策定は、南北問題を克服しようとする途上国の挑戦といえる。日本や他の消費国が、途上国の立場をどのように理解・評価し、かかわるのかが問われている。
パーム油持続可能性認証の課題

パーム油生産の増加は、農地拡大を伴えば森林破壊を引き起こす懸念がある。途上国の森林保護の規制は強化されてきたとはいえ、十分執行されない生産者や地域が残っている。このため、消費国側による問題解決策として、森林破壊を伴わない持続可能な方法で生産されたパーム油を認証し、消費者が認証油を選択することで、生産者が持続可能な生産に取組むようなインセンティブを提供できるのではないかと考えられるようになった。このような背景があり、消費国である欧州の複数の民間ステークホルダーが2004年に持続可能なパーム油認証であるRoundtable on Sustainable Palm Oil(RSPO)認証を策定した。近年先進国やその企業が調達するパーム油にはRSPO認証が要求されることが増えている。認証油市場として最も重要な欧州では今後規制が厳格化される見込みだが、現状は食品用では任意であるのに対し、バイオ燃料用では持続可能性を満たすよう規制され、RSPO認証が遵守の手段として認められている。

生産国に目を向けると、世界のパーム油生産の約9割を占めるインドネシア・マレーシアにとってパーム油は雇用を創出し、輸出に貢献する重要産品である。持続可能性認証の役割が高まるなか、両国はRSPOが必ずしも途上国である自国の状況に適していないと認識するようになった。このため、2009年にインドネシア政府はRSPOを参考にしたIndonesian Sustainable Palm Oil(ISPO)を、マレーシアは2013年にMalaysian Sustainable Palm Oil(MSPO)を策定し、任意でなく、すべての生産者が取り組む国の強制規格とした。なぜ両国はRSPOが自国の状況に合わないと考えたのだろうか?

生産国のパーム油認証の背景にある南北対立

RSPO認証がなければ認証を要求する先進国市場への輸出機会を失うが、取得しても価格が高くなり、菜種・大豆油に対して途上国のパーム油の価格競争力が低下する。このため両国は、RSPO認証の要求が非関税障壁になる可能性を認識するようになった。振り返ると、1992年リオの環境開発会議で、途上国は「現在の環境問題は、先進国が経済発展する過程で作り出したものであり、先進国が主な責任を負うべきである。先進国の作り出した問題のために途上国の発展を制約するべきではなく、途上国には発展する権利がある」と主張し、「共通だが差異ある責任」を有するとのリオ宣言が行われた。先進国主導の認証は、過去の先進国による森林破壊の責任を途上国に転嫁させるものと懸念されている。途上国による認証策定の背景には、「環境と開発」をめぐる南北対立の再燃が根底にあり、途上国である生産国自身が自国の開発と環境に利益がある持続可能性認証の策定へとつながった。では、生産国の政府認証は消費国の民間認証とどう異なっているのだろうか?

途上国による認証差別化のアプローチ
1. ISPO/MSPOの包摂性と貧困削減

RSPO認証の取得は、高い費用や知識の必要性から大規模な農園企業が中心だ。小規模農家のRSPO認証取得に必要な支援や指導は限られ取得は進んでいない。小規模農家がRSPO認証油の輸出市場にアクセスできなければ農村の持続可能性が失われ、貧困を助長する恐れがある。民間のRSPOは生産国の経済・社会全体への影響を考える立場にはないが、ISPO/MSPOは政府認証として、環境面だけでなく社会・経済の発展と包摂性(inclusiveness)も考慮する責任がある。生産国政府は、サプライチェーンから小規模生産者がこぼれ落ちないよう予算措置を講じてISPO/MSPO取得を支援し、自国で生産されるパーム油全量を認証することで、地方の所得向上や貧困削減につなげることを目指している。ISPO/MSPOは、環境保全に加え、貧困削減等の社会・経済の要素をより重視するが、それは国連SDGsの持続可能性目標とも整合的である。

2. 途上国への供給者としての責任

パーム油市場は先進国だけでなく、中国やインド、アフリカを含む途上国にも広がっている。貧困国を含む市場の価格と供給の安定は主要生産国としての責務である。RSPO認証油の価格は、認証費用に加えサプライチェーン全体で認証油を分別する費用等で、非認証油と比べ30%近く高くなる場合もある。途上国の消費者は実質的に認証油を購入できないうえ、分別による価格上昇分は生産者の利益にはならない。全量を対象とする政府認証では、認証油の分別は不要で、認証油価格を引き下げることができる。

消費国でのISPO/MSPOの受け入れ

ISPO/MSPOを通じた途上国によるルール形成への挑戦の成否は、国際市場での評価次第である。現状は、ISPO/MSPOの基準が曖昧で機能していない、泥炭地への植林が許されるなど基準が緩いなどとして、国際市場での承認は進んでいない。しかし、2020年東京オリンピック・パラリンピック委員会は、持続可能性に配慮したパーム油の調達基準について議論した結果、運用状況を注視しつつも、RSPO、ISPO/MSPOとも持続可能な認証として採用することを決めた。公的な機関としてISPO/MSPOを持続可能性認証と認めた初のケースである。今後ISPO/MSPOが市場で受け入れられるか否かは未知数だが、小規模農家支援を行うISPO/MSPO認証油を多国籍企業向けに推進する欧州NGOもあり、今後より多くの市場で認知される可能性もあろう。

まとめ

ISPO/MSPO認証の策定は、1990年代の「開発と環境」の南北対立の時代を経て、途上国が持続可能性の課題に対して主体的にかかわり、一次産品の生産国に利するルール形成を行う試みである。同時にその意義を国際社会に問う挑戦とみることもできよう。

RSPO、ISPO/MSPOはいずれもSDGsに貢献するが、RSPOがより厳しい環境基準等を大規模生産者中心に求め、また主に先進国市場を対象とするのに対し、ISPO/MSPOは包摂性と貧困削減を重視し、途上国市場も対象とするなど、認証間には違いがある。これらの認証は、SDGsの複数の目標のうち、どの目標に重点を置くかという観点が異なっている。供給国である途上国発の認証は、持続可能性という曖昧な概念をどう解釈するのか、持続可能性に資するのは厳しい基準で高所得国中心の取組みだけなのか、生産・消費の両面で貧困層に配慮し、包摂性に比重を置いた取組みが受け入れられる余地はないのかという問いを投げかけている。

RSPO, MSPO/ISPO認証は二者択一ではなく、認証油市場全体の拡大が地球規模の持続可能性を高める。ISPO/MSPOは全量を認証油にするため、実施されれば需要がなかった途上国市場にも認証油を供給でき、持続可能性の取組みを強化するものとも捉えられよう。ただし、小規模農家や先住民ができる対応を考えると、基準は緩くならざるを得ない部分もある。本論では認証設計の背景のみを論じたが、実施にかかわる課題も大きい。

日本でも政府や企業による持続可能性への貢献が求められるなか、欧州の民間認証・途上国政府認証双方の挑戦を理解し、それぞれの取組みがより実効性をもてるよう、消費国としてどのように関わるのか、議論を深めていくことが必要であろう。

(みちだ えつよ/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。