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ホンジュラス大統領選挙――三党鼎立の闘い
Honduras Presidential Election: The struggle between three political parties
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001556
2025年11月
(4,126字)
リブレ党政権の継続か、二大政党制への回帰か
11月30日、中米ホンジュラスで総選挙(大統領選挙、国会議員選挙、中米議会議員選挙、市長選挙、市議会議員選挙)が実施される。1982年の民政移管以降、ホンジュラスの大統領職は自由党と国民党によって独占されてきた。しかし、前回2021年選挙ではリブレ党所属のシオマラ・カストロ現大統領が当選し、これまでの二大政党制に初めて風穴を開ける形となった。今回の選挙で、ホンジュラス国民はリブレ党による政権運営の継続を支持するのか、あるいは従来の二大政党制への回帰を選択するのか。本稿では大統領選挙に焦点を当て、主要三政党の候補者を概観したのち、争点を整理し、選挙後の展望を検討する。
まず、ホンジュラスの大統領選挙制度について簡単に説明する。11月30日の選挙で選出された大統領の就任式は来年1月に行われる。大統領の任期は4年で、再選は憲法で禁止されている。しかし、2017年の選挙では、現職大統領のエルナンデスが最高裁判決を根拠に立候補し、再選された。大統領候補者は3名の副大統領候補者とともに立候補し、決選投票は実施されず相対多数制で決まる。有権者は18歳以上であり、投票は義務ではなく任意である。
ホンジュラスでは、選挙の公平性をめぐる深刻な疑念が繰り返し提起されてきた。Corporación Latinobarómetroというチリの民間非営利団体が実施したラテンアメリカ地域を対象とした2024年の調査によれば、ホンジュラス国民の選挙管理機関への信頼は域内最低水準にとどまる1。上記の2017年の選挙では開票中の不手際が問題視され、不正の疑いが強まるなか再選挙を求める市民による抗議活動が全国的に拡大した(上谷 2020)。3月9日に実施された予備選挙では投票用紙の投票所への到着が遅延するというトラブルが生じたものの、最終的に各党から以下の3名が大統領候補者として選出された。
各候補者のプロフィール① リキシ・モンカダ(リブレ党 60歳 女性)
カストロ大統領の継承者として大統領選に初めて立候補するモンカダは、現政権下で財務大臣や国防大臣といった枢要ポストを歴任してきた。また、カストロ大統領の夫であるマヌエル・セラヤ元大統領(2006~2009年。軍事クーデターにより失脚)のもとでは労働・社会保障大臣を務めるなど現大統領一族との結びつきは強い。弁護士としての専門性と優れた弁論能力を備えており、党内では実務面での手腕に一定の評価を受けている2。カストロ大統領がSNSを主たる情報発信手段として活用しているのに対し、モンカダはTVなど伝統的メディアでも巧みな弁舌で有権者にアピールしている。ただし、反米姿勢が目立つため、国家元首に就いた場合、現政権下ですでに冷え込んだ対米関係のさらなる悪化が懸念される。
各候補者のプロフィール② サルバドール・ナスララ(自由党 72歳 男性)
長年テレビ司会者やスポーツジャーナリストとして活躍してきたナスララは、これまで汚職掃討を掲げて新党を立ちあげ、ホンジュラス政界で存在感を強めてきた。2017年選挙では野党各党と連携しエルナンデス前大統領に挑んだものの、僅差で敗北した。前回選挙ではリブレ党と協力し政権交代に貢献したことで、副大統領に任命された。しかし、政権発足直後から自らが排除された政策決定過程に不満を露わにし、カストロ大統領との関係は次第に悪化した。その後、2024年7月に自由党への鞍替えを表明し、反リブレ党の立場を鮮明にすることで党内支持を集め、公認候補に指名された。ナスララはメディア映えする言動に長け、都市部を中心に国民からの人気は高い。一方、定見のなさや政治理念の曖昧さ、政策の実現性への疑義を指摘する声も存在する3。
各候補者のプロフィール③ ナスリ・アスフラ(国民党 67歳 男性)
パレスチナにルーツをもつアスフラは、建築業界の実業家としてのキャリアを経て、エルナンデス政権下では首都テグシガルパ市長(2014~2022年)を務めた。前回大統領選挙では、カストロの対抗馬として臨んだものの次点にとどまり、今回選挙では政権獲得に意欲をみせている。しかし、同じく国民党のエルナンデス前大統領が退任後に米国に身柄を引き渡され、麻薬密輸関与などで禁錮45年の有罪評決を受けたことで、国民党全体にネガティブな印象を抱く国民は多い(中原 2024)。なお、アスフラ自身も市長在任中の公的資金の不透明な管理が指摘されている4。
ホンジュラスでは、世論調査などを元に選挙結果を予測することは困難である。多くの調査機関は回答者数や調査方法といった基本情報の開示が不十分であり、それゆえ調査間で首位候補が一貫しないことがよくある。こうした不透明な調査は、有権者の意思形成や投票行動に対し恣意的な影響を与えるとして国内有識者から懸念が示されている5。
選挙の争点① 汚職・無処罰問題
歴代の大統領選挙において各候補者が是正すべきと訴える共通の課題として汚職・無処罰問題が挙げられる。ホンジュラスでは、政府高官による汚職や犯罪組織との癒着が長年にわたり問題視されている。たとえ告発された場合でも実効性のある捜査や司法的処罰が実施されない例は枚挙にいとまがない。こうした状況からホンジュラスでは汚職と無処罰はセットで語られることが多い(中原 2018)。
前回選挙では、新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大で市民が苦しむなか、エルナンデス政権の上層部が国際機関からの援助を私的に流用していた事実が発覚し、強い反発を招いた。一方で、カストロ大統領は既存の政治エリートによる富と権力の集中を非難し、従来の二大政党に不満を抱く貧困層を中心とする国民から支持を集めた。また、選挙公約として国連と連携する汚職・無処罰対策の国際委員会の創設を掲げ、当選して大統領に就任した。しかし、政権発足後、独立の捜査・起訴権をもつ国際委員会の設置に向けた法整備は、目立った進展をみせていない。そのため、来年1月の任期満了までの設置実現は不可能とみられる。こうした国民の期待を裏切る背景には、カストロ一族と麻薬組織との関係疑惑が挙げられる(浜端 2024)。
モンカダは国際委員会創設に向けた国連との交渉役を務めており、当選すれば現行方針を引き継いで推進するとみられる。だが、麻薬組織との関係疑惑がくすぶる現大統領一族への本格捜査に、彼女が踏み込むとは考えにくい。そして、モンカダ自身も清廉潔白な政治家とは言い難い。汚職を監視する国内独立機関は、カストロ政権下の深刻なネポティズム(縁故主義)を批判し、彼女の親族も様ざまな要職に就いていると指摘している6。こうした状況下でリブレ党が引き続き政権を担った場合、蔓延する政治腐敗が改善される見込みは極めて低いだろう。
野党両党の候補者は、リブレ党政権下で停滞する国際委員会の設置について、政権交代後に着手すると公言している。しかし、伝統的二大政党の幹部も汚職に蝕まれており、抜本的な改革が真摯になされる可能性は同じく低い。実際、米国で行われたエルナンデス前大統領の裁判では、与野党問わず多くの大物政治家と麻薬組織との癒着が明らかになった7。
ホンジュラスは、マラス(Maras)とよばれる殺人も厭わぬ凶悪犯罪集団によって、世界有数の犯罪多発国家として知られる。彼らは政治家に賄賂を渡して起訴から免れ、一方で政治家は政党を問わず、不透明な資金を受け取って選挙活動を続けてきた8。腐敗撲滅や治安回復のためには法に基づく適切な処罰が不可欠である。しかし、どの政党が大統領職を得ても、汚職・無処罰問題が改善される見込みは低いと考えられる。
選挙の争点② 対外関係
カストロ大統領は、前回選挙の公約として中国との国交樹立を掲げ、就任から約1年後に実現させた。継承者のモンカダが政府首班に選出された場合、中国との外交関係継続は既定路線だろう。一方の野党両候補は台湾との外交関係の再樹立を示唆している9。しかし、自由党のナスララは風見鶏的言動から最終的には中国と台湾を天秤にかけて経済的恩恵を重視し、現状維持を選択する可能性が高いと考えられる。他方、国民党のアスフラは、台湾との外交関係再開の意欲をみせつつも、在ホンジュラス中国大使館から「1つの中国」原則に反するとの批判声明が発表されて以降、その発言を控えるようになった10。そのため、野党に政権が移っても中国との外交関係が維持される可能性は高い。
では、米国との関係見通しはどうだろうか。カストロ政権は反米姿勢を露わにし、安全保障分野では米国との犯罪人引渡条約や軍事協定の破棄を試みた(のちに国内外からの批判を受けて撤回)。また経済分野でも特別経済区を廃止するなど、米国の意向に反する措置をとり、二国間関係は悪化の一途を辿っている(Berg 2024)。モンカダの反米的な姿勢を踏まえると、仮に彼女が大統領となった場合、対米関係の悪化が進行する可能性が高い。
一方で、自由党か国民党のいずれかが政権獲得を果たした場合、現政権と比較して二国間関係は改善に向かうと考えられる。実際、親米路線をとってきた歴史的二大政党の両候補は、対米関係の重視を掲げ、直接投資の呼び込みで国内経済の利益拡大を図ると主張している。人口約1000万人のホンジュラスでは、就学も就業もしていない12歳から30歳までの若者が100万人程度存在すると推計されている11。彼らへの教育や雇用機会の創出は喫緊の課題であり、直接投資の増加による国内経済の活性化は、米国への移民流出の抑制や組織犯罪への関与防止にも寄与する。
過去10年間のラテンアメリカの大統領選を振り返ると与党系候補が苦戦する事例は多い(上谷・菊池・三浦 2025, 101-104)。ホンジュラスでも国民の期待に十分に応えられていないリブレ党に対して有権者が懲罰的投票行動をとる可能性はある。改善されない汚職・無処罰問題や治安状況の悪化、さらには疲弊する国内経済といった山積する課題を前に、この国の舵取りをいずれの政党が担うのかが注目される。
参考文献
- 上谷直克 2020. 「専制化の兆しを見せる中米・北部3カ国(NTCs)」『ラテンアメリカ・レポート』36(2): 51-70.
- 上谷直克・菊池啓一・三浦航太 2025. 「現代ラテンアメリカ政治を読み解く」独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所.
- 中原篤史 2018. 「ホンジュラス内政の不安定化と市民社会」『ラテンアメリカ・レポート』35(1): 17-34.
- ———2024. 「米国で裁かれるホンジュラス前大統領――麻薬密輸有罪判決が国内政治に与える影響」『ラテンアメリカ・レポート』41(2): 67-72.
- 浜端喬 2024. 「ホンジュラスにおける汚職・無処罰問題との『闘い』」『ラテンアメリカ時報』1448: 36-38.
- Berg, Ryan C. 2024. “From Bad to Worse: The Xiomara Castro Administration Begins to Weaponize the Honduran State.” Center for Strategic and International Studies (CSIS), November 4.
著者プロフィール
浜端喬(はまばたたかし) アジア経済研究所研究交流・研修課勤務。研究マネージメント職。修士(国際開発学)。関心領域は中央アメリカ現代政治。
注
- Corporación Latinobarómetro. “Informe 2024 la democracia resiliente.”
- “Rixi Moncada: la candidata del oficialismo.” La Prensa, 17 de febrero, 2025.
- Rodil Rivera Rodil. “A un mes de las elecciones generales.” Criterio.hn, 1 de noviembre, 2025.
- Daniel Girón. “Nasry «Tito» Asfura, la desgastada figura señalada por corrupción que sigue siendo la apuesta del nacionalismo.” Criterio.hn, 6 de marzo, 2025.
- Carlos Girón, José Quezada y Paola Ávila. “Encuestas contradictorias saturan al electorado en la víspera de las elecciones generales 2025.” El Heraldo, 23 de agosto, 2025.
- “CNA denuncia que nepotismo se concentra en familia Zelaya Castro, Moncada y Flores Dubón.” El Heraldo, 2 de julio, 2024.
- “Testimonio en juicio de JOH apuntan a expresidentes Porfirio Lobo y Manuel Zelaya.” Expediente Público, 22 de febrero, 2024.
- Parker Asmann. “How Narco Money Could Influence the Presidential Elections in Honduras. Again.” InSight Crime, 10 Feb, 2025.
- Evan Ellis. “¿Podría Honduras restablecer relaciones con Taiwán?” Infobae, 14 de octubre, 2025.
- “Embajada china fija su posición tras entrevista de «Tito» Asfura sobre Taiwán.” La Tribuna, 29 de julio, 2025.
- David Zapata. “Sin futuro: Preocupante alza de población de los que ni trabajan ni estudian en Honduras.” El Heraldo, 14 de abril, 2024.
