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第5回 ロマーリオとベベットの政界におけるパフォーマンス

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051494

2019年10月

(7,841字)

はじめに

筆者はサッカー観戦を趣味にしているが、それには丁度中高生時代にあたる1993~1994年の出来事が大きく影響している。1993年のJリーグ開幕はプロ選手のプレーをスタジアムで生観戦する機会を与えてくれ、1994年の三浦知良のイタリア・セリエAへの挑戦は筆者の目が「ラテン」世界に向くきっかけとなった。さらに、1994年にアメリカで開催されたFIFAワールドカップは、世界のハイレベルな代表チーム同士の対戦がいかに面白いのかを教えてくれた。

1994年FIFAワールドカップ・アメリカ大会はブラジルの4回目の優勝で幕を閉じたが、その立役者となったのが得点王に輝いたロマーリオとベベットの2トップであった。そして、同大会で抜群のコンビネーションを見せた2人は、共に2010年の総選挙に出馬して政界デビューを果たし、今も議員として活躍している。そこで、本稿では、昨年2018年のブラジルの総選挙における元プロサッカー選手の出馬状況を概観するとともに、ロマーリオとベベットの政治家としてのパフォーマンスを紹介したい。

元プロサッカー選手と2018年総選挙

ブラジルでは2018年10月に総選挙(大統領選、下院選、上院選、州知事選、州議会選)が実施され、既存の政党政治に対する不信やソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の活用を背景に支持を伸ばしたジャイール・ボルソナーロが大統領に選出された。また、同大統領を輩出した右派の社会自由党が各選挙で大きく躍進したのと同時に、上院選における再選率が1994年以降最低の14.81%を記録するなど、これまでの構図が大きく塗り替えられた(菊池 2019)。

サッカー好きの読者の方の中には、元ブラジル代表のロナウジーニョが2018年3月にブラジル共和党(現在の共和党1)に入党したニュースを覚えていらっしゃる方も少なくないであろう2。当初の報道とは異なり、彼は結局上院選にも下院選にも出馬しなかったが、他の元選手達の出馬状況はどのようなものだったのであろうか。

表1 元プロサッカー選手と2018年総選挙

表1 元プロサッカー選手と2018年総選挙
(注)「主な元所属クラブチーム(国内)」の欄には、各候補者がブラジル国内でプレーしていた際に最も活躍していたと思われるクラブチームを1つだけ記載している。
(出所)選挙最高裁判所のウェブサイト(2019年9月27日閲覧)、下院のウェブサイト(同)、ミナスジェライス州議会のウェブサイト(同)、リオデジャネイロ州議会のウェブサイト(同)、バイーア州議会のウェブサイト(同)、O Estado de S.Pauloのウェブサイト(同)、Zero Hora, 9 de outubro de 2018Futebol Interior, 1 de outubro de 2018をもとに筆者作成。

表1は2018年総選挙に出馬した計15名の元プロサッカー選手のリストである。その内訳は州知事選1名、下院選5名、州議会選9名であった。各州任期4年の州知事を1名選出する州知事選に対して、それぞれ州全体を選挙区とする下院選(任期4年)の選挙区定数は8~70(計513)、州議会選(任期4年)の選挙区定数は24~94(総数1059)であるため、下院選と州議会選の方により多くの元プロサッカー選手が出馬しようとするのは自然なことではある。しかし、ブラジルでは州知事職や市長職の方が下院議員職よりも重視されている(Samuels 2003)ことを考慮すると、彼らはまだ政界の重要ポストを手に入れることができる状態には無いと捉えることもできよう3

次に選挙区に注目すると、自身の活躍したクラブチームの所在地から出馬する例がほとんどである。ブラジルの有力なクラブチームは大都市を本拠地としているため、ブラジルにおける人口の上位6州(サンパウロ州、ミナスジェライス州、リオデジャネイロ州、バイーア州、パラナ州、リオグランデドスル州)に出馬が集中している4。また、年齢は引退してからしばらく時間の経過した40~50代が多く、ルイゾン(元名古屋)、ベベット(元鹿島)、マルセリーニョ・カリオカ(元ガンバ大阪)といった元Jリーガーの名前も見受けられる5

ただし、元プロサッカー選手の選挙におけるパフォーマンスは必ずしも芳しいものではない。フラヴィオ・デイニャを除く表1の選手たちは皆各クラブチームのスターであったが、2018年総選挙で当選したのは下院議員として3期目となる再選を果たしたダンルレイ、ミナスジェライス州議会議員として7期目となる再選を果たしたジョアン・レイチ、リオデジャネイロ州議会議員として3期目となる再選を果たしたベベット、バイーア州議会議員として2期目となる再選を果たしたボボの4名だけである。上院議員の座にありながらリオデジャネイロ州知事選に挑戦したロマーリオ、下院議員として5期目の再選を目指したデレイ、クリチーバ市議会議員としてパラナ州議会選に出馬したパウロ・リンクをはじめ、大半の候補は落選の憂き目にあった。

政治家としてのロマーリオとベベット

ここまで見てきたように、かつてのスター選手であったからといって簡単に選挙に勝てるわけではないが、近年政治家としてのキャリアを積んできているのが、ロマーリオとベベットである。

表2 ロマーリオとベベットの選挙結果

表2 ロマーリオとベベットの選挙結果

(出所)選挙最高裁判所のウェブサイト(2019年9月27日閲覧)をもとに筆者作成。

表2はこれまでの選挙における両者の歩みを示したものである。現役時代にも進歩党に所属していたことのあるロマーリオであるが、ヴァスコ・ダ・ガマを退団して引退した6翌年の2009年9月22日にブラジル社会党への入党を発表し、「自分が(2010年の)選挙の候補者となることがあるかもしれないが、自分の(入党の)目的は子どもたちとスポーツを支援することである」と述べた7。当然同党は2010年総選挙におけるロマーリオの集票力に期待しており、非拘束名簿式比例代表制の採用されている下院選のリオデジャネイロ州選挙区に彼を擁立し、下院選では大政党との選挙連合は形成せずに単独での議席増を狙った8。その結果、ロマーリオは14万6859票を集めて第6位での当選を果たし、ブラジル社会党の同選挙区での下院議席数も1から3に増加した9

他方、2002年に引退し2009年に中道左派の民主労働党に加入した10ベベットが選挙への出馬を決意した時期は明確ではないが、2009年末に同年リオデジャネイロ州選手権1部に昇格したアメリカFCの監督に就任したものの2010年2月に解任されたことが影響していると考えられる11。非拘束名簿式比例代表制の採用されているリオデジャネイロ州議会選に立候補したベベットも無事に当選を果たしたが、彼の得票は2万8328票に過ぎず、同じ民主労働党から出馬した元TV司会者のワグネル・モンチスの獲得した52万8628票に助けられた当選であった12

写真:FIFAワールドカップ開催中の南アフリカ共和国プレトリアで見学するベベット

ソーシャルプロジェクトの一環として子どもや若者たちを支援するサッカースクールを、FIFAワールドカップ開催中の南アフリカ共和国プレトリアで見学するベベット。(2010年6月27日)

表3 ロマーリオとベベットの議員立法活動

表3 ロマーリオとベベットの議員立法活動

(注)ロマーリオの場合は憲法改正案・補足法案は連邦憲法に対するもの、ベベットの場合は憲法改正案・補足法案はリオデジャネイロ州憲法に対するものをそれぞれ指す。
(出所)下院のウェブサイト(2019年9月27日閲覧)、上院のウェブサイト(同)、リオデジャネイロ州議会のウェブサイト(同)をもとに筆者作成。

表3はロマーリオとベベットの議員立法活動をまとめたものである。ブラジルでは、総議員の5分の3の賛成が必要となる憲法改正案と総議員の絶対過半数の賛成が必要となるその補足法案は二院制の連邦レベルにおいても一院制の州レベルにおいても通常法案と区別されるが、彼らの1期目の議員立法活動は対照的なものとなった。

ロマーリオはダウン症の子を持つこともあって障がい者支援に強い関心を持っており、障がい者スポーツへの財政支援強化などをはじめとする21の通常法案を提出したが、1本も成立させることはできなかった13。しかしその一方で、個人小企業家の社会保障料に関する2011年の暫定措置14第529号を大幅に修正し、失業した障がい者がより手厚い給付を受けられるようにした15

また、2013年6月にブラジル全土で発生した抗議デモのなかではブラジルでの2014年FIFAワールドカップの開催反対も主張されたが、ロマーリオは下院ワールドカップ・コンフェデレーションズカップ特別委員会の委員として、2012年の時点で開催に向けた競技場建設によってかつてないほどの規模の汚職が発生すると警告していた16。そのため、熱心な障がい者支援とFIFAワールドカップに関する汚職を許さない強い姿勢が有権者に評価され、2014年総選挙では任期8年の上院に鞍替えして有効票の63.43%にあたる468万3963票を獲得して当選した。

他方、就任直後から積極的な法案提出や朝早くからの州議会への登院などが評価されていた17ベベットの1期目の議員立法活動の特徴は、多くの議員立法を成立させたことである。ロマーリオは議員活動を障がい者支援に集中させたが、ベベットの提出した通常法案のテーマは社会福祉、スポーツ文化、労働、治安などと多岐にわたっている。そして、提出した51本中14本を成立させた。また、リオデジャネイロ州憲法改正案も3本提出して1本成立させているが、その1本はジャイール・ボルソナーロ大統領の息子であるフラヴィオ・ボルソナーロ(現上院議員)をはじめとする3人の議員と共に提出した税制改革案であった18

彼がこのような積極的な活動を行った背景には、2010年総選挙における自身の集票力に対する不安があると考えられ、2011年にワグネル・モンチスが社会民主党に移籍した際にはベベットも同党への移籍を画策した。結局この移籍は実現しなかったものの、2013年に中道の連帯に移り19、2014年総選挙では前回の倍以上にあたる6万1802票を獲得して再選を果たした。

写真:ロマーリオ上院議員

ロマーリオ上院議員(公式プロフィール写真)。(2015年)

2014年総選挙では無事に当選したロマーリオとベベットであるが、以降は両者にとって難しい時期となり、2018年総選挙では逆風が吹くこととなった。舞台を下院から上院に移したロマーリオは上院も終の棲家とは考えておらず、2018年に州知事選に出馬する以前にも、一時は2016年のリオデジャネイロ市長選への出馬が取り沙汰されていた20。ブラジル政界におけるより上位のポストを目指すロマーリオの上院における戦略は下院と同様に障がい者支援と反汚職へのさらなる集中であり、議員立法活動では障がい者支援関連のものを中心に71本の通常法案を提出し、そのうちの15本を成立させた。ただし、補足法案については選挙関連のものを中心に3本、憲法改正案については他の多数の上院議員と共に3本提出したが、何れも成立していない。一方、下院議員時代から取り組んできた2014年FIFAワールドカップ開催をめぐる汚職問題については、2015年に上院に設置されたサッカー議会査問委員会の委員長に就任したが、同委員会は芳しい成果を上げることなく2016年に解散した21

2016年のルセフ大統領に対する弾劾によって左派に対する逆風が吹くなか、2017年にはリオデジャネイロ州知事職を目指すべく左派のブラジル社会党から改名したばかりの中道のポデモスに移籍したが22、選挙戦前の2018年6月にはマネーロンダリング疑惑も浮上した23。そして、州知事選のテレビ公開ディベートでは経験不足を露呈する格好となり24、州知事選は66万4511票での落選で上院議員職にとどまることとなった。

ベベットもロマーリオと同様に1期目の戦略を踏襲し、2期目も障がい者保護、公衆衛生、消費者保護、動物愛護などの多岐にわたる通常法案を提出したが、提出数は51から36に、成立数は14から7にそれぞれ低下した。というのも、2期目は2回の党籍変更を伴うなど、不安定な状態が続いたためであると考えられる。2016年3月に民主労働党に復帰すると2016年リオデジャネイロ市長選における副市長候補となる可能性が報道されたが25、2017年にはロマーリオの誘いを受けてポデモスに移籍し、ロマーリオとの「2トップ」が復活する形となった26。しかし、2018年総選挙では3期目となる再選は果たしたものの、得票数は過去最低の2万5917票にとどまった。

おわりに

本稿では、2018年のブラジルの総選挙における元プロサッカー選手の出馬状況と、1994年FIFAワールドカップでブラジルを優勝に導いたロマーリオとベベットの政治家としてのパフォーマンスを紹介した。元スター選手が人口の上位6州から下院選や州議会選に出馬するパターンが多いが、スター選手であったからといって簡単に当選できるわけではない。そのようななか、ロマーリオは障がい者支援と反汚職に自身の活動を集中させ、ベベットはより多岐にわたる分野についての議員立法を成立させることに注力してきたが、2018年総選挙の結果はそのような戦略の限界も示している。ジャイール・ボルソナーロ政権の成立によってこれまでのブラジル政治の構図が大きく変わるなか、今後彼らがどのような戦略を採って政治家としてのキャリアをより積んでいくのかに注目してみるのも面白いであろう。

写真の出典
  • Marcello Casal Jr./ABr, O ex-jogador de futebol, tetracampeão mundial Bebeto, assiste em Pretória (África do Sul) a jogo de futebol de escolinha que prepara crianças e adolescentes por meio de um projeto social[CC BY 3.0 br (https://creativecommons.org/licenses/by/3.0/br/deed.en)], from Wikimedia Commons.
  • Senado Federal/Agência Senado, Foto oficial de Romário, senador pelo Rio de Janeiro, from Wikimedia Commons.
参考文献
著者プロフィール

菊池啓一(きくちひろかず)。アジア経済研究所海外派遣員(在ブエノスアイレス)。Ph.D. (Political Science)。専門は比較政治学、政治制度論、ラテンアメリカ政治。最近の著作に、Presidents versus Federalism in the National Legislative Process: The Argentine Senate in Comparative Perspective. Cham: Palgrave Macmillan (2018)、「表現の自由・水平的アカウンタビリティ・地方の民主主義――定量データでみる世界の新興民主主義――」(川中豪編『後退する民主主義、強化される権威主義―最良の政治制度とは何か―』ミネルヴァ書房、2018年)など。

書籍:Presidents versus Federalism in the National Legislative Process: The Argentine Senate in Comparative Perspective

書籍:後退する民主主義、強化される権威主義―最良の政治制度とは何か―


  1. ポルトガル語表記はRepublicanosであり、2019年に自由党に改名した(旧)共和党(Partido da República, PR)とは別の政党であることに注意されたい。
  2. Folha de S. Paulo, 20 de março de 2018.
  3. 大統領府スポーツ庁長官に就任したジーコ(1990~91年在職)や国家スポーツ特別相に就任したペレ(1995~98年在職)の例もあるが、彼らの任用は政治家としてではなく、あくまで元スポーツ選手としてのものであった。
  4. 表1に挙げられているクラブチームのうち、ヴァスコ・ダ・ガマ、フルミネンセ、フラメンゴはリオデジャネイロ州リオデジャネイロ市、グレミオとインテルナシオナルはリオグランデドスル州ポルトアレグレ市、コリンチャンス、パルメイラス、サンパウロはサンパウロ州サンパウロ市、アトレチコ・ミネイロはミナスジェライス州ベロオリゾンテ市、アトレチコ・パラナエンセはパラナ州クリチーバ市、バイーアはバイーア州サルヴァドール市をそれぞれ本拠地としている。
  5. 2014年総選挙では下院選にワシントン(元東京ヴェルディ・浦和)、州議会選にベベット(元鹿島)、マルセリーニョ・カリオカ(元ガンバ大阪)、ジャメーリ(元柏)、マザロッピ(元横浜フリューゲルス・名古屋・川崎フロンターレ・札幌GKコーチ、元名古屋監督代行)が出馬したが、当選したのはベベットだけであった。
  6. ただし、2009年にもリオデジャネイロ州選手権2部に所属するアメリカFCで1試合だけプレーしている。
  7. Gazeta do Povo, 22 de setembro de 2009.
  8. O Estado de S.Paulo, 23 de maio de 2010.
  9. 選挙最高裁判所のウェブサイト(2019年9月27日閲覧)。
  10. O Globo, 5 de agosto de 2010.
  11. UOLのウェブサイト(2019年9月27日閲覧)、NSCのウェブサイト(同)。なお、ベベットの監督就任と解任には当時アメリカFCの幹部であったロマーリオが大きく関与していた。
  12. 選挙最高裁判所のウェブサイト(2019年9月27日閲覧)、O Estado de S.Paulo, 3 de outubro de 2010.
  13. 下院のウェブサイト(2019年9月27日閲覧)。
  14. 発令と同時に法律と同等の効力を60日間持つ大統領令。さらに60日間の効力延長も可能であるが、有効期間内に議会での法制化が完了しない場合は失効する。
  15. 大統領府のホームページ(2019年9月27日閲覧)、ロマーリオの個人ホームページ(同)。
  16. O Globo, 18 de março de 2012.
  17. Extra, 8 de fevereiro de 2011.
  18. リオデジャネイロ州議会のウェブサイト(2019年9月27日閲覧)。
  19. Extra, 2 de outubro de 2013.
  20. Extra, 17 de junho de 2016.
  21. 上院のホームページ(2019年9月27日閲覧)。
  22. Folha de S.Paulo, 28 de junho de 2017.
  23. O Globo, 21 de junho de 2018.
  24. O Globo, 3 de outubro de 2018.
  25. O Globo, 22 de julho de 2016.
  26. O Estado de S.Paulo, 27 de outubro de 2017.