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感染症対策と経済再建の両立を目指す韓国――ポストコロナに向けて死角はないのか?

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051794

2020年7月

(7,787字)

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の早期封じ込めと低い死亡率の維持で自信を深める韓国は、「K(Korea)防疫モデル」と呼ばれる独自の防疫体制の国際標準化を目下推し進めている。その一方で国内経済の立て直しを図るべく、矢継ぎ早に経済再建策や景気浮揚策を打ち出す姿が象徴的である。さらに最近では、ポストコロナを見据えて「韓国版ニューディール」と称される新たな国家プロジェクトも浮上してきた。

4月15日に実施された総選挙では、政権基盤の革新系与党が過半数の議席を獲得して圧勝した。文在寅政権の積極的な感染症対策が評価を得た格好であるが、経済対策でも果敢な財政出動と金融緩和によって景気の底割れを防ごうとしている。主要な国際機関の経済予測によれば、韓国は他の先進国や新興国と比べて経済成長への悪影響は限定的である。COVID-19の克服を機に国際社会での地位向上を画策しつつ国内経済の迅速な再建を図ろうとする韓国にとって、ポストコロナに向けた視界は果たして良好なのだろうか。

本稿では、韓国での感染状況や「K防疫モデル」の特徴を振り返るとともに、これまでの国内経済への影響や経済再建策の内容についてみていく。そして、ポストコロナに向けた課題として総花的な経済対策が招く財政状況の悪化や成長戦略の練り直しについて取り上げてみたい。

写真:オンラインでの国務会議に臨む文在寅大統領
オンラインでの国務会議に臨む文在寅大統領
「K防疫モデル」とは何か?

「K防疫モデル」の特徴は、①検査・確定診断(Test)、②疫学調査・追跡(Trace)、③隔離・治療(Treat)で構成される「3T」の徹底、およびそれらを支えるインフラとしてのICT(情報通信技術)を活用したシステム構築と情報公開の透明性に集約される1。韓国では2月下旬に南部の地方都市である大邱やその周辺地域などで、宗教施設が発端となる大規模な集団感染が発生したが、それを機に「K防疫モデル」の実践が全国に広がっていった。今回のような非常事態には、韓国では保健福祉部(日本の厚生労働省に相当)の傘下にある疾病管理本部(KCDC)が、強い権限をもって防疫対策全般に関わる司令塔として機能する2。KCDCは重症急性呼吸器症候群(SARS)流行後の2003年末に設立されたが、2015年に中東呼吸器症候群(MERS)の感染拡大を許した教訓を受け、危機時における情報発信・コミュニケーション機能のほか、他の政府機関などに対して協力や対応を要請できるように法的権限が強化された。

「K防疫モデル」の1つの要素である大規模な検査実施を可能にしたのは、こうしたKCDCによる積極的かつ迅速な働きかけが大きかった。韓国で初めてCOVID-19の確診者(検査陽性者)が確認された1月中旬頃には、KCDCはRT-PCR法の検査プロトコルを民間企業に公開するとともに、開発された診断キットの緊急使用承認を管轄部署(食品医薬品安全処)に対して要請している。その結果、2月初めには民間医療機関を含めて大量の検査を実施できるようになった。検査環境についても、医療機関や保健所のほかに「選別診療所」と呼ばれる検査に特化した施設、ドライブスルー型やウォークスルー型など移動式の検査体制まで幅広く整備していった。

図1は、新規確診者数と検査件数(直近7日間の移動平均)の推移を示している。新規確診者数は2月下旬から3月上旬にかけてピークに達した後、早期に沈静化し4月末まで減少傾向が見られた。ただ5月以降は防疫レベルの緩和に伴い、再び緩やかな増加が続いている。検査件数も新規確診者数と同様のトレンドを示しているが、5月以降もそれ以前のピーク時と同等以上の検査件数で推移していることから、大量の検査実施によって広く感染者を捕捉していくという戦略がみて取れる。

図1 新規確診者数と検査件数の推移

図1 新規確診者数と検査件数の推移
(注)新規確診者数は公表日基準、検査件数は直近7日間の移動平均値。
(出所)保健福祉部の報道資料より筆者作成。

「K防疫モデル」の真骨頂は、徹底した疫学調査による確診者の動線把握・追跡とその情報公開にある。確診者の診断前後の行動履歴は携帯電話の位置情報やクレジットカードの決済情報などの照会を通じて明らかにされ、濃厚接触者の特定に利用されるとともに個人情報の保護を担保したうえで確診者の動線はインターネット上に公開される3。3月からはこれらの手続きをオンライン上で一元的かつ短時間に行える「疫学調査支援システム」が稼働している。また、検査陰性の濃厚接触者や入国者には自宅等での2週間の自己隔離を義務付け、食料品等の生活物資を支給すると同時に携帯電話に専用のアプリをインストールさせるなどして状況管理の徹底を図っている4。無症状や軽症の確診者の隔離場所には「生活治療センター」5と呼ばれる施設が用意されたほか、院内感染予防の観点からCOVID-19とは無関係の呼吸器疾患を専門に取り扱う医療機関が「国民安心病院」として指定されるなど、医療資源の重症者治療への集約や棲み分けを図る措置も取られた。

こうした「K防疫モデル」を確立するには、様々な条件が必要となる。例えば、KCDCのような強いリーダーシップと権限をもった専門機関の存在や強制力を伴う対策を理解し、受け入れる国民との合意形成が必要になろう。技術的には迅速な積極的疫学調査を可能にするICTによるシステム構築が挙げられるが、より重要なのは確診者の動線情報の追跡・収集さらには公表まで可能にしたり、感染が疑われる者に隔離を義務付けられるような法制度の整備にある。また、非常時に必要とされる医療従事者などの人的資源を追加的かつ大量に動員できる体制作りも重要であるが、韓国の場合は検査や疫学調査、隔離施設での管理・監視などに軍の医療陣をはじめとする人員が果たした役割が大きかった。「K防疫モデル」の国際標準化が各国・地域の状況に鑑みてどこまで可能なのかは未知数であるが、少なくとも韓国はこれらの諸条件を一朝一夕に整えたわけではなく、長い時間をかけて経験を繰り返してきた結果であることは確かである。

加速する景気後退

徹底した感染症対策によって早期収束を図ったものの、国内経済への打撃を免れられなかったのは韓国も例外ではない。韓国経済にとって成長の源泉である輸出は、中国の景気減速や米中貿易摩擦の影響などによって昨年来一貫して月額ベースで前年割れが続いてきた6。COVID-19のパンデミックによる外需低迷で今年4月以降の減少は特に著しく、輸出環境は厳しいものになっている。中国やアメリカ、ASEAN、EUといった主力市場向けの落ち込みが響いており、品目別には最大シェアを占める半導体をはじめ、自動車や一般機械、石油化学などの主要品目で軒並み前年比マイナスが続いている。急激な輸出減によって4月には8年ぶりに貿易赤字に転落した結果、当月の経常収支は9年ぶりの大幅な赤字を記録した。

輸出不振と連動するように国内の生産動向についても、製造業を中心とする鉱工業では4月から対前年比で減少が顕在化し、サービス業でも宿泊・飲食業や卸・小売業、レジャー関連を中心に3月以降落ち込みが続いている。民間消費については2月から対前年比での減少傾向が続いていたが、5月に入って若干の回復の兆しが見られ始めた。それでも第1四半期の実質GDP成長率は、民間消費や輸出のマイナス成長が響いて対前期比でマイナス1.3%(季節調整値)を記録している。

文政権にとって一番の痛手は、雇用情勢の大幅な悪化であろう。昨年順調な増加傾向をみせていた就業者数は、コロナ禍に伴う生産や消費の縮減によって今年3月から減少に転じ、製造業や建設業をはじめサービス部門に至る幅広い業種で雇用への打撃が深刻化している。雇用減のしわ寄せは就業が不安定で低賃金の非正規職(臨時・日雇い職など)や自営業層に集中する一方で、正規職の就業者数は持続的に増加するなど、労働市場の二極化が表面化しつつある。全体の就業者数の減少は一時休職者数の大幅な増加や非労働力人口の増大といった形としても表れており7、人的資本の遊休化という深刻な問題を孕んでいる。他方で、政府の直接雇用事業によって60歳代以上の就業者数は伸び続けているという現象が見られる。高齢層の就業は短期雇用である場合が多く、現役世代の就業者数の減少によって労働生産性の低下が懸念される。また、雇用情勢の悪化は経済格差をさらに拡大させかねず、実際に昨年若干の改善が見られた所得分配は今年第1四半期に入って再び悪化し始めている。

全方位的経済再建策

こうした全般的な景気状況の悪化に対して、政府はこれまでどのような対策を講じてきたのだろうか。表1は主要な経済対策の内容やその内訳についてまとめたものであるが、総額で約280兆ウォン(名目GDPの14.6%に相当)にも上る前例のない大規模なものとなっている。その特徴は、拡張的な財政金融政策をテコにして総花的に展開されてきたことにある。これまでの経済対策の柱の1つに、積極的な流動性支援がある。流動性支援については感染拡大が始まった早期の段階(2月)から打ち出しており、3月には「民生・金融安定パッケージ・プログラム」として優遇金利による特別融資や公的保証の拡大および満期延長、債券市場の安定化などを含む総合的な支援策に発展していった。また、零細・中小・中堅企業以外にも自動車部品や航空・海運業などの基幹産業に対して、直接・間接融資などの金融支援を業種別に実施している。中央銀行である韓国銀行は3月と5月の2度にわたって政策金利の引き下げを行い、過去最低水準(0.5%)を更新した8。韓国銀行はさらに流動性支援をバックアップするため、4月から金融機関への流動性資金の無制限供給9、5月からは証券会社や保険会社に対する緊急融資10の実施といった「韓国版量的緩和」と呼ばれる措置もあわせて講じている。

表1 新型コロナウイルス関連の経済対策

表1 新型コロナウイルス関連の経済対策
(出所)企画財政部の報道資料より筆者作成。

経済対策のもう1つの大きな柱は、雇用関連対策である。文政権は就任以来、最低賃金の大幅引き上げや公的部門での雇用創出などに注力してきており、雇用対策にかける思いがとりわけ強い。コロナ禍に伴う雇用不安に対しても、多様な政策パッケージによる支援策をこれまでに打ち出している(表1)。具体的には、雇用調整を余儀なくされた事業者に対して従業員の休業・休職手当の一部補償を行う雇用維持支援金の拡大や無給休職者に対する支援金の新設など、いわゆる失業対策よりも在職者や休職者向けの雇用維持支援策が中心となっている。また、公共機関における直接雇用事業を引き続き拡充させて新たに非対面型やIT分野に特化した職種を設けたり、若年層や雇用脆弱層を中心に雇用機会の提供を図るとしている。ただし、公的部門に依存した雇用創出には限界がある。政府は民間部門(中小・中堅企業)に対して新規採用時に人件費支援という名の補助金支給を新たに行おうとしているが、その雇用創出効果がどれほどのものになるかはわからない。

その他の経済対策のなかで特筆すべきは、5月から開始された全国民に対する緊急災難支援金の支給であろう。緊急災難支援金は当初は高所得層を除外した世帯(所得水準の下位70%まで)に支給する方針であったが、総選挙後に全世帯への給付に変更された。日本の特別定額給付金と異なる点は、世帯規模による差等支給(単身世帯40万ウォン~4人以上世帯100万ウォン)になっており、給付申請を行わない場合は寄付金とみなされて一定割合の税額控除を受けられることである。支援金はクレジットカードのポイントやプリペイドカード、地域商品券などの形で給付され、使用先は地域の零細小売店や飲食店などに限定されるが、食料品や医薬品を中心に一定の消費喚起効果があったとされている。

悪化する財政状況が孕むリスク
このような全方位的な経済対策の展開は、緊急時とはいえ当然のことながら財政にとっては過度な負担となる。文政権はこれまでも積極的な財政出動を繰り返し、社会保障支出の拡充を中心に保健福祉・雇用分野の予算への大型配分を行ってきた。その一方で財源確保の問題を残したまま、近年の低成長に伴う税収の伸び悩みや国債発行の増大によって、昨年には10年ぶりの財政赤字に陥るとともに国家債務残高の増加も進んでいる(図2)。今回のコロナ禍で第3次補正予算まで含めて史上最大規模の予算編成がなされ、そのファイナンスのために国債増発もさらに進むことから、今年は財政赤字の拡大と国家債務の膨張に拍車がかかるものと予想される(図2)。韓国は対外信認度の獲得のためにも財政規律やその健全性の維持を重視してきたが、今後は少子高齢化の急速な進展に伴って福祉支出への増大圧力がさらに高まることは必至である。そのため、遅かれ早かれポストコロナ時代には増税を含めた財源確保の問題に正面から向き合うことが避けられないであろう。

図2 財政状況と国家債務残高の推移(対GDP比,%)

図2 財政状況と国家債務残高の推移(対GDP比,%)
(注)2020年は第3次補正予算を含めた展望値。
(出所)統計庁「国家統計ポータル」および企画財政部の報道資料より筆者作成。
財政状況の悪化に伴う公的債務の膨張は、金融市場の動向にも注視せざるを得ない縛りを生む。近年の拡張的な財政運営を可能にした背景には、低金利・低インフレの持続という経済環境があったことは明らかである。そうした経済環境が継続される限りでは、財政の健全性を損ねたとしてもある程度はその持続可能性を担保できるかもしれない。しかし、金融緩和による行き過ぎた流動性の拡大は物価の上昇圧力として作用し、ハイパーインフレのような状況を招く可能性は否定できない。実際にコロナ禍においてもだぶついた流動資金が不動産市場に流れ込み、首都圏を中心に住宅価格の高騰が続いていることは警戒すべき兆候である。韓国では国家債務の2倍以上の規模に上る家計負債の増大も問題視されているため、適切な金利水準の維持や物価安定目標(現在2.0%)へのコミットメントといった金融政策との連携がより重要になってくる。
新たな成長モデルの模索

輸出主導によるキャッチアップ型の経済発展で繁栄を手にした韓国であるが、近年はその行き詰まりによって低成長局面に陥っている。貿易や投資面での中国頼みの成長戦略が裏目に出ているところに、COVID-19のパンデミックが追い打ちをかけ、韓国の輸出競争力は確実に減退しつつある。そのことは、ポストコロナ時代の成長戦略のあり方を根本から問い直しているのかもしれない。冒頭で触れた韓国版ニューディール政策は、具体的には生活基盤や産業全体のデジタル化、気候変動に対応した環境配慮型のインフラ構築や産業構造への転換、それらを軸とした雇用創出を目指すポストコロナの国家戦略であるが、新たな成長モデルになり得るかは疑問が残る。コロナ禍の経済再建策では自動車や造船といった基幹産業や輸出企業への金融・財政支援を行っているように、当面は従来のような財閥系大企業や製造業に経済成長の牽引役を期待せざるを得ない。

折しも、日本による半導体材料3品目の対韓輸出管理強化が開始されて1年が経過した。その間、韓国企業は一部の戦略品目を第三国調達に切り替えたり、国産品の量産化を開始したとされ、政府も法的基盤を整備して企業の研究開発や国産化の推進を支援してきた。こうした動きが一過性のものでないのか注視していく必要があろうが、高齢化によって生産年齢人口がすでに頭打ちとなった韓国は中長期的には成長の源泉を自らのイノベーションや生産性向上に求めていかざるを得ない。長い年月と経験を経て「K防疫モデル」が確立されていったように、ポストコロナに向けた韓国の新たな成長モデルの模索は緒に就いたばかりである。

写真の出典
著者プロフィール

渡邉雄一(わたなべゆういち) アジア経済研究所地域研究センター東アジア研究グループ研究員。専門は少子高齢化と社会保障の経済分析、韓国経済。最近の著作に「日韓関係のさらなる悪化と経済低迷:2019年の大韓民国」(共著、『アジア動向年報2020』アジア経済研究所)、「大学進学は本当にメリットがあるのか?――韓国の学歴社会を学歴収益率の変化から問い直す――」(『韓国経済研究』第17巻、2020年)、「内需と人口変動のマクロ計量モデル分析――韓国・台湾モデルの利用例――」(植村仁一編『マクロ計量モデル――その利用と応用――』アジア経済研究所、2020年)。

書籍:2020アジア動向年報

書籍:アジ研選書「マクロ計量モデル――その利用と応用――」

  1. 「3T」には直接含まれないが、政府によるマスクの需給調整や公平な配給方式といったマスク対策も「K防疫モデル」を支える1つの仕組みになる。
  2. 疾病管理本部は今後、「疾病管理庁」に格上げされる見通しであり、その場合には独立した中央行政機関として独自に予算や人事権を持てるようになる。
  3. 韓国では宗教施設や遊興施設などを除いて店舗等への休業要請を行わずして感染拡大の早期収束に成功したが、こうした背景には目に見えないウイルスをネット上で可視化したことで人々の自発的な行動抑制・変化を促した面があったと考えられる。
  4. 隔離場所から無断で離脱するなどの違反者には1年以下の懲役または1000万ウォン以下の罰金が科せられる場合があり、またリストバンドを装着させられて随時モニタリングされるといった罰則もある。ただし、後者の措置に対しては韓国内でも人権上の問題を提起する意見がある。
  5. 「生活治療センター」にはサムスンや現代自動車、LGといった大手企業グループや金融機関、大学、公的機関などが所有する施設が提供された。
  6. 2020年2月には一時的に前年同月比でプラスに転じたが、これは旧正月連休があった2019年2月に比べて操業日数が増えたことによる効果が大きい。
  7. 5月からは求職活動を再開させたことによる失業者数の増加および失業率の上昇も見られるようになった。
  8. 極端な低金利政策は国内資金の海外流出を加速させて、急激なウォン安の進行を招く恐れがある。そのため、金融当局は3月に銀行の先物為替ポジションの上限引き上げを行ったり、韓国銀行も同月にアメリカの連邦準備制度理事会(FRB)と600億ドル規模の通貨スワップ協定を締結するなどして、外国為替市場へのドル資金の供給拡大を図っている。
  9. 買い戻し条件付き債権(RP)の買い入れを通じて3カ月間にわたって行われ、RP買い入れの対象機関や対象証券もあわせて拡大された。
  10. 一般企業が発行する優良社債(信用等級AA-以上)を担保にして、最長6カ月以内の償還期間で実施される。
この著者の記事
【特集目次】

新型コロナウイルスと新興国・開発途上国