研究者のご紹介

山田 七絵 研究者インタビュー

開発研究と農村社会研究の結節点として注目した「中国の村」

所属:新領域研究センター 環境・資源研究グループ
専門分野: 中国農業経済、農業と環境問題

写真:山田 七絵 研究員

──農業経済や環境問題がご専門とお聞きしています。関心をもったきっかけは何ですか。

子どもの頃から環境問題、とくに生物多様性の問題に興味がありました。環境問題と途上国の貧困問題が深くつながっていることに気づき、大学と大学院は農学部で農業・資源経済学を専攻しました。学生の時は、島根県や北海道など日本の農村をフィールドにしていました。大学院の指導教官の中国との共同プロジェクトで雲南省に行く機会があったのですが、長江上流では計画経済時代の無理な農地の開墾や森林破壊が原因で大規模な土壌浸食が起こっていました。自然のスケールの大きさと、山間のわずかな土地で懸命に生きる人々の姿に衝撃を受けました。その時、途上国研究をするなら中国だと思い、アジ研入所時にそのように希望しました。

──アジ研に入ったあとの仕事の様子を教えてください。

最初は中国語もできなかったので、経産省の受託研究をする部署に配属されました。インドネシアの投資環境やラオスの林業について、英語で調査して論文を書きました。この経験は中国研究を始めた後も、中国の事例を相対化するために役立ったと思います。

並行して、自分の本来の関心である農業や中国の環境問題をテーマとした共同研究会に参加しながら、先輩方から研究の進め方や論文の書き方を学びました。とくに、元アジ研の研究員でタイ農村研究者の重冨真一さんからは、論理的な文章の書き方からリサーチクエスチョンの立て方、現地調査の方法、論文のまとめ方まで、地域研究の基礎をたたきこんでもらいました。このほか若手を対象としたアドバイザー制度があり、研究の方向性について定期的に指導を受けたり、原稿にコメントをもらったりしました。語学研修や所内の自主勉強会にも参加しました。

その後、北京と青島での在外研究を経て本格的に中国研究の道に入りました。

──2020年3月に東京大学出版会から『現代中国の農村発展と資源管理』を出版されましたね。
この本は、アジ研で働きながら通った大学院博士課程でまとめた博士論文がベースになっています。海外派遣後の2000年代末から約10年にわたる調査・研究の総括です。調査地は北京市、江蘇省、浙江省、山東省など東部の都市近郊地域から、遠隔地の四川省、甘粛省まで幅広くカバーしています。
──本書につながった研究を始めたきっかけは何ですか。

入所前に日本の農業について勉強していたときから、農村の公共財――農業水利、農業生産に関連する各種サービス、共有資源の管理など――の供給の仕組みに興味がありました。学生時代に学んだ開発経済学では、政府や市場が十分に供給することのできない農村のローカルな公共財はコミュニティが提供するとされていました。実際に日本などアジアの農村ではコミュニティを基盤とする農協や水利組合などが担っていることが多いのです。

ところが、中国の農村に行ってみると、(少なくとも当時は)そうした民間組織や相互扶助がほとんど見られませんでした。政府と農民の間にほぼ唯一存在する組織が、のちの研究テーマとなる「村」でした。

中国農村に対して抱いた違和感の正体を理解するために、農業経済や開発研究だけでなく、農村社会学や歴史学の先行研究も参照しながら研究を進めました。本書は「村」とそれが所有する「資源」に着目していますが、この視点は農村社会学の議論を援用したものです。

中国の村には、①農村の土地などの資源は村のメンバーによる集団所有であること、②住民自治組織であり意思決定の仕組みを持つこと、③伝統的に「自力更生」原則によってフォーマルな財政制度の外に置かれてきたこと、という制度的な特徴があります。つまり、内外の資源を使って自ら財源を確保しなければならない、企業のような性格を持っています。そのため、立地条件や「経営者」である村長の力量によって村の間にも経済格差があります。

歴史学の文献からは、農村の集団所有制度や地域社会の性格が村の成り立ちと深く関係していることを学びました。新中国成立後、1950年代の土地改革で地主から奪った土地や資産などの資源の塊を「集団」と呼び、これが現在の村の地理的範囲やメンバーシップの根拠となったのです。

──この研究で目指したことは何だったのでしょうか。

この研究を通じて、開発研究における農村コミュニティのイメージと先に述べたような中国の実態の乖離を少しでも埋めることができれば、と思っています。

また、中国の農業経済研究では村による公共サービスの供給システムや集団所有制は批判されることも多いのですが、それへの反論というねらいもあります。外部性の大きい農地や水利などの資源管理や開発に向けた住民参加を引き出す場面において、固有の資源と一定の裁量を与えられた村が有効に機能することも少なくありません。

本書では、曖昧な所有制度の矛盾を克服するためのさまざまな村レベルの制度革新についても議論しています。こうした中国の経験は、小規模な農業経営など共通の課題を抱えた日本や他のアジア諸国に対しても政策的なインプリケーションを持つと考えています。

──今後の目標についておしえてください。

これまで中国の農村ばかり見てきたので、他の国と比較をしたり、理論的なフィードバックを意識したりしながら、もう少し俯瞰的な研究をしてみたいと思っています。農村の資源管理や公共財というテーマで研究を続けていくという点は変わりありません。

コロナ禍でしばらく海外に行けないので、日本の中国人街の調査もしてみたいですね。

──休日の趣味やストレス解消法、健康法などがあればご紹介ください。

健康のために水泳やヨガをしています。読書も好きで、ジャンルに拘らず小説でも漫画でも何でも読みます。

旅行も好きで、中国以外の国にもよく行きます。最近行った国で面白かったのはキューバです。中国と同じ社会主義国なのにずいぶん違うなぁと、比べながら旅をしていました。

(取材:2020年7月2日)