研究者のご紹介

近藤 則夫 研究者インタビュー

「インド政治のダイナミズムについてデータを駆使し多角的な視点で分析する」

近藤 則夫 研究員
所属: 地域研究センター 南アジア研究グループ長
専門分野: インド現代政治・社会論、農村開発行政、比較政治学、選挙分析

これまでインドの政治について幅広く研究されていますが、インド研究の魅力は?

確かに私自身でも、内政から国際関係、議会政治から村の政治、あるいは工業政策や経済の自由化、農村開発など、かなりいろんなテーマに取り組んできたと思います。地域研究というのは何でも屋になってしまうところがあります。新聞を読んでいても我々研究者には、現実の世界がなにかしら村から国際関係までつながって見えてくる時があります。ただ、様々関係を体系的に結びつけるのは非常に難しいので、結果としてあらゆる角度からインドをみてきたわけです。

インド研究の面白さは、民主主義体制を取っていることもあって政治の動きが人々の暮らしに直結しダイナミックに動いている点です。典型的なのが経済や宗教といった人々の日常生活につながる動き。例えば、人々が与党を評価する際、物価など日々の経済に敏感に反応することがありますが、与党もこうした行動を分かっていて選挙前は経済の安定化を図る面があります。また、宗教に関しては、低い地位にある少数派のイスラム教徒(ムスリム)は、宗教と政治の絡み合いに 敏感です。というのもヒンドゥー多数派のムスリムに対する政治的態度如何によっては自らの安全に大きな影響が出てくるからです。たとえば、80年代以降に 躍進したインド人民党などの原動力の一つである「ヒンドゥー・ナショナリズム」によって、各地で両者の緊張が高まり暴動や殺人事件が発生しました。人々が 政治に敏感になることによって政権交代が80年代末から頻繁に起こるようになってきました。ただ、今年2009年の選挙ではインド国民会議派を中心とした 連合政権が継続することになり、ようやくある程度落ち着いた感じです。これについては、機動研究の成果として「 インド政治経済の展開と第15次総選挙 — 新政権の課題 」にまとめました。

どんな研究方法を取られていますか?

政治学においても経済学的な計量分析がかなり入っています。私の場合、ミクロとマクロの両方のデータを使うようにしています。ミクロの調査だけではなかなか全体像が見えてこないし、マクロデータだけだと人々の行動パターンまで理解できない。結局、同じ事象を見るにしても両方の視点が欠かせません。たとえば、マクロデータで連邦下院議員選挙について解釈できても、そのデータが人々のどんな行動の積み重ねによるものか、つまり特定の政党に投票した理由については、実際に村に入って村人に聞かないと分からない。ミクロデータの収集は非常にたいへんな作業で、また何万とある村のうちほんの数箇所では限界がありま すが、実地の調査によって、統計データの解釈がよりビビッドなものになります。農村レベルで見てきた事実とマクロの統計データから導き出される姿が一致するときが面白いですね。最近、既存のモデルにならった研究方法も試みていますが、基本的に私の研究スタイルは、まずデータを集めて、それを分析し解釈する、そしてうまくいけば理論的なところまで高めていくという帰納的な研究スタイルを取っています。

どんな村を調査されたのですか。


政府からの資金で村道を整備する村人:
北インドウッタル・プラデーシュ州

最近、私が調査した北インドのガンジス川沿いの村は人口が1~2千人位で、人々が固まって住んでいる集村です。伝統的な村は通常カースト別に住む地域が分かれ、お互いの職業は相互補完的に物々交換などで成り立っています。社会的階層と経済的上下関係が大体一致する場合が多く、下層の人々は社会的にも経済的にも恵まれない状況にありました。こうした格差構造は現在でも多く見られ、例えば住居などは、下層の人たちの場合は泥壁に草葺が多く、上層ではレンガ、コンクリート造りが多く見られます。80年代以降、下層民でも政府の援助である程度立派な家を持てるようになったとはいえ、まだカースト間で格差が大きいのが実態です。村では水もカースト間で井戸を共有しないという場合が多くあります。しかし近年、社会変化の波が徐々に押し寄せていることも事実で、インフラについてもまだ電気のない村が多いですが、初等教育も確実に普及し、大都市部への出稼ぎなどを通じて人々の意識も変化しています。こうした基本的な変化が高いレベルの政治変化の原動力となっていると思います。付け加えると、村の調査では適切なサンプリングが重要です。多様な社会ですのでインタビューする人が偏ると、偏った調査結果になってしまう。例えば、村を選ぶ時、隣同士の村だと社会経済的な状況が似ていると思われがちですが、実際はそうではないんです。また女性にインタビューする場合は女性の調査員を雇いました。ムスリムだけでなく高カーストの女性もパルダ(女性隔離制度)があって男性とは会わない場合があるので、女性の調査員は不可欠です。

インドは様々問題を抱えながら民主主義を維持してきましたが、問題はないのでしょうか?

インドは貧困な国とはいえ特筆すべき点は、独立以来一時期を除いて政治体制は一応民主主義体制を維持していることです。しかし、それは様々な矛盾を抱えた体制でもあって多くの問題を抱え,民主主義の恩恵を受けられないマージナルな人々がいることも事実です。最近ちょっとしたインドブームで、インドは民主主義体制を維持してきたすばらしい国であるかのように言われがちですが、それはやはり一面的な評価で、様々な限界を抱え込んで苦しみつつ進んできたのが現実 だと思います。この点に重点をおいて分析したのが、最近出版された『 インド民主主義体制のゆくえ: 挑戦と変容 』です。インド研究者として、どうしてもインドの民主主義体制に対して辛めの評価になる傾向がありますが、それを差し引いても数々の限界、欠点について指摘 せざるをえないと思います。ただ、国政レベル、州レベルの選挙についてはかなり高く評価してもよいと思います。汚職や暴力事件なども見られますが、インド の選挙は人々からほぼ正統性を得ているとい言ってよいでしょう。そしてこうした選挙が間断なく続いてきたことが、社会の矛盾をさらけ出し,ある場合は政権 交代による問題解決に役立ってきたといえます。

今後の研究について

今年から2年間の予定で「 現代インドの国際関係:メジャー・パワーへの模索 」 研究会を実施しています。インドの国際関係については1997年に「現代南アジアの国際関係」(研究双書)にまとめましたが、その当時に比べて経済発展と国際的地位の向上、隣国パキスタン、中国関係など大きく変化しているので、改めて見直しているところです。長期的研究としては、やはり民主主義の問題が大きく、民主主義体制下で選挙を繰り返していれば、ある意味、自動的に人々の福利厚生、自由、平等といった価値感を保障しうるように自己変革できるのか、あるいは大きな限界が潜んでいるのか、といった点に大きな興味があり、体系的にまとめられれば面白いと思っています。特に、弱い立場に置かれている指定カースト、ムスリムなど少数派の人たちの向上がありうるのか。やはり結局のところ民主主義は多数派支配になってしまうのか。包摂的で少数派の希望もつなぎ止められるような柔軟な民主主義になっていくのかなど、興味がつきません。

(取材:2009年10月26日)