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海外研究員レポート

選挙ポスターから見るトルコのダブル選挙

Electoral Posters and Turkish Elections in 2023

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053745

今井 宏平
Kohei Imai
2023年6月
(6,203字)

選挙ポスターの研究

どの国でも選挙が近づくと各党の党首や候補者の顔写真のポスターを中心に、選挙に関連するポスターが町で散見されるようになる。日本のように選挙掲示板に笑顔、もしくはまじめな顔の政治家のポスターが貼り出される国もあれば、選挙以外の時期でも選挙ポスターが貼り出されたり、選挙ポスターを通してさまざまな政治的主張をアピールしたりする国もある。例えば、筆者が専門とするトルコでは、選挙の宣伝がソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)やYouTubeの広告を通じて行われるようになっても、ポスターは相変わらず町の至る所に貼られている。本小論では、選挙ポスターが果たす政治的意義について概観したうえで、トルコの選挙ポスターを事例に、その政治的インパクトについて検討する。

政治学や国際関係論の分野で最も重視されてきた研究資料は、疑いなく文書であった。近年盛んなTwitterやFacebookなど、SNSを分析対象とする研究も基本的には文書の分析と言えるだろう。その一方で、YouTubeなどで一般人が容易に動画をアップすることができるようになり、視覚(visual)を分析対象とする研究も進んでいる。例えば、ブレイカー(Roland Bleiker)による編著『視覚のグローバル・ポリティックス』ではさまざまなトピックを視覚資料から掘り下げて分析している1。また、「イスラーム国」が動画を使用し、世界を恐怖に陥れたことに代表されるように、とりわけ安全保障の分野でこうした動画の分析が多く散見される2。もちろん、視覚に訴える研究は動画だけではない。古典的な静止画に関する研究も近年は進展を見せている。この背景には、技術が進み、短時間で多様な静止画を準備することが可能になったこと、そして静止画を分析するツールが発展したことが考えられる。例えば、政治家の表情に関する分析が顔を分析するアプリなどで可能となっている3。こうしたアプリは動画も静止画も分析可能である。

政治に関連する静止画のなかでもっとも目にする機会が多いのが選挙ポスターである。ポスターの歴史は古代ギリシャ時代にまで遡るが、政治に関連するポスターが登場したのはフランス革命期であった4。また、多くの人が政治ポスターとして連想するのが、第一次世界大戦期に米国政府が戦闘員を募ったアンクル・サムのポスターではないだろうか。選挙ポスターに限ると、ヨーロッパでは1820年代から現れはじめた。ホルツ=バチュラとヨハンソンは選挙ポスターの効用として、選挙が近いことを有権者に知らせる、有権者に候補者を紹介する、メディアが選挙ポスターをこぞって取り上げるという諸点を挙げている5。そのため、選挙ポスターがインパクトを残すには、目立つこと、まとまっていること、そして記憶に残ることが重要と指摘している6。これにはポスターのメッセージ、デザイン、色、大きさ、さらに感情に訴えること、そして選挙のスローガンが関連する。選挙ポスターに関してはこれまでも一国研究および複数国研究どちらも先行研究がある。一国研究に関しては、ある程度まとまった年月の比較、複数国研究に関しては、例えば欧州連合諸国など、共通項によって比較する研究が一般的である。

与党陣営の選挙ポスター

本稿は2023年5月14日に実施されたトルコの大統領選挙および議会選挙の同時選挙に限定し、与党と野党の選挙ポスターの使用法とその政治的意味について試験的に検討する。トルコの2023年大統領選挙および議会選挙の選挙ポスターの全体的な特徴としては、議会選挙に立候補する議員の写真よりも大統領候補であるレジェップ・タイイップ・エルドアンおよびケマル・クルチダルオールの写真、もしくは党首の写真が多く使用されていた。また、選挙戦が始まった3月18日からは1週間もしくは2週間単位でポスターが入れ替わった。これは掲示板に同じ選挙ポスターが掲示される日本の場合とはかなり異なる。また、選挙が近づくにつれ、ポスターに書かれたメッセージがより具体的になっていった。当初は政党のスローガンのみだったが、次第に個別具体的な主張が見られるようになった。

与党陣営のポスターとしてはエルドアン大統領、公正発展党、そして民族主義者行動党に関連するものが該当する。選挙戦の当初、エルドアンおよび公正発展党は大きく3つの種類のポスターが貼られた。まず、大統領選挙に関するエルドアン大統領の顔写真と大統領選のスローガンである「正しい時に正しい人物(Doğru Zaman Doğru Adam)」および「正しい一歩で路線の継続」(写真1)が記載されたもの、2つ目に議会選挙の公正発展党陣営のスローガンである「正しいのは公正発展党(Doğrusu AK Parti)」と公正発展党の党シンボルが記載されたもの、3つ目にアンカラに特化したものである。アンカラに特化したポスターの最初の標語は「アンカラのために今すぐに(Ankara için Hemen Şimdi)」であった。また、民族主義者行動党も党首のデヴレット・バフチェリの顔写真とその標語である「新たな100年で強い国家を一緒に作り上げよう(Yeni Yüzyılda Güçülu Devleti Hep Birlikte Kurarız)」が記載されたポスターを使用した。

写真1 エルドアン大統領の顔写真の選挙ポスター

写真1 エルドアン大統領の顔写真の選挙ポスター

4月末、同時選挙まで約2週間に迫ると、かなり具体的な提案が目立つようになった。例えば、エルドアン大統領の写真の横に「高速電車によって52の県をつなごう」(写真2上)「若者たちを税制の負担から解放する」「若者たちへの教育・雇用・結婚を支援する」「家族を基盤とした国民収入を実現させよう」「国際基準の家族と若者のための銀行を設立する」といった主張が書かれていた。また、この時期、エルドアン政権が力を入れている軍需産業の成果を誇示するようなポスターも見られた。最新の軍事用のヘリコプターや偵察機などの写真に公正発展党のロゴマークが付いた通常のポスターの約2倍の大きさのものが選挙キャンペーンのものと一緒に貼られていた(写真2中)。さらにエルドアン大統領、公正発展党、民族主義者行動党のポスターに加え、両党を中心とした「人民同盟(Cumhur İttifakı)」のポスターも登場した。人民同盟のポスターはエルドアン大統領とバフチェリ党首の顔写真が掲載された(写真2下)。

写真2 選挙2週間前の与党陣営の選挙ポスター(3点)

写真2 選挙2週間前の与党陣営の選挙ポスター(3点)

選挙まで約1週間になると、2週間前のものと同様の具体的な提案に加え、投票用紙にエルドアン大統領と公正発展党と記入するよう促す写真が付いたポスターが登場した。これらのポスターのキャッチフレーズは「正しいことに迷うな(Doğrudan Şaşma)」であった。いくつかの種類があり、「健康で平穏な生活のために正しいことに迷うな」「障害のない明日のために正しいことに迷うな」「明日を担う若者たちのより良い環境のために正しいことに迷うな」「質の高い医療サービスのために正しいことに迷うな」(写真3)といったポスターが見られた。

写真3 選挙1週間前の与党のポスター

写真3 選挙1週間前の与党のポスター

もちろん、選挙直前になっても大統領候補であるエルドアン氏のポスターはさまざまな場所、とくに公正発展党の本部近くや選挙事務所、そしてアンカラの中心部クズライの大きな交差点でもっとも目立つ場所の1つ、GIMAという雑居ビルなどで見られた(写真4)。前回の2018年大統領選挙の際もGIMAには大きなエルドアン氏のポスターが貼られていた。

写真4 GIMAに掲げられた大きなポスター

写真4 GIMAに掲げられた大きなポスター

さらに決選投票が決まってから間もなく、軍服を着たエルドアン大統領の後ろに軍用機と軍艦が掲載され、「祖国を投げ出すことはできない──正しい人と歩み続ける」(写真5)というメッセージが付いたポスターが見られた。そしてエルドアン氏が決選投票で勝利し、再選を果たすとアンカラには「ありがとうアンカラ」というメッセージとエルドアン大統領の写真が載ったポスターが掲示された。

写真5 決選投票前のエルドアン大統領の選挙ポスター

写真5 決選投票前のエルドアン大統領の選挙ポスター
野党陣営の選挙ポスター

野党陣営のポスターとしてはクルチダルオール、クルチダルオールと副大統領候補の面々、そして共和人民党と善良党のものが該当する。選挙戦が始まると、まずは大統領候補のクルチダルオール氏の「あなたに約束する(Sana Söz!)」(写真6)というポスターがインパクトを与えた。それと同等にアンカラにおいて目立っていたのは善良党のポスターである。キャッチフレーズの「我々で歴史を描く(Tarihi Yazacağiz)」と共に、党首のメラル・アクシェネルが共和人民党の副大統領候補であるアンカラ市長のマンスル・ヤワシュとイスタンブル市長のエクレム・イマムオールとともに写ったポスター(写真7上)、そして「共に勝利しよう(Birlikte Kazanacağiz)」というフレーズと共にアクシェネル氏とクルチダルオール氏が写ったポスターが多くの場所で見られた。善良党は常に「我々」という人称を用いており、これは善良党だけでなく共和人民党をはじめとした6党連合、そして国民と一緒にという意味であった。

写真6 クルチダルオールの選挙ポスター

写真6 クルチダルオールの選挙ポスター

4月に入るとクルチダルオール氏の大統領選挙のポスターには「あなたたちに約束する」の標語と共に「失われたすべての時間、すべての年、すべての金、すべての笑顔をあなたに取り戻すために働く」という説明が付いたものが増えた。また、善良党は他のポスターと違い、写真ではなくイラストを用いたポスターも採用した。

4月後半になると、善良党は「見て。良い候補がいます(Bak İyiler Var!)」という標語とともに他党に先駆けて、投票用紙に善良党と書くよう促すポスターを貼りだした。

選挙前2週間になると、与党陣営同様、野党陣営も具体的な提案をポスターに盛り込むようになった。例えば、大統領候補のクルチダルオール氏のポスターには「3歳までのこどもに食品、ベビーフード、洋服を支援します」というフレーズが見られた。さらに「さあ、勝つぞ、さあ(Haydi Kazanalım Haydi)」というフレーズとともに、クルチダルオール氏のアップの写真、クルチダルオール氏を真ん中にヤワシュ氏とイマムオール氏が写った写真、そして6党連合の党首全員が揃った写真を用いたポスターも掲示された(写真8)。また、善良党は「歴史を描く」というキーフレーズは変わらなかったが、その主体を退職者、女性、若者、労働者、職人とするポスターを使用した(写真7中)。また、6党連合に加わっている民主主義進歩党も党首のアリ・ババジャンとクルチダルオール氏が共に写ったポスターを貼りだした。

写真7 善良党の選挙ポスター(3点)

写真7 善良党の選挙ポスター(3点)

同時選挙の1週間前になると、善良党はアクシェネル氏のイラスト画像の横に「トルコの歴史を描く」というキーワード、その下に大きく「歴史的な選挙であなたが歴史を描く!」というフレーズと善良党と記入した投票用紙の写真が入ったポスターを提示した(写真7下)。一方でクルチダルオール氏や共和人民党は新たなポスターは提示しなかった。

写真8 6党連合の党首が揃った選挙ポスター

写真8 6党連合の党首が揃った選挙ポスター

決選投票に進むことが決まると、クルチダルオール陣営は「インフレーションを減じる」「貧困を終わらせる」といったメッセージとともに「選択せよ!」と書かれたポスターを貼りだした。

与党と野党の戦略

エルドアン陣営は「継続」をキーワードに、公正発展党および強い大統領制下でのエルドアン政権の5年間の実績を強調した。そのうえで選挙戦では、強いリーダーシップを前面に押し出す、敵(クルチダルオール)を徹底的に批判する、与党としての強みを最大限活用する、欧米を牽制する、シリア難民の帰還を視野に入れる、外交での功績を強調する、という戦略を採った。このなかでとくに選挙ポスターと関連するのが、強いリーダーシップと与党としての強みを最大限活用するという点である。選挙ポスターは政治集会での力強く雄弁な演説と並んで、強いリーダーを印象付けるのに役立った。例えば、エルドアン大統領のポスターの写真は笑顔よりも堂々とした余裕が感じられる顔立ちとなっていた。また、エルドアン氏を支えるバフチェリ氏の写真に笑顔はなく、厳しい顔立ちであり、固い決意を示すイメージが想起された。そして、与党として政権運営を行っているため、具体的な政策に言及することができた。

一方、クルチダルオール陣営は、「変化」をキーワードにクルチダルオール陣営が勝利した場合は大統領制をやめ、議院内閣制に戻すこと、そしてトルコの経済政策を正常に戻し、市民の生活を良くするという点を強調した。戦略としては、シリア難民の帰還を進めるという点以外、エルドアン陣営とは真逆の対応で対抗した。まず、クルチダルオール氏は強いリーダーシップよりも協調型で柔和なリーダー像を前面に押し出した。そして、敵と味方を明白にするポピュリスト型の手法ではなく、融和を進め、敵を作らないことに徹した。ただし、反テロや反腐敗という点は強調した。また、外交に関しては欧米との関係を深めていく姿勢を示した。

こうしたクルチダルオール陣営の姿勢は選挙ポスターにも反映された。例えば、クルチダルオール氏単体よりも同党のヤワシュ氏やイマムオール氏との写真や6党連合の党首との写真を前面に押し出した。また、「あなたたちに約束する」というキーワードを載せたポスターは花の写真といっしょのものなどもあり、敵意よりも融和や穏やかさを連想させた。国民と共に写っている写真も、エルドアン氏やアクシェネル氏が国民を導くリーダーシップを持った指導者というイメージを想起させるのに対し、クルチダルオール氏は国民と平等な立場というイメージを想起させた。さらにクルチダルオール氏やアクシェネル氏の選挙ポスターは常に笑顔であった。

トルコの選挙ポスターの今後

本稿では、2023年のトルコの大統領選挙・議会選挙における選挙ポスターについて概観した。冒頭で論じたように、選挙ポスターは考察対象としては他のメディアよりも長い歴史を誇っている。現在ではSNS、ウェブ、テレビ、ラジオ、新聞などさまざまな媒体で各政党が選挙キャンペーンを行っている。当然ながら現在ではとくに若者を引き付けるためにSNSやウェブでの宣伝に力が入れられており、例えば、YouTubeでも各党の宣伝が流れた。しかし、街中に貼られたポスターは生活していれば誰でも必ず目にするものである。テレビやラジオ、新聞は観たり聴いたり読まない人が増えているが、コロナ禍が落ち着いた現在、多くの人が外に出る喜びを感じている。そうしたなか、もっとも古典的な宣伝方法である選挙ポスターの存在感が再度高まっている。

本稿で考察したように、エルドアン陣営および個人的にもっとも効果的に選挙ポスターを活用していたと感じたのが善良党であった。「歴史を描く」というキーワードを最初は我々、その次はさまざまな立場の人たち、そして最後はあなたと主語を代えて一連の作品のように仕上げた。また、すべての政党のなかで唯一、イラストを用いていたことも印象に残った(写真9)。

写真9 善良党のイラストポスター

写真9 善良党のイラストポスター

本小論では筆者の個人的な視点で選挙ポスターのインパクトについて主観的に観察してきた。今後、SNSやウェブの比重がさらに高まるなかでどれだけ街頭の選挙ポスターが有権者にインパクトを残せるのかという問いに関して、客観的に考察する方法を模索していきたい。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • すべて筆者撮影
著者プロフィール

今井宏平(いまいこうへい) アジア経済研究所海外派遣員(アンカラ)。Ph.D. (International Relations). 博士(政治学)。近刊に『戦略的ヘッジングと安全保障の追求』有信堂高文社(単著、2023)、最近の編著に『クルド問題』岩波書店(編著、2022)、『教養としての中東政治』ミネルヴァ書房(編著、2022)がある。


  1. Roland Bleiker (ed.), Visual Global Politics, Routledge, 2018.
  2. 例えば、高岡豊『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、2023年。
  3. 木下健、オフェル・フェルドマン『政治家のレトリック──言葉と表情が示す心理』勁草書房、2022年。とくに第6章~8章。
  4. Christina Holtz-Bacha and Bengt Johansson, “Posters: From Announcements to Campaign Instruments” in Christina Holtz-Bacha and Bengt Johansson (eds.), Election Posters Around the Globe: Political Campaigning in the Public Space, Springer, 2019, p.3.
  5. 同上書、pp. 7-8.
  6. 同上書、pp. 8-9.
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