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海外研究員レポート

交換文化と自給生活でコロナ危機を乗り越えるフィジー

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052051

片岡 真輝

2021年3月

(4,845字)

オセアニアの危機意識

「靴とオムツを交換しませんか。」これは、昨年来フィジーで話題となっているフェイスブックのページ「Barter for Better Fiji(より良いフィジーのための物々交換)」に投稿された交換の提案だ。Barter for Better Fijiは、一言で言えば物々交換を行うためのプラットフォームだ。お金のやり取りは一切禁止であり、欲しいものとあげたいものを投稿し、物々交換の相手を探すページである。コロナ禍の経済苦境に対応するために立ち上げられた同ページは瞬く間に話題となり、2021年2月現在、人口約90万人の同国で実に20万人近くがこのコミュニティに参加している。Barter for Better Fijiは日本のメディアでも取り上げられたので1、ご存知の方も多いだろう。

本稿では、新型コロナウイルスの危機を乗り越えるためのフィジーのユニークな試みを紹介しながら、フィジーが直面する課題や葛藤を概観したい

写真:Barter for Better Fijiは、世界のメディアからも注目されている。

Barter for Better Fijiは、世界のメディアからも注目されている。
フィジーが直面する問題

フィジーは、堅実に新型コロナウイルスを封じ込めてきた。2021年2月19日現在、フィジーでの感染者数は56人であり、死者は2人である。感染者のほとんどは空港での検疫で判明したもので、政府発表によると、市中感染は2020年4月以降発生していない。フィジーは、新型コロナウイルスの封じ込めに成功していると言ってよいだろう。

しかし、新型コロナウイルスの封じ込めに成功しているからといって、影響を受けていないかと言えば、当然そのようなことはない。コロナ禍による景気後退、失業、貧困率の増加などは、他の国と同じようにフィジーでも大きな問題になっている。特に、フィジーを含めた太平洋島嶼国の多くは、観光や海外からの仕送りに経済の多くを依存している。フィジーでは、GDPのおよそ40%を観光業関連が占めており、コロナ禍による国境封鎖の影響は甚大だ。サイード=カイユム経済大臣によると、2020年7月の段階で、11万5千人が職を失うか、労働時間の減少による収入減に直面している2

これに輪をかけて問題を大きくしているのが、最近立て続けに発生した巨大サイクロンだ。特に2020年4月に発生したカテゴリー5のサイクロン「ハロルド」と同年12月に発生した同じくカテゴリー5のサイクロン「ヤサ」は、フィジー各地に甚大な被害をもたらした。サイクロン「ヤサ」により、およそ8千戸の家屋が倒壊し、13万9千人が直接的な被害を被ったと推定されている3

新型コロナウイルスと自然災害の二重苦によってもっとも脅かされているのが食料の確保だ。コロナ禍により収入が途絶えた人たちは、日々の食料を調達するのに苦労しているし、サイクロンによって農作物も甚大な被害を被った。サイクロン「ヤサ」だけでも、農業セクターの被害額は7250万USドルに達する4

交換文化への回帰

このような危機的状況に対し、政府や外国からの援助を待つだけではなく、フィジーの人々自らが危機を乗り切ろうとして取った対策が、冒頭で紹介した物々交換だ。フィジーでは、もともと物々交換が日常的に行われてきた。貨幣経済が一般的になった現在でも、共同体内での物々交換やモノの貸し借りはよく行われる。これは、個人のものを共同体でシェアするというオセアニアの文化に根付いたものだ。

フィジーは、シェアの文化と物々交換の習慣を近代テクノロジーの代表とも言えるSNSを利用して効率的かつ広範に展開することで、未曽有の経済危機を乗り越えようとしている。Barter for Better Fijiでは、お金さえ介さなければ、基本的にはどのようなモノでも交換の対象となる。スマホとヤギ、子豚とカヤック、古着と野菜など、当人同士で同意が得られたら、なんでも交換してよい。また、モノだけではなく、サービスや労働を交換の対象にすることもできる。目的地まで車で連れていってあげることと食料を交換することもできる。先日は、学校に持っていく文房具が買えない学生が庭の手入れと文房具を交換したいと提案していた。

収入が途絶えたことで物品や食料を購入することが困難になった家庭でも、他の誰かが欲しいと思うモノやサービスはある。そのモノやサービスを欲している人も、それを買うお金がない。この場合、お金を介在したらどちらも何も手に入らないが、物々交換だと望んだものを手に入れることができる。これをスムースに行えるように、Facebookを活用して欲しいものとあげたいものをマッチングさせるのがBarter for Better Fijiのコンセプトだ。Barter for Better Fijiを開設したマーリーン・デュッタ氏は、「この危機のなか、お金を費やすことなく欲しいものが手に入る場を作りたかった。そうすることで、公共料金などどうしてもお金で支払う必要があるもののためにお金を取っておくことができる」と語る5

自給生活への回帰

フィジーのコロナ対応でもう一つ特筆すべきは自給生活が広まっている点だ。これも、フィジーの伝統では珍しいことではない。現在でも共同体の土地6を使って野菜や果物を栽培し、それを食料として消費している人たちは多い。したがって、農村部では、収入が途絶えても自給自足である程度の食料を確保し続けることは可能だ。

しかし、首都であるスバなどの都市部では農業を行う土地を確保することは容易ではない。そこでフィジー政府は、都市部・準都市部の家庭に対して家庭菜園用の種子を提供する「家庭菜園計画(Home Gardening Programme)」を実施した。観光業復活の目途が立たないなか、最低限の食料を確保できるように、政府が国民に対して自給を奨励しているのだ。レディー農業大臣は、家庭菜園計画の目的を、「人々が栄養価の高い多様な食物に直接アクセスできるようになること」「食料への支出を減らして貯蓄を増やすことで、その他の物品の購買力を高めること」などと説明する7

2つの回帰と2つのジレンマ

物々交換も自給生活も、もともとフィジーに根付いていた伝統と文化のため、フィジーの人々はごく自然にこれらの変化を受け入れていった。そして、フィジーのこの適応能力は世界でも注目され、世界中のメディアがBarter for Better Fijiの取り組みを紹介している。各国メディアは、フィジーの取り組みを、未曽有の危機をアイディアと伝統を融合させて逞しく立ち向かう好事例として称賛する。しかし、貨幣に頼らない方策を模索せざるを得ないほどフィジーの状況が厳しいことも忘れるべきではない。フィジーの人々、特に観光業界に従事している人々は、一刻も早く国境を開き、観光客に戻って来て欲しいと思っている。しかし、フィジーが国境を開く目途はほとんど立っていない。

上述したとおり、フィジーはコロナの封じ込めに成功しており、いくつかの行動制限は残っているが、欧米や日本に比べれば「普通の生活」を送ることができている。感染を抑え込めている状況で観光客を受け入れることは、かなりの確率で「普通の生活」が犠牲になることを意味する。したがって、フィジーでは、封じ込めができているが故に、国境開放に踏み出すことができない。これは、ニュージーランドや他の太平洋島嶼国も同様だ。ニュージーランドもほぼ感染の封じ込めに成功しているが、国境管理は一貫して世界で最も厳しい制限を課したままだ。

一方、欧米や日本では、「ウィズ・コロナ」が既定路線だ。変異種の登場で再び国境を越える移動が制限されているが、感染を抑え込めていない国は、新型コロナウイルスと共存する形での経済活動の再開を目指している。感染の収束が見込めない状況でも、ビジネス・トラック制度を使って海外からのビジネス客を受け入れる日本の政策は、封じ込めに成功していても、自国民以外は徹底的に入国拒否を貫くオセアニアの国々の国境政策とは対照的だ。フィジーを含め、オセアニアの多くの国は、封じ込めができているが故に「ウィズ・コロナ」ができないというジレンマを抱えている。

さらに、物々交換や自給生活の普及は、貨幣経済から伝統に回帰するともイメージされてきている。西洋的な経済合理主義は実は失敗であり、太平洋的な自給自足生活に価値を見出す人も増えてきているという8。しかし、現実問題としてフィジーは観光客なしには立ち行かない。このような状況は、外国に依存したくはないけれど、観光客には戻って来て欲しいというジレンマを抱かせている。

フィジーが直面する未曽有の経済危機は、国境問題や観光産業への依存、そして伝統への回帰など、外国との付き合い方や社会のあり方について多くの疑問を投げかけている。とは言え、フィジーの人々が前向きさと柔軟性を持って危機に立ち向かっていることは間違いない。ちなみに、Barter for Better Fijiはフィジー国外にいても参加でき、筆者もコミュニティのメンバーになっている。例えば、オンラインでフィジー語を教えてもらう代わりに、必要とされている何かを提供する、といった使い方も可能だ。使い方は無限大である。興味がある方は、是非一度、同ページに足を運んでもらいたい。

写真の出典
  • 筆者撮影
著者プロフィール

片岡真輝(かたおかまさき) アジア経済研究所海外研究員(クライストチャーチ)。2013年に研究マネジメント職として入所。著作に "Diaspora as transnational actors: Globalization and the role of ethnic memory" (S. Ratuva (ed.) The Palgrave Handbook of Ethnicity, 2019: 1149-1166) "Two cases of memory construction in Fiji: A theoretical development of collective memory under globalization and digital age" (Pacific Dynamics: Journal of Interdisciplinary Research, 3(1), 2019: 46-57) など。

  1. 朝日新聞「スマホをヤギに フィジー伝統の交換文化、コロナで加速」(2020年5月8日)など。
  2. Hon. Aiyaz Sayed-Khaiyum’s 2020-2021 National Budget Address.
  3. RNZ. "Cyclone Yasa damage to Fiji worth nearly $US250m." (16 February 2021).
  4. 同上。
  5. The Guardian. "Two Piglets for a kayak: Fiji returns to barter system as Covid-19 hits economy." (8 May 2020).
  6. フィジーの土地の約83%は先住民が所有している。先住民の土地(Native land)は個人で所有されることはなく、ほとんどの場合、マタンガリ(Mataqali)と呼ばれる共同体集団が土地の所有権を持つ。
  7. Statement by the Minister for Agriculture Dr Mahendra Reddy on Food Security and Agriculture Growth and Expansion Plan.
  8. Randin, Gregoire. (2020) "COVID-19 and Food Security in Fiji: The Reinforcement of Subsistence Farming Practices in Rural and Urban Areas." Oceania. Vol. 90 (1): 89-95.
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新型コロナウイルスと新興国・開発途上国