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ブラジルの国家主権に介入するトランプ関税――なぜ米国は対ブラジルで貿易黒字なのに50%関税?
Trump tariffs interfering with Brazil's national sovereignty: Why is the U.S. imposing a 50% tariff on Brazil despite having a trade surplus with them?
2025年9月
(3,769字)
米国のトランプ政権は2025年8月、ブラジルに対する50%もの「トランプ関税」の実施に踏み切った。しかし、トランプ政権による追加関税の前提とされる貿易収支は近年、対ブラジルに関して米国側の赤字ではなく黒字で推移している。ではなぜ、米国は対ブラジルで貿易黒字なのに50%もの関税を課したのか。その背景について本稿では、ブラジルの米国・中国・ロシアとの貿易収支の推移、および、ボルソナロ(Jair Bolsonaro)前大統領に注目が集まる最近のブラジルと米国の関係を中心に解説する。
貿易収支の推移に見るブラジルの対外関係
ブラジルの対米国の貿易収支の推移を見ると、2009年以降ブラジル側の赤字、つまり米国にとって黒字で推移している(図)。すなわち、米国の対ブラジル貿易収支は、トランプ関税が前提とする米国にとっての赤字状態ではない。そのため、米国に不利な貿易不均衡の是正以外の要素が、トランプ政権がブラジルに50%もの関税を課した背景にあると考えられる。
ブラジルの貿易収支に関して、米国に加え、以前の米国に代わりブラジルにとって最大の貿易相手国となった中国、および、ウクライナ戦争などで近年の国際情勢を大きく揺るがせているロシアを対象に推移を見てみる。ブラジルの貿易収支は、2009年に対米国が赤字となった一方、同年から対中国は黒字に転じ、その黒字額はブラジルの景気が低迷した2010年代半ばから大幅に増加した。このことは、ブラジルと中国の経済的な接近、または、ブラジルの中国への経済的な依存やブラジルへの中国の経済をはじめとする影響力の増大を意味していよう。そして、ブラジルの対中国の貿易黒字は、コモディティ輸出に拠るところが大きい。そのなかでも10億人以上の人口を抱える中国は、ブラジルから大豆や食肉などを大量に輸入しており、両国にとって農牧畜業の重要性は非常に高くなっている。
またロシアは近年、ブラジルの対ロシアの貿易収支は赤字額が増加している。このことは、2022年にウクライナ戦争を開始して以降、世界各国が厳しい経済制裁を科しているロシアから、ブラジルが輸入を継続しているだけでなく増加させていることを示している。ブラジルのロシアからの主な輸入品には農牧畜業に欠かせない肥料があり、ウクライナからもブラジルは肥料を輸入していた。戦争によりウクライナからの輸入は危機に陥った一方、ブラジルは軍事侵攻した側のロシアからは輸入を継続または増加させている。
ブラジルの中国とロシアとの貿易には、農牧畜業の重要性が表れている。ブラジルは農牧畜業に欠かせない肥料をロシアから調達し続け、その産物の大豆や食肉を大量に中国へ供給している。そしてトランプ関税の影響から、中国が米国産に代わりブラジル産の大豆の購入を増やす動きを見せている1。
近年のブラジルの対米国、中国、ロシアの貿易収支を見ると、ブラジルが貿易面で「米国の裏庭」に相応しくない動きをしているという印象を、トランプ政権が持つにいたったと考えられよう。ブラジルが輸出を増やしてきた農牧畜産業は、米国が先駆的に盛んな部門であるが、世界における輸出額で両国は近年トップを争う存在になっている。つまり、「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領が、ブラジルを「面白くない」存在だと認識していると捉えることができる。
BRICS首脳会議。中央で両手を挙げているのがルーラ大統領
ブラジル・米国関係の最近の動き
ブラジルがトランプ大統領の米国にとって「面白くない」点は、貿易に見られる近年のブラジルの動き以外にもある。「ブラジルのトランプ」とも称されるボルソナロ前大統領の政敵であり、2023年にブラジルで政権へ返り咲いた左派のルーラ(Lula da Silva)の存在である。ボルソナロ前大統領と以前から親交があり、同様に保守で右派のトランプ大統領にとって、政治色や価値観が大きく異なるブラジルの現ルーラ政権(Buarque e Barbosa 2024)は、非常に「面白くない」存在となっている。
下記の表は、太字で記したトランプ関税関連に加え、「ボルソナロ陣営+トランプ政権」vs「ルーラ政権」という構図を背景とした、ブラジルと米国の最近の動きをまとめたものである。米国の動きが司法をはじめとするブラジルの国家主権へ介入するものであることや、外交等においてルーラ政権が米国をけん制する、米国にとって「面白くない」動きを繰り返している点が見て取れるだろう。なお、ブラジル政府は8月13日にトランプ関税対策を発表したが、名称は「主権国家ブラジル計画」(Plano Brasil Soberano)であった。
表 トランプ関税などをめぐるブラジルと米国の動き
(出所)『ブラジル日報』やEstado de São Paulo紙などのインターネット情報をもとに筆者作成
ボルソナロ前大統領には政治家である息子たちがいて、三男のエドゥアルド(Eduardo Bolsonaro)は連邦下院議員だが、2025年3月に議員を休職して米国へ渡った。エドゥアルド渡米の理由は、2022年の大統領選挙後のクーデタ未遂事件や2023年1月の支持者による首都ブラジリア襲撃事件に関して、ボルソナロ前大統領の関与をめぐる裁判が9月に行われるため、トランプ政権から支援を得られるようロビー活動を行うことであった2。トランプ政権に関しても同様に、支持者が首都ワシントンDC襲撃事件を起こしており、国民の政治的分極が顕著化したブラジルと米国の保守派同士が連携を強める下地ができていた。今回のトランプ関税実施までの過程では、ブラジル側が交渉を求める一方で米国側が難色を示してきたとされる。その背景には、両国とも政治色の異なる政権に交代し対話チャンネルが欠如したこと3に加え、両国の保守派陣営による連携があったとの見方がされている4。
トランプ大統領。両大統領の後方中央に立っているのが息子のエドゥアルド議員
また、両国の保守派陣営の連携は、ブラジルの司法に対する米国の介入というかたちでも表れている。ブラジルでは、選挙時のフェイクニュースや過激な表現の増加など、SNSと政治の関係が問題視されるようになった。そして、連邦最高裁のモラエス(Alexandre Moraes)判事が、2024年8月にトランプ陣営のマスク(Eron Musk)経営の「X」(旧Twitter)、2025年2月に保守派ユーザーの多い「Rumble」の利用を一時停止する判断を下した。モラエス判事は、ボルソナロが大統領任期中から犬猿の仲だった人物であり、トランプ政権はモラエス判事に対して、米国の領土外にいる外国人でも金融取引の制限や米国ビザの停止を行えるマグニツキー(Magnitsky)法を適用することを2025年7月に決定した。9月に始まる裁判でボルソナロ前大統領が有罪となった場合、2026年に予定されている大統領選挙に出馬する道が閉ざされることになる。そのため、今後もトランプ政権によるブラジルの司法への介入は続く可能性が高いが、このことは、米国がお手本とされてきた民主主義や三権分立の危機を表しているといえよう。
さらに、ルーラ大統領が先進国や途上国だけでなく権威主義的な国家とも対話している点が、トランプ米国にとってブラジルを「面白くない」と思わせていると考えられる。ブラジルは2024年にG20、2025年にはBRICS首脳会議やトランプ米国が参加しないCOP 30の開催国となった。またルーラ大統領は2025年、ロシアの戦勝80周年記念パレードに権威主義的な各国元首とともに参列し、中国では「ラテンアメリカ・カリブ共同体」(CELAC)諸国との首脳会議を主導した。さらに、ブラジル中央銀行が開発した決済システム「Pix」は、ブラジル国内だけでなく海外での利用も増えており、このことはドルの覇権を揺るがしかねない「面白くない」存在として、トランプ政権に受け止められている可能性がある。
ただし、「面白くない」存在だからといって、経済的な根拠のない50%もの関税を課すだけでなく、自国の罰則を他国にいる要人に適用したり、他国の司法に介入したりすることは、国家主権の侵害であるともいえよう。そのため、ブラジルへのトランプ関税に関して、ノーベル経済学賞受賞者のクルーグマンは「トランプは世界を統治したいようだが、ブラジル産の食品なしでは生活できない」との皮肉を述べている5。また、イギリスの有力誌『The Economist』は、「ボルソナロの試み――民主主義の成熟度に関してブラジルが米国にレッスンしている」というタイトルの記事を掲載した6。ハーバード大学の政治学者レヴィツキー教授も、「今ブラジルは米国より民主的なシステムだ」との見解を示すなど7、米国に対して批判的な意見が多く見られる。
「面白くない」ものに対して、自由貿易に反する関税や非民主的な方策を講じ、他国の国家主権に介入することは、ヘゲモニー国家の米国にとって短期的にはメリットが出るかもしれない。しかし、トランプ関税が持つ近視眼的な目的を超えて、グローバルなバリューチェーンの構築が進むなど世界経済の構造は変化している。また政治に関しても、BRICSやグローバルサウスの存在を米国などが注視するようになった現在、世界各国のパワーバランスが大きく変化している(恒川2023)。これらの変化は世界の勢力図の再編、換言すると「パックス・アメリカーナ」の終わりの始まりを意味しているかもしれない(Konta 2025)。
写真の出典
- 写真1 Ricardo Stuckert/PR, Palácio do Planalto(CC BY-ND 4.0)
- 写真2 Shealah Craighead, White House(PDM 1.0)
参考文献
- 恒川惠市 2023.『新興国は世界を変えるか――29ヵ国の経済・民主化・軍事行動』中央公論新社.
- Buarque, Daniel e Rubens Barbosa 2024. O Brasil voltou?: O interesse nacional e o lugar do país no mundo. São Paulo: Pioneira Editorial.
- Konta, Ryohei 2025. “Brazil's Path: Development Models and Global Positioning since the 1980s: From Social Liberalism to Leadership in the Global South.” Foro, 9(4): 35-45.
著者プロフィール
近田亮平(こんたりょうへい) ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター、アフリカ・ラテンアメリカ研究グループ主任研究員。東京外国語大学博士(学術)。専門分野はブラジル地域研究、社会学、社会問題。
注
- G1 “'Beira do precipício': China aumenta compras de soja do Brasil e produtores dos EUA pedem ajuda a Trump.” 20 de agosto, 2025.
- Nick Cleveland-Stout “Bolsonaro's son: I convinced Trump to slap tariffs on Brazil: Eduardo Bolsonaro has been lobbying all over DC for months. Problem is, it may be against the law.” Responsible Statecraft, August 8, 2025.
Tom Phillips “Jair Bolsonaro faces justice over alleged attempt to usurp Brazilian democracy: Former president in court along with seven others accused of failed power grab after losing 2022 election.” The Guardian, September 2, 2025. - Marcos de Moura and Souza, “Expert says Brazil has no exit plan in Trump trade dispute.” Valor International, August 20, 2025.
-
Jack Nicas and Ana Ionova “Behind Trump's Decision to Tax Brazil to Save Bolsonaro.” New York Times, July 11, 2025.
Le Monde with AFP “Trump imposes 50% tariffs on Brazil, citing trial of ally Bolsonaro.” Le Monde, July 30, 2025.
Alice Maciel “Como chegamos até aqui? A aliança de Eduardo Bolsonaro com Trump que pavimentou o tarifaço.” Agência Pública, 30 de julho, 2025.
- G1 “Paul Krugman ironiza Trump: quer 'governar o mundo', mas não vive sem o suco de laranja do Brasil.” 1 de agosto, 2025.
- The Economist “The trial of Jair Bolsonaro / Brazil offers America a lesson in democratic maturity: It is a test case for how countries recover from a populist fever.” The Economist, August 28, 2025.
- Julia Braun “'Brasil é hoje um sistema mais democrático do que os Estados Unidos', diz autor do best-seller 'Como as democracias morrem'.” BBC News Brasil, 22 de julho, 2025.
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