IDEスクエア
新型コロナ禍のなかのインドネシア(3)――新型コロナ対策予算とその財源
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052124
2021年5月
(8,500字)
はじめに――新型コロナ対策予算と汚職
2020年12月初め、インドネシアではわずか2週間足らずの間に大臣が汚職容疑で相次いで逮捕され、メディアを賑わせた。現職大臣の逮捕という事実以上に人々を驚かせたのは、2019年に権限を弱められた汚職撲滅委員会(KPK)が予想外の健闘をみせたことであろう。11月25日、汚職撲滅委員会はエディ・プラボウォ海洋・漁業大臣をロブスターの稚エビ輸出をめぐる汚職容疑で逮捕したが、そのわずか11日後の12月6日、ジュリアリ・バトゥバラ社会大臣の逮捕を発表した。社会大臣は、ジャカルタ首都圏でのコメや食用油、石鹸などの生活必需品配給事業を実施するにあたり、その調達や配給について特定企業を優遇した見返りに、キックバックとして計170億ルピア(約1.2億円1)を受け取っていたとみられる(2020年12月6日付Kompas.com)。
この配給事業は政府による新型コロナ対策プログラムの一環であった。2020年3月以降の国内での新型コロナウィルス感染拡大を受けて、政府は4月と6月の2回にわたって補正予算を組み、パンデミックがもたらした経済への負の影響の緩和と景気回復の促進を目的とした国家経済回復(PEN)2プログラムを導入した。このプログラムには総額695.2兆ルピア(約5.1兆円)が割り当てられたが、これは国家予算額の4分の1に相当する規模であった。
こうして追加的な支出を含む新型コロナ対策予算が組まれた結果、インドネシアの2020年度(1~12月)に執行された歳出総額は前年から12%増加した。その一方で、景気の悪化ならびに企業支援策として減税措置が導入された結果、歳入総額(国債発行・借款を除く)は大きく落ち込んでおり、これが財政赤字ならびに政府債務の拡大をもたらしている。
今回で3回目となる「新型コロナ禍のなかのインドネシア」では財政面に焦点を当てることにしよう。まず、インドネシアの追加的財政支出の大きさを他の国と比べてみたい。次いで、インドネシア政府が策定した新型コロナ対策プログラムの中身を簡単に整理したうえで、追加的な財政出動により膨らんだ2020年度の財政赤字や政府債務が、過去の経験と比べてどの程度の水準にまで達しているのか、また、政府がどのようにして財源を確保したのかをまとめておきたい。
図1 追加的財政支出の国際比較(GDP比、2020年)
(出所)IMF, Database of Fiscal Policy Responses to COVID-19(2021年1月版)、世界銀行、World Development Indicators(2021年4月7日アクセス)、ならびにOur World in Data(2021年4月22日アクセス)をもとに筆者作成。
新型コロナ対策のための追加的財政支出——国際比較から
今回のパンデミックの発生により、多くの国で経済への負の影響を和らげるべく追加的な財政措置がとられている。国際通貨基金(IMF)のデータをもとに他国と比較した場合、インドネシアの支出水準はどの程度の大きさだったのかを調べてみよう。
図1は、国内総生産(GDP)比でみた2020年の追加的財政支出額(2020年末時点の推計値)と、パンデミック直前の2019年時点の一人当たり所得(国民総所得)との関係をまとめたものである。図中の円の大きさは累積感染者割合(2020年末時点)に比例している。また、図では世界銀行の定義に従って、国を低所得国、低位中所得国、高位中所得国、高所得国の4グループに分け、それぞれのグループごとに追加的財政支出比率の単純平均値を計算して破線であらわしている。
図をみると、まず、一人当たり所得が大きかった国ほど追加的財政支出比率も大きくなっていることに気づく。所得グループごとに追加的財政支出比率の平均値(破線の高さ)を比較すると、低所得国と低位中所得国はそれぞれ2.7%および2.8%と同程度であったが、高位中所得国では3.3%、高所得国では6.3%となっている。
次に、2019年に新しく高位中所得国グループに分類されるようになったインドネシア——図中赤色の円——に注目してみると、その追加的財政支出比率は2.7%と低所得国の平均値に一致しており、高位中所得国の平均値を下回っている。また、他の東南アジア諸国——青色の円——との比較からは、低位中所得国のフィリピン(図中のPHL)と同程度であったこと、そして、高位中所得国に含まれるタイ(同THA)やマレーシア(同MYS)よりも低くなっていたことを確認できる。
このように、一人当たり所得水準が同程度の国と比べた場合、2020年に実施されたインドネシアの追加的な財政支出規模は小さかった様子がみえてくる。この追加的財政支出比率の違いには、パンデミックがもたらした影響の違いや、それぞれの国の事前の財政状況がもたらす借入制約などが影響しているとされる(IMF, Fiscal Monitor, April 2021)。そこで、パンデミックが経済にもたらした影響の違いを確認するべく、図1の縦軸を2020年の経済成長率に置き換えて、2019年時点の一人当たり所得水準との関係をまとめると、図2のようになる。
図2 経済成長率の国際比較(前年比、%、2020年)
(出所)IMF, World Economic Outlook(2021年4月版)、世界銀行、World Development Indicators(2021年4月7日アクセス)、ならびにOur World in Data(2021年4月22日アクセス)の資料をもとに筆者作成。
インドネシアの2020年の経済成長率はマイナス2.1%と、アジア通貨危機以来のマイナス値を記録したが、それでも高位中所得国の平均値よりも高くなっていることを図から確認できよう。ここからは、パンデミックの経済全体への影響が相対的に小さかった点に、インドネシアの追加的財政支出比率が低くなっていた一因を探ることができそうである。
ところで興味深いことに、2枚の図からは、パンデミック前に一人当たり所得水準が高かった国ほど累積感染者割合も大きくなる傾向が観察される。高所得国では単純平均で100万人あたり2.8万人、高位中所得国は同2.2万人であるのに対して、低位中所得国では同4600人程度、また、低所得国は同660人ほどである。他方で、図2からは、一人当たり所得水準が高かった国ほど2020年の経済成長率が低くなっていることも確認できる。一人当たり所得水準に代表されうる何かが高い累積感染者割合と低い経済成長率をもたらしたようであるが、それは何だったのだろうか。
ここで政治体制の違いに着目してパンデミックの短期的な影響を分析した研究(Narita and Sudo 2021)をみると、民主主義指数が高く、より民主的な政治体制を整えているとみられる国ほど、強い封じ込め政策を導入できずに、100万人あたりでみた新型コロナ感染による死亡者数が大きくなっており、また、2020年の経済成長率も低くなっていることが指摘されている。民主主義指数の高さと所得水準には正の相関関係があり、また、人口比でみた累積感染者数と死亡者数との間にも同様な関係がみられる。図2で確認される一人当たり所得水準と累積感染者割合、そして2020年経済成長率との相関関係にも、政治体制の違いが反映されている可能性があるだろう。
国家経済回復プログラム
ここで具体的にインドネシア政府が実施した財政政策をみておきたい。2020年度には2回の補正予算を経て695.2兆ルピアの国家経済回復プログラムが組まれたが、中央銀行(インドネシア銀行)や財務省の報告によれば、最終的には579.8兆ルピアが執行されたとみられる。これは歳出総額(実施額)の22%に相当する。
国家経済回復プログラムは、①保健(プログラム全体に占めるシェアは11%、以下同)、②社会保障(38%)、③中央政府機関・地方政府(11%)、④中小零細企業支援(19%)、⑤企業融資(10%)、⑥企業向け優遇措置(10%)、の6分野から構成されている。
それぞれの分野ごとにもう少し詳しく内容を確認してみると、まず、①保健分野は、新型コロナウィルスの検査や、医療部門への支援などに充てられた支出である。②の社会保障分野は最もシェアが大きくなっているが、冒頭に紹介した生活必需品の配給事業のほか、条件付き現金給付(PKH)や、電力料金補助といった事業が含まれており、主に低所得世帯への給付額増と適用範囲の拡大から構成されている。③では、中央政府機関や地方政府を通じて、観光事業支援や給与補償、国内産品購入支援などへの支出に充てられている。④中小零細企業支援は運転資金保証や利子補助に、⑤では、企業支援のための国営企業や政府系機関への資本参加や信用保証を行っている。資本参加の対象には、インドネシア輸出入銀行(輸出金融機関:LPEI)や、雇用創出法(法律2020年第11号)のもとで新たに設立されることになった政府系ファンドである投資運用機関(LPI)も含まれている。最後に、⑥では例えば税制上の優遇措置として、法人所得税の税率を25%から2020~21年には22%へ、2022年からは20%へと引き下げることにしている。
財政赤字と政府債務の拡大——中央銀行による国債の直接引き受けへ
新型コロナウィルスの感染拡大がもたらした負の経済ショックにより、低所得国を中心に公的債務危機の発生するリスクが上昇している(2020年10月12日付世界銀行プレスリリース)。追加的財政支出比率は相対的には低かったものの、インドネシアの政府債務はどの水準にまで膨らんでいるのだろうか。インドネシアの現状を確認すべく、政府債務残高に加えて、財政赤字や歳入・歳出、税収の推移をまとめたものが図3である。
図3 インドネシアの政府債務残高、財政赤字、歳入・ 歳出の推移(GDP比、2005年~2020年)
(出所)インドネシア銀行(2021年4月11日アクセス)、財務省(APBN KITA[2021年1月版]ならびにProfil Utang Pemerintah Pusat)の資料をもとに筆者作成。
政府債務残高の推移からみると、2020年にはGDP比で39.4%と2005年以来の水準にあることが分かる。2005年の政府債務残高比率は47.3%であったが、2012年にかけて23%にまで減少している。その後は上昇に転じて、2019年には30%に達していたが2020年にはそこからさらに9.1%ポイントも急増している。ただし、歴史的経緯を踏まえるならば、それでもまだ2005年の水準に達していない、とみる向きが強いであろう。2005年当時はアジア通貨危機後にGDP比90%近くまで膨らんでいた政府債務の削減を進めていた局面であった。
政府債務残高の内訳をみると、2005年には借款がほぼ半分を占めていたが、2020年には借款は政府債務残高全体の14%にまで減少している。これとは反対にルピア建て国債のシェアは増え続けている。2005年から2019年にかけて政府債務残高に占める割合は11.7%ポイント増の61.9%となっていたが、2020年にはさらに66.3%にまで上昇した。GDP比でみるならば、2020年の政府債務残高の前年からの増分である9.1%ポイントのうち、7.4%ポイント分はこのルピア建て国債残高の増加によるものである。
この政府債務の急増は2020年の財政赤字拡大がもたらしたものであるが、財政赤字の推移からは、2019年まではGDP比3%以内に赤字幅がおさえられていたこと——図ではマイナス3%の線に到達していなかったこと——を確認できよう。これは国家財政法(法律2003年第17号)が3%を上限と定めているためである。2020年に財政赤字がGDP比6.2%とその上限を上回っているのは、弾力的な財政政策を実施する必要性に迫られた政府が、3月末時点で法律代行政令2020年第1号(法律2020年第2号)を発出し、2022年までの期間限定で財政赤字がGDP比3%を上回ることを可能としたことによる。
ここで歳入(国債発行・借款を除く)と歳出の推移をみると、2020年の財政赤字の膨張の背景には歳出増だけでなく、歳入の大きな落ち込みもあったことが分かる。特に税収は、かねてよりGDP比でみたその低さはインドネシアの課題として指摘されてきたが、2020年には8.3%にまで低下している。
こうして2020年に拡大した財政赤字を埋めるべく、政府がルピア建て国債の発行を進めたことは先にみたとおりである。注目すべきは、その際に、政府と中央銀行との間で新型コロナ対策の負担配分政策が導入されたこと、そして、その政策のもとで中央銀行による国債の直接引き受けが実施されたことである。
2020年4月の財務大臣および中央銀行総裁の共同決定に基づき、中央銀行による発行市場での総額75.86兆ルピア分の長期国債購入が実施されることになったが、さらに、7月の2回目の共同決定のもと、中央銀行は397.56兆ルピア分のルピア建て国債を直接引き受けることになった。後者は先にみた国家経済回復プログラムのうち、①保健、②社会保障、③政府機関・地方政府分野に充てられる予算に該当する金額である。また、企業支援分野(④や⑤)の財源に関して、政府が発行する177.03兆ルピア分の国債の金利負担を政府と中央銀行とで分担する仕組みを採用している。
中央銀行による国債の直接引き受けは2020年度限りの措置とされたが、政府は2021年度も引き続き財源の確保に苦しむことになりそうである。今後の政府・中央銀行の動向には注意する必要があるだろう。
図4 ワクチン接種率の国際比較(人口比、%、2021年4月時点)
(出所)IMF, World Economic Outlook, April 2021、世界銀行、World Development Indicators(2021年4月7日アクセス)、ならびにOur World in Data(2021年4月22日アクセス)をもとに筆者作成。
おわりに
インドネシアの2021年度予算でも、再び予算の4分の1を超える総額699.4兆ルピアが国家経済回復プログラムに配分されている。2020年度と比べて増加が著しいのは保健分野である。ワクチン接種プログラムや、感染者の検査・追跡活動、治療費などに前年支出額から113兆ルピア増の176.3兆ルピア(国家経済回復プログラムの25%)が割り当てられている。また、2020年に最も割合が大きかった社会保障分野の予算は前年実績額から63兆ルピア減の157.4兆ルピアとなっている。
インドネシアでは1月に入ってからシノバック・バイオテック社製ワクチンの接種が開始され3、4月20日時点では全人口の4.1%が少なくとも1回目の接種を受けたとみられる。図4では各国のワクチン接種率をまとめているが、高位中所得国の平均値(7.3%)には及ばないものの、東南アジア諸国のなかでは健闘していると言えよう。このワクチン接種の普及を突破口にして、2021年はインドネシア政府の思惑どおりに経済が回復する年になるだろうか。
一方、社会保障分野については、逮捕されたジュリアリの後任として前スラバヤ市長のトゥリ・リスマハリニ(通称リスマ)が新たに社会大臣に任命され、国家経済回復プログラムの実施を担当することになった。ジョコ・ウィドド大統領がかつてスラカルタ市長時代に名をはせたように、地方首長としての実績をもとに高い人気を誇っている人物である。3年後に大統領選挙を控えていることを考えると興味深い人事であろう。単なる人気取りに終わらず、新大臣のもとで効果的に政策が実施されるのか注目である。
インデックス写真の出典
- Dennys codet, Bahasa Indonesia: Wabah pandemik yang melanda tak menyurutkan niat dan janjinya untuk tetap menikahi sang pujaan hatinya, walau mereka tak jadi merayakan resepsi (CC BY-SA 4.0).
参考文献
- Narita, Yusuke, and Ayumi Sudo. 2021. "Curse of Democracy: Evidence from 2020." RIETI Discussion Paper Series 21-E-034.
著者プロフィール
東方孝之(ひがしかたたかゆき) アジア経済研究所海外調査員(在シンガポール)。専門は開発経済学、インドネシア経済。近著に「第1期ジョコ・ウィドド政権期の経済――経済成長と雇用・貧困削減の分析」・「2019年大統領選挙――社会の分断と投票行動の分極化(共著)」(川村晃一編『2019年インドネシアの選挙――深まる社会の分断とジョコウィの再選』アジア経済研究所、2020年)、"The Effect of Local Government Separation on Public Service Provision in Indonesia: A Case of Garbage Pickup Services in Urban Areas," in Michikazu Kojima ed. Regional Waste Management: Inter-municipal Cooperation and Public and Private Partnership, ERIA Research Project Report, No.12, 2020.などがある。
注
- 2020年の為替レートの平均値137.47ルピア/円で換算。
- しばしば「新型コロナ対策ならびに国家経済回復(PC-PEN)」プログラムとも表記されるが、ここではPENで統一する。また、本文中に紹介する同プログラムを含めた財政に関する情報は、基本的には財務省の「APBN KITA」2021年1月版のほか、中央銀行の公開資料(Republic of Indonesia Presentation Book, 各月版)、法律代行政令2020年第1号を参照した。なお、数値は暫定値である(確定値は今後公開される2020年版中央政府財務報告書(LKPP)を参照のこと)。
- 前回の報告を参照。当初は対象となっていなかった高齢者層についても、中国やブラジルでの臨床試験結果から副作用がなかったことが確認されたとして、2月17日に77歳のマアルフ・アミン副大統領が接種したのを皮切りに、60歳以上へのシノバック・バイオテック社製ワクチンの接種も開始している(2021年2月17日付Jakarta Globe)。
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