新興国・途上国のいまを知る

IDEスクエア

世界を見る眼

BRICSと世界)第6回 エチオピアの選択――BRICSに変容をもたらすのか

Ethiopia’s Inevitable Decision: The Beginning of BRICS Transformation

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001497

2025年9月

(2,922字)

はじめに

2024年1月、エチオピアはBRICSに正式加盟した。その地政学的な位置と経済的潜在力が評価されての加盟であり、同時にイラン、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)も加わった。さらに2025年1月にはインドネシアが参加し、BRICSは、初期加盟国である5カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)から10カ国体制へと拡大した。

BRICS加盟国の資格は明文化されていないが、欧米基軸の経済秩序とは異なる新たな軸を形成し得る経済力が前提と考えられる。しかしエチオピアの経済規模は、サブサハラ・アフリカでは南アフリカ、ナイジェリアに次ぐ第3位のGDPを有するものの、南アフリカの3分の1程度にとどまり、加盟国のなかでは最小規模である(2022年時点)。実際、2024年10月に加盟承認が報じられた際には、その経済規模から考えても「驚きの加盟」と国内でも報道された(Abdii 2023)。

本記事では、エチオピアの加盟が認められた理由と、エチオピアにとっての意味について考えていく。

二国間協議に臨んだエチオピア・アビイ首相(左)とインド・モディ首相 (第15回BRICSサミット、2023年8月)

二国間協議に臨んだエチオピア・アビイ首相(左)とインド・モディ首相
(第15回BRICSサミット、2023年8月)
BRICSにとってのエチオピア加盟の意味

エチオピアに限らず、BRICSが一挙に10カ国体制へ拡大した背景には、単なる経済規模の拡大ではなく、地政学的影響力の強化を狙う意図がある(熊谷 2025)。南アフリカに加えて東アフリカの代表としてエチオピアを迎えることで、BRICSはアフリカの多様性を反映させようとしているといえる。

2024年1月に加盟した4カ国の地理的位置をみると、アラブ地域の地政学的重要性を意識した選択とも解釈できる1(図1)。その観点からすれば、紅海に面する「アフリカの角」地域において比較的政治的安定を保っているエチオピアが選ばれたことは妥当といえる。

図1 2024年1月に加盟した4カ国

図1 2024年1月に加盟した4カ国

(出所) 筆者作成

また、エチオピアは非同盟主義を掲げ、中立的外交を維持してきた点も評価対象となったと考えられる。ナイル川上流に建設したルネッサンス・ダムをめぐる水資源に関して、同時に加盟したエジプトと対立しているものの、スーダン紛争の調停に関与するなど、エチオピアは地域の安全保障に貢献している(Abdii 2023)。さらに首都アディスアベバにはアフリカ連合(Africa Union: AU)本部が所在し、地域大国としての存在感がある。

経済面では他の加盟国に比べ見劣りするものの、人口1億1000万人はアフリカでナイジェリアに次ぐ第二位であり、この人口的潜在力も高く評価されたといえよう。

BRICS加盟までのエチオピアの政治・経済状況

エチオピアは、2004~2017年には年平均約10%の成長を維持するなど「奇跡の成長」と称された(Moller 2015)。しかし近年は国内外のさまざまな要因により成長は鈍化している(図2)。また、2017/18年度以降インフレ率は常に10%を超え、2021/22年度には33.8%、2022/23年度には32.5%に達し、国民生活に深刻な影響を与えている。

図2 エチオピア:2000年~2024年のGDP成長率(%)の推移

図2 エチオピア:2000年~2024年のGDP成長率(%)の推移

(出所)World Development Indicators 2025

外的要因としては、2019年末からの新型コロナウイルス感染拡大やロシア・ウクライナ戦争による穀物輸入減とそれに伴う価格高騰が挙げられる。さらに、内的要因としては2020年11月に勃発したティグライ戦争の影響が大きい。この戦争は、エチオピア北部ティグライ州において、ティグライ人民解放戦線(Tigray People’s Liberation Front: TPLF)が連邦政府軍を攻撃したことから始まったものであり、TPLF側の軍が一時は首都アディスアベバまで200キロメートルのところに迫るなど、事態は緊迫した(児玉 2022)。2022年11月の休戦合意後も完全終結には至っておらず、戦争による人的・インフラ損失に加え、政府軍の人権侵害に対する国際的非難は深刻な打撃となった。  

特に影響が大きかったのは欧米からの経済支援停止である。米国は2022年1月、アフリカ成長機会法(African Growth and Opportunity Act: AGOA)のエチオピア適用を停止した(Office of the United States Trade Representative 2022)。AGOAは2000年に制定された米国法で、サブサハラ諸国に無関税特恵を与える制度だが、市場経済や人権尊重が条件とされる。この停止によって、18の外資系企業が撤退、4500万ドルの損失が発生したと報じられた(Eyasu 2025)。またEUも人権侵害を理由に予算支援を停止した(AP News 2023)。

こうした状況を踏まえれば、欧米依存から脱却し多極的枠組みを志向するBRICS加盟は、エチオピアにとって必然であったといえる。BRICS加盟国を通じ、投資誘致や技術移転を促進し、国内経済の再建を目指している。

不透明な見通し――デフォルト国家としての再出発

エチオピアは経済的潜在力を評価されたものの、加盟直前の2023年12月に債務不履行に陥り、デフォルト国家となった。これを受け現在、国際通貨基金(International Monetary Fund : IMF)などの介入が進んでいる。代表例が2024年7月29日の変動相場制導入であり、これによってエチオピア通貨ブルは急落した。導入直前の1ドル=57.49ブルから、導入直後の8月6日には98.28ブル、2025年8月31日には141.86ブルにまで下落している。IMFは、4年間で34億ドルの拡張信用供与枠を通じて、エチオピアの金融・財政改革を支援している(IMF 2025)。このような支援もあり、インフレ率は10~15%に抑制されているが、さらなる通貨安は再びインフレを誘発し、政治的不安定要因となりかねない。  

すでに国内政治は不安定化している。ティグライ州では内部対立が続き、人口規模で第二位のアムハラ州では反政府勢力が広域を制圧している。さらに首相アビイと同じ民族であるオロモが多数を占めるオロミア州でも、少数民族への攻撃や反政府活動の拡大が報告されている(Lawal 2025; 児玉 2025;Abraham 2025)。

おわりに

エチオピアはBRICS加盟によって、もともと関係の深い中国だけでなく、ほかの加盟国からの投資や新開発銀行(BRICS銀行)を通じた資金調達、非西側諸国との外交的連携強化など大きな期待を抱いている。しかし紅海へのアクセスを含む地政学的重要性を有しつつも、BRICSにおいてどのような役割を担えるかは依然不透明である。

加えて、2025年7月リオデジャネイロでの第17回BRICSサミットに対して、トランプ米大統領は、BRICS加盟国への関税を10%上乗せすると、その勢力拡大に対して牽制ともいえる発表をおこなった(McCarthy 2025)。こうした米国の対応により、世界の趨勢が脱アメリカ志向に進むのか、それとも抑制されるのかは不明である。その方向性は、BRICSの方針にも影響を与えることになる。経済力で他加盟国に劣るエチオピアの行方もまた、今後のBRICS新規加盟国の判断要因の一つになるであろう。今後BRICSが新たな国際秩序の軸として結束を強めるのか、注視していく必要がある。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Prime Minister’s Office, India(GODL-India
参考文献
著者プロフィール

児玉由佳(こだまゆか) アジア経済研究所新領域研究センタージェンダー・社会開発研究グループ長。博士(地域研究)。おもな著作に『エチオピア農村社会の変容』昭和堂(2025年)、『変貌するエチオピアの光と影』(共著)春風社(2025年)、『アフリカ女性の国際移動』(編著)アジア経済研究所(2020年)など。


  1. なお、このとき候補国だったサウジアラビアとアルゼンチンは、前者は加盟検討中であり、後者は辞退している。
この著者の記事