IDEスクエア
新型コロナウイルスと海外ビジネス展開――国際線フライト運休の影響
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051728
2020年5月
(4,804字)
ポイント
- 新型コロナウイルスの感染拡大により世界各国で入国制限措置がとられ、国際線フライトの運休や減便が相次いでいる。
- 企業の海外ビジネス展開には、契約の交渉や信頼関係の構築のため、現地市場での対面コミュニケーションが不可欠である。
- 国際線フライトの運休が長期化すれば、海外ビジネス出張による現地での対面コミュニケーションが難しくなり、企業の国際化に大きな歯止めがかかる。
新型コロナウイルスの感染拡大と経済への影響
2019年末に中国の武漢で発生した新型コロナウイルスは、人がグローバルに行き交う航空ネットワークを通して、瞬く間に世界各国に拡散している。さらなる感染拡大を防ぐために、海外からの渡航者に対して入国制限措置や入国後の行動制限措置が、世界各国でとられている。外務省1 によると、5月8日時点において日本からの渡航者や日本人に対して入国制限の措置をとっているのは、184の国/地域に達している。例えば、中国において、15日以内の滞在に対する査証免除の措置が一時的に停止されている。ドイツでは、EU市民ではない訪問者のEUへの入域を原則禁止している。
こうした状況のなか、国際線フライトの運休や減便が相次いでいる。成田空港の国際線出発の状況を見ると、2020年5月10日に運行していた国際線フライトは、わずかに15便のみであった2 。欠航となった国際線フライトは119便にも達しており、運行している国際線フライトの搭乗率も低いと考えられる。世界に拡散した新型コロナウイルスのため、国際旅客の需要は一瞬にして消失してしまい、航空産業は深刻な打撃を受けている3 。
このまま国際線フライトの大規模な運休や減便が長期化すると、その影響は関連する産業にとどまらない。図は、2015年から2019年の期間における、日本から海外向けの国際線直行便の週間便数と、対外直接投資残高を示している。図からは、国際線直行便も対外直接投資残高も右肩上がりで増加しており、企業の海外ビジネス展開は航空ネットワークと共に拡大してきていることが読み取れる。国際的な航空ネットワークが企業の海外進出を支えていると考えれば、航空ネットワークの崩壊は海外ビジネス展開にも深刻な影響を及ぼすことが懸念される。
国際線フライトと海外ビジネス展開の関係
それでは、国際線フライトの運休は海外ビジネス展開に具体的にどのように影響するのだろうか。これは新型コロナウイルスの経済的影響をみるために重要な課題のひとつではあるが、図に示したデータだけでは、その因果関係や影響の経路を特定するには不十分である。そこで、本稿では、国際線フライトが海外直接投資に与える効果を分析した論文(Tanaka, 2019)4に基づきながら、この問題を詳しく議論していきたい。
はじめに、企業が海外に進出する決定プロセスを理論的に見ていく。一般的に、海外市場での新規投資プロジェクトは、外国市場という新しい投資環境で実施するためリスクが高い。そのため、これから投資しようと考える市場に関する経済や政治など幅広い情報収集からはじまり、進出後に実際にビジネスが成功するのか、投資の実現可能性の調査が行われる。投資が決定してからは、現地法人の設立や産業用地の取得、投資認可の準備、現地労働者の雇用や訓練など、様々な経営管理が必要となる。その結果、新規の海外ビジネス展開には、関連する経営情報の収集と分析に膨大なコストがかかる。
情報通信技術の目覚ましい発展により、海外市場に関する投資制度など明確に成文化した情報には、容易にアクセスが可能となってきている。国際電話やインターネット、ビデオ会議などを活用して、この成文化した情報を集めるコストは大きく減少してきた。しかしながら、新規の海外ビジネス展開には、取引先と契約を交渉することや、現地のビジネスパートナーと信頼関係を構築すること、また海外工場における労働者を管理することなど、人間関係をベースとした様々な経営管理が必要である。
人間関係にもとづく経営管理の情報は、明確に成文化することができないため、オンライン通信で海外から収集して処理することが難しい。情報通信技術が飛躍的に発展した現代社会でも、経営者やマネージャーは海外ビジネス出張をして、現地従業員やビジネスパートナー、政府官僚たちと対面コミュニケーションをとる。そして、海外ビジネス出張には、遠い外国へ移動する金銭コストと時間コストを考慮して、主に国際線フライトが活用される。
つまり、海外ビジネス展開には、成文化できない情報を処理するため、国際線フライトによる海外ビジネス出張を行い、対面コミュニケーションを行うことがいまだに不可欠である。多くの海外市場に国際線フライトが就航するようになり、海外市場での対面コミュニケーションのコストが減少することで、企業の海外ビジネス展開は活発になってきた、と考えられる。
対面コミュニケーションの重要性に対するエビデンス
国際線フライトは対面コミュニケーションを通して企業の海外進出を増やす、という仮説は、直感的には至極当然のことかもしれない。しかしながら、国際線フライトが海外投資を増やすという因果関係や、対面コミュニケーションの重要性を定量的に示すことは、それほど簡単ではない。例えば、企業の海外進出は海外ビジネス旅客の需要を増やすため、海外投資が国際線フライトを増やすという逆の因果関係が考えられる。また、国際線フライトが原因で直接投資が結果であるという因果関係を見つけたとしても、その理由が対面コミュニケーションであるとは限らない。例えば、国際線フライトは国際物流コストを削減している効果を示唆しているだけで、対面コミュニケーションはそれほど重要ではないかもしれない。海外ビジネス展開に対する政策指針をたてるためには、このような直感的に自明と思われる仮説であっても、統計データに基づくエビデンスを示すことが望ましい。
Tanaka (2019)は日本企業の海外進出データを分析し、国際線フライトは対面コミュニケーションを通して海外進出を増やす、というエビデンスを統計的に示している。分析の詳細は論文に譲り、実証の基本的な考えを紹介したい。
仮説を実証するためには、企業の海外進出に影響する様々な決定要因において、国際線フライトは統計的に有意な影響がある、という点を示す必要がある。例えば、日本企業はこれまで数多くの海外市場に進出して、海外現地法人を設立している。投資の動機には、現地市場への販売や生産コストの削減などがあるため、海外市場規模や人件費などの要因を制御したうえで、国際線フライトの多い海外市場に対して現地法人がより多く設立されていることを、厳密に示す必要がある。
具体的には、日本企業が海外現地法人を設立する確率に対して、日本からの国際旅客便の週間便数はプラスの効果を持つのか、回帰モデルを推定している。様々な計量的課題に対処したうえで、論文ではプラスの因果関係があると結論している。つまり、日本からの国際旅客便の週間本数が増加すると、その国に設立される海外現地法人が増加する。
さらに、海外生産において対面コミュニケーションの重要性が高い産業5に属する日本企業では、国際旅客便数の増加が海外現地法人の設立に与えるプラス効果が高い傾向がある。一方、対面コミュニケーションの重要性が低い産業に属する日本企業では、国際旅客便数のプラス効果は低くなる。対面コミュニケーションの重要性以外の技術レベルといった他の産業属性との相互作用効果を制御した後でも、こうした結果は変わらない。つまり、国際線フライトは対面コミュニケーションを通して企業の海外進出を増やす、という仮説を支持するエビデンスが統計的に示されている。
もちろん個々の投資プロジェクトをみれば、海外ビジネス出張は海外進出の決定的な要因ではなかった、という事例もあるだろう。また、ここで紹介した統計データに基づくエビデンスは、国際線フライトの多い海外市場にビジネス出張すれば海外ビジネスが成功する、ということを保証するものではない。一方、新型コロナウイルスで国際線フライトの運休が長期化しつつあるなかで、海外ビジネス展開を支援する政策形成に向けて、このエビデンスは意義のある情報であろう。
今後の見通し
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、ソーシャル・ディスタンスなどの措置がとられ、一部の国では感染拡大のペースが緩やかになりつつある。国内での経済活動の再開と国内移動制限の緩和が少しずつ進められていく一方、国境封鎖などによりグローバルな人の移動は厳しく制限されており、今後ともしばらくは厳しい状況が続きそうである。
国際線フライトの大幅な運休や減便が長期化した場合、海外ビジネス出張を通した対面コミュニケーションが難しくなり、企業の海外ビジネス展開に大きな影響を与える可能性が高い。人的ネットワークがすでに構築された海外拠点の経営管理には、オンライン通信を最大限に活用することができる。しかしながら、新しい海外ビジネス展開には、対面コミュニケーションを通した信頼関係の構築が不可欠である。オンライン通信をどのように活用して、対面コミュニケーションをどの程度代替できるのか、企業の海外ビジネス展開にとって新たな挑戦がはじまろうとしている。
写真の出典
- Raimond Spekking, Cologne Bonn Airport - Terminal 2 - in times of COVID-19 pandemic (CC BY-SA 4.0[via Wikimedia Commons]).
著者プロフィール
田中清泰(たなかきよやす) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門は国際経済学、開発経済学。最近の著作は、"Agglomeration Economies in the Formal and Informal Sectors: A Bayesian Spatial Approach" (with Yoshihiro Hashiguchi) Journal of Economic Geography, Vol.20, Issue 1, 2020, "Do International Flights Promote FDI? The Role of Face-to-face Communication" Review of International Economics, Volume 27, Issue 5, 2019,など。
注
- 詳細は外務省のウェブサイトを参照。
- 成田国際空港フライト情報のウェブサイトを参照。
- 例えば、4月24日から5月6日の成田空港から出国した日本人はわずか850人で、前年同期比で99.8パーセント減少した。時事ドットコムのウェブサイトを参照。
- Tanaka, K. 2019. "Do international flights promote foreign direct investment: the role of face-to-face communication." Review of International Economics, 27 (5), 1609-1632.
- 海外現地法人における海外駐在員数を指標として、対面コミュニケーションの重要性を産業別にしている。産業別にみると、精密機械や輸送用機械器具などの産業で、対面コミュニケーションの重要性が相対的に高い。
(2021年2月22日 修正)
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【特集目次】
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