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朝鮮民主主義人民共和国の防疫体制

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051793

2020年7月

(4,243字)

2020年初めから中国武漢での流行が知られるようになった新型コロナウイルス感染症に関して、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)保健省は世界保健機関(WHO)に対して4月2日時点で感染者なしと報告し、また、6月9日にロシアのタス通信に対しても、感染者は出ていないと発表している1。そして、平壌に駐在しているロシアのマツェゴラ大使も5月29日にタス通信に対して、朝鮮が「現時点で感染症を免れたほとんど唯一の国」であると述べている2

ここでは、これまでのところ感染者ゼロを維持することに成功している朝鮮でどのような防疫措置がとられたか、そして、防疫事業を進めている組織がどのようなものかを明らかにしてみたい。

すばやい国境封鎖

2020年1月9日にWHOが中国武漢で発生している肺炎に関する声明を出し、15日に日本での感染者が確認されると、16日には朝鮮の公式メディアである朝鮮中央テレビは中国での新型コロナウイルスに関して報道し、政府がこの伝染病に関して強い関心を示していることを印象付けた。そして、19日に韓国で感染者が確認されると、21日に朝鮮中央テレビは政府が国際機関と協力しながら対策をとっていることを発表した。そして22日から外国人の入国が禁止され、23日に平壌にある大使館や国際機関事務所に対して、外務省から職員やその家族の中国への旅行を控えるように強い要請がなされた3

朝鮮の外国との主要な旅客交通手段は平壌と北京、ウラジオストクを結ぶ飛行機と北京、丹東を結ぶ国際列車である。24日には中国国際航空の北京=平壌便が運行を停止し、朝鮮の高麗航空も2月1日の北京=平壌便を最後に平壌=ウラジオストク間を含めてすべての便の運行を停止した。国際列車も1月30日に平壌=北京間の列車が、31日に平壌=丹東間の列車が、それぞれ運行を停止し、朝鮮の外国との旅客交通手段はすべて遮断された。

写真:平壌のロシア大使館(2011年)
平壌のロシア大使館(2011年)
疑診者の隔離

外国との交通の遮断とともに、新型コロナウイルスに感染した疑いのある人に対する隔離措置が進められた。隔離の対象は1月13日以降に入国した外国人および内国人、そしてその接触者であり、1月28日から隔離措置が始まった。1月13日以降の入国者は施設で30日間の隔離となった。また、接触者に対する隔離期間は接触した日から40日間となり、自宅での隔離であったようである。さらに、外国から入る貨物に対しても10日間の消毒期間が設けられた4

朝鮮保健省がWHOに報告したところでは、4月17日時点で212人が隔離状態、2万5139人が隔離をすでに解除されていたとなっているので5、隔離措置がとられた対象者はこの合計の2万5351人であったことがわかる。また、感染如何を調べるPCR検査も4月17日までに計740件実施され、感染者はいなかったと報告されている。

人々の生活に関しては、スキー場、温泉休養地などのレジャー施設の運営停止、教育機関での学生の休みの延長などの措置がとられたことや、公共交通機関でマスクを着用していない乗客の乗車を乗務員が拒否することなどが規則で定められたことなどが報じられている6。しかし、外出の禁止や自粛などの措置はとられておらず、ほとんどの人々はほぼ通常どおりの生活をしているようである。

さらに、1~4月に平壌の官庁や社会団体の踏査団が2代目最高指導者の金正日が生まれた「革命の聖地」とされる白頭山をひっきりなしに訪問していることが朝鮮中央テレビで連日報道された。登山や合宿を伴う学習イベントは感染者がいれば大変危険なものではあるが、これが例年どおり実施されているところをみると、政府は感染者ゼロということに強い自信を持っているようである。

防疫事業の指導機関

新型コロナウイルス感染症のような外来で急性の伝染病に対して、中央集権的な非常防疫体制をとるのは今回が初めてではない。解放を迎えて間もない1946年5月から38度線の南側でコレラが蔓延した際に、「北朝鮮コレラ防疫委員会」がされ、7月から境界線や港湾の遮断、隔離所の設置、公共施設の消毒など防疫事業が展開された。南半部で患者数は1946年1~11月の集計で1万5644人、うち死者1万181人に上ったのに対して、北半部では1946年の年間を通して患者数1235人、うち死者576人に抑えることに成功した7。そして、朝鮮戦争のときも国家非常防疫委員会が組織され、軍隊を含めて防疫事業を展開した。

その後、防疫事業の重点はマラリア、ジストマ、結核といった慢性伝染病に移り、非常防疫体制がとられることはしばらくなかった。しかし、1980年代後半からエイズウイルス、エボラウイルスなど新たな病原体が出現し、WHOでも「新興・再興感染症」が1990年代から問題になってきたことで、朝鮮では非常防疫体制の経験が意識されるようになった。1997年11月5日制定、1998年12月10日修正の伝染病予防法では、第13条で、伝染病の流行状態にしたがって「非常防疫委員会」が組織されるということが定められた。非常防疫委員会は、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2005年の鳥インフルエンザ、2009年のA(H1N1)型インフルエンザ、2013年のH5N1型鳥インフルエンザ、2014年のエボラウイルス感染症、2015年の中東呼吸器症候群(MERS)、2018年のA(H3N2)型インフルエンザの流行時に設置された8

今回の新型コロナウイルス感染症に対して2020年1月24日に組織された非常防疫体制は、非常設中央人民保健指導委員会をトップにして、その執行機関として中央と地方に非常防疫指揮部を置く体系になっている。そして、実際の事業を進めているのは中央非常防疫指揮部である。

中央非常防疫指揮部は地方の各級非常防疫指揮部を指揮するとともに、中央官庁の各省や党組織などの防疫事業を統括している。事業分担に関しては、国家品質監督委員会と保健省で外国に出張に行ってきた人のリストアップや国内に入る物資に対する検査検疫、衛生防疫所と病院で感染者、疑診者の隔離、治療、消毒、保健省と都市経営省で住民に対する医学的観察および検病検診と河川の水質検査および汚水浄化の監督、社会安全省、人民保安省、人民武力省で国境と伝染病発生地域の遮断封鎖、地方の党機関や政権機関で隔離、治療のための場所や条件の確保などとなっている9

中央非常防疫指揮部の責任者には国家衛生検閲院の朴明守院長、防疫事業の進行をチェックする総合分科長に呉春福保健相が就いていることがわかっている10。国家衛生検閲院は1949年5月21日付内閣決定第59号で公共施設の衛生的条件と生活環境を日常的に検査指導する目的で保健省の下に設置されたものであるが、この第6条で、「国家衛生検閲院院長は全地域の衛生検査に関する一切の事業を統括する」と示されている。したがって、国家衛生検閲院は中央非常防疫指揮部で中心的役割を果たしているものとみられる。朴明守院長は、2009年の新型インフルエンザの流行のときに国家非常防疫委員会書記長の肩書で、2014年のエボラウイルスの流行のときに非常設国家非常防疫委員会中央指揮部常務責任者の肩書で報道機関のインタビューに応じていた11

感染者ゼロの今後

すでに、3月初めには平壌の外国公館や国際機関事務所は隔離解除され、6月初めに2カ月遅れで学校が始業するなど、防疫事業による不便さは徐々に解消されているようである。しかし、朝鮮の最高指導者金正恩は7月2日、自国の周辺での新型コロナウイルス感染症の拡がりについて触れ、気を緩めることなく防疫事業を継続すると発表した。

そこで問題になるのは、飛行機や列車などの国際旅客交通手段の運航をいつ再開するかである。感染者ゼロを達成しているのは消毒や衛生事業よりも国境封鎖に依るところが大きく、当局はその解除にはかなり慎重であろう。日本、中国、韓国で終息が見られない限り、運航再開は難しいとみられる。

写真の出典
  • Lazyhawk, Façade of the Russian embassy in Pyongyang, North Korea(CC-BY-SA-3.0).
著者プロフィール

中川雅彦(なかがわまさひこ) アジア経済研究所地域研究センター主任調査研究員。主要著書は、『朝鮮社会主義経済の理想と現実――朝鮮民主主義人民共和国における産業構造と経済管理』アジア経済研究所 2011年、『アジアは同時テロ・戦争をどう見たか』(編著)明石書店2002年、『アジアが見たイラク戦争』(編著)明石書店2003年、『朝鮮社会主義経済の現在』(編著)アジア経済研究所 2009年、『朝鮮労働党の権力後継』(編著)アジア経済研究所2011年、『朝鮮史2』(共著)山川出版社 2017年。

書籍:朝鮮社会主義経済の理想と現実

書籍:朝鮮労働党の権力後継

  1. 2020年4月8日発ロイター通信、2020年6月9日発タス通信。
  2. 2020年5月29日発タス通信。
  3. 駐朝鮮ロシア大使館Facebook 2020年1月24日。
  4. 2020年2月12日発朝鮮中央通信、『朝鮮新報』日本語版ウェブサイト2020年2月17日、2020年6月9日発タス通信。
  5. Voice of America 朝鮮語版ウェブサイト2020年4月22日。
  6. 『朝鮮新報』日本語版ウェブサイト2020年3月6日、『労働新聞』2020年3月19日。
  7. 『1948年朝鮮年鑑』ソウル:朝鮮通信社、1947年、340-341ページ、翰林大学校アジア文化研究所『北韓経済統計資料集(1946・1947・1948)』春川:翰林大学校出版部、1994年、132ページ。
  8. 『朝鮮中央年鑑』2004年版222-223ページ、2005年12月8日発朝鮮中央通信、2009年11月4日発朝鮮中央通信、2013年5月20日発朝鮮中央通信、『朝鮮中央年鑑』2015年版354ページ、『朝鮮新報』朝鮮語版ウェブサイト2015年6月14日、『労働新聞』2018年1月28日。
  9. 『労働新聞』2020年2月4日。『労働新聞』2020年3月31日。
  10. 朝鮮中央テレビ2020年2月18日。2020年6月9日発タス通信。
  11. 2009年11月4日発朝鮮中央通信。『朝鮮新報』朝鮮語版2014年11月6日。
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新型コロナウイルスと新興国・開発途上国