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(アジアに浸透する中国)中国の台頭と太平洋島嶼国の独自外交――大国間でしたたかに生きる島嶼国家

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050602

片岡 真輝

2018年10月

オセアニアで台頭する中国

中国のプレゼンスと影響力は、オセアニアに位置する太平洋島嶼諸国でも確実に増大している。オセアニア地域での中国の影響力の拡大に関する最近の分析では、中国の対オセアニア各国への経済援助の拡大を議論の出発点にするものが多い。それは、中国と当該地域との関係が中国・太平洋島嶼国経済開発協力フォーラム(China-Pacific Island Countries Economic Development and Cooperation Forum)を通じて急速に強化されてきたことに起因する。同フォーラムは、中国と太平洋島嶼諸国間の貿易や投資、観光などを促進することを目的としており、第1回は2006年4月にフィジーの首都であるスバで開催された。第1回フォーラムには、中国から温家宝首相が出席し、太平洋島嶼諸国に対し、3年間で3億元の融資や2,000人の政府職員・技術者への訓練プログラムの実施などが表明された1。第2回フォーラムは2013年11月に広州で開催され、汪洋副首相が出席した。第2回フォーラムでは、インフラ開発などのために10億USドルの融資の追加などが表明された2

地図:14の島嶼国が太平洋の広大なエリアに点在

14の島嶼国が太平洋の広大なエリアに点在(By Miller, MAPSWIRE)。

図1 中国からの対太平洋島嶼諸国援助額(2006~2016年の合計:100万米ドル)

図1 中国からの対太平洋島嶼諸国援助額

(出所)Brant (2016)より筆者作成。
中国は脅威か

このような中国の援助外交とそれに付随して増大する中国の影響力については、中国が既存の地域秩序に挑戦しているといった「中国脅威論」の文脈で理解されることが増えてきた3。太平洋島嶼諸国に対する伝統的なドナー国はオーストラリアであり、地域の盟主として中心的な役割も担っている。そのオーストラリアは、援助を通じて太平洋島嶼諸国が政治的にも社会的にも安定することを期待してきた。特に2002年にインドネシアのバリ島で爆弾テロが発生し多くのオーストラリア人が犠牲になったことをきっかけに、オーストラリア世論は政府に対して、テロや移民、越境犯罪といった非伝統的な安全保障への対策を強化することを求めるようになった。オーストラリア政府は、政治の腐敗や汚職、貧困、経済格差などが社会を不安定化させ、それがテロの温床になるリスクや越境犯罪を増加させるリスクにつながっていると認識しており、援助を通じてガバナンスの向上や格差是正を促すことで、地域の非伝統的な安全保障リスクを軽減させようとしてきたのである。

しかし、通常中国の援助はこのような政治的な条件を伴わない4。オーストラリアからすると、オセアニア各国が政治的にも社会的にも安定するように取り組んでも、中国の援助が増大することでその効果が弱まってしまうかもしれない状況である。これは、オーストラリアが目指す地域秩序を揺るがすことに繋がりかねず、甘い条件で太平洋島嶼諸国を取り込もうとする中国を警戒する向きが強くなっていったのである。この他にも、中国からの多額の融資でインフラ開発を進めた結果、債務の返済ができなくなり、国内の権益が中国に差し押さえられるのではないかといった懸念も聞かれるようになってきた。  

一方、「中国脅威論」への反論も多く見られる5。中国のオセアニア地域への関与の拡大は、インフラ開発の急速な進展など、既存の地域秩序にはなかった新たな機会を太平洋島嶼諸国にもたらしており、中国が地域の発展のために建設的な役割を果たしうるとの主張がある。また、どのような地域秩序を構築していくかは、中国ではなく太平洋島嶼諸国自身の手に委ねられているといった意見もある。さらに、太平洋島嶼諸国には台湾(中華民国)と国交を結んでいる国が多い点も指摘される。太平洋島嶼諸国14カ国中、キリバス、ソロモン諸島、パラオ、マーシャル諸島、ツバル、ナウルの6カ国が台湾との国交を維持しているのだ。したがって、中国が同地域に深く関与するのは、台湾を国家として承認しないようにこれらの国々に対して働きかけるためであるとの指摘もある。いずれにおいても、地域秩序に挑戦している訳ではないという主張がなされている。

オーストラリアの反応
このように中国の意図がどこにあるかについては識者の間でも意見が分かれているが、オセアニアの盟主たるオーストラリアは、中国のプレゼンスが同地域で拡大している現状に対して警戒心を隠さない。その危機感がよく表れているのが中国企業による海底ケーブル敷設問題である。2016年にソロモン諸島とオーストラリアのシドニーを結ぶインターネットの海底ケーブルを敷設する工事を中国の華為技術(ファーウェイ)が受注し、これにオーストラリア政府が安全保障上の理由から懸念を示したのである。オーストラリアはファーウェイによる工事を阻止するために、4,000kmにおよぶケーブル敷設に要する費用の大部分をオーストラリアによる援助で拠出することをソロモン諸島に申し出て、ファーウェイとの契約を撤回するように求めた。また、2018年4月には、中国がバヌアツに中国軍基地を建設することを検討していると報じられ、オーストラリア国内で大きな注目を集めた。
太平洋島嶼諸国による独自外交の新展開

このようなオーストラリア側の安全保障上の懸念は、オーストラリアやオセアニア各国のメディアで頻繁に報じられており、中国のプレゼンスの拡大が地域の大きな関心事になっている。こうして見ると、オセアニアは中国とオーストラリアによる競争の場であり、太平洋島嶼諸国はその競争に巻き込まれ翻弄されているように映るかもしれない。しかし、実際は必ずしも受け身になっている訳ではなく、中国の進出を外交交渉の道具として利用するなど、したたかな面も見せている。例えば前述の海底ケーブル敷設を巡る問題にしても、オーストラリアがソロモン諸島に対して敷設工費を負担する意思を示すと、同じく海底ケーブルの敷設を計画するバヌアツがオーストラリアに対して敷設費用の負担を求め始めた。上述のとおり、バヌアツには中国軍基地建設の噂もあることから、オーストラリアから良い条件を引き出す環境が整っていたと考えられる。また、中国からの融資でインフラ開発を進めてきた結果、オセアニアの多くの国が中国に対して巨額の債務を抱えることになった。この問題に対して、最近ではトンガが中国に対して債務の帳消しを求めた。中国に対する巨額の債務はオセアニア各国に共通する問題となっており、トンガはオーストラリアも参加する太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum: PIF)で同問題を議論する意向を示したのである。最終的にPIFのアジェンダからこの問題を取り下げはしたものの、極小島嶼国家であるトンガが中国に対して牽制を行うことは今までになかったことである。このように、太平洋島嶼諸国は、中国とオーストラリアのどちらか一方にすり寄るのではなく、双方から適度な距離感を保ちつつ、状況に応じて一方にすり寄る素振りを見せることでもう一方から好条件を引き出す、といった外交戦術を取り始めているのである。  

太平洋島嶼諸国が大国相手に外交交渉を行うのは、一昔前までは容易なことではなかった。オーストラリアをはじめとする西欧諸国によって構築された地域秩序の下では、地理的に隔絶され人口も少ない極小島嶼国家は、自力で自国の利益を追求する手段が極めて限られていた。このような状況に変化をもたらしたのが中国のプレゼンス拡大である。既存の秩序にとらわれない中国の存在が、太平洋島嶼諸国に大国と交渉するカードを提供したのである。中国の進出を警戒するオーストラリアは、太平洋島嶼諸国を自陣に引き戻し、地域秩序を維持するための行動を取るようになり、太平洋島嶼諸国はそこに交渉機会を見いだしたといえる。

大国間の競争を利用するしたたかな島嶼国家

このことは、2006年の政変後のフィジーとオーストラリアとの外交上の駆け引きを見るとよく分かる。フィジーでは、2006年12月に軍事クーデターが発生し、当時の国防軍司令官だったバイニマラマが政権を奪取し実権を握った。このような軍事クーデターによる政権の掌握はオーストラリアをはじめとする西側諸国から批判され、経済制裁や政権関係者の入国制限などの制裁が課されることになった。

しかし、中国はフィジーのクーデターを内政問題と位置づけ問題視することはなかった。上述した第1回中国・太平洋島嶼国経済開発協力フォーラムはこのクーデターより前に開催されていたが、中国がクーデターを理由にフィジーへの援助を差し止めることはなかった。また、政権メンバーに渡航制限が課されることもなく、中国はむしろクーデターの首謀者であるバイニマラマ暫定首相を2008年の北京オリンピックの開幕式典に招待したのである。西側諸国からの厳しい制裁に直面するバイニマラマ暫定首相は、この中国の寛大な対応を称賛した。

こうしてフィジーと中国の接近が目に見えて進展してくると、オーストラリアはフィジーが中国に取り込まれることに懸念を持つようになった。クーデターによって軍事政権が発足したことはフィジーで民主主義が機能していないことを示している。オーストラリアは、地域の非伝統的な安全保障問題に対応するために援助等を通じてオセアニア各国のガバナンスを強化させようとしており、フィジーのクーデターはその目的に逆行するものであった。このような状況に対してオーストラリアは、ニュージーランドや英国などと協力して制裁を課すことで、フィジーを民主主義国家へ引き戻そうとしていたのだが、中国の存在がその効果を弱めることに繋がっていた。したがって、中国とフィジーの接近は、オーストラリアにとって安全保障に直結する問題なのである。2014年にフィジーで総選挙が実施され民主主義への復帰が進展してきたことで、オーストラリアとフィジーの関係は改善することになるが、実質上は選挙の前から融和の動きが出始めていた6。これは、フィジーが中国に接近したことでオーストラリアの制裁が十分な効果を発揮できず、制裁ではなくむしろ対話による影響力の行使をオーストラリアが志向し始めたからだと考えられる。今ではフィジー軍とオーストラリア軍が共同訓練を実施するまでに両国関係は回復しているし、観光や経済関係も急速に進展している。その一番の受益者はフィジーなのである7

ただし、中国とオーストラリアがオセアニアを舞台に決定的に対立しているということはない。両国は経済的に重要なパートナーとなっており、両者ともに安全保障上の問題が経済関係など他の分野にまで波及することは避けたいのが本音である。また、オーストラリアと中国が協力して開発援助を実施するケースも見られる。例えば2015年にオーストラリア・中国・パプアニューギニアの3者によるマラリア対策のための共同開発プロジェクトが立ち上がっている。

このように、オセアニアにおける中国とオーストラリアの関係はリスクと機会が混在しており、特にオーストラリアはケースバイケースで対応を変化させているように見える。重要なことは、太平洋島嶼諸国がアクターとして自ら機会とリスクを見極めて、大国同士による外交上の競争や駆け引きに参加し始めたことである。中国にとってオセアニアは必ずしも外交上優先順位が高い地域ではないにしても、中国のプレゼンスは否応なく地域に化学反応をもたらしている。本稿では、中国のプレゼンスの拡大と地域大国であるオーストラリアの反応、そして太平洋島嶼諸国がそれを利用して独自外交を展開してきている現状を見てきた。太平洋島嶼諸国が中国のプレゼンス拡大を利用しているという意味で、この地域にも確実に中国ファクターが作用していると言える。

著者プロフィール

片岡真輝(かたおかまさき)。アジア経済研究所研究企画部研究連携推進課。元在オーストラリア日本国大使館専門調査員。修士(国際関係論)。2019年より海外派遣員としてニュージーランドに赴任予定。

参考文献
  • Brant, Philippa. 2016. Chinese Aid in the Pacific. Sydney: Lowy Institute for International Policy.
  • Hameiri, Shahar. 2015. "China’s ‘Charm Offensive' in the Pacific and Australia's Regional Order." The Pacific Review. 28(5): 631-654.
  • Hayward-Jones, Jenny. 2014. "Fiji's Election and Australia: The Terms of Re-engagement." Policy Brief. Sydney: Lowy Institute for International Policy.
  • Henderson, John and Benjamin Reilly. 2003. "Dragon in Paradise: China's Rising Star in Oceania." The National Interest. 72: 94-105.
  • Wesley-Smith, Terence and Edgar A. Porter eds. 2010. China in Oceania: Reshaping the Pacific? New York and Oxford: Berghahn Books.
  1. Wen Jiabao. 2006. Win-win Cooperation for Common Development. (Accessed on 30 July, 2018).
  2. Wang Yang. 2013. Address of Wang Yang at the 2nd China-Pacific Island Countries Economic Development and Cooperation Forum and the Opening Ceremony of 2013 China International Show on Green Innovative Products & Technologies. (Accessed on 30 July, 2018).
  3. 例えば、Henderson and Reilly(2003)を参照。
  4. 第2回の中国・太平洋島嶼国経済開発協力フォーラムで汪洋副首相は、以下のとおり述べている(出典は注2に同じ)。"China's aid to Pacific island countries is sincere and selfless, without any additional conditions."
  5. 例えば、Wesley-Smith and Porter eds.(2010)を参照。
  6. フィジーでは2014年9月に総選挙が実施され、バイニマラマが率いるフィジーファースト党が勝利した。しかし、総選挙が実施される前の2014年2月の時点で、オーストラリアのビショップ外相がバイニマラマ首相と会談し、フィジーとの関係改善について話し合っている。また、選挙準備に向けた支援やオーストラリアへの季節労働者にフィジー人を含めることなどについても提案されている。詳しくは、Hayward-Jones(2014)を参照のこと。
  7. Hameiri(2015)は、フィジーが中国の存在をことさら喧伝してオーストラリアを揺さぶり、外交的な成果を上げていたことを詳しく述べている。