研究者のご紹介

土屋 一樹 研究者インタビュー

「実証研究に基づく中東の企業研究をめざして」

所属: 地域研究センター 中東研究グループ
専門分野: 中東・北アフリカ経済、開発経済学

途上国の経済に関心を持ったきっかけ、アジ研で中東研究を始めたきっかけは?

私が米国に留学した1993年頃は、日本のODAが世界1位になっていたり、世界銀行のレポート「東アジアの奇跡」が発表されたこともあり、開発分野では 日本や東アジアが注目されていました。当初は国際貿易を学びたいと思っていたのですが、たまたま履修した開発経済学の授業では日本人として東アジアの経済発展について意見を言わざるを得ないことが多く、経済開発に関心を持つようになりました。その後ODAの実務に携わる仕事をしたいと思うようになり、日本の大学院で開発経済学を学んでいたところ、たまたまアジ研の募集があって採用されました。その時点では、特に研究者をめざしていたわけではなく、また特定の国や地域を専門としていたわけでもなかったんですが、せっかくなので入所しました。最初の1年は事務部門での見習いだったのですが、中東、なかでもエジプト経済の担当を提案され、ちょっと考えているうちに先輩の酒井啓子さんにアラビア語初歩の手ほどきを受けることになり、あっという間に所内の中東関係者に取り込まれてしまった感じです。(笑い)

これまでどう研究を進めてきたのですか。

いよいよ覚悟を決めて一から中東経済について勉強し始めたのですが、最初はまったくの手探り状態。まわりの関係者にはそもそもデータがないからアジア諸国 のような経済分析は難しいと言われ、実際に文献を探しても他の地域と比べて中東の経済分析に関するものは少なく、試行錯誤の状態でした。それでも90年代 以降に中東でも市場経済化が進み、各国が民間部門による経済発展を模索中でしたので、これからは他の途上国と同じようなアプローチが出来るんじゃないかと希望的観測を持つことにしました。2004年からレバノンに1年、エジプトに1年半海外派遣員として赴任しましたが、百聞は一見にしかず。結構いろんな研 究や調査が行われつつあることがわかりました。“データはない、あっても非公開”というこれまでの常識が少しずつ変化しているように感じました。

これまで私は、まず研究蓄積のある農業部門から勉強を始めました。エジプトの農業部門は1980年代後半に他部門にさきがけて自由化され、ダイナミックな 動きがあったんです。また、農業部門は自由化期以前から調査・研究の蓄積が比較的多く、さらにエジプト特有の食糧補助制度についてはデータや研究報告書が出ていましたので、現地の実情を見ながらこの制度について興味深く取り組むことができ、「 変換期を迎えたエジプトの小麦流通 」(『 現代の中東 』)にまとめました。

現在実施中の「 中東における民間企業の成長と課題 」研究会は若手中心の意欲的な取り組みですね!

まず、この研究会の前段階として2007年度に、 齊藤純 研究員と2人で「 中東諸国におけるミクロデータの蓄積と経済実証分析の現状 」研究会を持ち、中東諸国のミクロデータの整備状況や関連する実証研究を整理しました。その上で実施可能な研究テーマを選定し、昨年度から「 中東における民間企業の成長と課題 」研究会を実施しています。日本ではこれまで中東企業研究といえば、中東の市場動向や産業のポテンシャルを調査する、いわゆる産業調査が主でした。中東の経済主体、あるいは企業部門がどういう状況にあるかといった研究が少なかったと思います。90年代以降は中東諸国の多くで民間企業部門の成長を促す政策を とっており、また近年の原油価格高騰によって新規投資が活発化し、民間企業部門の急拡大がみられます。この研究会では、いくつかの国・産業を取り上げ、民間企業部門の発展状況と課題について検討しています。私が取り上げるエジプトの場合、大企業の多くは国営企業が民営化されたもので、まだ“元国営企業”が 大きな位置を占めていますが、中小企業の数がかなり増えており、民間企業の勃興期と言えます。こういった中小企業も含めて既存のデータを使って分析したいと思っています。

アジ研の企業研究はラテンアメリカやアジア地域でかなり伝統があり、いろんなアプローチがされているので非常に参考になります。結構データは出てきたとはいえ、中東の企業に関する研究蓄積は少なく、どう研究を進めていこうか模索中ですので、諸先輩に相談させていただきたいと思っています。また、企業活動に地域の事情が影響しているかどうかも考えたいと思っています。私が実質的に初めて主査を務める研究会ですが、若手メンバー5名で切磋琢磨し合いながら取り組んでいるところです。

現在の研究会は今年度いっぱいですが、今後もいろんな角度から中東の企業研究を継続的に行っていきたいと考えています。

ところで、エジプトに滞在して気づいたことは?

イスラーム諸国では女性の社会進出が進んでいないように思われがちですが、湾岸諸国と違って、エジプト、とりわけカイロの先進的な企業や外資系企業などは 女性の割合が多いと感じました。現地で聞いてみると、能力重視で採用すると女性の割合が多くなるとか。なんとなく納得しました。

(取材:2009年8月27日)