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海外研究員レポート

ニューヨーク市で感染爆発したCOVID-19 と人種、所得・教育水準

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051721

2020年5月

(4,996字)

COVID-19が感染爆発したニューヨーク市
COVID-19の感染者数、死者数ともに世界最多となったアメリカでも最も状況が深刻なニューヨーク市では、2020年4月7日に1日あたりの死者数で最大となる579人を記録し、感染拡大のピークを過ぎた4月末でも、1日あたり200人以上の死者が出ていた。1月からすでに市中感染が始まっていたとの憶測もあるが、公式に市内初の感染者が報告された3月1日以降、あっという間に感染爆発が生じた。ニューヨーク州のクオモ知事は3月7日に非常事態宣言を出し、3月22日からはいわゆるロックダウン(日常生活の維持に必要不可欠な業種を除き全面的自宅待機命令)が始まった。5月12日正午時点で確認されたニューヨーク市の感染者数はのべ18万4319人、COVID-19が死因とのみなしを含めた死者数は2万237人に上る。

写真1 ニューヨーク市マンハッタン5番街の様子(2020年5月2日)

写真1 ニューヨーク市マンハッタン5番街の様子(2020年5月2日)
黒人・ヒスパニックに蔓延

COVID-19は誰もがかかりうる感染症だが、比較的早い時点から、黒人・ヒスパニックの人たちに偏って感染がみられることが指摘されていた。ニューヨーク市は自らのウェブサイトにおいて、人種ごとの感染者数および死者数を発表している(ただし、人種についてのデータが得られるのは、感染者の5割、死者の9割についてのみであり、更新は約1週間ごとである)。本稿執筆時点(2020年5月12日)で最新の5月7日付けのデータによると、全感染者数および死者数(みなし含む)に占める黒人のシェアはそれぞれ31%、30%、ヒスパニックのシェアは31%、31%である。ニューヨーク市人口に占める黒人、ヒスパニックの割合がそれぞれ14%、19%であることから、彼らが感染しやすいことは間違いない。

上記のウェブサイトでは、郵便番号でみた177の居住区ごとの感染者数、検査陽性率も毎日更新されている。感染者数と陽性率はともに検査を受けた人数に左右され、黒人・ヒスパニックの人たちが検査を受けにくい可能性があることを考慮すると、感染者数は過小評価、陽性率は過大評価となる可能性がある。しかし、両者を示した図を見比べてもさほど違いがなかったことから、おおむね感染者数を信頼してよいと考え、議論を進めたい。居住区ごとの感染者を示した図1をみると、市内の感染者の分布は一様ではなく、ブロンクス区、ブルックリン区中南部など、黒人・ヒスパニックの人たちが多く居住する地域に多いことがみてとれる。ニューヨーク市は人種のるつぼと言われるが、ミックスジュースのように混じりあっているわけではなく、人種によって居住区がかなりはっきりと分かれていることはよく知られている。

図1 居住区(郵便番号)ごとのCOVID-19感染者数(5月1日までののべ人数)

図1 居住区(郵便番号)ごとのCOVID-19感染者数(5月1日までののべ人数)

なぜ、黒人・ヒスパニックの人たちは感染しやすいのだろうか。一つには、今回のCOVID-19でも、A型、B型、C型といったウイルスの型によってかかりやすい傾向がある、もしくは発症しやすい人種が異なることがゲノムの系統発生解析により報告されており(Forster et al. 2020)、そういった先天的な要因が考えられる。もう一つには、黒人・ヒスパニックの人たちは、公共交通機関、食料品店の店員、デリバリーサービスなど、テレワークが不可能な職種に就業していることが多く、感染リスクが高いこと、また、肥満や心臓病などの基礎疾患を抱えていることが多く、発症および重症化のリスクが高いことなど、後天的な要因が考えられる。だが、黒人・ヒスパニックの人たちは、何らかの遺伝的要因によってCOVID-19に感染しやすいのか、それとも彼らが抱えている社会経済的な特徴が感染および犠牲につながっているのか、といったことは図1をみただけではよく分からない。この疑問に答えるべく、簡単な計量分析を試みた。

COVID-19感染率と人種、所得・教育水準の関係

COVID-19の感染者については、上述の5月1日時点におけるニューヨーク市居住区(郵便番号)ごとの感染者数データを使用した。居住区ごとの推定人口および社会経済指標は、2010年のセンサスをもとにした2018年の民間データベースを使用した。図2は、説明変数を居住区ごとの人種のシェアと年齢中央値および性比(男性人口と女性人口の比率)のみとし、被説明変数を居住区ごとの感染率(1000人あたり感染者数)として、最小二乗法(OLS)による係数推定値をプロットしたものである。具体的には、居住区における白人のシェアに比べて、それぞれの人種のシェアが1%上がると、1000人あたりの感染者がどれほど上がるか、を示している。図2をみると、黒人やヒスパニックの人口シェアが高い地域では、感染率も有意に高いことが分かる。

図2 COVID-19感染率と人種との関係

図2 COVID-19感染率と人種との関係

(出所)ニューヨーク市データ、および2018年民間データを用いて推定し、筆者作成。
(注)居住区(郵便番号)ごとの各人種のシェア(%)をCOVID-19感染率(1000人あたり感染者数)に回帰したときの係数値について、95%信頼区間をプロットした。参照カテゴリーは白人。居住区における年齢中央値および性比によって調整済み。推定には頑健標準誤差を考慮した最小二乗法(OLS)を用いた。サンプル数は郵便番号数の177。

次に、居住区ごとの年間世帯所得中央値(平均7万3674ドル)を説明変数に加えて、OLS推定を繰り返した(図3)。年間所得が上昇すると感染率は有意に下がるが、所得を考慮しても人種による感染率の違いが大きいことが分かる。ちなみに、所得の自然対数をとった場合は、所得と感染率に有意な関係はなくなり、決定係数が小さくなるが、示唆するところに大きな違いはない。

図3 所得水準を一定としたときのCOVID-19感染率と人種との関係

図3 所得水準を一定としたときのCOVID-19感染率と人種との関係

(出所)図2と同じ。
(注)居住区(郵便番号)ごとの各人種のシェア(%)、年間所得中央値(単位1000ドル)をCOVID-19感染率(1000人あたり感染者数)に回帰したときの係数値について、95%信頼区間をプロットした。以下、図2と同じ。

さらに、居住区ごとの25歳以上人口に占める四大卒以上の割合(平均40.6%)を説明変数に加えて、同様のOLS推定を繰り返した。図4は、人種同様、四大卒のシェアが1%上がると1000人あたりの感染者がどれほど上がるか、をプロットしている。四大卒以上のシェアが高い地域では、感染率が有意に下がることが分かる。ちなみに四大卒以上のシェアの代わりに短大卒以上のシェアを用いても似たような結果が得られたが、四大卒以上で区切った方が決定係数が大きかったため、ここでは四大卒以上で区切ることとした。教育水準を考慮すると、人種による感染率の統計的な違いはなくなる。図1でみたような居住区による感染率の違いは、人種ではなく四大卒の割合でほぼ説明可能だということになる。また興味深いことに、四大卒かどうかを考慮すると、所得が高いほど感染率が高いことも分かる。図2と図4を比べると、人種そのものに生まれつきCOVID-19にかかりやすい、かかりにくいといった違いがあるわけではなく、背後にある教育水準の違いが感染率に大きな影響を与えていることが分かる。

図4 所得・教育水準を一定としたときのCOVID-19感染率と人種との関係

図4 所得・教育水準を一定としたときのCOVID-19感染率と人種との関係

(出所)図2と同じ。
(注)居住区(郵便番号)ごとの各人種のシェア(%)、年間所得中央値(単位1000ドル)、25歳以上人口における四大卒以上の割合(%)をCOVID-19感染率(1000人あたり感染者数)に回帰したときの係数値について、95%信頼区間をプロットした。以下、図2と同じ。
COVID-19感染率の違いが投げかけるメッセージ

以上の結果から示唆されることは何か。図4の推定においては、四大卒を短大卒に代えても似たような結果が得られることから、以下では、なぜ大卒(短大卒含む)だと感染率が下がるのかを議論したい。現時点で入手可能なデータをもとにした簡便な推定であるので、推測の域を出ないが、大卒であるとリモートワークが可能な職種に就業しやすくなること、大卒であると健康に留意する傾向が高まり基礎疾患を抱える可能性が低くなること、などの可能性が考えられる。ただし、いずれの人種でも感染率と死亡率には大きな違いがないことから、感染した場合の重症化のリスクには人種間の違いがそれほどないのかもしれず、仮に感染するかどうかだけが問題であるとすると、基礎疾患の有無より職種の方が大きな要因かもしれない。職種や既往歴といったデータがあれば、なぜ大卒だと感染率が大幅に下がるのか、という疑問に答えやすくなるだろう。

また、上記の推定結果は、今回のようなパンデミックによる健康被害においても、教育格差が顕著な影響をもたらすことを示唆している。パンデミックを受けた学校閉鎖は、全世界の91.3%(UNESCOデータベース)の子どもたちが経験することになったが、貧しい子どもたちほど学習機会が奪われやすいことが危惧されている。学校閉鎖には、子どもたちの健康を守るという目的があることに大きな異論はないだろう。しかし、現在の政策決定が、彼らが大人になったときの健康に影響を与えうることまで考えている政策担当者はいるだろうか。現在の政策決定が将来の貧困格差だけでなく、将来パンデミックが起こった時の感染率や死亡率における格差を再生産しうること、またそうあってはならないことは、世界中の政策担当者が忘れてはならない視点だと思う。

最後に、本分析で使用したような感染者数、陽性率,死者数等のデータが毎日更新されることの重要性を強調しておきたい。クオモ州知事は、毎日、感染者数や死者数、ピークがいつなのかといったことをグラフで示しつつ、「ステイホーム」と呼びかけている。ある程度信頼のできるデータをもとに政策決定を行う姿勢を州知事が一貫して示しているからこそ、我々住民は州および市のとる政策に納得することができる。痛みを伴う政策が打ち出されることに対して個々の住民には不満もあろうが、「思いつきの政策だ」といった批判は難しい。検査には偽陽性/偽陰性の可能性もあり、検査を増やすことのデメリットもあるだろう。そもそも筆者は医療の専門家ではないので、検査数を増やすべきだと安易に主張すべきではないのかもしれない。しかし、少なくとも政策決定をするうえで、また、その正当化のためにも、ある程度信頼できるデータを集め開示することの重要性を、とりわけ日本の政策担当者に対して訴えたい。

写真2 閉鎖後のニューヨーク市小学校で毎日配給される朝食と昼食

写真2 閉鎖後のニューヨーク市小学校で毎日配給される朝食と昼食。
中身はターキー ハムサンドイッチ、フムス、プレッツェル、りんご、牛乳など(2020年3月18日)。
写真の出典
  • すべて筆者撮影
参考文献
  • Forster, Peter, Lucy Forster, Colin Renfrew, and Michael Forster. 2020. "Phylogenetic Network Analysis of SARS-CoV-2 Genomes." Proceedings of the National Academy of Sciences 117(17):9241–43.
著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所海外研究員(ニューヨーク)。博士(経済学)。専門分野は家族経済学、人口経済学。著作に"Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women’s Inheritance Rights"(Review of Economics of the Household, 17(1), 2019: 287-321) "Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan"(Journal of Population Economics, 32(3), 2019: 769-797)等。

書籍:Dowry in the absence of the legal protection of women’s inheritance rights

書籍:Marriage, dowry, and women’s status in rural Punjab, Pakistan

この著者の記事
【特集目次】

新型コロナウイルスと新興国・開発途上国