IDEスクエア
新型コロナ禍のなかのインドネシア(2)――雇用への影響
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051966
2021年2月
(6,737字)
はじめに
インドネシアでも新型コロナウイルスの感染拡大は引き続き悪化の一途をたどっている。国家災害対策庁(BNPB)によると、累積でみた感染者数は103万8千人、死亡者数は2万9千人を超えた(2021年1月28日時点)。2021年に入って、新規感染者が1万人を超える日も珍しくなくなっている。
こうした状況のなか、インドネシアでもワクチン接種が開始されたとの報道を受けて、今後の展望に期待を寄せる人も少なくないと思われる。1月11日に食品・医薬品監督庁(BPOM)がシノバック(Sinovac Biotech)社製ワクチン(CoronaVac)の緊急使用許可を出したのに伴い、13日にはジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領が国内第1号としてワクチンを接種する姿が大々的に報じられた。今後、インドネシア政府は18歳から59歳までの年齢層から優先的に接種を進めていく方針を打ち出している1。政府が、この生産年齢人口に該当する年齢層を優先的なターゲットとしている理由の一つとしては、インドネシアではまだインフォーマル部門に就業している人が多く、そうした不特定多数の顧客を相手とする人々の雇用を維持して経済を回す必要性が高いと考えている点も挙げられている(1月13日付BBC記事)。
この報道にもあらわれているように、新型コロナウイルスの感染拡大は雇用面にも深刻な影響を及ぼしている。現時点で最新となる2020年8月時点の失業率は7.1%と前年同月比で1.8%ポイントも上昇している。単純に統計庁の公表値をもとに失業率の変化分で比較するならば、このパンデミックによる雇用への影響は、アジア通貨危機に伴う1997年から1999年にかけての失業率の上昇分(1.7%ポイント)すらすでに上回っていることになる(ただし、この単純比較に問題があることは後述する)。
このように、現時点ですでにアジア通貨危機時に匹敵する影響が失業率にあらわれていることを踏まえ、今回の報告では、そのおよそ四半世紀前との比較を通じて、新型コロナウイルスの感染拡大がインドネシアの雇用面にどのような影響をもたらしているのかを探ることにしたい。
図1 失業率の変化(1990年から2020年、%)
(出所)インドネシア統計庁(BPS)のウェブサイトならびに、1996年から2003年までは労働力調査(Sakernas)個票データをもとに筆者作成。
アジア通貨危機時を上回る失業率の上昇?
図1は1990年から2020年までの30年間の失業率の推移を描いている。図中、黄色で強調されている部分は、国内総生産(GDP)がマイナス成長を記録した時期である。アジア通貨危機時には、1998年第1四半期から1999年第1四半期まで経済成長率はマイナスとなっていたが、特に1998年第4四半期にはマイナス18.3%と、インドネシア史上最も低い成長率を記録している。そして今回のパンデミックのもとでは、2020年第2・第3四半期の経済成長率は、それぞれ前年同期比マイナス5.3%、マイナス3.5%となっている。
図1では、統計庁が公表している失業率を黒いマーカーで描いているが、ところどころ途切れているのは失業者の定義が変更されているためである(マーカーの形も定義の違いにあわせている)。定義が変更される度に失業率が上方へシフトしている様子がみえてくるが、特に2000年から2001年にかけては大きなギャップが生じている。このように定義の違いに伴う失業率の変化が大きいため、統計庁の公表値だけでは、新型コロナウイルスの感染拡大直後とアジア通貨危機直後とで失業率の悪化の程度を直接比較することは困難である。
そこで今回は、労働力調査(Sakernas)の個票データを用いることにより、不十分ではあるものの2001年以降の失業の定義に準拠したかたちで、1996年まで遡って失業率を再計算してみることにした。図1の白抜きマーカーの折れ線グラフはその筆者による計算結果をもとに描いたものである(失業者の定義の違いならびに再計算の方法については補足説明を参照のこと)。
再計算された数値によれば、1998年から1999年にかけての失業率の変化は2.7%ポイント増となり、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う上昇分を上回る。このように再計算した値では1998年から1999年にかけての失業率の急上昇が確認できる一方で、1997年から1998年にかけての失業率の上昇分は0.8%ポイントと、古い定義を用いた場合と変わらない。
それでは次に、ここで再計算して得られた失業者ならびに就業者の情報を用いて、年齢という基本的な属性に着目したうえで、アジア通貨危機と今回のパンデミックとの間での共通点や相違点を確認してみることにしたい。
年齢層別にみた労働力状態――アジア通貨危機との比較
統計庁が公開している「労働力統計(Keadaan Angkatan Kerja)」からは、15歳以上の人口について、調査時点における男女別・年齢層別・活動内容(労働力状態)別の分布が得られる2。この分布をベースに、年齢層別に、失業者をはじめとして、被雇用者や自営業者、家事従事者などのシェアを計算し、さらに、それぞれのシェアが基準年から何%ポイント変化したかをまとめたものが、以下に紹介する図2である。
図2では、15歳以上人口を対象に、上段にアジア通貨危機時の、下段に今回のパンデミックの影響をまとめている。図は格子状の3枚のパネルから構成されているが、各パネルの横軸は年齢層を、縦軸には「労働力統計」から得られる人々の主要活動項目を並べている。また、それぞれのパネルでは、経済成長率がマイナスとなる直前——1997年と2019年——を基準年に、そこからの変化をみている。上段では、左側にはアジア通貨危機直後の変化を、右側には、通貨危機から2年間で生じた変化を表している。下段では、今回のパンデミックの影響について、発生直後の影響のみを示している。
パネルは年齢層(10区分)と主要活動内容(7区分)の組み合わせから得られる70個のセルから構成されているが、各セルには基準年から何%ポイント変化したかが表記されており、かつ、その変化分に応じて色分けされている。青色が濃いほどマイナス幅が大きく、逆に赤色が濃いほどプラス幅が大きかったことを示している。なお、シェアの差をとっていることから分かるように、各年齢層ですべてのカテゴリーのシェアの変化分を縦に足し合わせていくとゼロになる。
最初に、図2のなかの失業者カテゴリーに注目すると、アジア通貨危機時(上段)には若年層を中心に失業者割合が増加していたのに対し、今回のパンデミック時(下段)には、若年層ほど増分が大きくなる傾向はあるものの、幅広い年齢層に失業者割合の増加が観察されるという違いに気づく。さらに、2つの負の経済ショック間での相違点を挙げるならば、非労働力に含まれる家事従事者の減少(ほぼすべて女性家事従事者の減少によるもの)が、アジア通貨危機時にはほぼすべての年齢層で観察されたのに対して、パンデミック下においては、高年齢層に集中している。
一方で、2つの負の経済ショックに共通する点としては、20代前半のグループでの大きな被雇用者割合の減少がある。1997年から1998年にかけては4%ポイント減、そして2019年から2020年にかけては6.6%ポイントも減少している。こうした被雇用者割合の減少分がどこに吸収されたかをみると、アジア通貨危機時には失業者の増加が最大に、続いて自営業や無給・家族労働(以下、家族労働と表記)でも増加がみられる。個票データからは、自営業や家族労働の増加は主に農業部門で観察されたことが分かるが、これは当時、ルピア安を背景に農業産品の輸出増がみられたことや、農業従事者が増加していたことと整合的な傾向である3。そして、ここで興味深いのは、今回のパンデミック下でも同様に農業従事者の増加が観察されることである(図3)。ただし、その増加は図2の左下のパネルに示されているように、20代前半以下の家族労働者の増加によるものとみられる。
図3 労働力に占める農業従事者割合の変化(1990年から2020年、%)
(出所)インドネシア統計庁(BPS)のウェブサイトならびに、1996年から2003年までは労働力調査(Sakernas)の個票データをもとに筆者作成。
おわりに
補足説明――インドネシアにおける失業の定義
1990年から2020年にかけて、インドネシアの失業の定義は次のような変遷過程をたどっている。インドネシアでは、過去1週間に1時間以上働いていた場合は失業者とはみなされない。そのうえで、つまり労働時間が1時間未満であることに加えて、1993年までは、過去1週間に職を探していた場合にのみ失業者と判断されていた。その後、1994年から2000年までは「過去1週間」という条件がなくなり、単に求職中であれば失業者とみなされた。2001年以降は、求職者に加えて、求職していない理由として、仕事は決まっているが未就業の状態、ならびに求職意欲喪失者(採用される見込みがないので求職活動を諦めた者)についても失業者とみなされるようになった。さらに2016年からは、求職していない理由として、ビジネスを立ち上げたがまだ開始していない、という項目も新たに設けて、その該当者も失業者とみなしている。
こうした変遷を考慮して、図1にみられる2000年と2001年との間に生じている大きなギャップを埋めるべく、次のような方法で2000年以前の失業率の計算を試みた4。2000年以前の労働力調査(Sakernas)の質問票をみると、求職意欲喪失者に関する質問項目は1996年まで遡って得られることが分かる。そこで、この質問項目に該当する回答者も失業者とみなして失業率を計算し直すことにした。図中の白抜きマーカーで表示された失業率がその計算結果である。
インデックス写真の出典
- Dennys codet, Bahasa Indonesia: Wabah pandemik yang melanda tak menyurutkan niat dan janjinya untuk tetap menikahi sang pujaan hatinya, walau mereka tak jadi merayakan resepsi (CC BY-SA 4.0).
参考文献
- Hugo, Graeme 2000. "The Impact of the Crisis on Internal Population Movement in Indonesia." Bulletin of Indonesian Economic Studies 36(2):115-138.
著者プロフィール
東方孝之(ひがしかたたかゆき) アジア経済研究所海外調査員(在シンガポール)。専門は開発経済学、インドネシア経済。近著に「第1期ジョコ・ウィドド政権期の経済――経済成長と雇用・貧困削減の分析」・「2019年大統領選挙――社会の分断と投票行動の分極化(共著)」(川村晃一編『2019年インドネシアの選挙――深まる社会の分断とジョコウィの再選』アジア経済研究所、2020年)、"The Effect of Local Government Separation on Public Service Provision in Indonesia: A Case of Garbage Pickup Services in Urban Areas," in Michikazu Kojima ed. Regional Waste Management: Inter-municipal Cooperation and Public and Private Partnership, ERIA Research Project Report, No.12, 2020.などがある。
注
- 1月20日付Koran Tempo紙記事は、当初、60歳以上に対してはファイザー社とビオンテック社が開発したワクチンを接種する予定だったことや、CoronaVacについては60歳以上に対する臨床試験結果がまだ得られていないため、18歳から59歳への接種を優先することになったことなどを伝えている。
- 本報告で用いている2018年以降の労働データについては取り扱いにあたって若干注意が必要である。2020年8月版「労働力統計」では人口ウェイトに用いられる情報源が変更されているためである。統計庁のHPでは、このウェイト変更を反映させた推計値が2018年までさかのぼって得られるが、各産業の従業上の地位といった詳細な情報については、2018年・2019年の改定値はまだ公開されていないため、ウェイト変更が反映されていないデータを使わざるを得なかった(各項目のシェアは一定といった仮定のもとで本報告では分析を行っている)。
- アジア通貨危機時に農業部門の就業者が増加した点については、例えばHugo(2000)を参照。Hugo(2000)は、国内の労働移動により、村へと戻ってきた移住者が農業に従事していたことを当時のフィールド調査を引用して紹介している。
- これとは逆に、2001年以降の個票データを用いることによって、2000年以前の定義にあわせて再計算することも可能である。ただし、その計算に必要な個票データが手元に揃っていないため、今回この方法は採用しなかった。
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【特集目次】
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