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第15回(サッカーW杯特集)アルゼンチン――国民的ヒーローとしてのメッシとマラドーナ

Argentina: Messi and Maradona as National Heroes

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002002003

2026年7月

(6,796字)

マラドーナに代わる存在に

2026年5月28日、アルゼンチンサッカー協会は2026年FIFAワールドカップ北米大会に臨む26名の代表メンバーを発表した1。同代表の背番号10は大会期間中に39歳の誕生日を迎えたリオネル・メッシ(以下、メッシ)であり、前回大会優勝国のキャプテンとして自身6度目のワールドカップに挑むこととなった。

今大会でも2026年7月4日時点ですでに7得点を決めているメッシが世界最高峰の現役選手の一人であることに疑問の余地はないが、長年アルゼンチンサッカー界に国民的ヒーローとして君臨していたのはディエゴ・マラドーナ(以下、マラドーナ)であった。1986年FIFAワールドカップ・メキシコ大会での母国の優勝への貢献もさることながら、後述するように、その出自をはじめとする様々な点において、20世紀のアルゼンチンサッカーを象徴する存在となっていたのである[Brescia and Paz 2023]。一方、スペインの名門クラブチームであるFCバルセロナにおける輝かしい実績2に比して、アルゼンチン国内におけるメッシの評価は近年まで決して高いものではなかった。特に代表チームの結果が思わしくなかった際にマラドーナと比較され、スケープゴートにされることが少なくなかった。そして、前回の2022年FIFAワールドカップ・カタール大会の直前の時期においても、「メッシはスポーツ界のアイドルだが、マラドーナのようなヒーローではない」3といったような評価が一部のメディアに登場していた。

このように、常にアルゼンチン国内で市民の厳しい目にさらされてきたメッシであるが、現在は国民的ヒーローとしての地位を確固たるものとしている。しかも、2023年1月9~12日に実施された世論調査会社オピーナ・アルヘンティーナの調査によれば、全回答者の60%がメッシの方がマラドーナよりも優秀な選手であると回答しているのである4

では、なぜメッシはマラドーナに代わる新たな国民的ヒーローになることができたのであろうか。無論、2022年FIFAワールドカップの結果とそこでの代表チームのキャプテンとしてのパフォーマンスの影響も大きいと考えられるが[Alabarces, Branz, and Zucal 2024]、本稿ではマラドーナを国民的ヒーローたらしめた要因や、代表チームを含むアルゼンチンサッカー界と市民との関係の変化に注目しつつ、この問いについて考えてみたい。

写真1 ブエノスアイレス市内のビジャ・デル・パルケ駅前にあるショッピングセンターの側面に描かれたメッシ(2023年8月11日撮影)

写真1 ブエノスアイレス市内のビジャ・デル・パルケ駅前にあるショッピングセンターの側面に描かれたメッシ(2023年8月11日撮影)

国民的ヒーローの要件

前節で紹介したオピーナ・アルヘンティーナの調査では、より優れた選手として全回答者の28%がメッシではなくマラドーナを選んでいる5。アルゼンチンが前回大会で優勝した直後の2023年1月時点でのこの調査結果は、裏を返せば、2020年11月に死去したマラドーナが生前アルゼンチン国民に与えた影響が極めて大きかったことも物語っている。

写真2 マラドーナの死去を悼み、大統領府での一般弔問の列に並ぶ人々(2020年11月26日撮影)

写真2 マラドーナの死去を悼み、大統領府での一般弔問の列に並ぶ人々(2020年11月26日撮影)

マラドーナが国民的ヒーローとなった背景として、出自やプレースタイル、「リベンジ」の手段としてのサッカーの活用などという側面において、20世紀のアルゼンチンサッカーの理想を体現していた点を挙げることができる[Brescia and Paz 2023]。19世紀後半にアルゼンチンに伝えられたサッカーというスポーツは、当初は英系学校や英系会員制クラブでのみプレーされていたが、20世紀になると一般大衆の間でも若者を中心に人気を博し数多くのクラブチームが創設された[Frydenberg 2011]。このようにサッカーが大衆スポーツ化するなかで、第一次世界大戦後の時期になると、「アルゼンチンらしさ」を定義する上でのサッカーの重要性が高まった[O’Brien 2017]。

アルゼンチンにおけるサッカーの大衆スポーツ化はヨーロッパ(イギリス)起源のスポーツのクレオール化6でもあり、ヨーロッパ的なプレースタイルとは異なるドリブルと極度の個人主義がアルゼンチンらしいものであるとされた。また、そこでイメージされるのは、空き地(potrero)でサッカーに興じる貧困層の「男の子」(pibe)であった[Archetti 1999; Brescia and Paz 2023]。すなわち、ブエノスアイレス州ロマ・デ・サモラのビジャ・フィオリートという貧しい街の出身で、アルヘンティノス・ジュニオルスのユースチームに加わるまで草サッカーでテクニックを磨いてきたマラドーナは、上記のイメージにピッタリと当てはまる存在であった。しかも、1982年にスペインのFCバルセロナに移籍するまでの間にも、国内リーグでどのチームを応援しているかということが人々のアイデンティティの重要な構成要素であるアルゼンチンにおいて、アルヘンティノス・ジュニオルス(1976~1981年在籍)やボカ・ジュニオルス(1981~1982年在籍)の一員として相手を軽快にかわすドリブル(gambeta)を駆使して印象深いゴールを決め続けたのである。

写真3 アルヘンティノス・ジュニオルスのホームスタジアムである「エスタディオ・ディエゴ・アルマンド・マラドーナ」の側面に描かれたマラドーナの壁画と供物(2020年11月25日撮影)

写真3 アルヘンティノス・ジュニオルスのホームスタジアムである「エスタディオ・ディエゴ・アルマンド・マラドーナ」の側面に描かれたマラドーナの壁画と供物(2020年11月25日撮影)

上記のようなサッカーの大衆スポーツ化・クレオール化は、「持たざる者」による「リベンジ」の手段としてのサッカーの活用を含意している。マラドーナがサッカーのそのような側面を体現したのが、アルゼンチン代表のキャプテンとして出場した1986年FIFAワールドカップにおける準々決勝の対イングランド戦であった[Brescia and Paz 2023]7。1982年のマルビナス戦争(フォークランド紛争)でアルゼンチンはイギリスに敗北したが、1986年FIFAワールドカップではマラドーナの「神の手」ゴールと「世紀のゴール」(ドリブルでの5人抜きの末のゴール)という後世に語り継がれることになる2得点により、2対1でイングランドを破った。そして、アルゼンチンは決勝で西ドイツを破り、2度目のワールドカップ優勝を果たした。

以上みてきたように、貧困家庭出身であるという出自やドリブルをはじめとするプレースタイル、国内リーグでの活躍、1986年FIFAワールドカップにおける「リベンジ」の体現などがマラドーナを国民的ヒーローたらしめた要因であると考えられる。

代表チームをはじめとするアルゼンチンサッカー界と市民との関係の変化

他方、メッシは多くの面においてマラドーナと異なっている8。相手を軽快にかわすドリブルの上手さという点ではマラドーナに通ずるところがあるものの、メッシはサンタフェ州ロサリオの中産階級の家庭出身である。また、国内リーグのトップチームでプレーした経験がないことは、アルゼンチン国内におけるメッシに対する評価に近年までネガティブな影響を与え続けてきた。さらに、仮にメッシがFIFAワールドカップでイングランドを相手にスーパーゴールを決めたとしても、マルビナス戦争の4年後に開催された1986年FIFAワールドカップにおけるマラドーナの得点と同様のインパクトを残すことは不可能であろう。

では、なぜ国民的ヒーローとしての従来の要件を満たしていないにもかかわらず、メッシは新たな国民的ヒーローになり得たのであろうか。この問いについて検討するには、アルゼンチンサッカー界を取り巻く状況についてマラドーナが現役選手としてプレーした1970年代~1990年代とメッシのデビューした2000年代以降とを比較する必要があるが、ここでは市民と代表チームとの関係をめぐる3つの変化を指摘したい。

第一に、2010年代に入り、「代表チームサポーター」が生まれた点である。熱狂的なサッカーファンが多いことで知られるアルゼンチンであるが、従来その熱意は国内リーグのチームに向けられるものであり、2000年代まではそもそも「代表チームサポーター」というカテゴリーが存在していなかった9。しかし、2014年FIFAワールドカップ・ブラジル大会の際には多くのサッカーファンが開催地である隣国を訪れ、オリジナルのチャントを歌いながらサポートする代表チームサポーターが誕生した10。彼らの多くは上位中産階級以上の人々であり、2022年FIFAワールドカップでも彼らの階級的イメージとはほど遠いようなバンデラッソ(大旗を振りチャントを歌う決起集会)を行い、熱狂的に代表チームをサポートしたのである[Alabarces, Branz, and Zucal 2024]。

第二に、メッシのプレーする代表チームの人気が、地方でいち早く向上した点である。先述したように、サッカーファンの熱意が国内リーグのチームに向けられてきたアルゼンチンにおいては、熱狂的なファンの意見は「名門クラブチーム11を多く抱えるブエノスアイレス都市圏のファンの意見」とほぼ同義であった。しかし、メッシが地方で開催される代表チームの試合に出場するにつれ、マラドーナとは異なりブエノスアイレス都市圏出身ではない彼に対する人気が高まっていった。Alabarces[2021]によれば、出身地のロサリオでの人気がその一例であったという12。そして、公共放送で2022年FIFAワールドカップの試合前後に流されたスポットCMでも代表チームメンバーの出身地の多様性が強調されるなど、以前よりも地方を重視したキャンペーンも展開された。

そして第三に、これまでにも増して、代表チームが政治との距離を保つことを市民が望んでいると思われる点である。後述するように、アルゼンチンにおいてサッカーと政治は密接な関係にあるものの、トップスター選手がその政治的信条を明らかにすることはまれである。しかし、マラドーナは現役末期から当時正義党(ペロニスタ党)を率いていたカルロス・メネム大統領(1989~1999年在職)と近しい関係にあり、同党支持者である「ペロニスタ」のシンボル的存在でもあるとみられてきた[Brescia and Paz 2023]。また、正義党では例外的に新自由主義を推進したメネム大統領だけでなく、ネストル・キルチネル大統領(2003~2007年在職)やクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領(2007~2015年在職)、アルベルト・フェルナンデス大統領(2019~2023年在職)といった歴代の正義党の左派・中道左派の大統領とも親交を深めた13

写真4 一般弔問の日に、大統領府前の五月広場に掲げられた正義党キルチネル派の政治グループ「ラ・カンポラ」の横断幕。「神(マラドーナ)はアルゼンチン人でペロニスタだ。同志よ、勝利の日まで。」と記されている。「勝利の日まで(Hasta la victoria siempre.)」という表現はエルネスト・ゲバラ(チェ・ゲバラ)がフィデル・カストロに宛てた決別の手紙のフレーズとして有名である(2020年11月26日撮影)

写真4 一般弔問の日に、大統領府前の五月広場に掲げられた正義党キルチネル派の政治グループ「ラ・カンポラ」の横断幕。「神(マラドーナ)はアルゼンチン人でペロニスタだ。同志よ、勝利の日まで。」と記されている。「勝利の日まで(Hasta la victoria siempre.)」という表現はエルネスト・ゲバラ(チェ・ゲバラ)がフィデル・カストロに宛てた決別の手紙のフレーズとして有名である(2020年11月26日撮影)

他方、元々政治に関する意見を口にすることのないメッシ率いる2022年の代表チームは、カタールからの凱旋帰国時に政治と距離を置いた。1978年と1986年にワールドカップを制覇した際には、代表チームは大統領府を訪れて大統領に優勝を報告し、大統領府前の五月広場に詰めかけた多くの市民と共にその喜びを分かち合った。しかし、2022年の代表チームはフェルナンデス大統領からの招待を断り、エセイサ国際空港からブエノスアイレス市内に向けた凱旋パレードのみを行ったのである14。そして、このように政治との距離を保つ姿勢は、市民にも概ね好意的に受け止められた。アルゼンチンの全国紙であるLa Nación紙に掲載された2022年FIFAワールドカップに関する6つの記事に付けられた536のコメントを分析したYus[2024]によれば、57のコメントがワールドカップでの優勝の政治利用を明確に否定するものであり、99のコメントがアルベルト・フェルナンデス大統領をはじめとする政治家を腐す内容であったという。

表1 マラドーナとメッシについての市民の意見(%)

表1 マラドーナとメッシについての市民の意見(%)

(注)1100名を対象とした調査。合計が100にならない行がある点に注意されたい
(出所)2023年1月9~12日に実施された世論調査会社オピーナ・アルヘンティーナの調査結果をもとに筆者作成

以上の市民と代表チームとの関係をめぐる3つの変化は、本稿の冒頭で紹介した世論調査の結果とも整合的である。表1は、マラドーナとメッシのどちらがより優れた選手であるのかについて、オピーナ・アルヘンティーナが2023年1月9~12日に実施した調査結果15の一部を抜粋したものである。2010年代からの代表チームサポーターの多くが上位中産階級以上であることを反映し、「メッシの方が優れている」とした回答者の割合が高所得者(59%)と中所得者(73%)では圧倒的に高い一方、低所得者ではマラドーナを選択した回答者の割合(49%)がメッシを選択した回答者の割合(45%)をわずかに上回っている。また、回答者の地域別でみた場合、いずれの地域においてもメッシを選択した回答者の割合が上回っているものの、メッシを選択した割合とマラドーナを選択した割合とが最も乖離しているのが、代表戦が開催されるような地方の人口10万人以上の都市に住む回答者のケースである。さらに、2023年は大統領選が実施される年であったが、正義党をはじめとする当時の与党連合であった「みんなの戦線」を支持している回答者の間ではマラドーナとメッシを選択した人々の割合が共に46%であったのに対し、中道右派の「変革のために共に」や同選挙での勝者となったハビエル・ミレイ率いる右派の「自由前進」を支持している回答者については、メッシを選択する割合が圧倒的に高かった。

では、本稿でのこれまでの考察を念頭に置いた場合、新たな国民的ヒーローとしてのメッシの台頭をどのように捉えることができるであろうか。やや論理の飛躍を伴っている恐れもあるが、2023年の大統領選16の結果と併せて考えると、市民がペロニスタの象徴ともいえるマラドーナに代わる国民的ヒーローを欲していた可能性を想定することができよう。先述したように、マラドーナは20世紀のアルゼンチンサッカーの理想を体現していた存在であったが、その理想の基盤をなしていた「アルゼンチンらしさ」の追求は、主に正義党の創設者であるフアン・ドミンゴ・ペロン大統領(1946~1955年、1973~1974年在職)の下で行われた[O’Brien 2017]。スポーツを国家に資するものであると捉えた1946~1955年のペロン政権の政策は、その後のアルゼンチンサッカー界の在り方に大きく影響し、国家による介入の余地を与えたが[Scher y Palomino 1988]、そのような国家介入型モデルは90年代のメネム政権下での新自由主義政策やアルゼンチン経済の低迷によるクラブチームの経営難、スタジアムでの暴力問題、汚職問題などによって限界を迎えた。また、キルチネル政権とフェルナンデス・デ・キルチネル政権を中心に、2000年代以降の正義党政権下では国家介入型経済が志向されたが、高インフレによる経済の低迷に直面し、有権者は2023年の大統領選で経済活動における国家の役割を極力減じようとするミレイを選出した。このようにみてみると、市民が政治経済分野だけでなくサッカー界の在り方についても国家介入型モデルを否定するようになり、そのような動きの表出の一環としてメッシがマラドーナに代わる国民的ヒーローとなった、と解釈することもあながち間違いではないように思われる。

メッシは政治との距離を保てるか

なぜメッシはマラドーナに代わる新たな国民的ヒーローになることができたのであろうか。本稿ではマラドーナを国民的ヒーローたらしめた要因や、代表チームを含むアルゼンチンサッカー界と市民との関係の変化に注目し、この問いについて検討した。そして、前者については、貧困家庭出身であるという出自やドリブルをはじめとするプレースタイル、国内リーグでの活躍、1986年FIFAワールドカップにおける「リベンジ」の体現などが重要であったことを、後者については、2010年代に入り新たに代表チームサポーターと呼べる集団が生まれたこと、代表チームの人気が地方でいち早く向上したこと、代表チームが政治との距離を保つことを市民が望んでいることを、それぞれ指摘した。そして、以上の点が2023年1月に実施されたマラドーナとメッシについての世論調査の結果と整合的であることも考慮した上で、市民がサッカー界の在り方についても国家介入型モデルを否定するようになったことの一環としてメッシが新たな国民的ヒーローとして台頭した、という仮説的な解釈を提示した。

本稿で述べたように、市民は代表チームが政治との距離を保つことを望んでいる。しかし、メッシは自らの政治的信条こそ明らかにはしていないものの、現在アメリカ合衆国のインテル・マイアミFCに所属していることもあり、2025年11月にはミレイ大統領やドナルド・トランプ大統領も出席したアメリカ合衆国・ビジネス・フォーラムに参加している。また、2026年3月5日にホワイトハウスを訪れたことは、メッシの政治に対する姿勢が変化しているのではないかという疑念を生じさせている17。2027年にはアルゼンチンで大統領選が実施され、メッシのファンであると公言してはばからないミレイ大統領が再選に向けて出馬することが予想されているなか、メッシが政治との距離をどのように保つのかも今後のアルゼンチンサッカー界の在り方を考えていく上で注目に値しよう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
  • 菊池啓一 2015.「アルゼンチン―名門チームと二部降格」『アジ研ワールド・トレンド』237: 36-37.
  • ――― 2023.「サプライズ続きの2023年アルゼンチン大統領選」『IDEスクエア』11月.
  • Alabarces, Pablo. 2021. Fútbol y patria: El fútbol y las narrativas de la nación en la Argentina (5ª edición). Buenos Aires: Prometeo Libros.
  • Alabarces, Pablo, Juan Branz, and José Garriga Zucal. 2024. “Why Win a World Cup? Thirty-Six Years of Football and Nation(alisms) in Argentina.” Soccer & Society 25(4-6): 437-451.
  • Archetti, Eduardo P. 1999. Masculinities: Football, Polo and the Tango in Argentina. Oxford & New York: Berg Publishers.
  • Brescia, Pablo, and Mariano Paz. 2023. “Maradona and Argentina: Four Takes,” in Diego Maradona: A Socio-Cultural Study, edited by Pablo Brescia and Mariano Paz. London: Routledge.
  • Frydenberg, Julio. 2011. Historia social del fútbol: Del amateurismo a la profesionalización. Buenos Aires: Siglo Veintiuno Editores.
  • O’Brien, Jim. 2017. Nationhood, Violence and the Beautiful Game: Peronism, Football and Cultural Identity in Argentina.” Studia Iberica et Americana (4): 257-274.
  • Scher, Ariel, y Héctor Palomino. 1988. Fútbol, pasión de multitudes y de elites: Un estudio institucional de la Asociación de Fútbol Argentino (1934-1986). Buenos Aires: CISEA.
  • Webster, Jane. 2016. Creolization,” in Oxford Classical Dictionary (Online Edition), edited by Lucy Grig. New York: Oxford Academic.
  • Yus, Francisco. 2024. “‘We Won the World Cup!’: Collective Identity Among Argentinians Commenting Online,” in Evaluating Identities Online: Case Studies from the Spanish Speaking World, edited by Pilar Garcés-Conejos Blitvich and Patricia Bou-Franch. Cham: Palgrave Macmillan.
著者プロフィール

菊池啓一(きくちひろかず) アジア経済研究所地域研究センター主任調査研究員。Ph.D. (Political Science) 。専門は比較政治学、政治制度論、ラテンアメリカ政治。主な著作に、『現代ラテンアメリカ政治を読み解く』(上谷直克・三浦航太との共編、アジア経済研究所、2025年)、Presidents versus Federalism in the National Legislative Process: The Argentine Senate in Comparative Perspective. Cham: Palgrave Macmillan (2018) など 。

書籍:

書籍:


  1. Con la actuación de Scaloni y el utilero Mario Destéfano, el video con el que Argentina confirmó los 26 citados para el Mundial 2026.” Infobae, 28 de mayo de 2026.
  2. 2001年に契約を結び、2004年に17歳でプリメーラ・ディビシオン(スペインのトップリーグ)デビューを果たすと、2021年にパリ・サンジェルマンに移籍するまでにリーグ戦で通算474得点(520試合出場)を記録した。
  3. La diferencia esencial entre Maradona y Messi, según el sociólogo que más estudió la cultura del fútbol.” El Economista, 21 de octubre de 2022. なお、このような評価を下していたのは、本稿で言及するAlabarces[2021]やAlabarces, Branz, and Zucal[2024]を著した社会学者のパブロ・アラバルセスである。
  4. La pregunta del millón, “¿Maradona o Messi?”: una encuesta nacional definió cuál es el mejor futbolista para los argentinos.” Clarín, 25 de enero de 2023. なお、全回答者の28%はマラドーナの方が優れているとし、12%は「分からない・答えたくない」と回答している。より詳細な調査結果については、表1も参照されたい。
  5. 同上。
  6. クレオール化とは、異なる文化(本稿では、イギリス文化とその時点でのアルゼンチン固有の文化)の要素が混じり合って新しい文化が創造されることを意味する[Webster 2016]。
  7. Brescia and Paz[2023]はその他の事例として、1990年FIFAワールドカップ・イタリア大会の対ブラジル戦におけるアシストと、1994年FIFAワールドカップ・アメリカ大会の対ギリシャ戦におけるゴールも挙げている。
  8. もっとも、2022年FIFAワールドカップの準々決勝の対オランダ戦を終えたメッシがアルゼンチンのスポーツチャンネルのインタビューを受ける際、近くを通ったオランダ代表のボウト・ベグホルストに対して「何見てんだ馬鹿野郎、何見てんだ? あっちに行け馬鹿野郎、あっちに行け!」と罵倒したことは、マラドーナを彷彿させるとしてアルゼンチン国内で好意的に捉えられた。Messi estilo Maradona: ¿Qué mirás bobo?, la respuesta a Wout Weghorst.” El Día, 10 de diciembre de 2022.
  9. 2010年以前のワールドカップにも熱狂的なファンが詰めかけてはいたが、あくまで国内リーグのチームをサポートする一環であり、「代表チームサポーター」とは言い難かった[Alabarces, Branz, and Zucal 2024]。
  10. Alabarces, Branz, and Zucal[2024]は変化のきっかけとして2010年FIFAワールドカップ・南アフリカ大会の際に生まれた「アルゼンチンサポーター連合」を挙げているが、同連合は当時のクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル政権(2007~2015年)に近い人物が国内リーグのいくつかのチームのサポーターをまとめたものであり、活動資金の不透明性もあって2014年6月に解散した。Qué fue Hinchadas Unidas Argentinas.” Infobae, 3 de enero de 2016.
  11. アルゼンチンの名門クラブチームについては、菊池[2015]も参照されたい。
  12. ただし、メッシのロサリオでの人気については、地元のニューウェルス・オールド・ボーイズのユースチームに在籍していた点も影響していると思われる。
  13. Maradona y la política: Cristina Kirchner, Fidel Castro y Hugo Chávez, sus ídolos y vínculos más estrechos.” Infobae, 25 de noviembre de 2020. また、キューバのフィデル・カストロやベネズエラのウーゴ・チャベスといった反米左派の国家元首とも親交があった。
  14. ブエノスアイレス市内中心部のオベリスクが目的地であったが、サポーターが殺到し陸橋から落下する負傷者も出たため、途中で打ち切りとなった。
  15. La pregunta del millón, “¿Maradona o Messi?”: una encuesta nacional definió cuál es el mejor futbolista para los argentinos.” Clarín, 25 de enero de 2023.
  16. 2023年の大統領選については、菊池[2023]も参照されたい。
  17. Messi evitó la política durante años. ¿Su visita a la Casa Blanca de Trump marca un cambio?” Spectrum Noticias, 6 de marzo de 2026.
【連載目次】

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