研究者のご紹介

菊池 啓一 研究員インタビュー

「制度」を見ることでラテンアメリカ政治を深掘りする

所属:地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ
専門分野:ラテンアメリカ政治、比較政治学、政治制度論
「ラテンアメリカ政治を研究するからこそ見えてくる、日本政治研究の姿もあると思います。」

どうしてラテンアメリカ政治研究の道へ進むことになったのですか?

研究者には、地域への関心から入る人、政治学などの学問分野への関心から入る人、と2種類いると思います。私はもともと高校生の頃から地域研究に興味があり、大学は分野にこだわらず地域のことを勉強できるところを選びました。サッカーも好きで、ちょうどその頃は90年代で三浦知良選手がイタリアのセリエAで活躍した頃だったこともあり、イタリアに興味がありました。大学でも最初はイタリア語を勉強しましたね。

大学3年生になり、そんなこともあってゼミを選ぶときに最初はヨーロッパ研究のゼミに入ろうかと思いました。ただ、当時はちょうどユーロが導入されて国際関係のテーマに関心が集まっていた時期で、私は国際関係よりも国内政治に関心があったので、そのゼミには入りませんでした。学園祭の時、開講1年目だったラテンアメリカ政治のゼミの発表を聞いてそのゼミに決めたのがはじまりでしたね。アルゼンチンはイタリアからの移民が多く、使われている言葉にもイタリア語起源の単語が入っていたりして、とても入りやすかったこともあります。2002年、大学院修士課程の時にアルゼンチンのブエノスアイレスを初めて訪れたのですが、その時はデフォルト(債務不履行)による国家経済破綻の直後だったこともあり、銀行は建設現場のようなフェンスで囲われていて雰囲気がとても暗く、ヤバいところに来てしまったと思いました(笑)。

学部を卒業して、普通に就職することに若干違和感を覚え、大学院に進もうと決めました。修士を終えて、もう少し研究したいなと思い、米国に留学して博士号を取得しました。そして、筑波大学を経てアジ研に入りました。アジ研の存在は学部時代から知っていましたね。ラテンアメリカ研究だと日本語で読める文献はどうしても限られますので、研究双書も何冊か読んでいたと記憶しています。

今はどんな研究をしていますか?

写真:菊池啓一

ひとつは、博士論文を本にする作業をしています。(Presidents versus Federalism in the National Legislative Process: The Argentine Senate in Comparative Perspective, 2018年夏・刊行予定)アルゼンチンの上院における地方政治(州知事)の影響についてです。ラテンアメリカには連邦制の国が4つあり、そのひとつのアルゼンチンの各州にも知事がいます。本来連邦制では憲法によって連邦政府と州政府の管轄が明確に分かれているはずなのに、アルゼンチンでは州知事が国政に対しても大きな影響力を持っていると言われています。でもそのような現象が発生するメカニズムは明らかにされていませんでしたので、それを博士論文のテーマにしました。

この研究の特徴は、まず、上院を扱っているところです。議会研究では一般市民の利益を代表する下院を対象とするものが多く、州の利益を代表し、各州に割り当てられる議席数に差のない上院については、米国の事例を除きあまり研究の蓄積がありません。それから、議会研究の理論自体が現職優位で議員自身の再選希望も強い米国のコンテクストに基づいていることが多いのですが、ラテンアメリカでは議員の再選率がそんなに高くないんです。そのような場合、議員はどのようなインセンティブを持って行動するのか。議員としての再選は目指さなくても、州知事の伝手(つて)を頼って他のポジションに就こうとしている。だから州知事に対して忠誠心があるんだ、というのがこれまでの議論なのですが、議員と地方政治の関係にはもっとバリエーションがあると思うんです。この研究では、その点についても取り扱っています。この研究のもうひとつの特徴はデータ収集についてです。通常議会研究でよく取り扱われる法案データと本会議での記名投票データに加えて、本会議に至る前段階である委員会でのデータも使って、より深く議会内の動きを探っています。

ここまではアルゼンチンを対象にした研究ですが、2018年夏から海外派遣員としてブラジル、アルゼンチンに1年ずつ滞在する予定です。私はブラジル政治研究も行っていますので、今後はこうしたテーマについて、ブラジルではどうなのか、他の地域でも一般化できることなのか、などと海外派遣中も探っていきたいと思っています。

その他に、予備選挙の研究も行っています。アルゼンチンでは政治の透明性を高めるために、米国のように候補者選出に向けて予備選挙を行うことが法律で義務化されたのですが、予備選挙の導入と有権者の満足度の関係や、国政と地方政治での予備選挙の役割と効果の違いなども引き続き研究する予定です。

ラテンアメリカ政治研究は、比較政治学や社会科学全体へどのように裨益すると思いますか?

政治学における議論は、米国政治研究から生まれたものが少なくないんです。でも、その議論が他の国の事例にも当てはまるのかを考える際に、米国と同じ大統領制の国が多いラテンアメリカが、まず比較対象になります。また、日本政治研究を行う方が、比較政治学としての議論を組み立てる上で、ラテンアメリカ政治研究を参照していることもあります。先ほどの私が見ているアルゼンチンの上院や予備選挙などについての研究も、今はケースが限られていますが、ゆくゆくは他の地域との比較が出てきたらよいなと思っています。

これからの研究の展望を教えてください。

私は「制度」に関心があります。同じ政治学者でも、制度を見る人と人々(有権者)の行動を見る人とがいますが、私は完全に前者です。 そうした中で、ひとつ研究してみたいのは、司法と議会の関係性に関することです。まだあまり研究されていない領域だと思いますので、是非行ってみたいと思います。

それから、これまでのラテンアメリカ政治研究を活かして、日本政治研究も今後行ってみたいですね。日本では投票の際に候補者の名前を有権者自身が書きますが、とても珍しいシステムですので、他の国の人に言うととても驚かれます。そのような日本の独自性もある一方で、例えば地方政治の二元代表制(知事と議員の双方を直接選挙で選ぶシステム)やクライアンテリズム(恩顧主義)などは、他国と比較して考えてみると面白いでしょう。他の地域を見ているからこそ見えてくる面白い日本政治研究のテーマがあると思いますし、そういったものを海外に知ってもらうよう発信していくことにも興味があります。

研究者を目指したい人に:色々な経験を!

私は留学したことで、さまざまな経験ができたと思います。留学先はアメリカの大学でしたが、博士課程がフィールド重視のプログラムでしたので、博士論文を執筆するためにアルゼンチンまで行けたのはよかったです。スペイン語が話せるようになったのも、アルゼンチンでのことなので、私のスペイン語はアルゼンチンなまりです。積極的に色々な経験をされるといいと思います。

(取材:2018年5月16日)