星野 妙子 研究者インタビュー
「メキシコの企業グループの栄枯盛衰をウォッチする」
専門分野: ラテンアメリカ経済論
メキシコの企業研究に関心を持たれたきっかけは?
全共闘世代のちょっと後の世代で、世の中が激動の時に学生生活を送りました。ちょうどその頃、チリのアジェンデ政権(社会主義政権)が成立しすぐに崩壊するなど、ラテンアメリカも同様に変動期にあったこともあり、この地域に関心を持ち、卒業論文と修士論文はチリを取り上げました。その後、メキシコに留学したのは、政府の留学制度が当時この地域ではメキシコだけだったからですが、行ってみると意外と面白くて、これ以降ずっとメキシコ研究が専門です。企業研究を手がけるきっかけは、大学時代に恩師である山田秀雄先生と佐藤定幸先生との出会いにあります。特に、山田先生のお手伝いで植民地に進出する英国企業の資料整理をしているうちに、途上国の経済発展のためには外国企業に頼らず国内で担い手を育成する必要があるのではと考えるようになり、企業研究を志しました。
大学生の時から研究者に憧れていたのですが、今と同様にオーバードクターが深刻な状況で、しかも当時は雇用機会均等法の前で、学会もかなり保守的な世界でしたから女性にはかなり門戸が狭いものでした。ところが、アジ研は平等に試験で採用するというので受けたところ、運良く受かりました。アジ研には、すでに5、6名の女性研究者がいらっしゃいましたが、世間一般には女性研究者の道は非常に厳しいものがありました。
世界的な大富豪“カルロス・スリム”に逸早く注目していましたね!
彼は一昨年「フォーブス」で世界一位の富豪にランキングされ日本でも一躍有名になりましたが、彼がほとんど無名の時から世界一に上り詰めるまでの経緯をずっとみてきました。メキシコでは1982年の経済危機以降、企業買収が激しくなったのですが、どんな経済主体が伸びているかを調べたくてメキシコの証券取引所の年報の企業データをコンピュータで分析したところ、カルロス・スリムとインブルサ(彼の会社)という名前が大量に出てきてびっくり。その後、メキシコの経済雑誌に“乗っ取り屋”としてよく名前が出てくるようになったんです。詳しくは『 ネオリベラル改革下の新興ファミリービジネスの台頭 』 に書きましたが、80年代の経済構造転換の際に企業買収でどんどん資産を増やし、その後、公企業が民営化した際もテルメックスという政府の電話会社を買収し、携帯電話にも進出してメキシコ市場を独占した後、次にはラテンアメリカの国有企業を買収して多国籍企業化するというように、2000年以降ずっと続き、結局2007年に世界一の富豪になったわけです。
企業の聞き取り調査がたいへんだと思いますが、いかがでしたか?

今年度の個人研究「 21世紀のファミリービジネス:メキシコの場合 」はこれまでの集大成になりますか?
そうしたいと思っています。メキシコ経済は、1982年の対外債務危機、1994年のメキシコ通貨危機、そして昨年の米国発の金融危機の影響など度重なる危機の中で、企業の入れ替わりがかなり激しかったのですが、生き残ったり新たに台頭したりした企業もやはり同じようにファミリー経営による企業グループ。なぜそうなっているか、その理由を明らかにしたいと思っています。それから最近ではファミリーによる企業グループが途上国特有のものではないと広く言われるようになりましたが、メキシコの事例から21世紀の新たなファミリービジネスの姿を提示できればと考えています。
今後の研究については?
自動車産業に焦点をあてて、新しい産業構造がどう変わっていくのかを見たいと思っています。メキシコの自動車生産量の半分を支えるのが、米国系のGM、フォード、クライスラーですが、これらが撤退、あるいは閉鎖した場合、輸出産業にかなりの変化があると思われます。一方で最近メキシコに進出しているホンダとトヨタは日本ではハイブリッド化や低公害車に主力を移しつつあります。こうした産業構造転換の中でこれまで裾野産業に食い込んでいたファミリービジネスがどう対応するかについて調査する予定です。これまで私の研究は大企業が中心でしたが、なぜメキシコの中小企業が輸出産業の中に食い込んでいけないのかについても技術力や資本力、経営力といった点から探りたいと思っています。
(取材:2009年8月4日)