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コラム

おしえて!知りたい!途上国と社会

第21回 途上国の水不足問題について教えてください

Please tell me about the water shortage issues in developing countries

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000058

2023年11月
(2,734字)

画像:質問

中東・北アフリカ地域の水不足問題はどれくらい深刻なのですか? その原因は何ですか?
何か対策は取られていますか?

中東・北アフリカ地域は、世界で最も水資源が少ない地域です。私はシリアの出身ですが、首都ダマスカスにいた2000年代は、水道の蛇口から水が出るのは1日に数時間だけで、毎晩断水になり、シャワーも週に1回できれば良い方でした。限られた水を工夫して少しずつ使うのが当たり前で、水は貴重であるということを日々の生活から身に染みて感じていました。

では実際に、中東・北アフリカ地域の水不足がどれほど深刻なのか、いくつかの指標でみてみましょう。人口1人当たりに必要な水資源量は年間1700㎥が最低基準とされており、これを下回ると「水ストレス下にある状態」、1000㎥を下回ると「水不足状態」、500㎥を下回ると「絶対的な水不足状態」になります。中東・北アフリカ地域では10カ国以上が「絶対的な水不足状態」の500㎥以下となっています。

また、図1は、河川や地下水などから得られる年間の地域内の再生可能な水資源量を世界の地域別にみたものです。中東・北アフリカ地域は極端に少ないことがわかります。

図1 地域内の再生可能な水資源量の比較

図1 地域内の再生可能な水資源量の比較

(出所)Our World in Data(原典はFAO)

さらに、各国の農業や工業、都市や家庭等での水の需要量が水資源の供給量に占める割合が高いほど水需給が逼迫している状態であるといえ、これも水ストレスの程度を測る指標の一つです。図2では水ストレスが高い国ほど濃い赤色で示されており、やはり中東・北アフリカ地域の水不足の深刻さが際立っています。

図2 各国の水の需給バランスの分布

図2 各国の水の需給バランスの分布

(出所)Our World in Data(原典はFAO)
気候変動だけではない水不足の要因──人口増加の影響

中東・北アフリカ地域の水不足問題は、今に始まったことではありません。何世紀も前から人々は限られた水で生活し、環境に適応することを学んできました。しかし、近年の急激な気候変動により、状況はさらに悪化しています。世界的な気温上昇と降水量の減少で、主要な淡水の供給源である地表水と地下水の両方が減少してしまっているのです。

人口の急増も水不足に拍車をかける要因になっています。2000年代半ばまで、中東・北アフリカ地域は世界で最も人口増加が激しい地域でした。1960年に約1億500万人だった地域人口が、2018年には4倍の約4億5000万人になり、2050年には7億人に達するとみられています。2010年から2050年までの40年間で、地域の人口は57%増加する見通しです。このような人口増は、当然ながら水の使用量の増加に大きく影響しています。

人口が増えれば食料もさらに必要となり、それを供給するための農地も広がっていきます。しかし、農業や灌漑で水を効率的に使えていないことも、水不足の原因の一つです。中東・北アフリカ地域では、農地に水をためる湛水灌漑と呼ばれる方法が昔から広く使われてきました。湛水灌漑には大量の水が必要であり、地域で利用可能な水の85%以上を農業に費やしています。

社会的・政治的な要因

水不足につながる他の要因として、都市化やライフスタイルの変化も指摘できます。都市の人口増加によって水需要が高まり、地下水が過剰に利用されています。他方、都市化に伴い、市街地の表面がアスファルトなどに覆われて、雨水が地下に染み込まず、帯水層に蓄えられる地下水の量が減少しています。また、上水道はインフラの整備が追いつかず、その多くが老朽化していたり、適切に維持管理されずに漏水や水の浪費が起こっています。下水設備も十分でなく、浄化されていない汚水や下水が地下に浸透することで、水質汚染が生じています。シリアでは長期化する紛争の影響もあり、安全に使用できる水を確保するのが困難で、水質汚染がコレラなどの病気の蔓延につながっています

また、経済発展に伴い肉を多く食べるようになった食生活の変化も関係しています。肉を生産するには穀物や豆などを作るよりも多くの水が必要です。例えば、牛肉1kgの生産には小麦1kgの生産と比べ、10倍近くもの水が必要という推計があります。

さらに、中東・北アフリカ地域の国々の政策が、水の持続的な利用に悪影響を及ぼしている点も重要です。例えばシリアでは、政府が農村住民からの支持を取り付けるために、地下水を汲み上げるための機械の燃料に補助金を出す政策をとったことが、水の枯渇の一因となっています。サウジアラビアでは、大規模な灌漑計画による食料自給自足を政府が短期的な目標として掲げた結果、地下水が枯渇してしまいました。

中東・北アフリカ地域は、長年の政治不安や紛争、汚職によって、水不足問題の対策は後回しになっています。ナイル川といった国際河川の水資源を共同管理するシステムやガバナンスもなく、問題の緊急性や重要性への理解が浸透していません。このように、社会的、政治的要因も水不足問題に拍車をかけているのです。

水不足問題への対策と課題

水不足は飲み水の問題だけでなく、先に述べたように多分野・複数セクターにわたる問題です。このため、省庁間で協力し、市民社会を巻き込んだ包括的な対策を講じる必要があります。しかし、中東・北アフリカ地域では一部の指導者が政治権力を握っている権威主義体制の国が多く、さまざまな政策は市民社会の声が反映されずにトップダウンで決まることがほとんどです。

中東・北アフリカ地域の水道料金は、国民の不満を抑えるため、政策的にかなり安く設定されています。水道システムを運営している運営者や公益事業者には、システムを稼働し続けるための十分な資金がありません。水資源を管理し、責任ある使用を促進し、水の浪費を止めるには、適切な価格設定メカニズムと規制の枠組みが不可欠です。また、海水の淡水化能力を拡大すれば、水供給の安定化につながる可能性があります。さらに、廃水処理と再利用は水不足問題への対策として非常に重要です。

熱波、降水量の減少、長期にわたる干ばつ、海面上昇によって地下水や農地へ海水が流入して引き起こされる塩害など、加速する気候変動の影響に対処するためにも、この地域の優先課題として水不足問題に取り組むことが重要です。その際、中東・北アフリカ諸国の政府は、気候変動の影響を受けている最も脆弱なコミュニティの意見に耳を傾ける必要があります。効果的なガバナンス、国際協力、長期計画と組み合わせて政策や対策を考えることが、この地域での水不足危機の克服に向けた第一歩となるでしょう。

中東・北アフリカ地域の水不足問題の行く末は、各国政府が、気候変動、人口増加、そして水資源を効率的に活用するための制度の構築や技術の導入にどのように向き合うかにかかっているのです。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
回答者プロフィール

ダルウィッシュ ホサムDarwisheh Housam) アジア経済研究所 地域研究センター 中東研究グループ研究員。博士(学術)。専門は、エジプト政治、社会運動、中東政治。現在は、ナイル川流域における水資源の共有をテーマに、周辺の国々が流域国間の関係に及ぼす影響や、水資源の共同利用における流域国の政策などに焦点を当てながら、国際関係学の視点で研究に取り組んでいる。

【連載目次】

おしえて!知りたい!途上国と社会