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海外研究員レポート

肥満のコストは誰が払う?

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049961

2009年11月

太り過ぎ(Overweight)、肥満(Obesity)。それは現代アメリカにおける国民病と言ってもよいかもしれない。実際、National Center for Health Statisticsの調査によれば、現在アメリカ人の成人の約3分の2(67%)が太り過ぎか肥満であるといわれ1、成人の肥満率(Body Mass Index(BMI)が30以上の成人が全成人人口に占める割合)は過去30年の間に2倍以上(1980年の15%から2006年には34.3%)に、2~19歳の幼児・児童・青少年の肥満率に至っては3倍以上に増加したと報告されている2。その一方で、国民の肥満率の上昇はアメリカにおける医療費高騰の要因の一つともされ、また肥満による労働者の健康状態の悪化は低生産性、ひいては米国経済の競争力低下を引き起こすとまで憂慮されている。

筆者は米国に滞在してすでに1年余りになるが、食生活には相変わらず苦労している。学業や研究などで忙しくなり、なかなか自炊する時間が取れないときはどうしても外食の機会が多くなる。そこで待っているのが手軽だが高カロリーなハンバーガーやピザなどのファーストフード、アジア系のレストランに行っても油や調味料でこってりとアメリカナイズされた料理の山、極めつけは糖分たっぷりのスナックやアイスクリーム。スーパーマーケットに行けば、新鮮な有機野菜や果物の値札の向こうで冷凍食品やインスタント食品のセールが目につく。車を走らせれば、ファーストフード・チェーンの看板が至るところで目につくし、道路整備の状況は歩行や自転車走行には向かないことを実感する。素人目にも、肥満率増加の原因が日常生活に溢れかえっていることに気付く。

下の図1および図2は、成人および青少年の肥満率の州別の推移・分布を示したものである。これらを見ると、両者ともに地理的に西側よりも中部や東側の州の肥満率が相対的に高いことがわかる。とりわけ、アラバマ州やミシシッピー州、テネシー州、ウエスト・バージニア州といった南部の州の肥満率が最も高いのが目につく。同時に、それら南部の州は全米でも平均個人所得が低く、貧困層が多く暮らす地域として知られている。最近、非営利組織であるTrust for America's Health(TFAH)およびRobert Wood Johnson Foundation(RWJF)から出された調査レポートによれば、肥満率と貧困率には多くの州で相関関係が見られるという。ワーキングプア世帯やフードスタンプなどを受給しながら暮らす貧困層は、栄養価は高いが高価な食料にはなかなか手が出せず、どうしても高カロリーだが安価で調理も簡単なインスタント食品やジャンクフードを摂取する機会が増え、その結果太り過ぎや肥満が進行するというロジックである。実際、肥満率の最も高い州トップ10のうち7つの州は貧困率も最も高く、貧困率の最も高い州トップ10のうち9つの州は肥満率も高い南部の州である一方、貧困率の低い州の多くは肥満率も低い州に位置づけられる3

図1 成人の肥満率の推移と分布(州別)

図1 成人の肥満率の推移と分布(州別)

(出所)Behavioral Risk Factor Surveillance System, CDC.

図2 青少年(10~17歳)の肥満率の州別分布(2007年現在)

図2 青少年(10~17歳)の肥満率の州別分布(2007年現在)

(出所)National Survey of Children’s Health, 2007.

こうした肥満率上昇の現状に対して、州政府はどのような対策を行っているのか。前述のように、成人よりも児童・青少年の肥満率の増加率のほうが高いことに鑑みて、多くの州では学校給食の栄養バランスにガイドラインを設けて各学校に指導を行っているほか、学校内に設置された高カロリーな清涼飲料水やジャンクフードなどを販売する自販機の撤去、体育や健康に関する教育の推奨などに取り組んでいる4。しかし、そうした取り組みを効果的に実施できているのは経済的余裕のある一部の州や学校のみであって、財政難にあえぐ州や学校の多くでは、なかなか対策が進まないのが現状のようである。

筆者の滞在するノースカロライナ州では最近、公務員や教員など州政府によって雇用されている労働者が加入する健康保険(North Carolina State Health Plan)の保険料を、喫煙者ならびに太り過ぎや肥満の加入者に対して引き上げる旨の通達がなされた。こうした肥満の加入者に対する健康保険料の引き上げは、同じく南部で肥満率の高いアラバマ州に次いでノースカロライナ州は2番目であるという。一部の労働者団体では、これを「肥満税」(Fat Tax)だとして批判や反発の声が強まっている。同州の健康保険は近年厳しい財政運営を強いられており、昨年度には2億5,000万ドルの資金注入が州政府によりなされ、今後も数億ドル規模の補填がなされていく見通しである。そうした事態に対して同州は、州の労働者の健康状態の改善と健康保険財政の健全化を目的として、「ペナルティ」ではなく「インセンティブ」という名目で、喫煙者および肥満の加入者に対する保険料引き上げを決めた。

地元の有力紙、The News & Observer5やThe Charlotte Observer6によれば、こうした州政府の措置に対する批判や反発の内容は以下のようなものである。まず、肥満の加入者に対して金銭的なペナルティ(超過保険料の徴収)を課したとしても、それが果たして彼らの体重減や健康状態の改善に直接結び付くのか、その効果が不透明であること。そして、彼らに対する差別的な待遇(昇給や昇進など)や職場内での偏見を助長しかねないこと。経済的な制裁を加えるよりも、職場環境の改善や食生活の指導などを通じて労働者の健康状態の改善を図っていくなど、代替手段は他にもあり得るというものである。

ノースカロライナ州を含む30の州ではすでに、“Snack Tax”や“Twinkie Tax”とよばれる、栄養価が低く高カロリーなスナックや清涼飲料水に対して付加的な税を課して、ジャンクフードの消費抑制に取り組んでいる。同時にそれは、肥満率上昇によって生じるコスト高を補填していく試みともいえるが、所得の低い貧困層にとっては逆進的な税であるという批判もある。現在アメリカの肥満対策は、肥満率の増加にいかに歯止めをかけるか、肥満人口をいかに減らしていくかという予防的な試みが主流であるといえる。しかし、肥満率上昇によるコスト高が確実に財政を圧迫し続けている状況では、近い将来には肥満のコストを誰がどのような形で払っていくのかという議論が、消費者のみならず食品産業なども巻き込んでますます過熱していくものと思われる。


脚注

  1. 体脂肪指標BMI(体重÷身長の2乗)が25~29.9の成人は太り過ぎ(Overweight)、30以上は肥満(Obesity)とされている。
  2. National Center for Health Statistics. “Prevalence of Overweight, Obesity and Extreme Obesity among Adults: United States, Trends 1976-80 through 2005-2006.” NCHS E-Stats, December 2008.
  3. Trust for America's Health & Robert Wood Johnson Foundation. “F as in Fat: How Obesity Policies Are Failing in America 2009,” July 2009.
  4. Trust for America's Health & Robert Wood Johnson Foundation. “F as in Fat: How Obesity Policies Are Failing in America 2009,” July 2009.
  5. http://www.newsobserver.com/
  6. http://www.charlotteobserver.com/