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2024年インドネシアの十大ニュース
Indonesia’s Top 10 News of 2024
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002001289
アジ研・インドネシアグループ
Indonesia Study Group, IDE
2025年3月
(5,625字)
アジア経済研究所では、インドネシアを研究対象とする研究者が毎週集まって「先週何が起きたか」を現地新聞・雑誌などの報道に基づいて議論する「インドネシア最新情報交換会」を1994年から続けています。毎年末には、その年のニュースを振り返って、私たち独自の「十大ニュース」を考えています。
今年も、アジ研・インドネシアグループの考える「2024年インドネシアの十大ニュース」を発表します。
1位 大統領選・議会選が同日に実施される
2月14日に大統領選挙と議会(国会上下院と地方議会)選挙が同日に実施された。10月にジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領が2期10年の任期を満了するため、2024年の大統領選は新政権を選択する選挙だったこともあって有権者の関心も高く、大統領選の投票率は史上最高だった2019年に迫る81.5%を記録した。
3組の候補者によって争われた大統領選では、プラボウォ・スビアントとギブラン・ラカブミン・ラカの正副大統領ペアが得票率58.6%で圧勝した。任期末まで高い支持率を維持したジョコウィ大統領の実質的な支持を獲得してジョコウィ人気を取り込むことに成功するとともに、「好々爺イメージ」を前面に打ち出した選挙戦略が奏功して若者世代から強い支持を獲得したことが勝因である(世界を見る眼「2024年インドネシアの選挙特集」の記事──「第3回 なぜプラボウォは圧勝できたのか?」──参照)。
一方、国会選挙では、前回から得票率を2.6ポイント減らしたものの闘争民主党(PDIP)が第1党の座を死守した。議席獲得のための最低得票率4%を上回った8政党(前回から1減)のなかに新党は含まれておらず、各党の得票率も前回とほぼ変わらなかった。議会選の結果は、1998年の民主化後の選挙で最も変化の少ないものだった。(川村晃一)
2位 プラボウォが大統領に就任、新内閣が発足
10月20日、プラボウォが第8代大統領に就任した。同日夜には新内閣の陣容が発表され、国旗にちなんで「紅白内閣」と命名された。政権発足前に連立与党が主導して法改正がなされ、大統領の判断で自由に省の数を増やせることになったことを受け、省の数は34から48に増加した。さらに、大臣級ポストに5人、副大臣に56人、大統領特別顧問や大統領直属の政府機関の正副長官などに27人が任命された。合計すると、政権発足直後の政治任用は136人にのぼった。
現地メディアが「肥満内閣」と揶揄するほど内閣が肥大化したのは、政権を支える政党連合が巨大化したためである。大統領選時の政党連合だけでは議会の過半数をおさえられず、選挙後の連立工作によって与党連合は81%の議席を確保することに成功したが、政権に参加する政党の数は13に膨れ上がった。
大統領選で支援を受けたことを反映してジョコウィ前政権の主要閣僚が多く留任した一方、大統領周辺のポストには国軍出身のプラボウォの側近が充てられるなど、国軍出身者が17人も入閣したのもこの内閣の特徴である。(川村晃一)
3位 プラボウォ政権の経済政策に独自色
政権発足後、プラボウォ大統領は矢継ぎ早に「大衆迎合的な」政策を打ち出している。大統領就任の半月後には、農業、プランテーション、畜産、漁業、その他の中小零細企業の不良債権を帳消しにする政令を制定した。11月末には最低賃金の引き上げを自ら発表したほか(10位の項を参照)、2025年1月1日から12%に引き上げられる予定だった付加価値税も国民の反発を受けて対象を奢侈品だけに限定した。選挙公約の目玉だった「無料栄養食プログラム」は、幼児や妊婦、授乳中の母親も対象となるが、まずは幼稚園児から高校生までの60万人に対して1月6日から26州で開始された。同じく選挙公約となっていた低所得者向け「年間300万戸住宅供給プログラム」は、大統領の実弟ハシム・ジョヨハディクスモがタスクフォース長としてカタールや中国からの投資を呼び込みながら進められている。また、シンガポールの政府系ファンド・テマセクをモデルに、資産総額は9000億ドル以上ともいわれる資産運用機関ダナンタラを政権発足にあわせて設置しようとしたが、国営企業相が反対したことや準拠法の整備に時間がかかることから、年内の設置は見送られた。(濱田美紀)
4位 全国すべての自治体の地方首長選挙が初めて同日に実施される
11月27日、史上初めて全国で同時に地方首長選挙が実施された。対象となったのは、37の州と508の県・市を合わせた計545の地方政府である。中ジャワ州、西ジャワ州、東ジャワ州などの主要州をはじめとする26の州で、大統領選挙後にプラボウォ支持を表明した政党を含む与党連合「先進インドネシア連合(KIM)プラス」が擁立した候補者が勝利し、中央政府と地方政府の連携を強化する基盤が整った。一方、ジャカルタ特別州では、KIMプラスが擁立したゴルカル党のリドワン・カミルを、闘争民主党が単独で擁立したプラモノ・アヌンが接戦の末破って当選した。当初ゴルカル党はリドワンの西ジャワ州知事再選を望んでいた。しかし、ジャカルタで人気のある前州知事アニス・バスウェダンに勝てる候補者として、ジョコウィはゴルカル党の党首をすげ替えてまで、リドワンをジャカルタで立候補させた。また、アニスの擁立に動いていた福祉正義党をリドワン陣営へと引き込み、アニスに立候補を断念させた。そうした強引な政治手法が、政治リテラシーが比較的高いジャカルタの有権者の反発を買ったとみられる。(水野祐地)
5位 憲法裁違憲判決と市民デモによる地方首長選法改正の阻止
地方首長選挙では、任期を終えるジョコウィが、次男カエサン・パンガレップ(29歳)を中ジャワ州知事選に立候補させ、政治的影響力を保とうとした。カエサンは地方首長選挙法が定める州知事選の立候補要件である30歳に達していなかった。これをめぐり、5月29日、最高裁判所は就任時に30歳に達していれば出馬が可能とする判決を下した。しかし、8月20日、法律の合憲性に関する最終決定権を持つ憲法裁判所が、出馬時に30歳を要件として維持する決定を下した。翌21日、国会が憲法裁の決定を無視し、最高裁の判断に沿って地方首長選挙法の改正を進めようとしたところ、22日には学生や市民運動・労働運動の活動家が主導し、憲法裁の判決を守るよう求める大規模な抗議デモを全国各地で組織した。こうした強い反発を前に、国会は同日午後、地方首長選挙法の改正案を撤回した。
また、同じ日の判決で、地方首長選における政党の候補者擁立要件が緩和された。従来は、当該地方議会選挙で得票率25%以上もしくは議席占有率20%以上の政党・政党連合にしか候補者擁立権が与えられなかったが、州および県・市の登録有権者数に応じて6.5%〜10%以上の政党・政党連合にも擁立権が与えられることになった。大統領選挙後にプラボウォ支持を表明した政党を含む与党連合「先進インドネシア連合(KIM)プラス」が各地で候補を擁立することで、選挙の競争性が損なわれる懸念があったが、憲法裁の判決はこの状況を是正する狙いがあった。特にジャカルタでは、闘争民主党がプラモノを単独擁立できるようになり、KIMプラスとジョコウィが支援する候補に勝利した(詳細は4位の項を参照)。(水野祐地)
6位 プラボウォ大統領が積極外交を展開
ジョコウィ前大統領が「外交嫌い」だったのとは対照的に、幼少期に海外で暮らした経験の長いプラボウォ新大統領は、英語など複数の外国語が堪能で、「外交好き」とみられている。大統領就任前の半年間に国防相として20カ国を訪問したプラボウォは、政権発足直後にも中国、アメリカ、アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議の開催国ペルーを訪問、その後20カ国・地域(G20)首脳会議の開催国ブラジルから大西洋を渡りイギリス、そのまま東回りでアラブ首長国連邦(UAE)を経由して帰国という長期の外遊をこなした。
外交好きなプラボウォが自ら外交を主導しようとする姿勢は、伝統的に外務官僚が就任してきた外相ポストに陸軍出身でプラボウォの私設秘書を務めたグリンドラ党の政治家スギオノを任命した点に表れている。その変化は、政権発足直後にBRICSへの加盟を表明するという政策変更につながった。
ただし、伝統の「全方位中立外交」の原則に変化はなさそうである。政府はBRICS加盟の意思を表明した一方で、2023年に表明した経済協力開発機構(OECD)への加盟手続きを2024年に正式に開始したし、9月には環太平洋パートナーシップに関する包括的・先進的協定(CPTPP)への加入手続きも始めた。こうした動きからは、国益のためであればどの国とも付き合うし、どの多国間協力の枠組みにも参加するという姿勢が垣間見える。「千人の友人でも少なすぎる、ひとりの敵でも多すぎる」と述べた大統領就任演説の言葉を地で行くような「全方位緊密外交」が展開されている。(川村晃一)
7位 プラボウォの安全保障外交も「全方位緊密」へ
大国と距離をとることで中立性をアピールしてきたインドネシア外交が、プラボウォ大統領の下で、各方面との距離を縮める方向に変わった。この「全方位緊密」への変化が、プラボウォの安全保障外交にも色濃く表れた。
最も注目すべきは、ロシアとの初めての二国間演習の実施である。11月4~8日、両国海軍はジャワ海で計7隻の艦船による合同演習を行った。プラボウォは7月に国防相として訪ロし、プーチン大統領と関係強化を確認していた。
中国との関係でもプラボウォは一歩踏み込んだ。11月9日のプラボウォ=習近平会談後の共同声明は、二国間協力の柱に安全保障を加え外務・防衛閣僚協議を設けること、「重複する海域での共同開発について重要な共通理解に達した」ことを明記した。だが後者は南シナ海における中国の領有権主張を認めるものと国内で厳しく批判され、インドネシア外務省が我が国の主権には何ら影響なしとの釈明に追われた。
西側諸国ではオーストラリアと11月13~16日に二国間演習が行われた。プラボウォは8月に訪豪し、同月末に包括的なイ豪防衛協定に調印していた。恒例のアメリカとの軍事演習は参加国をさらに拡大して実施された。(佐藤百合)
8位 イスラーム過激派組織ジュマー・イスラミヤ(JI)が解散
2002年のバリ島爆弾テロ事件を主導したインドネシアのイスラーム過激派テロ組織、ジュマー・イスラミヤ(JI)が、6月30日に解散を宣言した。JIは、9・11同時多発テロを指揮したウサーマ・ビン・ラーディン率いるアル・カーイダと過去に協力関係を持っていた。2008年からは、パラ・ウィジャヤント最高指導者の下で、暴力を手段として放棄し、インドネシア社会のイスラーム化を進めるための宣教活動や教育活動に注力するようになった。オーストラリアやアメリカの支援を受けた国家警察の対テロ特殊部隊Densus 88は、2019年にパラを逮捕し、その後の捜査でJIの構成員が大幅に増加していたことが発覚したため、取り締まりを強化した。これを受けてJI指導部は、残りのメンバーを守り、教育施設などの資産の差し押さえを防ぐため、2022年から解散に向けて警察と交渉を進めてきた。(水野祐地)
9位 新首都予定地ヌサンタラで初の独立記念式典が開催される
8月17日、79回目の独立記念式典が東カリマンタン州に建設中の新首都ヌサンタラ(IKN)で初めて開催され、2019年より首都移転を構想してきたジョコウィの悲願がひとまず達成された。式典はジャカルタと同時に開催され、ヌサンタラ会場の式典はジョコウィ大統領とプラボウォ次期大統領が主催し、一部閣僚と来賓ら約1300人が出席した。一方、ジャカルタの式典にはマアルフ・アミン副大統領やジョコウィの息子で次期副大統領のギブランらが出席した。
ただし、建設の遅れから2024年中の移転開始という計画は実現しなかった。6月3日には、土地問題などの対処法をめぐってジョコウィと対立したヌサンタラ首都庁(OIKN)正副長官が辞任した。8月12日には初の閣議がヌサンタラの新しい大統領官邸で行われ、10月に発足するプラボウォ新政権でも移転事業を継続することが確認された。庁舎建設などの進捗に遅れが目立っているが、プラボウォは2028年8月からヌサンタラで執務を開始すると発言している。なお、ヌサンタラが正式な首都となるのは、今後、大統領決定が発せられてからになる。(土佐美菜実)
10位 雇用創出法への条件付き違憲判決と最低賃金の引き上げ
10月、憲法裁判所が雇用創出法の一部条項に対して条件付き違憲判決を下した結果、業種別最低賃金が復活したほか、最低賃金計算式の解釈が変更された。この判決をふまえて、11月、プラボウォ大統領は2025年最低賃金の平均6.5%の引き上げを決定したが、背景には中間所得層の減少や購買力の低下に対する政府の懸念がある。
中間所得層の減少や購買力低下は、新型コロナ感染症の拡大をきっかけとした雇用環境の悪化に伴うものとされる。2024年の失業率はすでにパンデミック前の水準を下回ったが、就業者の多くはインフォーマル・セクターで働いている。製造業部門をみると、その被雇用者数は2019年の水準を回復しておらず、10月には繊維産業大手スリテックス社の破綻が伝えられるなど、同部門の低迷が特に懸念されている。中国から繊維製品などの違法輸入が増えていることにその要因を求める指摘もあり、政府の輸入規制策に対する批判が出ている。
10月の憲法裁判決は2年以内に新労働力法を制定することも求めている。労働市場に大きな影響を与えることになる法案の今後の行方が注目される。(東方孝之)
写真の出典
- すべて川村晃一撮影
執筆者(執筆順)
川村晃一(かわむらこういち)アジア経済研究所海外調査員
濱田美紀(はまだみき)アジア経済研究所開発研究センター
水野祐地(みずのゆうじ)アジア経済研究所地域研究センター
佐藤百合(さとうゆり)アジア経済研究所名誉研究員、国際交流基金理事
土佐美菜実(とさみなみ)京都大学東南アジア地域研究研究所 社会共生研究部門 助教
東方孝之(ひがしかたたかゆき)アジア経済研究所地域研究センター