IDEスクエア
コラム
第12回 マレーシア――「郷に従う」ことの快適さ
Malaysia: Comfort in "When in Rome, do as the Romans do."
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001060
2024年8月
(2,339字)
トイレに関する現地語講座
頻出単語
tandas / toilet タンダス/トイレ トイレ
tisu (tandas) ティスゥ(タンダス) トイレットペーパー
例文
Jangan buang tisu di dalam lubang/mangkuk tandas. ジャンガン ブアン ティスゥ ディ ダラム ルバン/マンクッ タンダス
便器にトイレットペーパーを捨てないでください。
Dilarang membuang tisu ke toilet. ディララン ムンブアン ティスゥ ク トイレ
便器へのトイレットペーパー廃棄禁止。
トイレの三難
マレーシアのトイレに関して、多くの日本人が話題にしてきたのは、「紙がない・床が水浸し・流れが悪い」という点であろう。いわば三難が揃っている。筆者はいささか潔癖の傾向があるため、いかにマレーシアでトイレを快適に使うかは、常に課題であった。隣国インドネシア(土佐2023)ではそんなにきれいなのかと嫉妬を覚えたほどである。
とはいえ、コロナ禍前以来、久しぶりにマレーシアを訪れると、贔屓目は大いにあるだろうが、だいぶ改善されたように感じた。ショッピングモールや公共施設では、清掃員が各トイレに常駐するようになっていた。15年ほど前は、ショッピングモールなどですら、トイレの入り口で紙を買ったり使用料を払ったりしたが(だからといって清掃がきちんとされていたわけでもない)、近年はそうしたトイレにも遭遇しなくなった。
公共施設のトイレ問題
マレーシアで最も状態の悪いトイレは、公共施設のトイレであろうと思われる。現地で暮らす人々にとっても、トイレが汚いことは苦痛であるようで、しばしばニュースで話題になる。
近年も、公立学校のトイレがあまりにも汚いと、生徒たちから悲痛な叫びが上がった1。用を足すのを我慢したり、食事を抜いたりすることから、健康や学習への悪影響を心配する声が全国の保護者や教職員からも上がり、政府は公立学校のトイレ改修に乗り出すこととなった2。アンワル首相は、「私の学校にもっと便器(洋式トイレ)をください」と問題解決を望む9歳の少女からの手紙に対して、迅速に取り組むことを約束したポストを自身のFacebookに投稿している3。また、観光地やモスクといった不特定多数の人々が使用するトイレも汚れやすく、故障が頻発するという同様の問題を抱えているようで、管理者にとっても維持管理が苦痛で難しいため、人々のモラルの問題を指摘する声もある4。
筆者も、学生時代に1週間ほど滞在した大学の寮のトイレは、上記の三難を越えて(農村の土穴や水上集落の便器から海面が覗くトイレなどよりも)、はるかにつらかった。汚いトイレというだけでげんなりするのだが、浴室も兼ねていたため、狭い個室の中、壁の上部についたシャワーを浴びなければならない。清掃員もおらず居住者もまったく掃除をした形跡がないトイレで裸足になり、時間が経つと、排水口に詰まった大量の髪の毛が浮いて足元に流れてくる様子は、今も鮮明に思い出せる恐怖体験である。
ハンドシャワーは救世主
さらに、公共施設のトイレで個人的に由々しき問題と感じるのは、個室の中にゴミ箱がない場合である。安倍(2023)の韓国の例で言及されていたのと同様に、多くのアジア諸国では、使用したトイレットペーパーを捨てるために個室内にゴミ箱が置かれている。しかし、マレーシアの大学や政府施設では、個室内にはゴミ箱がなく、トイレの入り口に大きなゴミ箱が一つ置かれているという状況にしばしば遭遇する。これには、ゴミの回収がしやすく、個室内の清潔を保ちやすいという利点があるのだろう。
しかし、慣れない利用者にとっては少々厄介だ。普通に用を足す分には、持参した、あるいは運良く残っていた備え付けのトイレットペーパーを使い、人が来ないことを祈りながら、個室を出て、ゴミ箱に捨ててから手を洗えばよい。
問題となったのは、月経期間中である。筆者としては、経血だらけの紙を大量に外に持ち出すことに心理的な抵抗があった。そこでようやく、壁に据え付けられたハンドシャワーを使うことに辿り着いた。郷に入っては郷に従うべきであった。洗ったあとに濡れた体は、持参したティッシュで拭えばよいのである。そのティッシュを外に持ち出して捨てるならば、はるかに容易だ(写真1、2)。
床にはハンドシャワーからの水が流れていくように排水口がある。清掃員の女性が歌いながら常に掃除をしていた。
紙はトイレが詰まる原因になります」
マレーシアに行き始めた当初は、日本から「流せるティッシュ」やトイレットペーパーを購入して持参していたが、流さずにゴミ箱に入れればよいため、ティッシュを現地調達するようになっていた。濡れた体を拭くならば、むしろ硬めのティッシュのほうが適している。
ハンドシャワーは、「便器への廃棄禁止」の張り紙やゴミ箱がないにもかかわらず、トイレットペーパーの流れが悪い時にも便利である。これまでの経験上、どんなにトイレ本体の流れが悪くとも、ハンドシャワーの水流が弱かったことはない。抜群である。したがって、手桶を使って流すトイレと同様に、ハンドシャワーを使って流してしまえばよい。もっとも、最近はそこまで流れが悪いトイレにもあまり遭遇しないが。
ハンドシャワーの快適さや便利さを知ったものの、どこのトイレでも使用できるというほどの境地には至れていない。とくに難しいのは、和式の場合である。丈の長いパンツとスニーカーを履いていると、ハンドシャワーによって水浸しの床や便器の汚れが跳ねるのが気になってしまう。おそらく長いスカートとサンダルを履いて、一緒に足まで洗ってしまうのがよいのであろうが、水浸しの床の汚れに足が触れないようスニーカーを履きたい筆者にとっては、厳しい選択である。マレーシアでは、和式のトイレも多い5。トイレにまつわる筆者の試行錯誤は、まだ続きそうである。
※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
- すべて筆者撮影
参考文献
- 安倍誠 2023. 「第4回韓国──紙、流すべきか、流さざるべきか」『IDEスクエア』11月。
- 土佐美菜実 2023.「第3回インドネシア──日本を超える?隙のない清潔なトイレ」『IDEスクエア』10月。
著者プロフィール
谷口友季子(たにぐちゆきこ) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアⅠ研究グループ研究員。博士(政治学)。専門は比較政治学、マレーシア現代政治。
注
- “Simply horrid!” The Star, 16 Oct. 2022.
- “Education Ministry: 97.8 pc of school toilets maintenance, repair projects completed,” Malaymail, 7 Mar. 2024.
- Michelle Chin, “Malaysia’s PM Anwar promises to rectify school toilet issue after pupil writes to him,” The Straits Times, 16 Oct. 2023.
- Muhammad Basir Roslan, “Indifferent Attitude Reason Why Many Public Toilets Can't Attain ‘BMW’ Status,” Bernama, 13 July 2023.
- マレーシアにおける洋式・和式トイレの比率に関する統計は見つけられなかった。筆者の体感では、空港やショッピングモールなどでも、洋式2:和式1くらいである。
- 第1回 中国の「トイレ革命」
- 第2回 日本――トイレではない。それは、便所。
- 第3回 インドネシア――日本を超える?隙のない清潔なトイレ
- 第4回 韓国──紙、流すべきか、流さざるべきか
- 第5回 トルコ──いにしえのトイレに思いを馳せつつウォシュレットの原型を体感せよ
- 第6回 ベトナム――奥深き農村トイレ文化
- 第7回 イラン――洗え、洗え、の爽やかトイレ
- 第8回 ウズベキスタン――トイレをめぐる新米研究者の冒険記
- 第9回 パキスタン――トイレへの(心理的)アクセスがない
- 第10回 中国──トイレから見える中国人の合理性
- 第11回 カンボジア──トイレは怖いところなのか
- 第12回 マレーシア――「郷に従う」ことの快適さ
- 第13回 タイ――洋式化と多様化の波
- 第14回 クウェート――略奪されたトイレ
- 第15回 フィリピン──普通のトイレを使うための障害者たちの知恵