IDEスクエア
リモートワークで出社勤務はなくなるか?――集積経済の視点
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051810
2020年8月
(8,045字)
ポイント
- 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、リモートワークの活用が進んでいる。
- リモートワークは通勤時間を減らしワークライフバランスに資する一方、出社勤務は対面コミュニケーションが容易なため、複雑でチームワークを必要とする創造的な仕事に向いている。
- 経済学の研究では、対面コミュニケーションが仕事の生産性と質を高めるエビデンスがある。対面コミュニケーションが容易になる企業の集積地では、生産性やイノベーション、雇用創出が促進されるエビデンスもある。
- 「集積の経済」の視点からは、対面コミュニケーションを容易にする出社勤務の重要性は減じていない。
はじめに
新型コロナウイルスの感染拡大によって、働き手の通勤移動とオフィスでの接触を減らすため、リモートワークの活用が進んでいる。感染拡大が落ち着いてきた国や地域では、少しずつ通常の通勤風景が戻りつつあるが、オンライン通信環境を整備した企業や働き手は、出社勤務に縛られない新しいリモートワークを積極的に活用し始めている。オフィスの場所や通勤距離を気にしないで、どこでも仕事ができる新しい働き方が広まりつつある。
一方、リモートワークから出社勤務に切り替える企業や働き手も多いが、こうした出社勤務に反対する声もある。例えば、若い働き手はリモートワークで普通に働けるが、管理職はオンライン会議を嫌がりIT技術に疎いため、リモートワーク普及を阻害している。働き手は、オフィスより在宅の方が仕事に集中できて、仕事の進捗に大きな支障がなく、在宅勤務にすればオフィス賃料も節約できる。それなのにリモートワークが進まないのは、契約書類の押印やこれまでの働き方に固執する体質などが原因だと批判される。ワークライフバランスや新型コロナウイルスの感染防止のために導入されたリモートワークについて、少し極端に言えば、「出社勤務は悪で、リモートワークが善」という見方がある。
リモートワークと出社勤務の最適な組み合わせは、個々の企業や働き手にとって異なり、一概にどちらがよいという判断は難しい。ただ、コロナ禍を契機として、「もうオフィスに人は戻らない(戻るべきではない)」といった議論を、エビデンスを提示することなく展開するのはやや拙速に感じる。こうした背景の一つに、経済学の視点でみたオフィスワークの重要性に関する議論が欠けている点が挙げられる。そこで本稿では、集積経済の視点から出社勤務の経済合理性を議論したい。
リモートワークの対象となる仕事
はじめに、議論の対象とする仕事を大まかに分類して、リモートワークと出社勤務を定義したい。仕事の分類は様々であるが、ここでは肉体労働や工場労働は対象から除外する。つまり、農作業や大工、トラック運転手、警備員、コンビニ店員などは現場で仕事をするため、そもそもリモートワークができない1。食品加工や自動車製造などの工場で働く工場労働者も、リモートワークが難しい。また、公共サービスを担う市役所や消防、警察なども現場でのサービスが必要である。経済全体で考えると、多くの仕事は、リモートワークが困難であると考えられる。
一方、リモートワークができる仕事は、企業の企画経営、商品開発、マーケティング、総務人事、経理などのオフィスワークである。こうした部門で働く労働者は、オンライン通信技術の発展により、自宅や近所のシェアオフィスにいながらリモートワークで働くことができる。専門的職種であるジャーナリストやエンジニア、研究者なども、リモートワークでできる作業も多いだろう。こうした仕事については、ビジネスの問題解決や複雑なコミュニケーションを必要とする業務を、オフィスから物理的に離れて行うことが「技術的」には可能である。
次に誤解がないように、リモートワークと出社勤務を定義する。出社勤務は、自宅から鉄道や車、徒歩などで物理的に毎日移動して、会社や機関のオフィスで同僚と働くこと、とする。リモートワークは、自宅から物理的に移動することなく、会社の同僚や顧客とすべてオンライン通信で会話して仕事をする働き方、とする。実際には、出社勤務を基本としながら週に数回は自宅で仕事を行い、サテライトオフィスで打合せをするなど、混合型の働き方もある。しかしここでは論点を明確にするため、リモートワークと出社勤務をこのように定義して議論を進める。
対面コミュニケーションの利点
こうしたリモートワークと出社勤務において、最も決定的な違いは対面コミュニケーションにある。リモートワークではオンライン通信でコミュニケーションを取り、出社勤務ではヒトと直接会って対面で意思疎通を図る。つまり、リモートワークに対する出社勤務の利点は、オンライン通信に対する対面コミュニケーションの利点であると考えられる。
そこで、学術的に評価が高いStorper and Venables (2004)2に依拠して、対面コミュニケーションの利点を以下の3点に要約する。
- 成文化できない情報の効率的な相互理解
- 人間関係における信頼感や、やる気の醸成
- 交流関係の選別と社会規範の学習
第一に、ヒト同士における情報伝達と意思疎通では、明確に数字や文字にできる情報と、明確に成文化できない情報がある。例えば前者は、電車の時刻表や運賃、請求書の金額や支払日、言葉の定義などで、こうした情報は電子メールで容易に伝達できる。後者は、新しいビジネスプロジェクトのアイデアや、複雑な課題の発見や解決のアイデアなどで、明確に言語化することが難しい。対面コミュニケーションは、ボディーランゲージや顔の表情を通して同時に意見を共有し学習することができるため、成文化できない情報を伝達するのに効率がいい。一方、大容量で高速通信のオンライン会議でもこうした情報伝達は可能であるが、表情が読みにくい画面越しの会話には、情報の一方通行や相互交流の断絶が生まれやすくなる。
第二に、対面コミュニケーションでは、ヒトとヒトが物理的に近い距離にいて相互理解を図るため、相互に共感力が働き信頼関係を築くことが容易になる。例えば、新しいビジネスプランをチームで構築する際、働き手の役割や貢献などは事前に明らかではないため、ある働き手は十分に働かないかもしれない。対面で会話してチームの信頼関係や、やる気を醸成することで、特定の働き手だけ努力を怠るといった事態を防ぐことができる。一方、すでにある程度は進行しているビジネスプロジェクトは、各メンバーの役割や進捗状況が明らかなため、緊密な対面会話を必要としない。コロナ禍で突然始まったリモートワークでも大きな支障がないと考える企業や働き手は、こうしたプロジェクトを想定しているかもしれない。しかし長期的にみれば、支障がないと考える企業や働き手でも、新しく信頼関係をチームで構築する新規プロジェクトでは、リモートワークの支障に直面するであろう。
第三に、対面コミュニケーションはビジネスに資する交流関係を選別して築くことに適している。例えば、ビジネスに有益な知識や技術、資金を持つビジネスパートナーは、ビジネスの成功にとって重要である。誰がこうした資産を持っているのか、インターネットの掲示板に情報があるわけではないため、ビジネス交流会などにおいてヒトと対面で交流することで、有益な交流関係を選別することができる。さらに、対面コミュニケーションを通して、自らが所属する社会や組織の規範や価値観を学習することができる。社会の一員という帰属意識や社会性は、家族や学校、企業といった場所における対面交流を通じて培われる。一方、オンライン会議に多くの人数が参加することで、このような状況を作り出すことも技術的には可能であろう。しかし、画面越しの映像だけでは、他人がどのように行動しているのか詳細に観察することは難しく、社会規範の学習には適していない。
対面コミュニケーションのエビデンス
ここまで、出社勤務による対面コミュニケーションがなぜ重要なのか、理論的な仮説を説明してきた。次に、こうした仮説を支持するエビデンスがあるのか、議論したい。
はじめに分かりやすい事例を紹介しよう3。グーグルの副社長として大活躍したマリッサ・メイヤーは、2012年にヤフーCEOに就任して事業の立て直しに取り組んだ。その施策の一つとして、在宅勤務で働いていたヤフー社員に対して、オフィス勤務をするか、会社を辞めるかの選択を迫った。社員に宛てたメールでは、以下のように出社勤務による緊密な協働の重要性を指摘している。
「最高の仕事をするためには、コミュニケーションと協働が重要であり、我々は近くで仕事をする必要がある。そのためには、みんながオフィスにいることが不可欠だ。もっとも重要な決断やアイデアが生まれるのは、廊下やカフェテリアでの議論、新しい人との出会い、唐突に始まるチーム会議である。在宅勤務をしていると仕事のスピードとクオリティが犠牲になってしまうため、これからは同じ場所で働いていく必要がある。」
リモートワークがもっとも容易に導入できる有名IT企業においてさえ、仕事の生産性を向上させるために、出社勤務による対面コミュニケーションを重要視していることが分かる。しかしながら、一つの事例だけで仮説の妥当性を判断するのは無理がある。そこで統計データを活用して、対面コミュニケーションの効果を検証した論文を紹介したい。
例えば、Battiston, Vidal, and Kirchmaier (2017)4は、イギリスのグレーターマンチェスター警察の緊急通報データを分析している。緊急通報を受け付ける担当者は、事件の概要をシステムに入力して、次にオペレーターがその情報を活用して現場に向かう警察官を手配する。通報受付担当者とオペレーターが同じ部屋にいるケースと、違う部屋で仕事をしているケースを比較して、同じ部屋で会話ができる緊急通報では、現場に向かう警察官の手配がより迅速になることを実証している。緊急通報の内容を入力して伝達するよりも、対面で意思疎通を行い複雑な情報を処理したほうが、チームの生産性が高まることを統計的に示している。
次に、Lee, Brownstein, Mills, and Kohane (2010)5は、ハーバード大学の研究者による生命科学に関する学術論文データを分析している。1999~2003年に出版された総数3万5000の学術論文から、著者のオフィス位置情報と論文引用回数の相関関係を計測して、共著者のオフィスの位置が近いほど、論文の平均引用回数は増えることを示している。学術論文の引用回数は、複雑で大規模な協働研究の成果の指標であり、共著者が物理的に近いほど成果が高まることを示している。例えば、共著者のオフィスが違う都市、同じ都市、同じ建物にあるケースを比較して、同じ建物にオフィスがある共著者の論文は、平均的にもっとも多く引用されている。つまり、同じ建物であれば対面で頻繁に会話することが容易なため、仕事の質が高まることを示唆する興味深いエビデンスである。
企業の集積効果
対面コミュニケーションの重要性は、働き手の能率向上だけにとどまらない。企業の視点からも、対面コミュニケーションが容易になる企業の集積地では、生産性やイノベーション、雇用創出が促進される、というエビデンスがある。もちろん企業がある地域に過剰に集積すると、オフィス賃貸料や住宅価格が高騰し、道路や鉄道の混雑もひどくなるため、企業の集積はマイナスの経済効果も生む。それに対して経済学では、企業の集積は差し引きでプラスの効果を生むのか、世界中の国や産業を対象とした膨大な実証研究が蓄積されている。そして多くの研究結果は、プラスの効果が高いことを示している6。
モレッティ(2014)7は、米国を中心とした豊富な実例や実証研究を紹介しながら、企業の集積効果がイノベーションや雇用創出に貢献し、経済全体を活発にさせることを分かりやすく説明している。例えば、シリコンバレーには新しいビジネスのアイデアを持った起業家が集まり、そうした企業を支援するために、ベンチャーキャピタルも集積している。イノベーションを起こす新興企業が成功するためには、ビジネスサービスや組織作り、起業家と支援者の連携が不可欠である。ヒトとヒトが物理的に近くにいて対面コミュニケーションを頻繁に持つことで、新しいアイデアの創造と共有、緊密なチームワークと経営の助言などが容易になる8。オンライン通信が格段に便利になった時代でも、対面コミュニケーションの重要性は強く指摘されている。
さらに企業の集積効果は、その地域内にとどまらず、その他の近隣地域にも波及効果をもたらす。例えば、Tanaka and Hashiguchi (2020)9は、カンボジアにおける企業データを分析して、雇用密度で計測した企業集積度が2倍になると、同一産業の生産性は、企業の立地する地域内では9パーセント上昇し、空間波及効果を通して他の地域全体で19パーセントも高まることを実証している。さらに、インフォーマルセクターではビジネス環境が不安定であり、取引の信頼関係を高めるために対面コミュニケーションが極めて重要となるが、こうしたセクターほど波及効果が重要である点を示している。つまり、先進国でも新興国でも、対面コミュニケーションが可能となる近距離ほど、企業や働き手がより生産的になる、という傾向がある。
リモートワークの未来
最後に、リモートワークの未来について考えてみたい。もちろん未来について推測する仮説であって、エビデンスに基づく定説ではないことをお断りしておきたい。また筆者はリモートワークと出社勤務のどちらかを推進したい意図もない。
「集積の経済」の視点からは、便利で格安のオンライン通信が普及した現代でも、リモートワークと比較した出社勤務の経済合理性は減じていない、と考えられる。一方、リモートワークは働き手にとってより柔軟性のある働き方を提供してくれ、ワークライフバランスに資する有益な技術である。すでに進行中のプロジェクトではチームワーク構築の比重が少なく、リモートワークは日々の業務に大きな支障を生まないであろう。しかしながら、同僚や顧客と対面で気軽に交わす会話から得られる「計画しない」新しい知識や人間関係は、オンライン通信では簡単に得ることができないであろう。リモートワークが企業と働き手に対して、目に見えない小さな「コスト」を毎日生んでいるとすれば、そうしたコストは時間とともに雪だるま式に増えていき、企業の競争力や働き手のスキル形成を長期的に阻害する。さらに企業や働き手のネットワークを通じて、経済成長の源泉であるイノベーション活動が低迷するかもしれない。
新しい技術の視点から、リモートワークで働き手が独立してできる単純な業務は、新しい発想やチームワークを必要としないのであれば、人口知能やロボティック・プロセス・オートメーションといった情報技術に代替されて、リモートワークによる働き手の雇用が失われるかもしれない。例えば、ファンドマネージャーによる株式売買の業務は、自宅のリモートワークでも問題なくできるという記事があったが、そもそもファンド運用の方針を決めてあとは自動売買プログラムで代替できるのではないだろうか。また、モレッティ(2014)は、グローバル化と技術進歩によって、「結局、人間にしかできない仕事が残る」と指摘している。プログラミングやWebデザインといったリモートワークでできる業務が、新しい技術に代替される未来が来るかもしれない。

写真の出典
- David Graham, This is David Graham’s home office(CC BY-SA 4.0).
著者プロフィール
田中清泰(たなかきよやす) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門は国際経済学、開発経済学。最近の著作は、"Agglomeration Economies in the Formal and Informal Sectors: A Bayesian Spatial Approach" (with Yoshihiro Hashiguchi) Journal of Economic Geography, Volume 20, Issue 1, pp. 37-66, 2020、"Do International Flights Promote FDI? The Role of Face-to-face Communication" Review of International Economics, Volume 27, Issue 5, pp.1609-1632 2019、など。
注
- 銀行の現金出入金や駅の改札業務といった単純な反復作業の仕事は、機械ですでに代替されており、こうした仕事もリモートワークの対象から除外できる。
- Storper, M., and A. J. Venables. 2004. "Buzz: face-to-face contact and the urban economy."Journal of Economic Geography, 4 (4), 351-370.
- 出社勤務を重視した日本企業の事例として、2020年6月18日付け日本経済新聞のキーエンスに関する記事を参照。
- Battiston, D., J. B. i Vidal, and T. Kirchmaier. 2017. "Is distance dead? face-to-face communication and productivity in teams." CEP Discussion Paper No 1473.
- Lee, K., and J. S. Brownstein, R. G. Mills, and I. Kohane. 2010. "Does collocation inform the impact of collaboration?" PLOS ONE, 5 (12): e14279.
- 例えば次の文献を参照。Combes, P., and L. Gobillon. 2015. "The empirics of agglomeration economies." In: G. Duranton, J. V. Henderson, and W. C. Strange (eds.) Handbook of Regional and Urban Economics, vol. 5, pp. 247-348. Amsterdam: Elsevier.
- エンリコ・モレッティ(2014)『年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学』プレジデント社。
- ブラジルのリオデジャネイロにおける零細事業者に対する事業登録支援では、オンライン通信では知識のみ伝わり、対面コミュニケーションは知識伝達とともに実際に登録行動が促されることが、実験で示されている。Zucco, C., and A.-K. Lenz, R. Goldszmidt, and M. Valdivia. 2020. "Face-to-face vs. virtual assistance to entrepreneurs: evidence from a field experiment in Brazil." Economics Letters, 188, 108922.
- Tanaka, K., and Y. Hashiguchi. 2020. "Agglomeration economies in the formal and informal sectors: a Bayesian spatial approach." Journal of Economic Geography, 20 (1), 37-66.
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