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コラム

アジアトイレ紀行

第5回 トルコ──いにしえのトイレに思いを馳せつつウォシュレットの原型を体感せよ

Turkey-Turkish people have been particular about toilet since Roman Empire

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000120

2023年12月
(3,319字)

例文
Tuvalet nerede? トゥワレット ネレデ トイレはどこですか?
Lavabo nerede? ラバボ ネレデ 洗面所はどこですか?

頻出単語
Tuvalet kağıdı トゥワレット キャウドゥ トイレットペーパー
Tuvalet, lavabo トゥワレット、ラバボ トイレ、洗面所

間接的なトイレ表現
Elim yıkamaya gidiyorum エリム ユカマヤ ギディヨルム 手を洗いに行きます

トルコのトイレは2種類

外国とトイレの関係について初めて考えたのは、小学校6年生か中学1年生の頃に当時(現在も)好きだった『ジョジョの奇妙な冒険 第3部』でイチ押しだった登場人物、ジャン・ピエール・ポルナレフがトイレでさまざまなトラブルに見舞われるシーンを読んだ時であった。筆者の最初の海外渡航は大学1年時の米国であったが、米国=先進国と思い込んでいたのでそれほどトイレを気にすることはなかった。しかし、大学4年時に初めてトルコに旅行する際はどのようなトイレが待ち受けているのかどぎまぎした。幸運にもトルコのトイレは予想していたよりも綺麗であった。

トルコのトイレは大きく2種類ある。1つは洋式トイレ、もう1つは和式トイレと近い形状だが、和式トイレとは逆方向に跨ぐものである。男子トイレに関してだが、空港などではだいたいどちらのタイプもあるものの日本と同様、和式トイレは数を減らしつつある。トイレが5つあるとすると、洋式が4つ、和式は1つといった具合である。ただし、和式トイレがなくなることもまたないだろう。というのも、場合によっては和式トイレ、正確には和式トイレに付属している水道の蛇口がイスラーム教徒(ムスリム)の礼拝の前の手洗いのために使用される場合があるためである。

その他のトルコのトイレの特徴についても確認しておこう。トイレの使用料であるが、ショッピングモールや空港のトイレは基本無料である。長距離バスの停留所や地下鉄のトイレの使用料は日本円で20~30円ほどである。カフェやレストランなどのトイレは地下もしくは上階にあることが多い。明確な理由はわからないが、食事をする場所と区別しているようである。ただし、新しいカフェやレストランはトイレも食事を提供する場所と同じ階にあることが多い。水を流す方法はボタンを押すタイプとひものようなものを引っ張るタイプに大別できる。少し古いトイレは水力が弱く、紙が十分に流れないことが多い。そのため、本連載第4回の韓国のケースなどと同様に、紙を捨てるボックスがトイレの横に置かれている(写真1参照)。また、紙もなくなっている場合が多いので、ポケットティッシュは常備していた方が安心である。

写真1 イスタンブル空港のトイレ(2023年10月11日)

写真1 イスタンブル空港のトイレ。トイレの向かって左横のノブがウォシュレット用。
右手前が紙を捨てるボックス(2023年10月11日)。
ウォシュレットの先進国

2006年から5年間、トルコのアンカラに留学していたが、長期で現地に滞在することになると、それまで気づかなかったトイレ事情が見えてきた。最大の驚きは、トルコのトイレにもウォシュレット(温水洗浄便座)があったことである。しかし、日本のように自動で温水がでてくるような至れり尽くせりのウォシュレットではない。トイレの右横にノブが付いており、それをひねるとだいたい日本のウォシュレットと同じ位置に水が出る穴があり、そこから水が出てくるというシステムである。ノズルなどはないが、ノブで水の強さは調整できる。初めて使う場合はゆっくりひねった方がよい。普通にひねるとかなり強い水圧で水が出てくる。無骨なウォシュレットとはいえ、これがあると一日が快適になる。

日本のウォシュレットの話をトルコ人の友人にした時、その友人が「俺たちの方が先駆者だ」と勝ち誇っていたのが今でも鮮明に思い出される。1990年代にはすでにかなり普及していたようで、一般家庭への普及は日本のウォシュレットより早いと思われる。このトルコのウォシュレットは洋式が普及したと同時にすでにあったのではないだろうか。探せばあるかもしれないが、私が他の国で同様の武骨な古典的ウォシュレットを見たことはない。

「温水」で洗浄することがウォシュレットの定義上不可欠であるなら、トルコのものは純粋なウォシュレットではないが、それでも日本のウォシュレットにかなり近い。似た様式のものとして、フランスにはビデがある。ビデはトイレ後の洗浄以外にもさまざまな用途があるが、トルコ版ウォシュレットはトイレ後の洗浄に特化している。その意味でやはり日本のウォシュレットに酷似している。男性トイレにもあるので、女性の生理用のためでもない。また、先述した和式トイレのように宗教上の身体の清めにも使用できない。

写真2 ホームセンターに展示されていたトイレの見本(2023年11月20日)

写真2 ホームセンターに展示されていたトイレの見本。日本のウォシュレットの
ノズル部分には水が出る出口がある。左のノブで水量調節(2023年11月20日)。

このトイレへのこだわりは今に始まったことではない。トルコ人、正確にはトルコに住んでいたローマの人々もトイレにはこだわっていた。トルコ語でエフェス、一般にはエフェソスというラテン語の名前で通っている、トルコ第三の都市、イズミルから車で一時間の遺跡では世界初と言われる水洗トイレの跡を見ることができる。横並びに用を足すもので隣の人との間に仕切りはない。石でできた便器の下には水が流れており、この水で排泄物を流していた。よくフランスのベルサイユ宮殿では18世紀まで公衆トイレがほとんどなかったと言われているが、ことトイレに関してはトルコの方が「文明国」だったと認めざるを得ないだろう(当時はローマ帝国の一部であったが)。オスマン帝国の時代にもトイレはそれなりに充実していたようである。

また、トルコ人は綺麗好きである。特に用を足した後の手洗いにかける時間が長い。コロナ禍で日本でも30秒ほどしっかり手を洗うことが推奨されるようになったが、トルコ人はコロナ禍前からしっかり洗っていた。2015年にギャロップ社がヨーロッパで実施した、トイレ後に石鹸で手を洗っているかの調査で、トルコはボスニア・ヘルツェゴビナに次いで2番目に高い94%という結果が出ていたと報告されている1

自由な発想と保守的な考えが同居するトルコのトイレ

もう少しトルコのトイレの特徴を挙げていきたい。まず、トルコのトイレのマークである。トルコのトイレのマークも日本と同様のWCもしくはズボンを履いた男性とスカートを履いた女性が立っているデザインが一般的である。ただし、少し変わったマークを用いている場所もある。例えば、写真3はトイレに行こうともじもじしている様子が表現されている。こうした少し変わったマークは日本よりも多くの場所で目にする。

写真3 手を組んだ男女のトイレのマーク(2023年10月25日)

写真3 手を組んだ男女のトイレのマーク(2023年10月25日)

一方、最近欧米で増えつつある公共の男女共用トイレはトルコにはほとんどない。現在のレジェップ・タイイップ・エルドアン政権は基本的にLGBTQを容認しない立場であり、LGBTQの権利擁護を訴える団体に厳しい対応を採っている。こうした背景も男女共用トイレが少ない理由と考えられる。

くわえて、大学では教職員専用のトイレと学生専用のトイレが分れている場合がある。個人的な見解では、国立大学ではその傾向が特に強い。教職員専用のトイレは鍵がかかっており、通常学生たちは利用できない。日本でも教職員専用の学食は目にすることがあるが、教職員専用のトイレ(しかも鍵がないと学生は使用不可!)というのは聞いたことがない。トルコでは教員の社会的地位が高いことがこうした点からも理解できる。

トルコのウォシュレットは実は理想的?

本稿では、トルコのトイレに関して多角的に論じてきた。繰り返しになるが、トルコのウォシュレットは温水ではなく、水であり、日本ほどの快適さはない。しかし、ウォシュレットがなぜ海外で普及しないのかをスマホやパソコンで検索してみてほしい。その原因はおしりへの温水の当て過ぎが健康によくないことが一因と指摘されている。ウォシュレットが普及しない理由は他にもあるが、トルコの古典的ウォシュレットは冷たい水であるので、健康面では日本よりもプラスかもしれない。また、日本のウォシュレットと異なり、電気を使用する必要もないので、比較的容易に普及させることができると考えている。もしかすると世界のモデルとなるウォシュレットはおもてなしを連想させる日本のものではなく、武骨で古典的なトルコのものかもしれない。

※ この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • すべて筆者撮影
著者プロフィール

今井宏平(いまいこうへい) アジア経済研究所海外派遣員(アンカラ)。Ph.D. (International Relations). 博士(政治学)。最近の著作に『エルドアン時代のトルコ』岩波書店(岩坂将充との共著、2023)、『トルコ100年の歴史を歩く』平凡社新書、(単著、2023)、『戦略的ヘッジングと安全保障の追求』有信堂高文社(単著、2023)、『クルド問題』岩波書店(編著、2022)、『教養としての中東政治』ミネルヴァ書房(編著、2022)がある。


  1. ギャロップ社の2015年の調査結果が見つからなかったため、以下の記事を参照した。Niall McCarthy, “Where Europeans Wash Their Hands After Using The Toilet,” Statista, 27 February, 2020.(2023年11月20日閲覧)