IDEスクエア

コラム

アジアトイレ紀行

第13回 タイ――洋式化と多様化の波

Thailand: Big wave for westernization and diversification

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001131

2024年10月
(3,329字)

トイレに関する現地語講座

頻出単語
ห้องน้ำ ホーングナーム  トイレ/浴室(主に会話で用いられる)
สุขา スカー  お手洗い(丁寧さを伴った文語で、主に看板や張り紙に使われる)
ส้วม スアム  トイレ(一般的な単語で、口語でも文語でも用いられる)

例文
ห้องน้ำอยู่ที่ไหน คะ/ครับ ホーングナームユーティーナイ カ(女性)/カップ(男性)  トイレはどこですか?
ชักโครกตัน ค่ะ/ครับ チャッコクローックタン カ(女性)/カップ(男性)  トイレが詰まりました。

様々なトイレへの適応

トイレの思い出というと、東南アジアへの旅行から帰国した大学2年生の冬のことを思い出す。成田空港のトイレの手洗い場では、冬季の間、お湯が出る仕様となっていた。暑い東南アジア帰り、手洗い場でお湯が出ることを全く想定していなかった私は、温かい手洗い水に対し、何か異常があったのではとパニックになり、叫び声をあげてしまった。居合わせた人は全員驚いてこちらを向いたが、弁明するのも恥ずかしく、そそくさとその場を後にした。毎日使用するトイレについての常識はこうも簡単に塗り替えられるものかと実感した。

筆者はトイレ適応が早いこともあり、ありがたいことに研究対象であるタイでトイレに困ったことはない。困ったことはないと書いたが、筆者は山登りが趣味で、山中のトイレなど特殊な環境に耐性があることをお断りしておきたい。トイレの清潔さでは負けを知らない日本でも、上下水道施設が届かない山では「よし、トイレに行くぞ」と覚悟が必要な環境がほとんどである1。しかしながら、私が登山を好きな理由の一つは、無事下界2に戻ったときに普段は全く気に留めないような文明の利器に感謝できることでもある。

タイのトイレは山中のトイレと比較するのが申し訳ないくらいに清潔なことが多い。もちろん、タイのトイレ習慣は日本とは異なり、慣れが必要だ。インドネシアやマレーシアのようにハンドシャワーが必ず備え付けてあり、これは先のコラムで述べられているように、使いようによっては便利である(谷口2024)。ほとんどの場合、トイレットペーパーを便器に流すことはできないため、個室内のごみ箱に使用済みペーパーを捨てる。また、洋式トイレであればペーパーホルダーはどのトイレにも設置されているが、ホテルなどを除いて、肝心のペーパーが備えてあることはなぜか少ない。

急速な洋式トイレの普及

タイのトイレの特徴として、近年の急速な洋式化と和式トイレ衰退が挙げられる。筆者がよく利用する空港、省庁や大学のトイレで、もはや和式トイレを見ることはない。また、農村においてもトイレは急速に洋式化している。とある農村において野菜生産者の組織を訪問した際、トイレをお借りすると、とても清潔な洋式トイレだったことに驚いた覚えがある。その生産者組織は収穫後の野菜の洗浄と包装を行うパッキングセンターを2010年に新たに設置したので、トイレも同時に建設したものであろう。つまり、2010年ごろには農村でも洋式が普及し始めていたということだ。農村の一般家庭でも、近年建てられた家ではほぼ洋式を採用している。思い返してみると、コロナ禍以降、筆者が現地に渡航した数回の間、和式トイレに出会ったのはバンコクのイベント会場で入った仮設トイレと、物の試しで乗ってみた長距離列車の車内トイレだけであった3

国家統計局(NSO)が発行している「家計経済社会調査(Household Socio-economic Survey)」には、家庭におけるトイレの普及率と使用設備に関する統計が存在する。この資料によれば、2004年時点でトイレの家庭普及率はすでに98.8%、2023年には99.8%を達成しており、タイでは20年前からトイレがほぼすべての家庭に普及していた。2023年のデータで設備別内訳をみると、洋式が61.9%、和式が32.5%、その他(土穴、川へ排水、養魚池トイレ4など、および設備なしも含む)が5.6%となっており、和式トイレよりも洋式トイレの利用率が高い。地方別にみると、バンコク周辺部5では洋式トイレの利用率が約9割と非常に高く、都市部のほとんどの家庭で洋式が使われている。北部、東北部、南部といった地方では、洋式と和式が約半々といった状況である(図1)。

図1 2023年の所有設備別世帯割合(%)

図1 2023年の所有設備別世帯割合(%)

(出所)NSO(2023)

さらに、2002年から2023年まで、洋式化がどれほど進んできたか同資料を用いてみてみよう。図2で、バンコク周辺部、そして地方を代表して農業が盛んな東北部における和洋別家庭内利用割合を表した。バンコク周辺部では、2009年ごろから洋式の割合が増加し始め、2013年には洋式と和式の割合が逆転する。東北部においても、2009年ごろまで横ばい傾向にあった洋式トイレ利用割合は2011年から上昇し、2023年にほぼ和式トイレに拮抗するに至っている6

図2 バンコク周辺部と東北部における設備別利用率の変化(%)

図2 バンコク周辺部と東北部における設備別利用率の変化(%)

(出所)NSO(2002-2023)

洋式トイレが増加した背景には、国の経済成長とともに生活様式が西洋化していることが挙げられるが、他にもいくつか要因が考えられる。一つは、タイが観光大国であること、そして、政府が高齢化社会を背景にトイレの洋式化を推奨していることである。

タイはもともと観光業が盛んな国であり、国が率先してその振興を支え、2000年代から新型コロナ感染症が流行するまで観光客数は右肩上がりだった。しかしながら、過去にはお世辞にも良いとは言えなかった公衆トイレの衛生状態や、「アジアンスクワット」、つまり和式トイレでしゃがむ姿勢が西洋人にとって不便なことが、観光客からの評判を落としているとして問題視されていた。2006年、タイがWTOWorld Toilet Organization、世界トイレ機関)が主催する公衆衛生に関する国際会議のホストとなった際には、衛生的な公衆トイレの増設を急務とし、同時に洋式トイレへの転換を推進した7。また、高級ホテルなどに設置される近代的な洋式トイレに対するタイ人のあこがれも高揚していたものと思われる。

さらに、2013年、高齢者に多い変形性関節症の原因として和式トイレの使用が指摘されたことを背景に、公衆衛生省は家庭での洋式トイレの導入推奨と公衆トイレの洋式化の一部義務化を含む行動計画を公表した8。この計画は将来の人口構造変化を見据え、増加する高齢者の利便性向上という目的も含んでいた。実際、タイは2022年に全人口の14%が65歳以上となる高齢化社会に突入しており、公衆衛生省の計画は先見の明があったといえよう。現状、高齢化率が高いのは農村であり、高齢者が比較的楽に利用できる洋式トイレの割合は地方でさらに上昇していくと予想できる。また、都市部において和式トイレはすでに珍しく、タイでも日本と同様「和式トイレを使ったことがない、使えない」という都市部出身の若者がいても不思議ではない。

多様な性と多様なトイレ

タイのトイレ形式の変容は洋式化だけに留まらない。タイは東南アジアのなかでも性的マイノリティーに寛容な国であり、2024年に同性婚を認める結婚平等法を議会で可決したことでも話題となった。男装や女装も珍しくなく、自身のスタイルで生活している姿を街中で見ることができる。一方で、これまで性別に関わらず使用できるオールジェンダートイレを見かけることはほとんどなかった。関係する文献も見つけられず、筆者の友人に聞いてみると、保守層からの偏見や犯罪の懸念からオールジェンダートイレはなかなか広まらないのでは、という意見だった。もちろん、タイ人のなかでも意見は様々であり、オールジェンダートイレがなくてもこれまで使用に問題がなかった、という声もあれば、新たに設置を望む意見もある 。

ちょうどこのことについて調べていた矢先、2024年8月にタイに渡航すると、ある大学の食堂近くでオールジェンダートイレを見つけた。以前通りかかった時は男女別トイレだったことから、新設されたものである。タイにおいてオールジェンダートイレはまだ主流でないものの、拡大していく余地は十分にある。もしかするとトイレ先進国の日本が、多様なトイレについてタイから学ぶ日が来るかもしれない。

大学内のオールジェンダートイレ(2024年8月)

大学内のオールジェンダートイレ(2024年8月)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
著者プロフィール

高橋尚子(たかはしなおこ) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアI研究グループ研究員。修士(農学)。専門はタイ地域研究、農業経営・経済。


  1. 山では汲み取り式もしくはバイオトイレが一般的で、排泄物処理に多くの費用と労力がかかるため、トイレ利用にカンパを募る、もしくは使用料を取る山小屋も少なくない。
  2. 登山者の間では、山に対して標高が低い人間の生活圏のことを「下界」と呼ぶ。
  3. 国鉄の車両は非常に古く、トイレは「垂れ流し」式であった。
  4. 荒神(2024)を参照
  5. バンコク都とその周辺のノンタブリー県、パトゥムターニー県、サムットプラカーン県が含まれる。
  6. 図2では、2011年から東北部におけるその他形式のトイレ利用率が上昇している。増加要因の一つは、2011年から統計区分に変更があったことである。本文では簡便化のため「洋式トイレ」と「和式トイレ」という区分名を使用したが、統計資料をみると2011年に各種トイレのタイ語呼称が変更されている。このときに分類定義にも若干の変更があったと考えられる。一方、2015年以降の増加理由は定かではない。東北部においてトイレ設備がない家庭は2002年以降1%以下のごく少数にとどまっており、その他形式のトイレが増加を示している。
  7. Chatraudee Theparat, “EXHIBITIONS / WORLD TOILET EXPO; Thailand chosen as the seat for 2006,” Bangkok Post, 22 Nov. 2005.
  8. Paritta Wangkiat, “Ministry to flush out squat loos, push for public to take a seat,Bangkok Post, 19 Feb. 2013.
  9. Chayanit Itthipongmaetee, “Sign barring transgender intern kindles debate over toilet equality,Khaosod English, 13 July 2016.