中村 正志 研究者インタビュー
「多民族国家マレーシアの政治を制度から分析する」
マレーシアに関心を持たれたきっかけは?
大学でマレー語を専攻したこともあり、そのまま大学院では、おもにマレーシアの独立期の政治史を勉強しました。マレーシアはマレー人、華人、インド人等で構成される多民族国家で、言語、宗教、生活習慣が違います。同じ国民でも、隣の人が何を話しているのかわからないというシチュエーションが普通にみかけられます。そういうところが非常に興味深かったですね。
最初はインドネシアを担当されたのですか?
最初の3年間は『 アジア動向年報 』のインドネシアを担当しましたので戸惑いましたね。アジ研の中でもインドネシアグループは研究者の人数も多くかつ絆も強くて、入所するとすぐに毎週やっている勉強会で報告させられ、大変でした。右も左も分からないうちから先輩たちに鍛えてもらいましたね。結果的には、マレーシアを研究していく上で、インドネシア研究での経験はすごく役に立っています。比較の視点のようなものが身についたように思います。
これまでのマレーシア研究やご自分の研究スタイルについてお話いただけますか?
研究スタイルということでいえば、最初の約10年とそれ以降でかなり違いがあります。当初は、『 アジア動向年報 』や『 アジ研ワールドトレンド 』、 トピックレポート などのための原稿を書くことがおもな仕事で、これはようするに時事問題の解説です。こうした仕事をするための確立された方法論などというものはないので、自己流でやってきました。この手の仕事で重要なのは、そのときどきの読者の関心を適切に見定めて、そこに問題を落とし込んでいくという、「語り」のテクニックだと思います。ただ、そんな調子で時事問題の解説をいくら繰り返しても、社会科学の論文は書けません。2年間のクアラルンプール派遣から帰国して、成果を出すという課題に直面したときに、完全に行き詰まってしまいました。そのときになって、マレーシアのことだけをいくら勉強したところで論文は書けないと痛感して、政治学の勉強に力を入れるようになりました。そうして「 分断社会の政治統合—マレーシアにおける連邦議会下院選挙の統合機能 」を書いたのが転機になりました。
同じ時期に、「ポスト1990年問題をめぐる政治過程—ビジョン2020誕生の背景」(鳥居高編『 マハティール政権下のマレーシア 』研究双書No.557)も書いていますが、これは時事問題の解説と基本的に同じ方法で書いたもので、書きながら従来の自分のやり方の限界を強く感じていました。それで、発想を根本からひっくり返して、最初に仮定を明示した上で仮説を導出し、それを検証していくスタイルに取組もうと思ったんです。「多民族権力分有体制下の党内抗争」(佐藤章編『 新興民主主義国における政党の動態と変容 』研究双書No.584)や、去年の川中豪主査の研究会「 新興民主主義の安定 」では、こうした方法を用いています。ただ、政治学の理論や方法論がわかっていれば地域に対する知識は必要ないかというと、絶対そうではなく、両方持ち合わせてはじめてできることが多いのではないかと思います。
今後手がけたい研究は?
現在実施中の「 東南アジア政治制度の比較分析 」の研究会では、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポールの5カ国を対象に、制度に焦点をあてた比較研究をおこなっています。よくあるように、各国事情を記述した章を並べるのではなく、選挙や政党、議会、官僚制といったトピックにもとづく章立てにして、各章の担当者が1人で比較分析をする形式をとっています。そうすることで、分析枠組みが明瞭になりますから、著名な政治家や個々の歴史的事件ではなく、制度に着目することの意義がはっきりするのではないかと思います。政治学の基礎を勉強した方々が、その知識を応用して実際の事例を観察するのに役立つような本にしたいと思っています。類似の本がないので、読みやすくわかりやすいスタイルの『アジ研選書』として出版する予定です。
それから、個人的にはマレーシアの研究を1冊の本にまとめたいと思っています。異なる民族の政治家が権力をわかちあうスタイルが、どうして50年も続いてきたのか、他の国と比較しながら考えてみたいのです。パワーシェアリングは、民族的な対立を抱える国で平和を維持する策として有効だとずっとみられてきましたが、現実に長続きしている国はほとんどありません。その意味ではマレーシアはかなりレアなケースです。なぜマレーシアでそれが可能になったのかについて、ただそうであったという事実を記述するだけでなく、因果メカニズムに関するまとまった仮説を提示したいと思っています。
(取材:2010年12月22日)