研究者のご紹介

ションチョイ アブー 研究者 インタビュー

「情熱をもってバングラデシュの貧困問題の解決にむけて研究」

ションチョイ・アブー 研究員 所属: 開発研究センター ミクロ経済分析研究グループ
専門: 開発経済学、バングラデシュの貧困問題

ご専門は開発経済学、特にバングラデシュの貧困問題だそうですね。この分野に取り組まれるようになったきっかけをお聞かせください。

もともと高校時代は理系の学生でした。好きな科目は物理でしたね。父は銀行マンだったのですが、家族は私に物理学者やエンジニアになってほしかったようです。しかし、ダッカ大学に入学後、理系から経済学に転向することを選びました。経済学というのは理系の学生にとって人気のある選択肢ではなく、私の家族にも歓迎されるものではありませんでした。それでも私は経済学の道を続けることにしました。経済学の授業や思考方法がとても好きでした。経済学に転向するまで、高校時代には社会科の勉強をしたことはありませんでした。ですから、すべてが新鮮でしたね。

専門は開発経済学です。現在研究している地域は北部バングラデシュです。ここはダッカからは離れた地域で、直接の交通手段もなく孤立しています。

修士課程を終えた2005年、友人のシャリーアが北部バングラデシュの貧困問題について教えてくれました。おもしろいことに、初めてこの地域を訪ねることになったのは研究のためではなかったのです。それはただ、学生を社会的な活動に巻き込むためでした。大学の若い仲間の一部として、私たちは学生たちに社会意識を持ってもらうような活動をたくさんしました。そうした社会意識を高める活動の一部には、経済的に余裕のない貧しい人びとに冬用の衣服を提供するという活動があります。当時、千五百から二千もの服を必要としている人びとのために集めました。

このとき、さまざまな場所に足を運び、いろんな人たちと話をする機会がありました。こうした経験によって、人びとのために何をするべきかとか、研究のアイディアについて考えるようになったんです。どうやって制度をよりよいものにすべきか、なぜ人びとは貧しいのか、なぜこの地域はバングラデシュの他の地域と異なっているのか、何が問題なのか、そして、私たちには何ができるのか・・・って具合にですね。

研究では社会問題というものを強調していますね。この「社会問題」としては、どのようなものを想定しているのでしょうか。

重要な質問ですね。これには2つの問題がつながっていると思います。ひとつは教育が足りないこと、そしてもうひとつは人口問題です。といっても、人口問題も教育とつながっていますから、けっきょく全体としては教育の問題になってくると思います。

バングラデシュの公式統計では、この国の成人識字率はだいたい50~55パーセントであるとされています。ですが、個人的には完全に正しいとは限らないと思っています。「リテラシー」というのは、バングラデシュの文脈ではとても曖昧な言葉なんです。というのも、バングラデシュでは、自分の名前をサインできると、それでもって「リテラシーがある」、「読み書きができる」とみなされます。多くの人たちが自分の名前のサインのやり方は覚えます。しかし、それをどう読むとかいったことはわかんないんですよ。

ただ手の動かし方だけを覚えたってことですね。

そうなんです、手を動かしているだけなんです。教育がないと、重要な情報の書かれた新聞や通達を読むことができません。そこに例えば、政府による貧困対策に関連する重要な情報が含まれていたとしても、です。お分かりの通り、こうした教育の欠如は、社会経済の発展を遅らせることにもつながっており、過密人口の問題といった新たな問題を生み出すことになります。バングラデシュは人口過密国のひとつで、それだけに資源も限られています。こうした制約を考慮に入れると、貧困削減のための効果的な解決策を見いだすのはとても困難ですし、政策立案者や研究者にとっては大きな課題でもあります。

今お話ししたとおり、教育というのは不可欠です。にもかかわらず、すべての子どもたちに教育を普及することは困難を極めます。教育にお金を使う、つまり教育投資にはさまざまな制約がつきものですから。こうした貧困層の教育投資制約を緩和するために、われわれはこの問題に立ち向かう次の2つのプログラムに関与しています。それぞれ、「e-education」と「ソーラーランタン」のプロジェクトです。

e-educationの考え方はとても単純です。通常都市部に住んでいる有名な先生たちの授業をDVDに収録し、これを農村地域に配布し、ノートパソコンをつかって生徒に教えるというものです。現在、我々が介入の対象としているのは大学入試レベルの受験勉強をしている生徒たちです。農村地域というのは、都市部にくらべて大学入試用予備校が全然ないんですよ。ですから、より高い教育を受けたい場合には、機会の不平等が存在しているってことです。この遠隔教育は、そうした不平等を緩和するものです。この研究は、当研究所の高野久紀さんや東大の澤田康幸さんと進めているところです。

もうひとつの事例であるソーラーランタンプロジェクトは、とても興味深くユニークなものです。調査地域のひとつに、ベンガル語で「川のなかの島」という意味をもつCharと呼ばれる地域があります。このCharの地域では、物流コストが高いがゆえに電力がまったく整備されていません。そこで、特に子どもたちのことを念頭において、この地域の電力問題をどう解決したらよいのか、長いあいだ一所懸命に考えていました。我々はChar地域の学校を訪れて、子どもたちに夜暗くなってからはどうやって勉強をしているか尋ねました。すると、子どもたちの回答に最も共通する内容は、ケロシンランプ(訳者注:ケロシン(kerosene)は灯油と成分の似た燃料の一種)を使って勉強している、ということでした。しかし、ケロシンランプを使って勉強するのはとても危ないんです。火がむきだしで燃えていますし、幼児が使用した場合は特に火事や大火災の原因にもなりかねません。呼吸器系の健康を害するような汚染物質もたくさんでます。初めての訪問時に気がついたんですが、ケロシンランプを使って勉強している子どもたちの鼻水はほんとに真っ黒なんですよ。これは、いかにケロシンランプによって空気が汚れているかってことの証ですね。

同僚の研究企画課 吉田暢職員が私を日本のあるNGOに紹介してくれました。そして、ソーラーランタンという、とても安価で、太陽光で持続的に発電し、勉強するのに十分な発光力のある装置があると教えてもらいました。そこで、そのソーラーランタンを試験的に活用し、子どもたちの教育や健康に及ぼすインパクトを研究したくなりました。

ソーラーランタンは、次の2つの点で役に立ちます。ひとつは、ソーラーランタンを使うことで、昼であれ夜であれ、勉強したいときに、めまいや充血で目を赤らめることもなく、より長時間、よりたくさん勉強することができるということです。ふたつめとして、われわれが期待しているのは、健康に対するインパクトです。ソーラーランタンを使用している子どもたちは、ケロシンランプから出るようなガスを吸わなくても済みますからね。それに、このソーラーランタンはとても価格が低廉なので、インパクトをみるために無償配布することもおそらく可能です。今後はソーラーランタンをどう普及すればいいのかについてもみていきたいと考えています。この研究も現在進行中です。

日本に来る前、ジェトロ、アジア経済研究所についてはどのようなイメージを持っていましたか。

2008年に妻と一緒に初めて日本に旅行に来て、2010年にはこちらに引っ越しました。その前からジェトロのことは知っていました。ダッカに事務所がありましたから。当時、アジア経済研究所のことは知りませんでした。

バングラデシュ出身研究者からみて、日本人研究者が開発研究に取り組む上での有利な点は何だと思いますか。

日本人が持っている開発研究に貢献できる強みは主に3つあると思います。ひとつめは、理論であれ計量経済分析であれ、テクニカルスキルと能力があるということです。日本人はたいへん質の高い訓練を積んでいます。

2つめは、これまでに日本人が積んできた日本人としての経験です。現在、日本人は発展を遂げた先進社会で生活していますから、その段階に到達するまでに何が必要なのかを知っているでしょう。他方、私は開発途上国の出身ですから、私のような人間にとっては、発展を起こすために重要なことをどう優先づけするのかという問題は難しいことです。

また、日本には豊かな歴史があります。ここには、開発途上国にとっても示唆に富む教訓がたっぷりつまっているでしょう。特に第2次世界大戦以後、日本が現在の地位にまでのぼりつめてきた過程は、私のような研究者にとっては教わることがとても多いですね。

つまり日本の経済史、経済発展過程を学ぶのは重要ということですね。

そうですね。そして3つめは、情報技術です。情報技術はとても重要です。日本は技術革新という点でとても卓越している国だと思います。バングラデシュのような開発途上国には、技術のR&D(研究開発)はありませんから。

翻って、開発途上国出身者として、私にもいくつか強みがあると思っています。開発途上国出身者として貧困のなかに生きてきた私と、先に述べたように途上国から先進国にのぼり詰めた日本人とで研究チームを組めば相乗効果が期待できます。これにより、私が貢献できる部分と日本人が貢献できる部分とが合わさり、効率的・効果的な方法で問題に取り組むことが出来ると思っています。

最後に、今後の夢と、開発研究に関心をいだく読者になにかメッセージがあればお聞かせください。

私の将来の夢は、社会的な問題への解決策に向けてグループで研究に取り組むような社会イノベーションラボを始めることです。そして、そこでの研究を開発途上国に普及し、エビデンスにもとづいた政策形成に資することです。

フィールドレベルでの開発研究をおこなっていくには、忍耐、度胸、根気が必要です。これはみんなが得意なことではありません。もし開発問題に熱心に興味があり、世界における貧困問題に関心を寄せ、必要な特性を持ち合わせているなら、このフィールドにあなたも足を踏み入れてみませんか。

(取材:2013年3月6日)
訳責(聞き手):岡部 正義(研究支援部)