研究者のご紹介

湊 一樹 研究者インタビュー

インドで何が起こっているのかきちんと書き留めておきたい

所属:地域研究センター 南アジア研究グループ
専門分野: 経済開発、不平等、インド政治経済

写真:湊一樹研究員



――インドをはじめとする南アジアの政治経済が専門とのことですが、関心を持ったきっかけはなんですか?

大学は経済学部に進学しました。ゼミの指導教員は数理経済学が専門だったのですが、開発経済学のテキスト(Debraj Ray, Development Economics, Princeton University Press, 1998)を輪読したのがきっかけで、経済開発の問題に興味を持つようになりました。修士課程は、その著者のレイ先生が教鞭をとっていたボストン大学に進み、開発経済学を専攻しました。 ただ、入学したときにはレイ先生はもういませんでしたが。

ですから、特定の言語や地域研究から出発してインド研究をやるようになったわけではありません。アジ研に入るまでは途上国に行ったことさえありませんでした。

アジ研の採用試験に合格してすぐに、インドを担当するよう打診がありました。入所した年に、当時同僚だった久保研介さんにインドと中国の製薬産業に関する研究会に誘ってもらい、その現地調査でインドに連れていってもらったのが初めての訪問でした。インド滞在中は、お腹を壊すこともなく元気に過ごすことができたので、もともと適性があったのかもしれません。

まだインドについて何もわからない頃、先輩の近藤則夫さんがインドの政治経済について勉強するための輪読会を開催してくれたりもしました。2012年からは2年間、海外派遣でデリーに滞在し、インドでの在外研究に従事しました。

インドをはじめとする南アジア地域を幅広く研究されている、アジ研OBの佐藤宏さんには、よくわからないことがある時に質問をしたり、書いたものを読んでもらったりしています。研究に対する姿勢の厳しい大先輩なので、きちんと準備してから質問するようにしていますし、いい加減な原稿を送るわけにもいかないので気が引き締まります。 怒られたりしたことはありませんが、怖いんです(笑)。

――ミネルヴァから出された論文でも、佐藤宏さんの業績にたくさん言及されていますね。

その原稿も読んでいただき、いろいろとコメントをもらいました。ちなみに、2015年にドレーズとセンの本を翻訳しましたが、それも佐藤さんが声をかけてくださったのがきっかけです。

――最近書かれたものについてお聞かせ下さい。ここ1年間だけでも『IDEスクエア』に6本と精力的に書かれていますね。

とにかく、なにが起きているのかをきちんと書き留めておくことが大事だと思っています。最近よくいわれる「ポスト・トゥルース」の時代なら、なおさらではないでしょうか。先日も、インドでの新型コロナウイルスの感染拡大と政府の取り組みの問題点についての論考を『IDEスクエア』で公開しました。

ただ、書いたものが読まれているかというと、そうでもないような気がしますが……。

しかし、たとえ今は読まれなくても、あとになって何かのきっかけで読んでくれる人がいたらいいかな、と思っています。記録するというのは、そういうことではないでしょうか。

――今後の目標、やりたいことなどについておしえてください。

今取り組もうと思っているのは、インド政治におけるポピュリズムの研究です。「ポピュリズム」の現象は最近の比較政治学でも注目されていて、多くの研究が進められています。インドのモーディー政権は、その「ポピュリズム」の典型だと思っています。インドの事例を通じてポピュリズムをどう理解するか、あるいはポピュリズム研究を通じてインドをどう見るか、というのが主な関心です。『IDEスクエア』でも「ワンマンショーとしてのモーディー政治」という論考を書きました。

加えて、モーディー政権の特徴である「ヒンドゥー至上主義」の影響もあわせて分析できたらと思っています。モーディー首相は「Maan Ki Baat」(ヒンディー語で「心のメッセージ」の意)という月例ラジオ講話の番組を持っているのですが、その内容をくわしくみてみると、初代首相のネルーのことにはまったく触れない一方、「インド独立の父」であるガンディーのことは都合のいいように捻じ曲げるなど、歴史修正主義的な傾向がみてとれます。このラジオ番組は音声やテキストのデータがすべてそろっているので、その内容を実証的に分析したいと思っています。

こうした要素を踏まえて、現在のインドの政権の特徴を浮かび上がらせることを目標にしています。冒頭で申し上げたように、最初は経済開発の研究から始めたのですが、インドの経済事情を理解するには政治を知ることが必須だと思い、これらのトピックを研究しなければと思うようになりました。

これからは英語での発信も増やそうと思っています。2019年には「政府によるメディア・コントロールに関する実証分析」をテーマに英語で論文を書きました。2020年度から2年間の予定で、モーディー政権下のインドにおけるポピュリズムについて研究を進めていて、その成果も英語で発信する予定です。

――最後になりますが、休日の趣味やストレス解消法、健康法などがあれば教えて下さい。
ご長寿健康法みたいですね(笑)。えーと……、去年から毎朝走っています。20〜30分ぐらいだけですよ。最初は散歩だったのですが、気づいたらランニングに進化していました。
――早起きして、走って、早めにアジ研に来て、原稿を書く、と。いいですね!
あくまで理想、モデルケースですけどね(笑)。

(取材:2020年7月3日)