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海外研究員レポート

ニュージーランドの大学と研究評価

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051441

片岡 真輝

2019年7月

(5,302字)

ニュージーランドの大学

ニュージーランドには8つの大学がある。8校中7校がいわゆる総合大学であり、サイエンスから人文・社会科学系まで幅広いコースを提供している。そして、ニュージーランドの大学は総じて国際的な評価が高い。QS世界大学ランキング1 でも8校すべてが上位500位にランクされている。現在、およそ17万人がニュージーランドの大学で勉強しており、その内およそ16%が留学生である。また、30%が大学院生である(Universities New Zealand 2018)。

写真:筆者がよく利用するカンタベリー大学の図書館

筆者がよく利用するカンタベリー大学の図書館。ニュージーランドの大学は総じて国際的な評価が高い。

大学の国際的な評価を高めていることに一役買っているのが、2002年から採用された研究評価制度である。この評価制度は、Performance-Based Research Fund (PBRF)と呼ばれ、文字どおり研究機関のパフォーマンスを評価し、その評価に基づいて研究資金を配分するシステムである。

PBRFとは

PBRFが導入される前は、大学の規模や学生数などをもとにして学校運営に係る資金が配分されていたが、研究能力の向上や資金配分の説明責任といった点にはあまり注意が払われてこなかった。また、国際的な研究競争が激しくなっているといった事情もあり、研究力を世界水準に保つことが大学の喫緊の課題となっていた。そこでニュージーランド政府は、2000年に専門の諮問委員会を設置し、中長期的な高等教育政策を検討することになった。この委員会が提言したのが、研究パフォーマンスを評価することで競争環境を作り出し、研究の質の向上を図るPBRFである。

PBRFの目的は、優れた研究成果を出している機関には多くの研究資金を配分し、競争によって研究の質を高めることにある。研究機関に配分される研究資金は政府予算に計上されており、2019年は3.15億NZドルが確保されている(Tertiary Education Commission 2019)。

PBRFには、研究の質の評価(Quality Evaluation)、大学院レベルの卒業者数を評価する研究学位の評価(Research Degree)、そして外部資金の獲得状況の評価(External Research Income)の3つの構成要素がある。予算配分は、それぞれ55%、25%、20%である。研究機関としては、もっとも多くの予算が配分される研究の質を評価するコンポーネントで高評価を得ることが組織運営上、重要となる。一方、研究者にとっても自分たちの研究がどのように評価されるのかは大きな関心事項である。それは、自身の研究資金がどれほど配分されるのかが決まるといった理由だけではなく、高評価を得るために研究の仕方そのものを考える必要が出てくるからだ。

PBRFの評価対象となっている大学などの研究機関に所属する研究者は、Evidence Portfolio (EP)と呼ばれる研究業績を作成、提出する。研究者がEPに記載できる業績はジャーナル論文や本、学会発表などであり、記載にかんするルールや基準がマニュアルに事細かに定められている。EPは、当該分野の専門家で構成されるピアレビュー・パネルで審査・評価され、最終的に4段階で評価される2

PBRFに対する批判

研究の質を評価して資金配分を決定する方法は、ニュージーランド独自の制度という訳ではない。有名な制度としては、イギリスのREF (Research Excellence Framework)があり3 、お隣のオーストラリアにもERA (Excellence in Research for Australia)と呼ばれる同様の制度がある4 。日本でも国立大学法人評価において研究評価が行われている。国際的な研究競争が激しくなる一方で、研究機関に配分できる公的な研究資金には限りがある。そこで、効率的かつ最大限のリターンを期待することができる研究機関に多くの資金を重点的に配分するために、パフォーマンス・ベースでの研究評価が発展してきた。

しかし、研究の質をいかに評価するかは難しい問題であり、実際、パフォーマンス・ベースでの研究評価については様々な疑問や批判が投げかけられている。以下はPBRFに対する批判だが、その多くは別の国の研究評価制度に対する批判にも通じている5

単一の基準で多様な研究を評価することはできない

そもそも、一つの基準で研究を測ることに無理がある。研究とは多様なものであり、たとえ同じ分野とされていても、実際は多種多様な研究形態が存在している。しかし、評価するということは、一律に同様の基準を当てはめて、すべての研究を同様の物差しで測ることに他ならない。実際には単一の評価基準で測れるほど研究は単純ではなく、したがって、研究の質を評価すること自体に無理がある。

挑戦的な研究に長期間かけて取り組む研究ができなくなる

PBRFは6年ごとに実施されるため、研究者は6年間でいかに優れたEPを作るかを問われることになる。研究機関の経営者にとっては、その後の組織運営資金や大学のレピュテーションに大きくかかわるため、研究者に対して、良いEPを作成できるような研究活動をするように要求するようになる。一方で、成果が出るまでに長期間を要する研究は高評価を得にくくなる。文化人類学や歴史学などでは、10年かけて1冊の大著をまとめるケースも少なくない。しかし、PBRFの制度では、10年もかけていては高い評価を受けにくくなる。そこで、長期間かけて取り組む必要がある大掛かりな研究は敬遠され、短期間で成果が出そうな研究課題ばかりが選ばれるようになる。また、意欲的ではあるが失敗する可能性が高い研究も敬遠されがちになる。つまり、創造的かつ意欲的な研究に腰を落ち着けて取り組む研究環境がPBRFによって阻害されている。

査読付ジャーナル論文への偏重

パフォーマンスの評価では、どうしても海外で一流とされるジャーナルが好まれる傾向にある。しかし、例えばニュージーランドの先住民であるマオリの研究をしている場合、マオリ社会に還元できる発信の方が社会的な貢献度は大きい。しかし、そのような業績が高いパフォーマンスとして評価されない可能性がある。ローカルに軸足を置く地域研究や文化人類学、歴史学などの評価が他の分野に比べて低くなる可能性がある6

論文数の増加と質の低下

パフォーマンス・ベースでの研究評価制度の導入以降、論文が量産されるようになった。しかし、一つ一つの論文の質は下がっている。研究の質の向上を企図した制度が逆に研究の質の低下を招いている。

事務コストの増大

EPを作成するには、多大な時間と労力が必要となる。当然研究者の負担も大きいが、それを取りまとめる事務職員のコストも膨大である。費用対効果が合っているのか、少なくとももっとローコストな方法で評価を検討できる仕組みを作るべき。

研究評価とランキング重視

研究の質を評価することについての懸念は多くの研究者が表明している。しかし、批判のなかには、事実誤認が含まれているものもあるし、批判を受けて制度の改正(レビュー)も行われている。また、PBRFには評価され得る側面もある。何をもって研究の質が向上したと判断するのかは置いておくとしても、少なくともニュージーランドの大学の国際的な評価は上昇傾向にあり、PBRFが一定の効果を挙げていると見る向きもある。公的資金を大学に投じることについて、PBRFの評価があるおかげで一般国民からの理解が得やすくなっているという効果もある。特に、大学の国際的な評価が上昇していることは、ニュージーランドにとって大きな意味を持つ。なぜなら、「国際的に競争力がある大学」というレピュテーションが、世界中から留学生を集めることに一役買っているからである。

留学生の確保はニュージーランドにとっては重要である。人口が500万人に満たないニュージーランドは、必要な労働力を一定程度移民に頼ることになる。優秀な留学生が卒業後もニュージーランドに残り、貴重な労働力として国の発展に貢献することが期待されているのだ。そのためにも、優秀な学生を呼び寄せる宣伝が必要になる。大学ランキングはそのもっとも重要な宣伝のひとつである。したがって、ニュージーランドの大学は、総じて主要な大学ランキングに敏感である。QS大学ランキングが少しでも上がれば、即座にフェイスブックやツイッターでランキングの上昇をアピールしている。大学ランキングを重視する姿勢は政府も同じである。「8大学すべてがQS大学ランキングでトップ500(上位3%)にランクされている」という宣伝をいたるところでしている。

学生、特に留学生に対する支援もとても手厚い。図書館のサービス、ITサポート、生活支援、医療やメンタルヘルスのケアなど、外国人でも快適に学生生活が送れるような体制が整えられている。また、留学生が払う学費は、その国民の学費よりも数倍高いのが普通であるが、ニュージーランドの大学の場合、博士課程(Ph.D.)の学生が払う学費はニュージーランド人と同額である。これらの取り組みも、学生を呼び寄せるための投資のひとつであろう。

このような充実したサポート体制を整えるにはそれなりの資金が必要だ。そして、その資金は研究者が頑張ってPBRFの評価を上げていることで賄われている。学生としては質の高いサービスを享受できるので良いが、その裏では、PBRF制度やランキング重視の風潮の下、大変な思いをしている研究者が少なくない。恩恵を受けている学生も、そのことは頭の片隅に入れておくべきだろう。

写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
  • Roa, T., J. R. Beggs, J. Williams and H. Moller (2009). "New Zealand's Performance Based Research Funding (PBRF) Model Undermines Maori Research." Journal of the Royal Society of New Zealand. 39(4): 233-238.
  • Smith, R. (2011). "Performance-Based Research Funding: Why It Should End Now." New Zealand Centre for Political Research. March: 1-11.
  • Tertiary Education Commission (2017). Performance-Based Research Fund: Guidelines for the 2018 Quality Evaluation Assessment Process. Wellington: Tertiary Education Commission.
  • ――― (2019). Performance-Based Research Fund (PBRF) 2018 Quality Evaluation interim results.
  • Universities New Zealand (2018). New Zealand’s Universities Key Facts & Stats.
著者プロフィール

片岡真輝(かたおかまさき)。アジア経済研究所海外研究員(クライストチャーチ)。著書に "Diaspora as Transnational Actors: Globalization and the Role of Ethnic Memory." (forthcoming) S. Ratuva (ed.) The Palgrave Handbook of Ethnicity. Springer Nature Singapore Pte Ltd. など。

  1. イギリスの高等教育評価機関であるクアクアレリ・シモンズ(Quacquarelli Symonds: QS)による世界の大学ランキング。毎年上位1000校を発表している。
  2. 上からA、B、C、Rの4段階で評価される。しかし、CとRは新人研究者とそれ以外に分かれているため、カテゴリーの数は6つある。
  3. 2014年以前は、RAE (Research Assessment Exercise)と呼ばれていた。
  4. オーストラリアのERAについては、「オーストラリア高等教育機関の研究評価」(岡田雅浩)で詳細を紹介している。
  5. PBRFに対する批判については、Roa, et al. (2009)、Smith(2011)、筆者の個人的な聞き取りを参照した。
  6. ジャーナル偏重主義に陥っているとの批判に対しては、一つの研究業績が他の業績よりも有利に評価されることはないことがマニュアルによって示されている(Tertiary Education Commission 2017: 45)。例えば、査読付ジャーナル論文の業績がないからといって、自動的に低い評価が与えられる訳ではない。
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