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中間選挙を経てマルコス政権は後半戦へ

Marcos Administration Enters Second Half after the Mid-Term Elections

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001492

2025年9月

(4,998字)

フィリピンでは2025年5月12日に中間選挙が実施され、フェルディナンド・マルコスJr.政権は後半戦に入った。選挙の結果、マルコス政権は最低限の信任を得た。ただ票が伸びず、市民の期待に十分応えていないことを認識したマルコス大統領は、政権の政策効果を高めることに注力しはじめた。中間選挙後に開始されるはずであったサラ・ドゥテルテ副大統領の弾劾裁判は、最高裁の違憲判断と上院の中止決定により実施されないことがほぼ確定し、マルコス政権の後半戦は2028年大統領選挙を視野に入れた政権運営となる。

中間選挙の概要

フィリピンの中間選挙とは、大統領任期6年の中間年に実施される国政・地方統一選挙のことを指す。全国の約1万8000ポストが改選され、その内訳は上院議員12人(定数24の半数)、下院議員317人(選挙区選出254人、政党リスト制選出63人)、82州の正副知事と州議会議員、149市の正副市長と市議会議員、1493町の正副町長と町議会議員であった。この国政・地方統一選挙は3年ごとに実施され、次回は2028年大統領選挙と同日に行われる。

中間選挙はその実施されるタイミングから、時の政権に対する信任投票の意味合いが強い。市民の関心は物価の安定や良質な雇用機会の創出、保健や教育サービスの拡充などにあり、マルコス政権の前半3年間の取り組みが評価される。審判の結果は、特に全国区で争われる上院選に反映される。これまでの中間選挙でも、政権支持派と反政権派が改選12議席を争う構図が繰り返されてきた。他方で、選挙区ごとに実施される下院選は、地元の政治家一族同士の勢力争いになる場合が多く、政党政治が未熟なフィリピンでは政権に対する信任を問う場になりにくい。

なお、今回の上院選ではマルコス陣営とドゥテルテ陣営が争う構図となった。そもそも両陣営は2022年大統領選挙を有利に運ぶために共闘し、正副大統領のポストを勝ち得た。そして、マルコス政権発足後も関係を維持してきた。しかし2023年以降、サラ副大統領の機密費流用疑惑の浮上をきっかけにマルコス陣営が彼女を追及する側に回り、双方に不信が募った。その他の事案でもサラはマルコス大統領と同陣営に対する不満を強め、2024年半ばに兼務していた教育長官を辞任して事実上、内閣から離脱した。それを機にマルコス・ドゥテルテ連合が解消され、両陣営の対立が鮮明になるなか、今回の中間選挙を迎えたのである(連合解消に関する詳細は「2024年のフィリピン:マルコス・ドゥテルテ連合の解消」『アジア動向年報2025』参照)。上院選では両陣営がそれぞれ公認候補者を擁立し、改選12議席を争う形になった。ちなみに、ドゥテルテ陣営を率いたのはサラではなく、父親のロドリゴ・ドゥテルテ前大統領である。同氏もサラと同等もしくはそれ以上にマルコス政権に対する敵意を示すようになっていた。その後、選挙戦開始直前の2025年2月にサラ副大統領が下院に弾劾訴追され、3月にはドゥテルテ前大統領が「人道に対する罪」で国際刑事裁判所(ICC)からの逮捕状に基づき国内で逮捕され、オランダ・ハーグに移送された。ドゥテルテ支持者の反発は強く、上院選に影響することが必至とみられた。

したがって、今回の上院選でマルコス陣営が過半を制すれば、マルコス政権が信任されたと解釈してよく、一方のドゥテルテ陣営が善戦すれば、マルコス政権に対する信任が低くかつドゥテルテ家の一員であるサラが次期大統領候補として期待を集めていることを示唆する。このように、中間選挙の結果は今後の政権運営のみならず、選挙後に開始予定のサラ副大統領の弾劾裁判やその先の2028年大統領選挙にまで影響が及ぶと予想される。

中間選挙の結果

最も注目された上院選は、改選12議席のうちマルコス陣営から6人、ドゥテルテ陣営から3人、他に独立系の3人が当選した。どちらの陣営も過半を制することなく、①マルコス陣営は苦戦し、②ドゥテルテ陣営は善戦し、③予想に反してリベラル派が善戦する、という結果になった。

事前の情勢調査ではマルコス陣営が優勢で、公認候補11人中9人が当選圏内と予想されていた。実際に当選したのは6人で、改選12議席の半分を確保したことから、マルコス政権は最低限の信任を得たと解釈できる。しかし、6人中5人は当選順位7位以下の下位であったことに加え、落選した公認候補のなかには圧倒的な知名度を誇るプロボクサーで元上院議員のマニー・パッキャオが含まれていたことから、マルコス陣営の集票力が機能せずに苦戦したことを物語る。市民にとっては生活環境の改善が強く感じられず、不正や汚職が相変わらず横行し、公共の利益よりも政治家優先の政治が展開されることへの不満が票に繋がらなかったと考えられる。また、ドゥテルテ家をめぐる一連の出来事が政治的思惑の絡む権力争いとみなされ、同家支持者の反感を買っただけでなく、他の市民も賛同しかねた可能性がある。いずれにせよ、選挙後、マルコス大統領は結果に満足していないことを明らかにした。

ドゥテルテ陣営は公認候補10人中3人が当選し、その3人全員が当選順位6位以内の上位に入った。事前の情勢調査では2人のみが当選圏内と予想されていたため、本番では善戦したといってよい。ドゥテルテ家に対する同情票も集まったであろう。実は、ドゥテルテ陣営にはこの当選者3人の他に、2人がドゥテルテ派に加わるとみられる。1人はマルコス大統領の姉のアイミー・マルコス(再選)で、両陣営に属さない独立系3人のうちの1人である。彼女は当初、マルコス陣営の公認候補であったが、ドゥテルテ前大統領の逮捕に反対して同陣営から離脱し、サラ副大統領から個人的に公認を得ていた。そして、もう1人はマルコス陣営から当選したカミル・ヴィリャール(下院議員から初当選)である。彼女はマルコス陣営に属しながら、選挙戦終盤にサラ副大統領の公認を得た。もともとヴィリャール家はドゥテルテ家とも親しく、カミルの父親マニュエルはフォーブス「世界長者番付」に名を連ねるほどの資産家で、兄のマーク(非改選の上院議員)はドゥテルテ前政権の公共事業道路長官を務めたこともある。こうして今回の上院選当選者12人のうち、5人が事実上のドゥテルテ派で、マルコス派が1人減の5人となり、実際には優劣なしという見方が広がっている。

ところで、両陣営に属さない独立系3人の残り2人が自由党出身のリベラル派で、当選圏外という事前の情勢調査の予想を覆して上位当選したことに驚きが広がった。上院当選者12人中、2位と5位で当選した当人達も驚きを隠していない。リベラル派はドゥテルテ政権の影響が強かった過去2回の選挙で苦戦した。そのため、今回は2人とも選挙戦でリベラル色を出さず、マルコス政権を批判することも、サラ副大統領の罷免賛否を明らかにすることも避け、それぞれ教育問題と食料安全保障というテーマを掲げて有権者に訴えた。そうした戦略が若い有権者に響いたうえに、マルコスとドゥテルテ両陣営の政争に嫌気を感じる市民の支持も得たとみられる。ちなみに、下院の政党リスト制でもリベラル派と足並みを揃える進歩的左派で社会民主主義を掲げる政党Akbayanが最も票を集めて3議席を獲得した。こうした進歩的かつリベラル派の善戦が今回の選挙で光った。

当選証書を付与された上院選の当選者たち(12人中1人欠席) 本稿で触れたアイミー・マルコスは前列左端、カミル・ヴィリャールは同左から3番目

当選証書を付与された上院選の当選者たち(12人中1人欠席)
本稿で触れたアイミー・マルコスは前列左端、カミル・ヴィリャールは同左から3番目
今後の展開

憲法の規定上、再選が原則認められていないフィリピンの大統領は、政権任期を折り返すと後世に名を残すための「レガシー」を意識しはじめる。マルコス大統領の場合、同政権が当初より掲げる「貧困率一桁台への引き下げ」や「上位中所得国入り」などが視野にあろう。もちろんそれ以外に、気候変動対策や社会政策の拡充、食料安全保障、防衛力や外交の強化など、様々な分野でレガシーを残せる。とはいえ、マルコス大統領は今回の選挙結果から市民の期待に十分に応えていないことを認識したようで、まずは足元の取り組みを強化し、政策効果を高めることに注力しはじめた。例えば、選挙後早々に全閣僚に辞表を提出させ、目立った成果のない閣僚の一部を交代させた。また、コメ価格の引き下げ、質の高いインフラ整備とその加速、教育の拡充など、とりわけ市民の関心が高い分野で成果を出すことに意識を向けはじめた。そして、7月28日に実施された施政方針演説では、洪水対策プロジェクトが豪雨のたびに効果を発揮せず、プロジェクト自体が不正や汚職の温床になっていることを指摘し、公共事業に関わる政治家や行政職員、請負企業などの取り締まりを約束した。不正や汚職の撲滅はフィリピンにとって積年の課題である。こうしたひとつひとつの取り組みも進展すればレガシーとなろう。

政策効果を高めるためには、予算面において議会の協力が必要である。ただ、マルコス大統領は先の施政方針演説で、政府予算は政策に沿った内容であるべきだと述べ、利益誘導を目論んで政府提案に修正を加える議会を暗に批判した。上述の洪水対策プロジェクトはまさにその一例である。この発言に対する議会の反応は鈍い。上院議長は、予算案審議と決定は議会の特権であり、無修正はあり得ないと早々に牽制した。下院は総じて理解を示したが、3年後に迫る次期選挙を見据え、完全に従い続けるとも思えない。政府予算に埋め込まれる小規模な公共事業は、各議員にとって自らの利益につながる貴重な資源だからである。その一方で、各地に配分される小規模事業は、大統領が議員を掌握するためのツールにもなり得る。もしこの先、マルコス大統領の支持率が低下し、政治的求心力が弱まれば、その回復のために政権側が議会の要望に屈してバラマキ型の予算を承認せざるをえない可能性もある。予算案は最終的に大統領が承認権者のため、施政方針演説での発言は自戒を込めたものとも言えそうだが、今後の議会との関係に響いてくると思われる。

中間選挙後の最大の政治焦点とみられていたサラ副大統領の弾劾裁判は、ここにきて弾劾手続きに関する最高裁の違憲判断(7月25日)と上院の裁判中止決定(8月6日)により、実施されないことがほぼ確定した。最高裁の対応はサラ副大統領側の訴えによるもので、下院が2025年2月に上院に提出した弾劾起訴状が、2024年12月に市民らによって下院に提出された3件の弾劾告発状とは別に作成・承認されており、「同一人物に対して1年以内に2度以上、弾劾手続きを開始してはならない」という憲法規定に抵触すると判断した。実は上院も6月初めの弾劾裁判所設置直後、同様の理由で弾劾起訴状を下院に差し戻しており、今回の最高裁判断を受けて弾劾裁判中止を賛成多数で決定した。これでサラ副大統領の罷免は当面なくなったとみてよい。ただし、最高裁の違憲判断は弾劾手続きに関して前例になく踏み込んだ解釈がなされているようで、法曹界から強い異論が出ている。また、下院は再審請求をしており、最終的な結論は最高裁の結審まで待たれるが、最高裁は全会一致で違憲判断を下しているため、それを覆すことは難しいとみられている。世論調査では弾劾裁判の実施を望む市民が大多数で、特に弾劾事由である機密費流用疑惑や資産の不正取得疑惑に関してサラ副大統領に説明責任を求める声が強い。もし弾劾裁判が実施されないとなれば、真実解明を望む市民の反発が高まるのは必至で、1年後に再び弾劾手続きが動き出すことになるだろう。  

最後に、フィリピンの政界では2028年大統領選挙がすでに視界に入っている。現時点での最有力候補はサラ副大統領で、彼女を中心に次期大統領選挙が展開すると予想される。他にも、マルコス大統領が指名する後継候補者やリベラル派の候補者、それに知名度のある独立系候補者などが複数で争う形になると思われる。そして大統領選挙が近づくにつれ、有力候補者の周りで政治家らによる政治的駆け引きと合従連衡が繰り広げられることになるだろう。そうした動きはすでに始まっており、今回の中間選挙における二股をかける行為やサラ副大統領の弾劾裁判騒動はその流れのなかにあったと見てもおかしくはない。マルコス政権の後半戦は、自身の再出馬はないにもかかわらず、2028年大統領選挙を視野に入れた政権運営となる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Avito Dalan for the Philippine News Agency(Public Domain)(Part IV, Chapter I, Section 171.11 and Part IV, Chapter IV, Section 176 of Republic Act No. 8293 and Republic Act No. 10372)
著者プロフィール

鈴木有理佳(すずきゆりか) アジア経済研究所開発研究センター企業・産業研究グループ長。専門はフィリピン経済。同国の政治外交情勢全般もカバー。主な著作に、「フィリピン――社会運動ユニオニズムの展開」(太田仁志編『アジア諸国・地域の「新しい労働運動」――韓国、台湾、フィリピン、タイ、バングラデシュ、スリランカ――』アジア経済研究所、2025)、「フィリピンと日本の経済関係――開発に寄り添いつつ成長機会の共有も」(濱田美紀編『ASEANと日本――変わりゆく経済関係――』アジア経済研究所、2024)など。

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