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新型コロナウイルス危機下で活発化するトルコの人道外交

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051732

2020年6月

(4,668字)

国難に際しても積極的な外交を展開

地理的に近いヨーロッパで猛威を振るう新型コロナウイルス(COVID-19)は、トルコにも甚大な被害を与えている。5月24日現在、世界保健機関の調べによると、トルコの感染者数は15万5686人、死亡者数は4308人となっている。ただし、ヨーロッパ諸国に比べて死亡率は低く、医療崩壊も回避しており、トルコは比較的健闘していると評価してもよいだろう。とはいえ、感染者数は世界第8位の規模であり、大都市では週末のロックダウンが実施されるなど、国民の生活に支障が出ている。

その一方で目を引くのが、このような国難にもかかわらず、トルコが積極的に他国に新型コロナウイルス対策の支援を行っている点である。もちろん、こうしたトルコの姿勢は新型コロナの流行後に突然始まったわけではない。紛争下の国々、途上国などに経済支援やインフラ整備、または治安維持の手助けをする「人道外交(Humanitarian Diplomacy)」は2010年代におけるトルコ外交のキーワードの1つであった。本小論は世界的なコロナ禍の中で存在感を増すトルコの人道外交について紹介したい。

写真:新型コロナウイルスの蔓延によって閉店を余儀なくされたパン屋

新型コロナウイルスの蔓延によって閉店を余儀なくされたパン屋
トルコの人道外交とは

人道外交という言葉はこれまで、国際政治などで広く使用されてきた言葉ではない。人道というと、人道的支援、人道的介入、国際人道法という言葉の方が頻繁に使用されてきた。しかし、最近では赤十字国際委員会も人道外交という言葉を使用するなど、徐々に世界的に浸透しつつある1。日本の外務省が重視する「人間の安全保障」も人道外交と通底する概念と言えるだろう。

トルコの外交政策の指針として人道外交という概念が登場したのは、2013年1月初旬に開かれた第5回トルコ大使会合であった2。この会合において、当時外務大臣を務めていたアフメット・ダヴトオール(Ahmet Davutoğlu)は、人道外交を「現実主義と理想主義、ハードパワーとソフトパワーの両方を調和し、人間に焦点を当てて行う外交、良心とパワーの両方が必要な外交」と定義した3

ダヴトオールは、人道外交を3つのレベルに区分している4。第1のレベルは、トルコ国内の人道に関わる問題の解決である。第2のレベルは、危機に直面している他国・他地域に住む人々への援助である。トルコが特に力を入れているのが、ソマリア、シリア、アフガニスタンへの対応である。第3のレベルは、国連の人道支援の尊重と、そこにおけるトルコの貢献である。言い換えれば、国際社会への貢献である。国内、他国、国際社会において人道問題に対応すべく、ダヴトオールは関与するアクターとして、トルコ国際協力機構(TİKA)、トルコ赤新月社、トルコ災害・緊急時対応庁(AFAD)、総合住宅管理庁(TOKİ)、トルコ航空をあげている。2014年に設立された移民管理総局もそのなかに含まれるだろう。

トルコの人道外交は、「人道主義プラス」と言われており、主に3つの特徴がある5。第1に、多国間主義よりも二国間の関係をより重視している点である。これは上述したTİKAの活動などが代表的で、二国間の援助を基調としている。第2に、イスラームに根差した市民社会を巻き込んだ形での協力である。他国への援助を行うNGOのなかで頻繁に名前が挙がるのが、人権と自由に対する人道援助基金(İHH)であり、この組織はイスラームの連帯を重視している。2011年にİHHがガザに支援船団を派遣し、イスラエル軍がその支援船団を攻撃した事件は記憶に新しい。第3に、人道援助を行うだけでなく、ビジネスに関する取引や政治的な関係の深化も同時に展開する点である。例えば、政府高官がソマリアなどを訪問する際はTİKAやトルコ赤新月社の関係者、さらには対外経済関係理事会(DEİK)の関係者も同行し、政府間交渉、人道支援、経済関係の強化が同時に行われる。このように、トルコの人道外交は、単に人道的な見地から行われているものではなく、戦略的なものである。

新型コロナウイルス発生後の人道外交

新型コロナウイルスが世界中に蔓延し始めた3月以降も人道外交がトルコの外交政策の柱であるという点に変化はなかった。むしろ、トルコ国内で急増するコロナ患者の対応に追われているなか、他国に対してマスクやPCR検査キットを輸出する姿勢はその「徳の高さ」を国内外に印象付ける結果となった。これまで、人道外交の対象地域は中央アジア、中東、アフリカが主であったが、新型コロナへの対応に関してはイギリスやアメリカなどにも物資を提供している6。イギリスには4月12日と22日に医療用のガウンをはじめとした個人用保護具(PPE)などを大量に提供した7。アメリカに対しても4月29日に50万個の医療用マスク、4000着のガウン、2000リットルの消毒剤、1500個のゴーグル、400個のN-95マスク、500個のフェイスシールドを提供した8

もちろん、トルコが人道外交の元々の対象地域として力を入れているソマリアやパレスチナなど、いわゆる途上国地域へも物資の提供は続いている。ソマリアにはこの時期だけで3度の援助を行っている。加えて、ここ数年、中東和平問題で対立しているイスラエルにも物資を援助するなど、トルコの対応からは国際社会が一致団結してコロナ禍に対応すべきだという発想が見られる。5月前半の時点で、トルコは新型コロナウイルスの発生以来、世界で3番目に多く医療品などを他国に提供している国となっている9。トルコが支援を行った国の数は、5月15日時点で80カ国に上っていると報道されている10

地図:5月10日時点でのトルコから医療支援を受けた主な国々

5月10日時点でのトルコから医療支援を受けた主な国々
トルコの人道外交の課題

このように、トルコの人道外交は世界的なコロナ禍のなかで目立っているが、課題もいくつかある。まず、前述したように、トルコでも患者数が急増したため、他国の支援よりも自国の市民を優先すべきだという批判が野党から出ている。これは、他国民の危機を救うために自国民に負担を強いることの是非という論点に帰着し、大規模なシリア難民のトルコへの受け入れに際してもたびたび議論されてきた11。5月5日には、トルコリラの対ドル・レートが大きく下落し、2018年夏の経済危機に匹敵するレベルまで落ち込んだ12。失業者も増えており、こうした国内での動きを考慮したうえで人道外交は展開せざるを得ない。加えて、トルコの提供した医療品の品質に問題があるという報道も出ている13。人道外交はソフトパワーを高めることが目標の1つであるが、不良品の混入や品質の安全性への疑問は、逆に国際社会でのソフトパワーを減退させることにつながる14

まとめ
トルコの人道外交は2010年代を通して展開されてきたが、その対象はあくまで途上国や隣国に限定されていた。しかし、新型コロナウイルスが蔓延するなかで展開されたトルコの人道外交はその対象が先進国にも拡大した。トルコの人道外交は人道的な理由に加え、戦略的な考えに基づく政策であるが、コロナ禍はグローバルな危機であり、トルコの政策に他国が反発する可能性も他のイシューより少ない。その意味では、新型コロナウイルスへの対応は人道外交の対象として適していた。ただし、危機の時代の人道外交は、国内政策に不満を持つ人々の批判の的となりやすい。政策決定者たちは、国内の対応を十分に考慮しつつ、人道外交を展開していく必要があるだろう。
写真の出典
  • 写真 Maurice Flesier, A bakery shop closed due to a coronavirus outbreak, Bergama, İzmir, Turkey (CC-BY-SA-4.0).
  • 地図 Randam, Countries that received medical supplies or aid from Turkey against COVID-19.svg (CC-BY-SA-4.0).
参考文献
  • 今井宏平「新興国の人道外交――トルコの取り組みを事例として――」西海真樹・都留康子編著『中央大学社会科学研究所研究叢書 32:変容する地球社会と平和への課題』中央大学出版部、2016年、223-243頁。
著者プロフィール

今井宏平(いまいこうへい) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ所属。Ph.D. (International Relations). 博士(政治学)。著書に『トルコ現代史――オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで』中央公論新社(2017)、『中東秩序をめぐる現代トルコ外交――平和と安定の模索』ミネルヴァ書房(2015)など。

  1. ICRC総裁によるスピーチ:人道外交と人道原則に基づいた支援」赤十字国際委員会ウェブサイト。
  2. トルコではダヴトオール外相時代、年末または年始に「大使会合」が開催されており、そこで1年間のトルコ外交の指針がダヴトオールによって発表されていた。現在、大使会合でのダヴトオールの人道外交に関するURLは削除されている。
  3. Davutoğlu. A. 2013. "Turkey’s humanitarian diplomacy: objectives, challenges and prospects", Nationalities Papers: The Journal of Nationalism and Ethnicity, 41 (6), 865-870
  4. Ibid.
  5. Altunışık. M. B. 2019, "Turkey’s Humanitarian Diplomacy: The AKP Model", CMI Brief, No. 8.
  6. TIKAなどは世界大で活動しており、コロンビアやメキシコ、東南アジアにも事務所がある。
  7. Hasan Esen, "UK thanks Turkey for COVID-19 support", Anadolu Agency, 12 April 2020; "UK: Turkish PPE arrives as data suggests more dying from COVID-19", Aljazeera, 22 April 2020
  8. Safvan Allahverdi, "US thanks Turkey for aid against coronavirus", Anadolu Agency, 3 May, 2020.
  9. Tuvan Gumrukcu, "Turkey turns to medical diplomacy to heal damaged relations", Reuters, 11 May, 2020.
  10. "Turkey delivers medical aid to 80 countries amid pandemic", Daily Sabah, 15 May, 2020.
  11. Altunışık, op.cit.
  12. Natasha Turak, "Turkey’s lira hits its lowest level ever amid investor fears over sinking economy", CNBC, 6 May 2020.
  13. "Coronavirus PPE: Gowns ordered from Turkey fail to meet safety standards", BBC, 7 May, 2020.
  14. とはいえ、こうした報道は今のところ多くはない。
この著者の記事
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新型コロナウイルスと新興国・開発途上国