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2022年インドネシアの十大ニュース
Indonesia’s Top 10 News of 2022
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053617
アジ研・インドネシアグループ
Indonesia Study Group, IDE
2023年2月
(10,126字)
アジア経済研究所では、インドネシアを研究対象とする研究者が毎週集まって「先週何が起きたか」を現地新聞・雑誌などの報道に基づいて議論する「インドネシア最新情報交換会」を1994年から続けています。毎年末には、その年のニュースを振り返って、私たち独自の「十大ニュース」を考えています。
今年も、アジ研・インドネシアグループの考える「2022年インドネシアの十大ニュース」を発表します。
1位 刑法典が改正される
12月6日、国会は刑法典(KUHP)の改正案を全会一致で可決した。現行の刑法典は、1915年にオランダ植民地政府が制定したものを、独立直後に最低限の修正を加えただけでそのまま適用してきたものであった。そのため、植民地遺制でもある現行の刑法典を改正し、インドネシア人自身の手による新しい刑法典を制定することは、政府や法曹関係者にとって悲願であった。2019年9月には国会本会議で採決直前にまで至ったが、市民団体などの強い反対から審議はいったん見送られた。その後、政府は批判が寄せられた条文の修正を行うとともに各地で公聴会を開くなど、法案成立に向けた環境を整備してきた。それでも市民団体や報道機関などは法案の一部に反対したが、政府と国会は、批判には十分応えたとして採決を強行したのである。
この刑法典改正は、海外メディアでも大きく取り上げられた。海外で関心を呼んだのは、婚姻外にあるカップルの性交渉や未婚のままの同居が禁止された点であった。ただし、これらの容疑を通報できるのは配偶者や子どもなど近親者に限られるため、滞在や観光で訪れる外国人に大きな影響が出ることはないとみられる。一方、国内では、プライバシーの侵害という点よりも、慣習法に則って生活している少数民族の人々の存在や貧困層のカップルが公的な婚姻届を出さないまま夫婦として生活している状態を無視している問題点が指摘されている。
これらの条文以上に国内で批判の声があがったのは、市民的自由の制限につながりかねない規定が盛り込まれた点であった。建国5原則パンチャシラに反する思想の禁止、正副大統領に対する名誉毀損罪、政府・国家機構に対する侮辱罪、偽情報の拡散に対する罪、デモの事前届出制などは、政府による恣意的な運用により思想、表現、報道の自由などが侵害される恐れがある。このほか、「社会に生きる法にもとづく罪」に関する条項が設けられ、慣習法において禁止される行為が刑罰の対象となることが定められた。この条文についても、慣習法という名の下で女性や弱者に対する差別的な地方条例などが制定されることにつながりかねないとの懸念が示されている。
ただし、刑法というきわめて専門的事柄であるため、国民の間で問題の所在が十分に理解されているとはいえず、強い反発の声はあがっていない。他方で、アメリカやオーストラリア、国連からは基本的人権の軽視であるとの懸念が示された。同法の成立に反対していた国内の市民団体などは違憲審査請求の意向を表明しており、施行までの間に憲法裁判所でどのような法的判断が下されるのかが注目される。今後2年以内に実施規定が制定された後、制定日(大統領が署名した2023年1月2日)から3年後に新しい刑法典が施行されることになっている。(川村晃一)
2位 G20議長国として首脳宣言の採択に奔走
11月15~16日、バリ島で20カ国・地域(G20)首脳会議が開催され、悲観論が大勢を占めていたG20首脳宣言のとりまとめを、インドネシアは議長国として成し遂げた。
2月24日にロシアのウクライナ侵攻が始まると、G7とロシアを含むG20では、G7メンバーからロシア排除の動きが強まる一方、中国などはそうした動きを非難した。結果として、G20の各種大臣会合は共同宣言を一度も出せなかった。
議長国インドネシアの姿勢は終始一貫していた。それは、すべてのメンバーを招待する、排除や制裁は問題を解決しない、G20はそもそも世界経済を議論する場だ、というものである。ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領は6月、まずドイツでG7サミットに参加し、ウクライナの首都キーウでゼレンスキー大統領と会談した後、その足でロシアの首都モスクワに飛んでプーチン大統領と会談、いずれの場でもG20首脳会議への参加を呼びかけた。プーチンとの会談では穀物と肥料の輸出正常化で合意した。紛争当事者である両国トップを直接訪問したのはアジアの首脳としては初めてであり、国内世論は「平和の架け橋」としてこれを高く支持した。
大統領を筆頭に政府一丸となった準備を経て、東南アジア初のG20首脳会議は「共に回復する、より強く回復する」をテーマに開催され、ウクライナ問題、食料・エネルギー問題、気候変動、国際保健、デジタル移行などのテーマが討議された(ブラジル、メキシコ、ロシアは外務大臣が代理出席。ゼレンスキー大統領はビデオ演説)。
G20バリ首脳宣言は「ほとんどのメンバーはウクライナにおける戦争を強く非難」すると明記しつつ「他の見解および異なる評価があった」と併記してロシアの了承をとりつけ、採択にいたった。同時に、国際法、国際連合憲章、国際人道法の遵守を強調し、「核兵器の使用またはその威嚇は許されない。(中略)外交・対話が極めて重要である。今日の時代は戦争の時代であってはならない」と紛争関係者すべてにクギを刺した。52項目からなる同宣言には、パンデミック基金の創設、「バリ・コンパクト」「バリ・エネルギー移行ロードマップ」、発展途上国のための強靭性・持続可能性トラストなどが盛り込まれ、361の協力案件リストが添付された。
インドネシアは、対立が先鋭化するウクライナ侵攻後の国際場裡において初めて国際的首脳宣言の採択を実現させ、同国の外交原則である「自由積極外交」にもとづいた中立外交の力と発展途上地域の代表としての存在感を世界に示した。同時に、自国の脱石炭火力発電に対する巨額の国際的支援をG20の場でとりつけるというしたたかさも見せつけた(第4位の項目参照)。(佐藤百合)
アメリカのバイデン大統領、欧州連合(EU)のウルズラ・フォン・
デア・ライエン欧州委員会委員長(2022年11月16日)
3位 パプアと西パプアの州分割が急遽実施され、4州が新設される
パプアに新しい州が4つ誕生した。南パプア州、中パプア州、山岳パプア州、そして南西パプア州である。これによって州の数は全国38州となった。
4州の設置は2021年7月のパプア特別自治法改正を機に大きく動きだした。この時、パプア地域における自治体の新設について、中央政府や国会の主導で進めることを可能にする条文が盛り込まれたのである(「2021年インドネシアの十大ニュース」参照)。現地社会の代表者からなるパプア人民評議会(MRP)や州知事らはこれらの条項を含む法改正を一方的であると強く非難し、同法の違憲審査を憲法裁判所に請求した。しかし、4月12日に国会は憲法裁判所からの判決を待たずに南パプア州、中パプア州、山岳パプア州をパプア州から分立させて新設するための3法案を上程することを決めた。
6月21日、国会第2委員会は3法案の審議に向けて作業部会を設置し、州知事、MRP議長らパプア地域の代表者や住民を招いた公聴会を開催するなど、審議を急ピッチで進めていった。これは直近の6月30日に開催される国会本会議での法案採決に狙いを定めた強行スケジュールであった。そして、3州の設置法案は予定どおり国会で可決されたのである。作業部会が発足してからわずか9日後のことであった。
さらに、その1週間後には南西パプア州を西パプア州から分立する法案の上程が国会で決定され、11月17日には南西パプア州の設置法案が成立した。
11月11日にはパプア州、中パプア州、山岳パプア州が、12月9日には南西パプア州が正式に発足し、各州の知事代行が任命された。各知事代行は予算策定や行政組織の構築など、自治体行政の本格稼働へ向けた準備を進めていくことになる。
こうした一連の立法プロセスに対しては、住民の要望を適切に吸い上げておらず、地元の利益を無視したものであるとして、現地の代表者や有識者など各方面から問題を指摘する声が相次いだ。通常、新しい自治体を設置する場合には、地方行政法により3年間をその準備期間として設けることになっているが、この4州はパプア特別自治法にもとづき即座に設置された。そのかわりに、各州設置法の定めにより中央政府が3年間、自治体行政への支援を行う。異例づくしの州分立には、中央政府によるパプア地域の統制強化という意図が見え隠れしている。(土佐美菜実)
図 州が分割され4州が新設されたパプア
4位 脱石炭発電への動きが加速
温室効果ガス排出量で世界10位以内に入るインドネシアは、石炭火力発電所が電力供給に占める割合が6割と高く、石炭利用の動向が注目されてきた。2021年に国営電力会社PLNが2055年までに石炭火力発電所を段階的に廃止することを表明したものの、10月に発表された電力供給事業計画(RUPTL)2021〜2030年では新規にジャワ島以外の外島地域で石炭火力発電所を建設する計画も残されていた。
一方、インドネシアは国際社会では石炭火力発電を削減する方向性を打ち出してきた。2021年の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、「石炭火力発電に関する共同声明」のなかで、国際的な支援を得ることなどを条件に石炭火力発電削減への支持を表明していた。2022年に入り、その動きが実現に向けて進展した。
9月に制定された「電力供給のための再生可能エネルギー開発加速に関する大統領令2022年第112号」では、PLNの電力供給事業計画に含まれていた送電線網に接続する新規石炭火力発電所建設の停止、既存の石炭火力発電所を早期に閉鎖するロードマップの策定、自家発電石炭火力発電所の開発制限を含む内容であった。この大統領令の策定は、国際資金の獲得による石炭火力発電の削減の実現に道筋をつけることにつながった。
インドネシアが議長国を務めたG20の場では、この大統領令の実施などを条件として、「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」という枠組みのもと、日米を含む有志先進国が、インドネシアに公的・民間資金を含む200億ドルを拠出することが公表された。石炭火力発電所の閉鎖を進める施策を含め、電力部門の二酸化炭素排出量を削減することを目標にする。施策を行わない場合と比べて、電力部門からの排出量を低い水準に抑え、2030年でピークアウトした後、2050年までにネットゼロを達成する計画の策定とその実施を支援する。JETPは、世界銀行にある気候投資基金の「石炭からの移行促進投資プログラム」とアジア開発銀行の「エネルギー移行メカニズム(ETM)」の支援も行う。G20では、アジア開発銀行がETMの枠組みで、石炭火力発電所の早期閉鎖を支援するため2.5~3億ドルの資金を拠出することも発表された。ジョコウィ大統領は、インドネシアは国際支援によってグリーン経済への移行を果たすことを表明した。(道田悦代)
5位 輸出規制の動きが強まる
2022年前半、政府は一次産品の国内供給不足への対応に追われた。まず、国内発電用の石炭不足を理由に、政府は2021年12月31日付で、年明けから1カ月間の石炭禁輸を突然発表した。背景にあったのは、海外での需要増による内外価格差の拡大である。収益増を目的に、現地採掘企業が国内への供給義務を果たさないまま輸出を増やしており、これが石炭不足を招いたとされる。ただしその11日後には、備蓄に一定の目途がついたとして、国内供給義務を履行した企業から輸出が認められた。
次に規制対象となったのは、国内食用油の原料であるパーム油であった。国際市場でのパーム油価格に追随して、国内食用油の価格は2021年後半から大きく上昇していた。2022年に入ると、政府はパーム油企業に国内供給義務を課し、食用油には小売上限価格を設定するなど、規制策を矢継ぎ早に打ち出したが、かえって小売市場での品不足をもたらした。そこへウクライナ戦争勃発によるパーム油の海外需要増が追い打ちをかけた。すると3月半ば、政府は一転してこれまでの規制を撤廃し、引き上げられたパーム油輸出税を原資に、伝統市場向けに補助金付き食用油を供給する政策を導入した。この政策転換後、小売店には商品が並ぶようになったとみられるが、食用油の市場価格は高騰した。
4月に入ると、政府は貧困層・露天商向けの現金給付を開始し、価格高騰の影響緩和につとめていたが、22日、ジョコウィ大統領は国民の基本的ニーズを満たすためとして、28日以降の食用油と同原料の禁輸方針を発表した。その実施直前にはパーム原油も禁輸されることが決まり、市場の混乱を増幅させた。国際市場ではパーム油価格が上昇したほか、国内ではパーム生果房の価格が下落し、農家らがデモを起こした。この禁輸措置は、食用油価格が一定水準に落ち着くまで継続されるとの説明であったが、5月23日、国内需要を満たす供給が確保されたとして解除された。併せて国内供給義務の再導入も決定された。
他方で、これら一時的禁輸措置とは別に、政府は未加工鉱石の禁輸政策を進めている。2020年には前倒しでニッケルの禁輸および国内での加工・精製義務を導入したが、10月17日、世界貿易機関(WTO)の小委員会は、この禁輸措置はGATT(関税および貿易に関する一般協定)条項に違反する、として提訴していた欧州連合(EU)の主張を認める最終報告書を提出した。政府はWTO上級委員会への申立てを決定したが、現在、同委員会は機能停止状態にあり、最終的な裁定までは時間を要する見込みである。
ジョコウィ大統領は、このWTO裁定にもかかわらず、2023年6月にはボーキサイト、2024年にかけて銅や錫の輸出も禁止する方針を表明している。EUとは包括的経済連携協定交渉のなかで解決策を探るともみられ、今後の政府の対応が注目される。(東方孝之)
6位 金融オムニバス法が成立
金融部門発展・強化に関する法案が12月15日に国会で可決された(2023年1月13日に法律2023年第4号として公布)。27章341条からなる同法は、金融分野に関連する17の法律を一括して改正する「オムニバス法」の形式が採用された。
この法律には、銀行、決済、保険、資本市場など従来の金融分野に加えて炭素市場、暗号資産など新たな分野の規制も盛り込まれた。さらに、消費者保護、金融リテラシー、金融包摂、イノベーションなどの分野に関する規定も整備された。金融分野の安定を維持するために、財務省、インドネシア銀行(中銀)、金融サービス庁(OJK)、預金保険機構(LPS)が重要な役割を担う。そのため、各金融部門当局の独立性の維持を確保したうえで、金融制度の強化を図ることが強調された。この他、デジタル中央銀行通貨(CBDC)の導入や、LPSが保険会社を整理する機能の追加、金融機関の地金事業への参入、庶民信用銀行(BPR: Bank Perkreditan Rakyat)の庶民経済銀行(BPR: Bank Perekonomian Rakyat)への名称変更と地方・零細中小企業支援の拡充など、同法には数多くの改革が盛り込まれている。
法案が国会で審議される段階で大きな議論となったのは、中銀の独立性に関する条項であった。当初は2004年改正中銀法ですでに認められていた政治家が中銀の理事になることを引き続き容認することや、一時的なコロナ対策であった中銀の財政ファイナンスを恒久化することが法案に盛り込まれていたため、国内外で中銀の独立性に対する懸念が噴出した。最終的には、政治家が理事になることは認められなかったものの、財政ファイナンスに関しては、危機時には金融市場の安定化を目的に中銀が発行市場から直接国債を購入することが認められた。
独立性の問題はOJKにも生じている。OJKは政府から独立した機関として金融業界からの手数料で運営されていたが、今後は国家予算からまかなわれることになった。また、OJKの機能が大幅に強化された。OJKが監督する分野に商品先物取引監視委員会(BAPPEBTI)が担ってきた暗号資産が加わった。2年後には協同組合・中小企業省が監督する協同組合のうち金融サービスを事業とする協同組合(オープン・ループ)の監督もOJKに移管される。さらに、OJKはこの法改正によって金融分野における刑事事件を唯一捜査できる機関となった。OJKは金融部門の規制、監督、法執行に至るまでの大きな権限を持つようになったが、大きな権限は権力の乱用や汚職につながりやすいことが懸念されている。(濱田美紀)
7位 警察の不祥事が相次ぐ
警察による不祥事や市民への不適切な対応が相次ぎ、国民の耳目を集めた。
警察内部のスキャンダルとして地元メディアで連日報道されたのが、7月8日に警察高官の自宅で発生した殺人事件であった。当初は、警察高官の妻に乱暴しようとした部下が別の部下との間で銃撃戦となり死亡したとされ、警察当局も早々に事件の幕引きを図ろうとした。しかし、事件の経過について多くの不審な点が指摘され、国民の間で警察に対する批判が高まった。再捜査の結果、この事件はその警察高官自身が主導し、部下である多くの警察官が関与した計画的な殺人だったことが明らかになった。しかも、事件の背景として警察内部でのオンライン賭博への関与疑惑が浮上するなど、一大スキャンダルとして国民の高い関心を集め続けた。その後、事件の関係者は逮捕され、主犯の警察高官も懲戒免職となった。
警察に対する批判が高まったもうひとつの事件が、10月1日に東ジャワ州マラン県のサッカースタジアムで観客135人が死亡した事故である。プロサッカーリーグの試合終了直後、多くのサポーターがフィールドになだれ込んだのに対して、警備にあたっていた警察が混乱を鎮めようと催涙弾を使用した。パニックとなった約4万2000人の観客が一斉にスタジアムの外に出ようとしたが、多くの観客が狭い出口に集中したために将棋倒しとなったり、鍵のかかった出口で押しつぶされたりするなどして多くの死傷者を出すことになったのである。スタジアムでの催涙弾の使用は国際サッカー連盟(FIFA)の規定で禁止されており、現場での映像からも警察の対応が適切でなかったと、事故直後から強い批判がわき起こった。現場にいた3人の警察官が責任を問われるとともに、東ジャワ州警察本部長が更迭された。
これらの事件で警察に対する批判が高まったことをうけて、ジョコウィ大統領は、10月14日に全国の警察幹部約600人を大統領官邸に集め、警察のイメージを回復するため不正防止と事件の捜査に集中するよう訓示するとともに、派手な生活を控えるように求めた。ところが、その同じ日に、サッカースタジアムでの事件で更迭された東ジャワ州警察本部長の後任に任命されたばかりの警察高官が麻薬の違法取引で逮捕された。その後も12月に東カリマンタン州での違法石炭採掘に警察が組織的に関与していた疑惑が発覚したり、2023年初にも捜査情報の漏洩や事件隠蔽の見返りに収賄を行ったとして汚職撲滅委員会(KPK)に警察官が逮捕されたりするなど、警察の信頼回復への道のりは遠い。(川村晃一)
について捜査を要求するサッカーファン
8位 野党不在の国会で重要法案が次々と可決される
2022年には重要法案が多く可決された。年内に国会で可決成立した法案の数は32で、例年と比べてとくに多いわけではなかったが、本記事の1位にある刑法典をはじめ審議が長期に及んでいた法案が可決されたり、政府・国会が重視していた法案が短期間で成立したりしたのが特徴である。
長い審議期間を経てようやく制定されたのが、性暴力犯罪法と個人情報保護法である。性暴力犯罪法案は、2016年に審議が始まったが、イスラーム保守派による反対をうけ法案は店ざらしとなっていた。しかし、2021年後半に大学やイスラーム寄宿学校(プサントレン)内で多数の女生徒が教師から性暴力の被害にあっていたことが明らかになったことで、政府・国会への批判が強まった。世論への対応を迫られたジョコウィ大統領が1月に早期の法案成立を目指すよう関係閣僚に指示して、ようやく審議がまとまった。個人情報保護法も、2020年に法案が上程されたが、国会と政府の間で意見対立が続き、審議がまとまらなかった。2022年に政府諸機関から大量の個人情報がインターネットを通じて漏洩した事実が発覚したことで、政府と国会が法案成立の緊急性を認識し、成立にこぎ着けたものである。
他方、政府・国会が早期成立を図ったのが、首都法、改正法令制定法、パプア新州の設置法、金融部門発展強化法である。首都法は、ジョコウィ大統領が最も力を入れている首都移転の根拠となる法律であり、上程からわずか42日後に国会を通過した。2020年に制定された雇用創出法が違憲判決を下された原因ともなった「オムニバス法」(複数の法令を一括して改正する形式)を新たに規定した改正法令制定法は、上程後3カ月で成立した。本記事の3位にあるパプアでの新州設置法案も上述のようにわずかな審議期間で成立している。同6位にある金融部門発展強化法も、法案上程からわずか3カ月間の審議で国会を通過した。
第2期ジョコウィ政権では、国会議席の82%を連立与党が占めていて野党の存在感はほとんどない。しかも、ジョコウィに対する支持率の高さを反映して、連立与党内からも大統領への異論がほとんど出されない状況にある。そのため、長く可決の見通しが立っていなかった法案が大統領の一声で成立するようになったり、政権と国会の思惑が一致している法案については実質的な審議がないまま可決されたりすることが増えている。(川村晃一)
9位 8年ぶりとなる燃料価格引き上げと合計5回の利上げを実施
世界的な原材料価格の高騰は石炭やパーム油の輸出国であるインドネシアに追い風となった一方で、国内のエネルギー価格上昇という負の影響も及ぼした。2022年前半期は、石油燃料価格が政府の補助金で低く維持されていたこともあり、インフレ率は先進国やその他新興国と比較して低く抑えられていた。しかし、国際的なエネルギー価格の高騰により政府の燃料補助金および補償金負担が増大し、補助金の支出総額がジョコウィ政権下で最大規模となった。これはコロナ禍で緊急的に拡大した財政支出を2023年以降引き締めることを目標にしている政府にとって看過できない事態であった。そこで政府は9月、8年ぶりとなる補助金付き石油燃料価格の約30%引き上げを実施した。これにより9月のインフレ率は、それまでの4%台から7年ぶりの高い水準である5.95%へ急上昇した。
補助金つき燃料価格の引き上げは市民の大きな反発を買った。学生組織や労働組合だけでなく、ガソリン代が自己負担となるオンラインタクシーやバイクタクシー配車サービスの運転手も大規模な抗議運動を展開した。ジョコウィ政権の支持率も、この直後に10%ポイント近く下落した。政府は、物価上昇の緩和策として低所得者層に対する現金支給や賃金補助、公共交通機関に対する燃料補助といった施策を実施した。
金融政策においては、前半期はコアインフレ率の上昇が緩やかであったため、中銀は周辺諸国よりも遅い7月まで政策金利を据え置いた。同時に、好調な資源輸出により潤沢であった外貨準備高を使って、為替介入によりルピア安を抑えた。しかし、8月以降コアインフレ率が中銀のターゲット上限を突破し、9月の燃料価格引き上げでインフレ率が急上昇したこともあり、中銀は政策レートの利上げを8月以降あわせて5回実施した。結局、年内最後となった12月22日の利上げまでに政策金利は200ベーシスポイント引き上げられ、2019年8月以来の5.5%となった。(水野祐地)
10位 チアンジュール地震で多くの犠牲者
11月21日、西ジャワ州チアンジュール県でマグニチュード5.6の地震が発生し、甚大な被害をもたらした。
ジョコウィ大統領は22日、国家災害対策庁(BNPB)長官や西ジャワ州知事らとともに地震で発生した地すべりの現場を訪れた。また、政府は家屋が損壊した住民への支援として、被害の程度に応じて1000万ルピアから5000万ルピアを支給することを発表、12月8日には支給額の増額を決定した。
チアンジュール地方防災局(BPBD)の発表(12月30日時点)によると、この地震により602人が死亡し、5人が行方不明のままである。このほか、16万人以上の住民が避難を余儀なくされた。犠牲者には多数の子どもが含まれていた。地震が平日の日中に発生したため、多くの子どもが学校で被災し、崩れた校舎の下敷きになったことが原因とされている。(土佐美菜実)
写真の出典
- 写真1 Office of the President of the United States.(Public Domain)
- 写真2 BurningHill.(CC BY-SA 4.0)
著者プロフィール(執筆順)
川村晃一(かわむらこういち)アジア経済研究所地域研究センター
佐藤百合(さとうゆり)アジア経済研究所名誉研究員、国際交流基金理事
土佐美菜実(とさみなみ)アジア経済研究所学術情報センター
道田悦代(みちだえつよ)アジア経済研究所新領域研究センター
東方孝之(ひがしかたたかゆき)アジア経済研究所地域研究センター
濱田美紀(はまだみき)アジア経済研究所開発研究センター
水野祐地(みずのゆうじ)アジア経済研究所地域研究センター