IDEスクエア

コラム

おしえて!知りたい!途上国と社会

第16回 途上国はどのように治安を改善しているのですか?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051909

2020年12月
(2,420字)

画像:質問

途上国には治安のよくない地域が多いと聞きます。治安の改善は時間がかかりそうですが、どのような取り組みがなされているのでしょうか。

治安の改善は、途上国を含む多くの国にとって重要な課題となっています。ただし、強盗や殺人などの一般犯罪による日常的な治安の悪さから、中東地域などでのテロ組織を原因とする治安問題まで、背景は国や地域によりさまざまです。

ラテンアメリカは、麻薬犯罪組織が大きな影響力を持つこともあり、治安状況の良くない地域です(表)。なかでもブラジルは人口が2億人以上と大きいことなどから、2017年の殺人件数が6万5602件(IPEAの調べ)、強盗が167万6161件(UNODCの調べ)と、データが入手できる国のなかではいずれも世界で最も多くなっています。

表 人口10万人当たり強盗発生件数(2013年)

表 人口10万人当たり強盗発生件数(2013年)

(出所)国連薬物犯罪事務所(UNODC)のデータをもとに筆者作成。
(注)緑色の網掛けの地域がラテンアメリカで、黄色はブラジル。順位は98カ国中のもの。

ただし、国土が日本の約23倍と広いブラジルでは、治安の状況は地域により大きく異なります。下の図は、1980年から2017年までの10万人当たりの殺人発生件数の推移を地域別にまとめています。全国の発生件数は緩やかに増加していますが、21世紀はじめまで全国平均を大きく上回っていた南東部では、経済の発展もあり2004年以降は大きく低下しました。逆に、より貧しい北部と北東部の数値は2006年に全国平均を超え、近年増加の一途をたどっています。

図 ブラジルの10万人当たりの殺人発生件数の推移(1980~2017年)

図 ブラジルの10万人当たりの殺人発生件数の推移(1980~2017年)

(出所)IPEAのAtlas da Violênciaのデータをもとに筆者作成。

ブラジルの27の州のうち、10万人当たりの殺人発生件数がとりわけ急増しているのが、北東部の北リオグランデ州です。南東部などで政府や警察が麻薬の取締を厳しくしたため、麻薬消費地のヨーロッパに地理的に最も近い北リオグランデ州が、南米で生産された麻薬を船で密輸する新たな拠点になりました。近年、北リオグランデ州の治安は大きく悪化し、州の政府や警察では制御できずに、治安回復に軍が投入される状況がたびたび生じています。

他方、治安が大きく改善したのが南東部のサンパウロ州です。ブラジル経済の中心で犯罪の発生しやすい大都市が多いこともあり、1999年まで10万人当たりの殺人発生件数は増加し続けましたが、その後は減少に転じました。その要因として、1990年代から実施されていた警察の組織改革、警察官の待遇改善、治安に関する法改正などのほか、好調なブラジル経済や人口構成の変化(犯罪に手を染めやすい若年層の減少)が指摘されています。

これらに加えて、サンパウロ州の場合は、地域コミュニティ重視の新たな治安対策が効果を上げたといわれています。ブラジルは1985年まで21年もの間、独裁的な軍事政権だったこともあり、警察は国民を強圧的に監視・支配する機関とみられてきました。今でも警察による暴力や殺害が深刻な問題となっており、警察と市民の関係がよくないことが治安改善の障害となっています。そこで1990年代、サンパウロ州の警察は警察官が地域住民に近づき交流を深めることで、防犯機能の向上につなげるための政策を打ち出しました。

サンパウロ州の警察が模範にしたのが日本の交番です。2000年からは日本政府も交番制度の普及に向けた協力を開始し、2005年に最初のブラジル版交番のKOBANがサンパウロ市内に設置されました。その後、KOBANはサンパウロ州内やブラジルの他の州だけでなく、ラテンアメリカの他の国々でも導入されるようになりました。KOBANは日本の交番と同様、基本的に警察官数名が24時間常駐し、訪問者への応対や事件への対応を行うとともに、パトカーやバイクで地域を巡回する警察官の拠点になっています。KOBANのなかには、地域住民を対象としたサッカーや体操教室の開催、通学時の子どもの警護、イベント時の慈善施設訪問やプレゼント贈呈を行ったり、車両を改造して移動したりするものもあり、現地の特性に合わせて “ブラジル化”しています。

写真:サンパウロ市中心部のブラジル版交番KOBAN(2017年11月)

サンパウロ市中心部のブラジル版交番KOBAN(2017年11月)

サンパウロ州では、携帯のアプリを利用した新たな治安対策も実施されています。これは「近隣連帯プログラム」と呼ばれ、近隣住民同士の交流が少ない都市部において、地域コミュニティで治安に関するネットワークを構築し、情報を共有することで治安の改善を試みようとするものです。警察官が、まず地域の家庭やマンションを訪問し、隣人同士の紹介やマンションの管理人などとの接触を行います。その後、携帯アプリなどで近隣住民や管理人を繋げるグループを作成してもらいます。これによって、住民が不審者などを見かけた場合にグループに情報を流し警戒を呼び掛けるとともに、警察に通報することもできるようになります。

このような対策の効果もあり、サンパウロ州の10万人当たりの殺人発生件数は大きく減少しました。しかし、強盗や窃盗などの数字には改善が見られません。とりわけ新型コロナウィルスの感染拡大で人々が外出を控えたり経済状況が悪化したりしたことで、住宅や人のいない商店などを狙った犯罪が増加しました。治安問題は、さまざまな要因が複雑に影響し合っているため、改善には多面的なアプローチや短期・長期的な政策の組み合わせが必要であり、その道のりは長く険しいといえます。

写真の出典
  • 筆者撮影
回答者プロフィール

近田亮平(こんたりょうへい) アジア経済研究所ラテンアメリカ研究グループ長代理。博士(学術)。ラテンアメリカの治安を含む社会問題について研究。

【連載目次】

おしえて!知りたい!途上国と社会