研究者のご紹介

佐藤 幸人 研究者インタビュー

「『人』を重視した企業研究」

所属: 新領域研究センター 主任調査研究員
専門分野: 台湾の政治経済学分析

研究者になったきっかけは? これまでの台湾研究は?

入学当時東大では、アジ研にいた中村尚司さんと法政大学の清成忠男さんを招いて、「地域主義」という自主ゼミが開かれていました。家が近かったこともあり、中村さんと親しくなり、3年生の時にスリランカとインドに連れて行ってもらいました。彼を通してアジ研を知り、経済学部では高橋彰先生のゼミに入って途上国の勉強をしました。1986年に運よくアジ研に入り、その年ちょうど「アジア工業化プロジェクト」が始まって、私はそこで台湾を担当することになりました。アジ研では約10年、台湾研究者がいなかったのですが、それにもかかわらず統計部(現在は図書館に統合)の統計資料がかなり充実していたので助かりました。2年目に「台湾の工業化」研究会に加わり、そこから台湾の産業や企業の研究をやるようになりました。今の研究もその延長線上にあります。

海外派遣に際しては、大先輩の小島麗逸さんだったと思うのですが、友達作りが大切だとアドバイスしていただき、国立台湾大学の修士課程に入り、台湾の学生とともに勉強しました。その後、当時の先生たちが民進党政権に入閣し、政府とのチャネルができました。同級生のなかにも、そろそろそれなりのポストにつき始めている人もいますね。帰国後には、並行して工業化が進行した韓国と台湾の比較研究を服部民夫さんとやろうということになりました。この研究成果が『韓国・台湾の発展メカニズム』です。

研究スタイルは特定の「人」重視

佐藤 幸人
研究の中心は現地での企業などへのインタビューです。いかに企業にアクセスするかはいつも難しい課題です。企業等とのチャネル作りは地域研究者の重要なポイントです。2回目の海外駐在では、台湾で権威のある「中央研究院」の社会学研究所に席を置いたので、そこの秘書を通して企業にファーストコンタクトが取れ、非常に助かりました。もちろん会ってくれたとしても、どこまで話してくれるかはケースバイケース。実際のインタビューでは相手が話したいことを話してもらい、その中から自分の役に立つところをピックアップするという感じです。

私の研究スタイルは「人」重視。ある事象に関わった人たちがどう考えて何をしたかを組み合わせて全体像を作ります。一般には置かれた環境、条件を重視する研究手法が主流ですが、同じ条件であってもすべての人が同じように考えて同じように行動するわけではありません。別の言い方をすると、事後から見ると一本道に見えても、その場その場ではほかの選択肢もあったことが多いはずです。それのうちのどれかを選んでいくわけです。あるいはどうしようもなく立ちすくんでいたところで突破口を見つけていくとか。でも事後になるとそういうことが見えなくなってしまいます。なるべくそれぞれの局面で実際には選ばれなかった選択肢も拾った様な形で議論をしたいなと。この手法で取り組んだ成果が『 台湾ハイテク産業の生成と発展 』(岩波書店2007)。ここでは、後発国がいかに先進国とのギャップを縮小するかについて、エンジニアの重要性を強調しました。彼らが何を考えて何をしたのか、どういう選択をしたのか、それによって産業の発展の方向やスピードが変わったと考えるわけです。

90年代はエンジニアの中からニョキニョキ起業家が出てきました。2000年代になるとIT産業が成熟してきて、大企業の比重が増大しています。そういう意味で変わってはきていますが、そもそも大企業よりは小さい規模のほうが強い産業もあります。たとえば半導体の設計。小さい企業がひしめき合って、産業全体を発展させています。それが台湾の強みだと思います。

今回刊行された『 台湾の企業と産業 』は「台湾総合研究」の最初の成果ですね。

アジ研では、1980年代後半以降の台湾経済に関する包括的な研究をしていませんでしたので、そろそろやらなくてはと思っていました。もちろんアジ研以外でも台湾関係の本が出ていますが、アジ研のように時間を掛けた研究はなかなか難しいのが実情です。研究会のメンバーが集まるタイミングも良かったと思います。台湾総合研究の次の成果は政治を扱った「民主化後の政治」、そして3冊目は「台湾社会の求心力と遠心力」の予定です。今回の『 台湾の企業と産業 』では、90年代以降、台湾でも大企業の重要性が増大した点を示しました。また、「キャッチアップの天井」つまり台湾という後発国の先進国へのキャッチアップはどうすれば終わるのか、最後の一歩が難しいということを重要なメッセージにしています。

今関心を持っている研究テーマ、あるいは今取り掛かっている研究について

「民主化後の政治」研究会では、政治過程論として税金に関心を持っています。台湾は民主化して政治にお金がいるようになり、政党は財界の協力が欲しいので、財界の政治力が上がってくるわけですね。財界はそれをいいことに「減税しろ」とばかりいいます。しかし、減税ばかりしていては政府はお金が足りなくなりますし、所得分配か悪化します。そこで財政学者たちがプロフェショナリズムに基づいて、財界からの要求をいかに退け、税制全体を健全化しようと悪戦苦闘しています。そのあたりを書いているところです。

それと、『 台湾ハイテク産業の生成と発展 』を拡張した形で議論したいと思っています。今年度から研究会を組織し、韓国、中国、東南アジアはどうなっているかをアジ研の他の研究者たちと議論しています。

(取材:2009年1月21日)