IDEスクエア

コラム

アジアトイレ紀行

第4回 韓国──紙、流すべきか、流さざるべきか

Korea: Toilet tissue, to flush, or not to flush?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000093

2023年11月
(3,405字)

トイレに関する現地語講座

頻出単語
화장실(ファジャンシル) トイレ
화장실 칸막이(ファジャンシル カンマギ) トイレの個室
휴지(ヒュジ)あるいは 화장지(ファジャンジ) トイレットペーパー
휴지통(ヒュジトン) ゴミ箱

頻出例文
‘화장실 어디예요?’ 「ファジャンシル オディエヨ?」 トイレはどこですか?
‘휴지가 떨어졌어요.’ 「ヒュジガ トロジョッソヨ」 紙がありません。

頻出ではないが知っていると便利な例文
‘급해요!’ 「クッペヨ!」  直訳は「急いでます!、急を要します!」。トイレに行きたくて、どうしても我慢できないときの一言。タクシーや高速バスなどに乗っているときは、先を急いでいると勘違いされないように注意。

トイレの個室には必ずゴミ箱

1980年代末だったか、韓国映画で主人公が用を足すシーンを観て、違和感を覚えたことがある。主人公はトイレで水を流してから、お尻を拭いたのだ。1990年代に入って仕事で韓国に頻繁に行き来するようになって、その理由を理解した。トイレの個室に入ると、便器の横には必ずゴミ箱があって、使用済みのトイレットペーパーは便器に流さずにそこに捨てることになっていた。確かに、これなら流してから拭いてもおかしくはない。

なぜ流さずにゴミ箱に捨てるのだろうか。1970年代まで韓国のトイレは、都市部でも在来式、いわゆるくみ取り式が圧倒的な主流であった。1986年のアジア大会、1988年のオリンピックと、ソウルで国際的なスポーツ大会が開催されることを契機に、政府は近代的な韓国の姿を見せるべく、公衆トイレと公共施設のトイレの拡充・水洗化を強力に推進した。1980年代後半から大規模アパートの建設が進んだこともあって、1990年代には一般家庭にも水洗トイレが広く普及することになった。しかし、水洗トイレの急速な普及にトイレットペーパーの品質向上が追いつかず、紙詰まりを防ぐためにゴミ箱に捨てるようになったとされる。

ただし、くみ取り式のときから、トイレで使用済みの紙をゴミ箱に捨てるのは、一般的な行為であったとする見方もある。当時、糞尿は堆肥として利用されていたため、紙など「不純物」が混じらないようにゴミ箱を設置していて、その習慣が水洗化後も残ったというものだ。ともあれ、その後、水洗トイレは一般化し、トイレットペーパーの品質も飛躍的に向上を遂げた。しかし、トイレの水圧や構造に問題があるからか、あるいはゴミ箱捨て時の習性(汚れた部分をうまく隠す)で1回の紙の消費量がかなり多いからか1、原因ははっきりしないが、紙を流すとしばしば詰まることがあるのは常識であったようである。2000年頃まで、公共施設や飲食店のトイレの個室には、「紙は便器に流さないでください」という張り紙がよく貼られていた。

ゴミ箱撤去の試み

とはいえ、トイレットペーパーを流さずにゴミ箱に置いておくのは、やはり臭うし衛生上もよろしくない。外国人旅行者からは韓国の特異な習慣としてしばしば取り上げられ、対外的な韓国のイメージに悪影響を与えているとして、改善の声が高まった。

具体的な試みは、まずソウルから始まった。ソウル市の南西部に位置する松坡ソンパ区が、2012年から、区内3カ所の公衆トイレと、区庁舎内のトイレすべての個室から、試験的にゴミ箱を撤去した。松坡区は同年に区内の蚕室チャムシル地域が観光特区に指定され、韓国で最も高い123階建てのロッテワールドタワーなどを目玉に、外国人観光客の誘致に力を入れようとしていた。そのために清潔感のあるトイレは必須と考えたのである。

試行当初は、大量のトイレットペーパーや異物によって、トイレが再三にわたって詰まる事態となった。松坡区は、詰まる原因のひとつとなっていた浄化槽の配管を改善するとともに、利用者だけでなく地域住民に対して、正しい使い方のキャンペーンを展開した。その結果、トイレ詰まりはゴミ箱撤去以前よりも、むしろ減少するに至った。松坡区はこの試みを区内のすべての公衆トイレや公共施設に拡大し、ホテルなど民間施設に対してもゴミ箱の撤去に協力を求めた。

松坡区の成功をみて、他の自治体、それに鉄道運営会社なども同様の試みを始めた。2014年からは、ソウル都市鉄道公社が運営するソウル地下鉄5号線から8号線までの全駅の公衆トイレから個室のゴミ箱を撤去する活動を始めた。市民団体の協力も得て、紙詰まりが生じにくい便器を新たに導入するなど環境整備にも努めた結果、同公社の試みは大きな混乱なく定着し、利用者からも好意的に受け入れられるに至った。

地域レベルの試みに続いて、韓国政府も動いた。やはりと言うべきか、大きな契機となったのは、2018年の平昌ピョンチャン冬季オリンピックの開催であった。行政安全部は2017年5月に「公衆トイレ等に関する法律」施行令を改正し、翌2018年1月1日から公衆トイレや公共施設のトイレの個室からゴミ箱を原則としてすべて撤去すること、女性トイレには別途サニタリーボックスを設置することを定めた。トイレの個室には、かつてとは反対に「紙は便器に流してください」という張り紙が貼られることになった。

しかし、十分な準備期間もなく施行されたため、現場では混乱もみられた。松坡区であったような異物やトイレットペーパーの大量使用による詰まりに加えて、特に地方を中心に、慣れない利用者が使用済みの紙をどうすればよいかわからず、床にそのまま放置してしまうケースが続出した。そのため、トイレがむしろ汚れてしまうとして、ゴミ箱を復活させる施設も多かった。それでも、コロナ禍によってトイレの衛生に人々が敏感になったこともあってか、ゴミ箱のないトイレは着実に定着しつつあるようである。クリネックス・ブランドの製品を製造・販売している柳韓ユハンキンバリーが、2021年に25歳から49歳の主婦900名を対象に実施したアンケート調査によれば、使用したトイレットペーパーを便器に流している人は全体の83%と、2013年調査時の51%から大きく上昇した2。人々の習慣も変化しているといえよう。

ウェットティッシュという伏兵

しかし、ここで新たな問題が生じた。上流のトイレや浄化槽ではなく、下流の下水処理施設が、異物で頻繁に目詰まりするようになったのである。その主な原因はウェットティッシュであった。ウェットティシュの材料はレーヨンやポリエステルの不織布であり、水に溶けない。そのため、トイレに流すと、その場で詰まらなかったとしても、下水処理施設まで達したところでフィルタに引っかかることになった。処理施設のパイプが詰まって破裂することもあったという。コロナ禍では、感染予防のために便座を拭くなどトイレでウェットティッシュを使う人が増えたらしく、事態はさらに悪化することになった3

ウェットティッシュをめぐる問題はこれにとどまらない。韓国では「ビデ用ウェットティッシュ」と呼ばれる、トイレ専用のウェットティッシュが広く普及している。日本でも「お尻ふき」といった名前で販売されているものである。日本では赤ちゃんや高齢者など、自分で拭くことが困難な人向けの印象が強いが、韓国では一般の大人も、用を足した後のお尻を清潔に保つため、広く使用している。韓国では温水洗浄便座もおそらく日本に次いで普及していることを考えると、韓国人のお尻は、今や世界でもっともきれい、なのかもしれない4

トイレ用ウェットティッシュは水溶性の材質を使用しており、本来は便器に流してよいはずである。問題は、トイレ用と一般用では見かけ上あまり区別がつかないので、一般用も流してしまいがちになる、だけではない。トイレ用であっても、一度の使用量が多いと十分に水に溶けないことがあり、一般用と同様の問題を引き起こしてしまうという。済州島チェジュドなど一部の地域の公衆トイレでは、トイレ用ウェットテッィシュも便器で流さないよう呼びかけるに至っている。メーカー側も対策に乗り出し、1回の使用量を「1~2枚」と製品に明記するようになっている。最大手の柳韓キンバリーは、最初に通常のトイレットペーパーで拭いてからトイレ用ウェットティッシュを使用することを推奨する、「クリーントゥギャザー」キャンペーンを2021年から展開している。トイレの紙をめぐる戦いは、まだしばらく続きそうである。

ソウル市と市民団体「トイレ文化市民連帯」が作成したポスターの一部。(2023年9月21日、ソウル歴史博物館)

ソウル市と市民団体「トイレ文化市民連帯」が作成した、「公衆トイレ感染病予防:配慮と文化、一緒に育てよう!」というポスターの一部。左の便器の下には「便器にはトイレットペーパーだけ捨てる:一般ウェットティッシュやその他異物は便器が詰まる原因!」、右のトイレットペーパーの下には「適量のトイレットペーパーを使用:便器詰まりを防止!地球を生かすエネルギー節約を実践!」との説明がある(2023年9月21日、ソウル歴史博物館)。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 筆者撮影
著者プロフィール

安倍誠(あべまこと) アジア経済研究所新領域研究センター上席主任調査研究員。博士(経済学)。専門は韓国経済。おもな著作に、『韓国財閥の成長と変容──四大グループの組織改革と資源配分構造』岩波書店(2011年)、『日韓関係史1965-2015Ⅱ経済』(共編著)東京大学出版会(2015年)、『韓国文在寅政権の経済政策』(共編著)日本貿易振興機構アジア経済研究所(2022年)など。


  1. 統計を確認すると、2016年の日本人の1回あたりのトイレットペーパー使用量は80センチであった(一般社団法人日本レストルーム工業会「温水洗浄便座の使用とトレットペーパーの使用に関する実態調査結果」)。これに対して韓国では、2017年の政府調査では1回あたり9.4目盛り分、1目盛り平均11.4センチとのことなので、だいたい107センチと、日本より少し多い程度である(国家技術標準院「紙『一目盛り』の長さ、こうして決まりました」)。ただし、温水洗浄便座やダブルロールの普及によって、使用量は近年になって急速に減少しているとのことなので、以前はこれよりかなり多かったようである。個室のなかから聞こえてくるガラガラ引き出す音から、韓国人のトイレットペーパー使用量はかなり多いと私は推測していたが、もちろん直接確かめたわけではない。
  2. ただし、同じ調査でトイレにゴミ箱を設置していると回答した人の割合は49%と、2013年の69%よりは低下しているものの、まだ高い水準にある。回答した主婦以外の家族が使用済みトイレットペーパーをゴミ箱に捨てているということなのか、韓国ではトイレは独立式ではなく風呂・洗面台と一体の場合が多いので、一般的なゴミ箱を設置しているに過ぎないのか、その理由は明らかでない(「トイレに行くと普通何目盛りのトレットペーパーを使うのか」『B!zwatch』2023年8月6日)。
  3. 前出の柳韓キンバリーのアンケート調査では、1割程度の主婦が一般用ウェットティッシュを便器に流していると回答している。トイレにウェットティッシュを流すことによる問題は、韓国に限らない。イギリス・ロンドンでは、下水が処理されずにそのまま流された結果、テムズ川にウェットティッシュのゴミが堆積して、テニスコート2面分の島ができあがってしまったという(“Britain’s newest islets are made of wet wipes,” The Economist, January 30, 2023)。
  4. 柳韓キンバリーによれば、トイレ用ウェットティッシュの使用比率は2021年には35%に達しているという(「『トイレ用ウェットティッシュは別にあります』・・・柳韓キンバレー クリネックスキャンペーン」『News1』2023年6月22日)。温水洗浄便座の場合、日本の普及率は、内閣府消費動向調査によれば2021年に80.3%である(一般社団法人日本レストルーム工業会「統計からみる温水洗浄便座の普及」)。韓国には普及率の統計は存在しないが、業界関係者は2023年には70%程度に達するとみている(「パクヒジェ社長『コーラーノビタ、温水洗浄便座市場の質的変化をリードする』」『韓国経済』2023年5月23日)。