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新型コロナウイルスとSDGs――サステイナブルなまちづくりへの「好機」となるか
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051789
2020年7月
(5,076字)
新型コロナウイルスとSDGs
グテーレス国連事務総長は今年3月に「共有の責任とグローバルな連帯―COVID-19の社会経済的影響への対応」(UN Secretary-General 2020)と題した報告書を発表した。これを受けて4月27日には実現に向けたフレームワーク1も発表され、国際社会が新たなパンデミックとどう向き合い、どう克服していくか指針が示された。報告書のなかで、国連はSDGsの178億ドル(1.9兆円)の資金を調整し、新たに新型コロナウイルスに関連する事業の予算に充てることを発表した。事業の目的の見直しや再編はすでに始まっているが、あくまでアジェンダ2030の目標を見失わないよう関係国やパートナーと共同で進めるという。途上国の医療体制を支援しパンデミックによる経済的、社会的な影響を最も受けやすい人びとを援助するため、国連は「国連COVID-19対応・復興基金」を新たに設立している。一方で、国連大学世界経済開発研究所(UNU-WIDER)の試算では、1990年以降初めて世界的な貧困率が上昇する可能性があるという。地域によっては貧困の状態が10年前にさかのぼるなど、2030年までにSDGsの指標のひとつである貧困削減を達成するのは大きな挑戦となると指摘している(Sumner et al. 2020)。
また今回の報告書では、国際社会がSDGs実現に向けて協力、協調しなければパンデミックに対して脆弱になることが指摘されている。これまでも資金不足によるSDGs実現可能性の危うさが露呈していたが、今後さらなる各国政府および産業界、市民社会からの協力が求められている。
新型コロナウイルスと都市・地方の動き
一方で都市や地方の動きに目を向けると、世界各国の多くの自治体は住民に最も近い行政機関としてパンデミックへの対策に追われている。国際機関や国の指針をもとに、貧困層や移民など社会のなかで最も影響を受ける人々を守り、被害を受けた地域経済の立て直しを図りつつ、公共サービスの提供を行うなど、多くのタスクを抱えながら危機に立ち向かっている。これまでSDGsの実現に積極的に動いてきた自治体も当然この危機の例外ではなく、世界中の多くの首長は今後数年、どのように町を立て直していくかに注力する必要があろう(Pipa and Bouchet 2020)。
これまでSDGsに取り組んできた自治体のなかには、2030年までにSDGsをどう達成していくか、計画やビジョンを制定している自治体もある。例えばSDGsの国レベルでの進捗を振り返る自発的国家レビュー(Voluntary National Review, VNR)を補完する、自発的ローカルレビュー(Voluntary Local Review, VLR)を行う自治体である。自治体がSDGsの進捗状況について既存の計画等に当てはめながら、自発的に振り返る試みであり、現在全世界で13の自治体が作成し、オンライン上のVNR Labsで情報を共有している2。今後復興に向けて新型コロナウイルス対策に多くの時間とお金が費やされることが予想されるが、これまでのSDGsへの活動が無駄になるわけではなく、SDGsのビジョン策定を通じて明確になった優先順位や自治体の課題、強みなどは今回の危機への対応に活用できるとの見方もある(Pipa and Bouchet 2020)。
C40(世界大都市気候先導グループ)やICLEI(持続可能な都市と地域をめざす自治体協議会)といったグローバルな自治体間のネットワーク組織では、新型コロナウイルス対策に追われる自治体に対して情報提供やウェビナーの開催などの支援に取り組んでいる。C40はこの4月に全世界の市長による新型コロナウイルスからの復興に向けたタスクフォースを立ち上げた。ロサンゼルス、ソウル、メルボルンなど11の都市の市長が中心となり、公衆衛生の改善や不平等の削減と気候変動への対応を行いながらパンデミックからの経済復興を目指すとしている3。エボラ出血熱で大きな被害を受けたシエラレオネの首都フリータウンも参加しており、当時の対策から得た教訓を共有するなど、自治体同士で助け合う枠組みが生まれている。
自治体同士の国際的な協力は、これまで(特に環境分野において)世界中で積極的に展開されてきた。環境や気候変動の国際会議やSDGs達成においても自治体は重要なプレーヤーの一員である。日本でも1980年代から北九州市などが、おもにアジアの地方政府をパートナーとして息の長い環境国際協力を行ってきた。自治体同士なら国家間に比べ機動性が高く、実践的な技術やノウハウの共有が可能である。また、都市での効果的な取組みを中央政府が政策に取り入れる場合もある。今回のパンデミックにおいても、自治体レベルでの先進的な取組みが危機を乗り越えるための大きな助力になる可能性がある。
この危機を持続可能な都市へと転換する機会ととらえる自治体も出始めている。イタリア・ミラノ市長はこの夏市内35㎞におよぶ自転車レーンと歩行者道路を新たに整備する野心的なプランを発表した(Laker 2020)。ミラノは欧州でも大気汚染が深刻な都市だが、ロックダウンの最中は自動車の混雑が30~75%削減され、大気汚染もそれに伴い改善されたという(Laker 2020)。市はこのパンデミックを機にロックダウン解除後に混雑が予想される公共交通や自家用車を避け、自転車に乗り換える市民が増えることで、大気汚染の改善につながることを期待している。コロンビアの首都ボゴタでも公共交通バスの混雑による人と人との接触を防ぐため、117㎞におよぶ自転車レーンが今年3月に開設された(Armario 2020)。これまでボゴタでは深刻な大気汚染と季節性の呼吸器疾患が問題となっており、今回の新型コロナウイルスによって医療崩壊の恐れもあるという(Armario 2020)。もともと自転車政策を積極的に推進していることもあり、今回の新設によってそうした状況の改善へとつなげたいとしている。
今回の受難は環境やひとに優しい社会への転換の好機となるのだろうか? SDGs達成に自主的に取り組んだり、パンデミックを前向きにとらえたりすることのできる体力のある自治体は世界でもごく一部であるが、新型コロナウイルスの危機から立ち直るには、それぞれの地域ニーズに添って、最も影響を受け苦しむ人々に向けた支援策を検討する必要がある(Pipa and Bouchet 2020)。
“Build Back Better”(より良い復興)は実現できるか
社会や環境へのインパクトを少なくしつつ、以前よりもよい水準で復興する(Build Back Better)ことはできるのだろうか。特に新興国、途上国では経済のV字回復を優先し、社会、環境への配慮を欠いた政策が進められてしまうのではないかという危機感も広がる(SEI 2020)。国連は前述の報告書で、世界はもはや新型コロナウイルス流行前の状態には戻れないと主張している。例えば化石燃料補助金を新型コロナウイルス対応に充てるなど、国際社会に対し財政上、金融上の大規模な変革を求めていくと発表した。短期的には医療分野への投資、長期的には環境に配慮した構造改革のために公的支出や価格設定などへの取組みが必要とみる専門家もいる(Barbier 2020)。
今後様々な分野で復興に向けた取組みが動き出すが、パンデミックに対する近視眼的な対策ではより良い復興は望めず、環境破壊や人権侵害などが綻びとして現れるだろう。この危機に対応するためには、これまでのSDGsおよび気候変動に対する国際的な枠組みを保ちながら、各国政府や自治体、ビジネスセクターなど社会全体が柔軟に取り組んでいくことが重要である(UN Secretary-General 2020; Barbier 2020)。またこの危機を持続可能なまちづくりの好機としてとらえ、先進的な取組みを行う都市では都市間の更なる協力とともに、コロナ終息後の各都市のブランディングの競争が進むだろう。今回のパンデミックがSDGs達成へどのような影響を与えるのか、国際社会や国レベルでの取組みのほか都市や地域でのローカルな動きが奏功するのか、引き続き注視していく必要がある。
写真の出典
- 筆者撮影
参考文献
- Armario, Christine 2020. "Bikes vs Virus: Bogota expands paths in novel strategy," AP News, March 17, 2020.
- Barbier, Edward B. 2020. "A green post-COVID-19 recovery: Thinking must start now about the kind of sustainable economic recovery needed after the pandemic," Climate 2020, UNA-UK, April 27, 2020.
- Laker, Laura 2020. "Milan announces ambitious scheme to reduce car use after lockdown," The Gurdian, April 21, 2020.
- Pipa, Anthony F. and Max Bouchet 2020. "How the Sustainable Development Goals can help cities focus COVID-19 recovery on inclusion, equity, and sustainability," Brookings, April 29, 2020.
- Stockholm Environmental Institute (SEI) 2020. Webinar: The geopolitics of COVID-19 and climate change, April 3, 2020.
- Sumner, A., C. Hoy and E. Ortiz-Juarez 2020. "Estimates of the Impact of COVID-19 on Global Poverty," WIDER Working Paper 2020/43, UNU-WIDER.
- UN Secretary-General 2020. Shared responsibility, global solidarity: Responding to the socio-economic impacts of COVID-19. March.
著者プロフィール
佐々木晶子(ささきあきこ) アジア経済研究所・海外派遣員(スイス・国連社会開発研究所)。2013年より研究マネジメント職として国際共同研究のコーディネートやアジ研の研究内容のアウトリーチなどに従事。2019年11月より国連社会開発研究所(UNRISD)にて客員研究員として、脱炭素社会に向けたトランジッション(Just Transition)における自治体および社会的企業、協同組合などの役割について研究を行っている。
注
- UNSDG 2020. A UN framework for the immediate socio-economic response to COVID-19.(新型コロナウイルスへの即時の社会経済対応に向けた国連枠組み), April.
- IGES. Online Voluntary Local Review (VLR) Lab.
- C40. Global Mayors Covid-19 Recovery Task Force.
この著者の記事
【特集目次】
新型コロナウイルスと新興国・開発途上国
- オセアニア地域における新型コロナウイルスへの対応
- 分断社会における新型コロナウイルス対策――インドネシアの事例――COVID-19 HANDLING IN A FRACTURED POLITY: CASE OF INDONESIA
- ブエノスアイレス都市圏の公共交通機関 ――新型コロナウイルス対策による「実質一日」の利用制限――
- ニューヨーク市で感染爆発したCOVID-19 と人種、所得・教育水準
- 新型コロナウイルスと海外ビジネス展開――国際線フライト運休の影響
- コロナ禍からの中国経済の立ち上がりをみる
- 新型コロナウイルス危機下で活発化するトルコの人道外交
- 新型コロナウイルスと新興国インバウンド観光
- 新型コロナウイルスによる死者が東アジアで少ないのは何故か ――重力方程式による解決
- 新型コロナウイルスとSDGs――サステイナブルなまちづくりへの「好機」となるか
- 新型コロナウイルス感染症を通してみるモザンビーク社会
- 朝鮮民主主義人民共和国の防疫体制
- 感染症対策と経済再建の両立を目指す韓国――ポストコロナに向けて死角はないのか?
- ベトナムの新型コロナウィルスと情報宣伝工作
- 「世界最大のロックダウン」はなぜ失敗したのか――コロナ禍と経済危機の二重苦に陥るインド
- リモートワークで出社勤務はなくなるか?――集積経済の視点
- 新型コロナ禍のなかのインドネシア――感染の拡大と景気後退
- 新型コロナ禍のなかのインドネシア(2)――雇用への影響
- 交換文化と自給生活でコロナ危機を乗り越えるフィジー