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海外研究員レポート

米国企業の海外直接投資と税率感応度

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049957

2010年4月

世界の海外直接投資(FDI)のパターンや規模は、過去20年間で大きく変わってきた。国連貿易開発会議(UNCTAD)による直近のデータによれば、フローで見た世界全体の対内直接投資額に占める開発途上国の割合は、1989年の16%から2008年には37%まで増加し、その規模も一定の増加傾向にある(図1参照)。一方で、先進国への対内直接投資は、1990年終盤や2000年代中盤にかけて規模面で急激な増加を示すものの、世界全体に占める先進国の割合は、1989年の84%から2008年の56%へと次第に減少傾向にある。しかし、同じくフローで見た世界の対外直接投資の80%以上は一貫して先進国からなされており、規模の面でも伸び悩む開発途上国とは対照的に、先進国では増加傾向が著しい(図2参照)。そして、表1が示すように、世界の対外直接投資額(フロー)の上位10カ国・地域には、米国をはじめとして、欧州の主要各国、アジアでは日本や香港などの先進国・地域が軒を連ねている。つまり、世界のFDIのパターンはここ20年間で、先進国から開発途上国への流れがより一層加速しているといえる。

図1 対内直接投資(フロー)の推移(単位:上図100万米ドル、下図%)

図1 対内直接投資(フロー)の推移(単位:上図100万米ドル、下図%)図1 対内直接投資(フロー)の推移(単位:上図100万米ドル、下図%)

(出所)The United Nations Conference on Trade and Development (UNCTAD)

こうした傾向の背景にある要因としては、しばしば投資受け入れ国における市場規模の拡大や成長の可能性、廉価な労働コストなどの市場的な要因や、途上国などにおける金融・貿易面での自由化や規制緩和など制度的な要因を用いて説明がなされることが多い。本報告ではこれらの要因も念頭に置いたうえで、対外直接投資額が世界で最も高い米国企業の海外事業活動に関するデータを用いて、投資受け入れ国間の税率や税制の差異がFDIの流入に及ぼすインパクトを検証してみたい。

図2 対外直接投資(フロー)の推移(単位:上図100万米ドル、下図%)
図2 対外直接投資(フロー)の推移(単位:上図100万米ドル、下図%)
図2 対外直接投資(フロー)の推移(単位:上図100万米ドル、下図%)

(出所)The United Nations Conference on Trade and Development(UNCTAD)

表1 世界の対外直接投資額(フロー)の上位10カ国・地域(単位:100万米ドル)

表:世界の対外直接投資額(フロー)の上位10カ国・地域

(出所)The United Nations Conference on Trade and Development(UNCTAD)

そもそも、自由な資本移動が可能な開放経済のもとでは、国家間の税率や税制の差異は、国際的な資本流入・流出パターンやその量的規模に影響を与えうる。なぜなら、利潤に対するより高い(低い)資本税率は、税引き後の資本収益率を減少(増大)させ、それによって投資家や企業の投資を行うインセンティブや意思決定が変化するためである。同様に、企業(とりわけ複数国家間にまたがって活動する多国籍企業)の様々な事業展開や生産・金融活動(利益移動、移転価格設定、配当送金、ロイヤルティーの支払いなど)は、より高い税引き後の資本収益率を求めて、国家間の税率の差異に敏感に反応しうる。一方、課税を行う政府は多国籍企業の活動を自国に引き付け、投資を呼び込むために、しばしば租税による投資インセンティブ策を用いる。政府は投資インセンティブとしてどのような税制を用いるか、また財政状況と照らし合わせて税率をどのように設定するか苦心する一方で、資本市場のグローバル化や国際租税競争などによって課税に対する下方圧力(より低い税率を設定していく競争圧力)に直面している。

このようなグローバルな開放経済下における、企業活動に対する国際課税の潜在的な重要性にもとづき、本報告ではFDIの流入に対して国家間の税率・税制の差異がどれほどのインパクトをもっているのか検証を行う。具体的には、米国企業の海外事業活動データを用いて、直接投資の流入に及ぼす租税効果に先進国と開発途上国との間で違いが見られるのか検証するとともに、政府が投資インセンティブに用いる税制の違いによってもその効果に違いが現れるのか見ていく。一般的に個人や家計の(金融機関を介した)債券投資とされる海外ポートフォリオ投資(FPI)と異なり、主に企業によって行われるFDIは投資家の資本ストック所有の規模が大きく、実際の資本投資の配分と密接に関わっていることから、投資を受け入れるホスト国の経済開発にもより大きな影響を与える。その点で、FDIの流入は厚生経済学的な観点からも重要な要素であると考えられる。

主な先行研究のレビュー
① Hartman(1984)

米国の直接投資と租税の関係を分析した実証研究のなかで、Hartman(1984)は先駆的な研究として位置付けられ、その後の研究の多くが彼のアプローチを踏襲したり、批判のうえに新たなアプローチを提唱したりしている。1965年から1979年までの総計(aggregate)時系列データを用いて、彼は以下のような回帰モデルのなかで、3つの変数に対するFDIの反応度を推計している。

数式01

ここでIRE/TFは多国籍企業の内部留保(retained earnings)あるいは資金移動(transfers of funds)によってファイナンスされた米国への総計の直接投資流入、Yは米国のGNP、r(r')は海外(米国内)投資家の総収益率、t(t')は海外(国内)投資家に対する米国の平均法人税率を表す。したがって、右辺の第2項は海外投資家によって実現される税引き後の投資収益率を、第3項は米国の法人税率によって減ぜられた税引き後の総収益率を指す。高い投資収益率はFDIの流入を促す傾向があるため、これら係数の符号は正になると期待される。右辺の第4項は租税項を示し、海外投資家に対する米国内投資家が受ける税控除後の投資収益率を表し、この係数は負になると予想される。

Hartman(1984)のOLS 推計の結果によれば、係数α1およびα2は正の符号が得られ、統計的にも有意にゼロから隔たっている一方、租税項の係数α3は内部留保および資金移動による直接投資に対して負の符号を示している。これをもって彼は、米国の投資課税はFDI の流入に対して強い負の効果があると結論付けている。しかし、Hartman(1984)のモデルでは、投資を行う国の税率や米国外での投資収益率に関する変数が抜け落ちている。企業が海外投資を行う際、自国と投資先の税率を比較することはもちろん、内部留保によって再投資を行うか(投資受け入れ国によって課税される)、海外利潤を配当として本国へ送金するか(本国によって課税される)判断する際にも、企業は両国の潜在的な課税コストを考慮に入れるため、資本を輸出する投資国の税率は企業にとって重要な変数であろう。

② Slemrod(1990)

Slemrod(1990)は前述のHartman(1984)のモデルを拡張し、米国のみならず投資国の税率も説明変数に加え、さらに国際課税システム別(非課税システム、税額控除システム)に米国への直接投資に及ぼす租税の影響をクロス・カントリー分析している(対象期間は1956年~1984年)。また、Hartman(1984)で用いられた平均法人税率ではなく、新たな投資に対する限界実効税率が租税変数として用いられていることも特徴的である。彼の回帰モデルは以下のとおりである。

数式02

ここで従属変数は、Hartman(1984)と同様に、米国のGNPで除したi国からのt期の米国へのFDI流入額であり、τitは米国への直接投資に課せられる限界実効税率、τiti国の限界実効税率、τi lαggedTi lαggedは各々のラグ変数、NONTAXiti国のGDP比率や失業率、為替レート、年度ダミーなどの非租税変数を表している。限界実効税率は、Auerbach and Hines(1988)で用いられた資本の限界生産式から資本コストに影響を与える比率として導き出している。

Slemrod(1990)のOLS 推計の結果は、概ねHartman(1984)の実証結果を支持するものの、内部留保によるFDIに対しては米国の限界実効税率には負の効果は見られなかった。また、クロス・カントリー分析では非課税システムを採用する国からの投資は、税額控除システムを採用する国からの投資よりも敏感に税率の差異に反応するという仮説が支持されなかったことから、投資国の税率や税制はFDIの流出入にとって重要な決定要因ではないのではないかと結論付けている。投資受け入れ国と投資国、両国の税率を説明変数に加え、さらに租税項と相関関係がありそうな非租税変数をコントロールしたSlemrod(1990)のモデルは、その後の実証研究のベンチマークとなったが、この種のクロス・セクション推計にはどうしても変数欠落のバイアス(omitted variable bias)がつきまとう。とりわけ、税率や税制の国別の違い(variation)は、投資に影響を与える経済変数の国別相違(観測可能/不可能な)と相関関係にある可能性が高いため、そうした重要な変数をコントロールしきれない場合は推計に重大なバイアスが生じかねない。

③ Hines (1996)

Hines(1996)は基本的にSlemrod(1990)のアプローチを踏襲しているが、米国の州別固定効果(state fixed effects)をモデルに取り入れ、現実には計測が困難な州の属性をコントロールしながら、米国内へのFDI分布に及ぼす州の法人税率の効果を推計している。彼は以下のようなTobitモデルを用いて推計を行っている。

数式03

ここで従属変数はFDIの総額ではなく、j国が所有する有形固定資産(property, plant, and equipment: PPE)に占めるi州のシェア、αii州の固定効果(観測不可能)、cjj国特有の定数(ゼロに近似すると仮定)、sii州の経済活動規模(観測可能)、τii州の法定法人税率、τ-は平均の州法人税率(したがって、租税タームは経済活動規模でウエイト付けされた平均からの乖離)、ψijj国の投資家が当該産業の有形固定資産をi州で所有するマッチ度(米国投資における産業構成の国別相違をコントロール)、uijは検閲された誤差項を表す。観測不可能な州別固定効果の推計において実際のデータをモデルにフィットさせるため、ここでは係数βjの取りうる値に国際課税システム別に制約を課している。

Hines(1996)の推計結果によれば、法人税率の高い州への直接投資は統計的に有意に小さく、その効果は税額控除システムの国からの投資よりも非課税システムを採用する国からの投資のほうが顕著である。結論として彼は、税額控除システムを採用する国の投資家は高い税率を課す外国への投資を避けるインセンティブが低いという仮説を支持している。しかし、彼の推計手法では、米国へのFDI流入は州税率の差異や投資国の国際課税システムの違いに統計的に有意に反応することは説明できても、投資国と米国あるいは第三国との税率の差異がどれほどFDIの流入にインパクトをもっているのかについては説明できない。

④ Desai, Foley and Hines(2004)

Desai, Foley and Hines(2004)は、投資先のホスト国の税率を直接税(法人所得税)と間接税(売上税、付加価値税、資産税など)に分け、それらの米国多国籍企業によるFDIへの効果を検証したユニークな研究である。とりわけ、米国企業が海外で負う税負担は直接税よりも間接税の割合のほうが大きいという事実と、外国への間接税支払いに対する税額控除は米国企業には適用されないという事実にもとづき、彼らは間接税率のほうが税額控除が適用される直接税率よりも海外投資の決定により大きな影響を与える可能性を示唆している。

従属変数を海外子会社の資産と総生産(対数変換)に分け、説明変数に海外ホスト国の直接税率と間接税率を加えて行ったOLS推計によれば、直接税、間接税ともに高い税率は米国企業による海外投資と負の相関関係にあるという結果が得られている。しかし、ここでも投資国(この場合は米国)の税率に関する変数が抜けているため、投資国とホスト国の税率の差異がFDIの流れにどれほど影響を与えているのかについては説明ができない。

データと推計モデル

推計に用いるデータは、米国商務省経済分析局(U.S. Department of Commerce Bureau of Economic Analysis:BEA)1で公開している、米国多国籍企業の財務・事業活動に関するデータ(Comprehensive Financial and Operating data on Operations of U.S. Multinational Companies)を主に使用する。このデータは、米国多国籍企業の海外事業活動に関する詳細なデータを国別・主要産業別に集計して毎年公表している。本報告では、1999年から2007年までのBEAデータを用いることとする。対象国は、米国企業が海外投資を行っている50カ国以上の先進国・開発途上国が含まれる。

このBEA データより、FDI や各種税率、労働コスト、輸出入額に関するデータを国別に抽出・算出した。従属変数で用いるFDI は、海外子会社の総資産(total assets)と純有形固定資産(net PPE)に分けて抽出した。租税項に用いる税率は、国ごとに総海外所得税(total foreign income taxes)を純所得(net income)と総海外所得税の合計で除したホスト国の平均所得税率と、総海外非所得税(total foreign non-income taxes)を付加価値(value added)の合計で除したホスト国の平均非所得税率の二種類を算出した。労働コストは、海外子会社従業員の報酬(compensation)を全体の海外子会社従業員数で除した、1単位当たりの労働コストを国別に算出した。海外子会社の米国との輸出入額は、経済の近接度や貿易開放度を測る代理変数として用いる。

このほか、いくつかの非租税変数を説明変数に加えることで、FDI の流入規模や分布と潜在的に相関関係にありそうな国別の特性をコントロールすることを試みる。まず、国別のGDPと人口規模に関するデータを世界銀行のWorld Development Indicatorsより抽出した(なお、台湾のデータに限ってはIMFのWorld Economic Outlook Database を使用)。これらは、経済規模や市場の潜在性を反映する変数として解釈される。また、国別の為替レートのデータをIMFのInternational Financial Statistics より抽出した。 推計には、Altshuler et al.(2001)で用いられた計量モデルを援用し、1999年から2007年までの年度別・国別データをプールした、クロス・セクション方式を採用した。そして、米国多国籍企業による(期待される)FDIを税引き後収益率やその他FDI流入と相関関係にありそうな非租税変数の関数として、以下のような回帰式を基本モデルとして設定した。

数式04、05

ここで、FDIcitc国のi産業へのt年のFDI流入を示す。τIcitはホスト国の平均所得税率を、τNcitはホスト国の平均非所得税率を表している。したがって、ln(1 - τIcit)およびln(1 - τNcit)はそれぞれの税引き後の収益率を表す。COUNTRYは開発途上国を1、先進国を0とするダミー変数であり、XcitはGDPや人口規模、為替レート、労働コスト、輸出入額といったホスト国の非租税変数を示す。αおよびλは定数項を、εcitおよびμcitは誤差項を表す。なお、それぞれの回帰式には、計測不能な地理的特性をコントロールするため、一連の地域ダミーも加えて推計を行う。

税引き後収益率を示す ln(1 - τIcit)および ln(1 - τNcit)の係数βφはそれぞれ、対数変換による特定化によって先進国のFDI に対する租税弾力性を示す。そして、より高い税引き後収益率はFDIの流入を促進すると考えられるため、これら係数の符号は正になると期待される。 また、税引き後収益率とダミー変数の交差項の係数yρはそれぞれ、先進国と途上国のFDIに対する租税弾力性の差異を示すと解釈される。したがって、先進国、開発途上国それぞれのFDI に対する租税弾力性は以下のように示されよう。

租税弾力性
推計結果とその解釈
全産業をプールして推計を行った結果は、表2 に示されるとおりである。まず、海外総資産を所得税引き後の収益率に回帰させたコラム(1)、(3)および(4)では((4)はラグ変数を操作変数として使用)、先進国の所得税弾力性はともに期待通りに正の符号が得られ、統計的にも有意にゼロから隔たっているが、開発途上国の所得税弾力性には統計的な有意性は見られなかった。これは、所得税引き後の収益率が1%増加すれば、先進国に構える海外子会社の総資産は1.8~2.1%増加することを示している。先進国と途上国のFDI に対する租税弾力性の差異を示す交差項の係数は、ともに負の符号を示し、統計的にも1%水準で有意である。この結果から、海外総資産の所得税率の差異に対する反応度は、開発途上国よりも先進国において高いことが統計的に示された。

同様に、今度は海外総資産を非所得税引き後の収益率に回帰させたコラム(2)、(5)および(6)では((6)はラグ変数を操作変数として使用)、先進国の非所得税弾力性はともに正の符号が得られ、操作変数法による推計を除いては統計的にも有意にゼロから隔たっている一方、開発途上国の非所得税弾力性は逆に負の符号を示し、統計的な有意性も保たれている。これらは、非所得税引き後の収益率が1%増加すれば、先進国に位置する海外子会社の総資産は0.8%ほど増加するのに対して、途上国に構える海外子会社の総資産は0.8~1.5%減少することを示している。先進国と途上国のFDIに対する租税弾力性の差異を示す交差項の係数は、所得税率の場合と同様に負の符号を示し、統計的にも1%水準で有意である。したがって、開発途上国では海外総資産の非所得税率の差異に対する感応度は、先進国に比べて低いという結果が得られた。

FDI に対する所得税・非所得税の両方の租税弾力性を比較してみると、先進国の所得税弾 力性は非所得税弾力性よりも1 ポイントほど高い(同様に途上国の場合も、所得税弾力性のほうが非所得税弾力性よりも高いが、統計的な有意性には欠ける)。一方で、先進国と途上国の租税弾力性の差異は、非所得税率よりも所得税率の場合のほうが小さいことから、先進国と途上国の海外総資産に対する税率感応度の差異は所得税率よりも非所得税率の場合のほうが大きいことがうかがえる。

表2 FDIに対する租税弾力性の推計結果(全産業)

FDI に対する租税弾力性の推計結果(全産業)

(出所)筆者推計。
(注)括弧内はWhiteの頑健標準誤差を示す。AITRは平均所得税率、ANTRは平均非所得税率を示し、LagAITRおよびLagANTRはそれぞれのt-1期のラグ変数を表す。DEVは開発途上国を1、先進国を0 とするダミー変数。GDP は国内総生産、POPは人口規模、XRAT は為替レート、ULCは単位当たり労働コスト、EXPは輸出、IMPは輸入を示す。なお、全ての回帰モデルには一連の地域ダミー変数を加えている。***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示す。

表3 FDIに対する租税弾力性の推計結果(製造業)FDI に対する租税弾力性の推計結果(製造業)

(出所)筆者推計。
(注)括弧内は Whiteの頑健標準誤差を示す。AITRは平均所得税率、ANTRは平均非所得税率を示し、LagAITRおよびLagANTRはそれぞれのt-1期のラグ変数を表す。DEVは開発途上国を1、先進国を0とするダミー変数。 GDPは国内総生産、POPは人口規模、XRATは為替レート、ULCは単位当たり労働コスト、EXPは輸出、IMP は 輸入を示す。なお、全ての回帰モデルには一連の地域ダミー変数を加えている。***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示す。

次に、海外純有形固定資産を各種税引き後の収益率に回帰させた表2 コラム(7)~(12)では((10)および(12)はラグ変数を操作変数として使用)、海外総資産を従属変数に置いた場合と異なり、所得税弾力性は先進国、開発途上国ともに統計的な有意度は得られなかった。しかし、非所得税弾力性は先進国、開発途上国ともに統計的に有意にゼロから隔たっており、前者では正の符号、後者では負の符号が得られた。これは、非所得税引き後の収益率が1%増加すれば、先進国にある海外子会社の純有形固定資産は0.8~1.5%増加するのに対し、開発途上国に構える海外子会社の純有形固定資産は1.6~2.2%減少することを示しており、その減少幅は海外総資産よりも大きい。さらに、FDIに対する租税弾力性の先進国と途上国の差異を示す交差項の係数は、非所得税率の場合のみ統計的に有意な負の符号を示し、その絶対値は海外総資産で回帰した場合よりも大きい。この結果は、海外純有形固定資産に対する非所得税率の感応度は途上国よりも先進国で高く、両国の非所得税弾力性の差異は海外総資産の場合よりも大きいことを物語っている。

表3はサンプルを製造業のみに限った場合の推計結果である。製造業の平均非所得税率は公開データからでは算出できなかったため、ここではFDI 変数を所得税引き後の収益率に回帰させた結果のみを載せている。全産業をプールして推計を行った結果と異なり、FDI に対する租税弾力性を示す係数や先進国・途上国間の租税弾力性の差異を示す交差項の係数には、満足のいく統計的な有意性は得られなかった。それでも、ラグ変数を用いたいくつかの回帰モデルにおいて、開発途上国の所得税弾力性には多少の統計的な有意性は見られる(コラム(2)、(3)および(6))。ここでは先進国の所得税弾力性と一概に比較することはできないが、全産業における推計結果と比較してみると、全産業では途上国の所得税弾力性は概ね負の符号を示している(統計的な有意性には欠ける)のに対して、製造業では所得税引き後の収益率の増加は開発途上国への海外投資を促進させることが統計的に示された。

以上の結果から、全体的に米国企業のFDIに対する税率感応度は開発途上国よりも先進国において高く、租税別では非所得税率よりも所得税率においてFDIに対する反応度が高いことが示されたといえる。

付記:今回の推計に用いたデータを公表している米国商務省経済分析局(U.S. Department of Commerce Bureau of Economic Analysis: BEA)では、5年ごとにベンチマーク・サーベイを実施し、より詳細なデータを公開している(直近のデータでは2004 年、1999 年、1994 年)。 そうしたデータも活用したより詳細な分析をのちにDiscussion Paperにまとめる予定である。

参考文献

  • Altshuler, Rosanne, Harry Grubert and T. Scott Newlon, 2001. Has U.S. investment become more sensitive to tax rates? In: James R. Hines Jr. (ed.), International Taxation and Multinational Activity, (Chicago: University of Chicago Press), 9–32.
  • Auerbach, Alan J. and James R. Hines Jr., 1988. Investment Tax Incentives and Frequent Tax Reforms, American Economic Review 78(2, 211-216.
  • Desai, Mihir A., C. Fritz Foley and James R. Hines Jr., 2004. Foreign Direct Investment in a World of Multiple Taxes, Journal of Public Economics 88(12), 2727-2744.
  • Hartman, David G., 1984. Tax Policy and Foreign Direct Investment in the United States, National Tax Journal 37(4), 475-487.
  • Hines, James R., Jr., 1996. Altered States: Taxes and the Location of Foreign Direct Investment in America, American Economic Review 86(5), 1076-1094.
  • Slemrod, Joel, 1990. Tax Effects on Foreign Direct Investment in the United States: Evidence from a Cross-Country Comparison, In: Assaf Razin and Joel Slemrod (eds.), Taxation in the Global Economy, (Chicago: University of Chicago Press), 79-117.

脚注

  1. 米国商務省経済分析局ウェブサイト http://www.bea.gov/international/index.htm