研究者のご紹介

桑森 啓 研究者インタビュー

「より精度の高い国際産業連関表を作るために」 

所属: 開発研究センター ミクロ経済分析グループ長代理
専門分野: 産業連関分析、経済統計、国際貿易、開発経済学

アジ研に入所されて、国際産業連関表を担当されることになったきっかけは?

大学院で勉強していた時から、産業連関表を使った分析はしていました。その時の産業連関表をはじめとするさまざまなデータを扱った経験から、データの持つ限界やそれが作られる前提といったことに問題意識をもっていました。ですから、アジ研を受験した時、志望動機書で、統計調査部でデータを扱う仕事に従事したいと書いた記憶があります。偶々、このプロジェクトでポストの空きが出た時でしたので、私がちょうどマッチしたようでラッキーでした。

国際産業連関表のメリットは?

国際産業連関表には、統計表としての側面と分析ツールとしての側面があります。統計表としては、対象国間の貿易額や生産額などを、産業別に同一の基準で比較できる点がメリットとして挙げられます。アジア国際産業連関表の場合、10カ国についての比較が可能です。また、極めて詳細に財の流れを把握することができる統計である点も大きな特徴です。通常の貿易統計の場合は、「ある国のある商品がどの国へ売られたのか」ということがわかりますが、「どの国のどの産業へ売られたのか」はわかりません。国際産業連関表ならば、そこまでより詳細にわかります。分析ツールとしては、各国の産業間の結びつきの強さや経路を計測できる点がメリットとして挙げられると思います。また、ある国で発生した消費・投資・輸出などの需要の変化が生産に与える影響を、国内だけでなく他の国の産業についても計測できます。

実際の表作成のためのデータはどのようにして集めるのですか?

産業連関表の場合、調査に基づいたいわゆるベンチマークの表は5年おきに作るのが一般的です。国際産業連関表は複数の国が対象になりますので、まず対象年次の表をすべての対象国について揃えないといけません。しかし、国によって産業連関表の作成年次は異なるため、国際産業連関表が対象とする年次の表がない国については表作りから始めなければなりません(延長推計)。その場合、最低限のデータだけをそろえて機械的な方法で延長推計をします。私が担当しているインドネシアとフィリピンを例にとると、インドネシアは我々が作る国際産業連関表と同じタイミングで表を作りますが、フィリピンでは不定期にしか作られないので、延長推計を行う必要があります。推計は現地の共同研究機関(統計局など)が持っている公表・非公表のデータを利用して行いますが、必要な情報が不足している場合、特別調査を行うこともあります。例えば、フィリピンでは2005年アジア国際産業連関表の作成にあたり、国家統計局の協力のもと、企業に対して輸入品をどこに販売したのかといった、輸入財の需要先に関するアンケート調査を行いました。

苦労されるのはどんなところですか?

産業連関表には、その国のすべての産業の取引が記述されているのですが、アンケート調査では全産業について調査を行うのが難しい。産業や地域によってはサンプルを確保すること自体も困難で、かなり限定的な情報しか得られないという難しさがあります。やはり何らかの前提を置いて推計しなければなりません。アンケート調査を依頼する際に、相手先とどんなサンプルをきちんと確保すべきか綿密に打ち合わせる必要があります。調査を踏まえて各国の表ができ上がった後に、それらをつなげて国際産業連関表を作成するわけですが、これがアジ研の作業で一番苦労するところです。各国の産業連関表を、貿易を通じて連結するのですが、各国間の貿易額に不整合があるので、その誤差をなくしていく作業が一番大変ですね。産業連関表において各国の輸出入額が違う理由はいくつかありますが、各産業部門の概念が国ごとに異なることが最も大きいですね。部門の概念が異なると、そこに含まれる商品が違ってきます。もちろん、国際産業連関表を作成する際には、各国の表の組み替えを行って産業部門の概念を統一する調整を行いますが、完全に定義を一致させるのは困難です。したがって、連結した後に誤差が大きいところをみつけて輸出国と輸入国の貿易について、商品分類にまで遡って調べ直し、その違いをなくしていくという作業が必要になります。

こういった推計作業で苦労した経験があるので、何とか限られたデータから貿易理論や計量経済学の手法を使って精度を上げられないのかな、という問題意識を持っていました。それで、海外派遣先は途上国ではなく、貿易理論や計量経済学を勉強するためにアメリカに行かせてもらいました。調査なしでは大幅な精度の向上は難しいことを再認識したというのが正直なところですが、国際運賃の推計などでは、アメリカで学んだ手法が役立っています。国際産業連関表を何回か作っていると、大体どこに誤差が出るか予測は立ちますし、誤差の原因についてもある程度は過去の経験から推測がつくことはあります。ただ、痛切に思うのは、データを修正する際、現地の産業や企業の実態の理解は不可欠だということです。現地感覚なしで修正しようとすると、頓珍漢な修正になってしまう恐れがあるので、現地事情を知ることはものすごく大事だと思っています。アジ研の地域研究者の論文を読んだり、話を聞いたりすると、データのウラにある実態に気づかされることが非常に多いですね。本来であれば、私も現地の共同研究機関の人達と一緒に聞き取り調査などをする余裕がほしいのですが、短期間の出張が多く、現地感覚を養う時間的な余裕がない状態です。今後の課題ですね。

今後やりたい研究や課題は?

2005年の国際産業連関表が来年度リリースされ、現在のプロジェクトに一区切りがつきます。そこで、現在のアジ研で最も経験豊富な 玉村千治 上席主任調査研究員を主査に、OBの佐野敬夫さん(元統計調査部長)にもご参加いただき、来年度から2年間の研究会 「国際産業連関分析論」 を実施することになりました。30年以上にわたるこの事業を通じて、アジ研で蓄積されてきたノウハウや知見を整理し、国際産業連関分析に関する体系的な本にまとめる予定です。産業連関分析に関する書籍は数多くありますが、国際産業連関表とその分析に特化した書籍はないので、アジ研ならではの研究成果にできればと思っています。

プロジェクトでは、国際産業連関表作成のために、毎年アジア各国の共同研究機関の担当者が一堂に会するワークショップを開催しています。これは、プロジェクトの円滑な運営に資するほか、関係者の情報交換やネットワーク作りの場として喜ばれています。今後は、国際産業連関表の作業ノウハウの共有を進めるとともに、表を使った分析方法や各国に関する分析事例を蓄積・紹介していければ、各国への貢献につながるのではないかと思いますね。

(取材:2010年12月9日)